Muv-Luv Alternative 士魂の征く道
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第三九話 絆
唯依を襲った男二人が憲兵に引きつられ連行され、それを見届けた幼少から知る白き軍服を纏う青年に唯依は語りかけた。
「甲斐中尉ありがとうございました。あのままではどうなっていたか………でも、なぜあそこに?」
「真壁少尉を探していてね……一刻ほど前から真壁少尉の姿も見えず、君の姿も見えず。そして漸く片方を見つけたと思えば何やら思い詰めている表情。何があったのかと、心配にもなるよ。―――そしたら案の定、っというところさ。」
「すみません、真壁少尉に少々お聞きしたい事がありましてお付き合いをお願いしました。」
やや後ろ髪引かれながら白き斯衛の彼にこたえる唯依。そんな唯依の様子を見た甲斐は静かに得心の頷きを行う。
「それはもしかして、彼のことを知りたかったのかい?」
「……はい。」
察しがいい甲斐の言葉に静かに頷く唯依、その態度は知りえたものが決して良いものではないことを示していた。
「なるほど、その顔。何やら心を揺り動かす何かがあったのかな?」
「……忠亮さんの許嫁について、」
「ああ、彼女の事か……それで?」
「………もしかして、私はその人の代わりなのかなって。」
「不安になったのかな?」
「不安……それもありますけれど、忠亮さんが可哀想だなと…………」
唯依がぽつぽつと語る言葉を静かに受け止める甲斐。
「可哀想…か、君は優しいんだね。自分の事よりも誰かの事を想える……だけど、それは見縊り、あるいは不信とも見えるね。」
「そんな!私は…ただ――――」
彼に笑ってほしかった、彼が自分の幸福を願っていると言ってくれたように自分も幸福を願っていたかった。
過酷な道を歩む彼を隣で支えて歩んでいきたかった。
ただ、それだけだった。
だが、甲斐朔良はそれに否と告げる。
「君は、彼と今まで何を積み重ねてきたんだい?……少なくとも、僕の知っている斑鳩忠亮という男は、誰かを誰かの代わりと見る男ではないはずだよ。
誰よりも愚直で誠実で、覚悟を持った男だ……そんな男だから僕は彼に剣を預けた。」
「……それは」
甲斐の言葉、それは唯依の知っている忠亮と同じだった。彼を昔から知っているもう一人の人物の言葉は唯依の疑念を揺らした。
「君と彼は出会ってまだ間もないのかもしれない。それでも相応に積み重ねて、繋げてきた絆があるはずだよ。」
「絆……」
何があっただろう。
甲斐の言葉に唯依は過去の記憶を振り返る。すると……
「あ……」
“お前はお前のままでいろ。”
“――お前が唯依という一人の女を殺してもその魂までは殺せない。偽物のじぶんを作って他人を演じても、その仮面の裏には絶対にお前がいる。
なら、その檻をぶち壊してお前を引きずり出してやるさ。そこに是非なんぞあるものか。”
「あったようだね、確かな絆が。」
はっ、と跳ねるように顔を上げた唯依に純白の軍服を纏う“お兄さん”がほほ笑む。
唯依はすでに答えは得ていた、疑念という闇の中でも確かに辿れる絆という導を得ていた。
唯依の確信を感じ取った甲斐は視線を透き通る薄月の浮かぶ大空に向けた。
「その絆を信じて進むんだ、そして見極めるといい。“その者を理解できないとしたら、それはその者の一面しか理解できていないという事だからね。”
真壁少尉との会話で彼のことが分からなくなったのなら――単に、君の知らない側面があった、それだけだ。
……それを知っていくのが夫婦って関係だと僕は思うな。」
「甲斐中尉……そうですね。」
甲斐の言葉、それは奇しくも忠亮がかつて唯依に告げた言葉と酷似する意味合いだった。
人が真に分かり合うことはあり得ない、分かり合えたと思ってもそれは幻想に過ぎない。だが分かり合おうという努力を怠ってはならない。
特に、これからを一緒に歩んでゆく人間となら猶更だ。
ならば、知ってしまった新たな一面、その奥にある真意を自分は知らねばならない。
「それにしても、いくら君が大事とはいえ僕たちを置いていっては警護の意味がないというものだよ。」
「あ……」
愚痴る甲斐、摂家の身辺警護を行う彼ら三人の内、二人までもがこの基地に残っていた理由を知る唯依。
嬉しさと悲しさがごちゃ混ぜになった何とも言い難い感覚が胸を占める。
「まぁ、とは言っても“男と見込まれた”と思えばそう悪い気もしないけどね。」
そう言って静かに微笑む甲斐。
其処には忠亮から彼に対する戦友としての絶対の信頼があった。そしてそれは同時に自分はまだ、信頼はされていないという事だった。
先ほどのような体たらくを晒した身の上ではあったが、悔しいという感情に眉を潜ませる唯依。
「―――悔しそうだね。」
「ッ!!」
自分の真意を見透かした甲斐に心臓を鷲掴みされたような緊張を覚える。
「彼女もよくそんな顔をしていたよ。」
「彼女とは……まさか。」
「ああ、君のご想像の通り。伊上ゆいの事だよ……彼は一度たりともも彼女に背を預けなかった。」
「え……」
忠亮はただ一度として婚約者でもあった人間に背中を預けなかった。それは少し意外だった……唯依の予想として、共に支えあっていた印象があったからだ。
「何か、問題があったのですか?」
「いや、問題はなかったよ。寧ろ、衛士としての技量で言えば同期の中でトップ3に入る腕前だった……だけど、彼は絶対に彼女に背も隣も預けなかった。」
忠亮と甲斐の成績で言えば甲斐が総合一位であり、二位が誰かは分からないが衛士としての評価で言えば忠亮以上の実力者という事だ。
そんな衛士に絶対に背を預けなかった。――信愛も力もあってなお、背中を預けない。
では何を満たせば自分は彼の力となれるのだろうか。
「そしたら彼女も意地になって腕を更に上げて行くし、彼も彼で個人戦闘なら相変わらずトップを独走、そんな彼を打ち負かそうと更に彼女は腕を上げてって感じでね……
見ていて中々飽きない二人だったよ。」
懐かしさを思い出しながら当時の二人の様子を告げる甲斐、この時点で真壁と聞いた二人の関係に対する印象がなんか妙なことになっている。
「何というか、切磋琢磨って言葉がぴったりの強情な二人だったかな?えっと……昨今流行りのツンデレ?って奴だったのかな?
まぁ、へそ曲がりのツンデレと意地っ張りのツンデレ。うんそんな感じ。」
―――よう分からん。
甲斐の今一つ要領を得ない表現にそんな感想を思わず内心に零す。というかぶちまける。
「……真壁少尉に聞いたのとだいぶ印象が違うようですが。」
「あぁ~、なんというか。最初はすごい御淑やかで凛とした女性だったんだ。だけど、あんまり彼が帰れって邪険にするものだから………あるとき“ぷっちん”と被ってた猫が逃げてったのか、単に開き直ったのか――――そんな感じになった。」
実は、その事件以降。あまりに豹変した彼女のありように密かに関心を寄せてた数人がショックで数日使い物に成らなくなったのは内緒。
人によってはPTSDで後催眠暗示のお世話になったとか、男女問わず同性愛に目覚めたとか、被虐趣向に目覚めたとか―――というのはもっと内緒。
と、その時のおぞましい記憶を心の本棚の奥深くに丁寧に封印し片づける甲斐。……猫は一体どこへ行ってしまったのだろう。早く帰ってきておくれ。
「はぁ……すごい人なんですね……」
「うん、まぁ……いろいろすごかったよ。」
当時を思い出して胃がキリキリ痛み出す甲斐。いまだに当時の混迷期の精神性の古傷は彼を苛む。
(……この人、苦労人なんだなぁ)
同病の自覚のない唯依が呑気な感想をダダ漏らす。
「ごほん!兎に角!」
咳払いし、過去のトラウマを振り払う甲斐。
「君が彼の背を支えたいと願うのなら、武力じゃだめだ。それ以外の何かで支えないと。」
「武力じゃだめ……それでは一体。」
「さて、それは僕には分からないよ。僕は武人だ、僕にある力は武力のみ―――だけど、力とは武力といった直接的な力だけを指すモノじゃないだろ。
たぶん、君にしかない力と、君しか出来ない事柄がきっとあると思う。」
同じ役割では、頼ってもらえない。
たとえ、特別な力や身分を持っていたとしても神様は特別扱いはしてくれない。だからこそ、どう戦いどう生きるかは自分で探して、決めて、歩いてゆかないとだめだ。
「私にそれを見つけられるでしょうか……」
「君ならきっと出来るさ。」
あの子が主と敬い。彼が妻にすると認めた女性である君ならば出来るはずだ。
「私、頑張ってみます。まずは忠亮さんともっと話をします。」
「ああ、頑張れ。」
凛としていて、陽性の気を秘める少女の決意の表情。
亡き義妹の成長を見守るような心境で、幼少のころを知る少女の奮闘。そしてその少女を守らんと剣鬼と武士の二つの側面を持つ男の闘い。
二人の関係をこれからも見守っていこう、甲斐咲良は人知れず心に決めたのだった。
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