ピエロの仮面
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3部分:第三章
第三章
「それでなんだ。しなくなったんだよ」
「そうだったんですか」
「悪いけれど理由は言えないんだ」
それについては言おうとはしない。しかしそれでも男の子はこれで何も言わなかった。だが目をしきりに動かしているところを見ると納得はしていないのはわかる。
「それはね」
「じゃあいいです」
納得はしていなくとも我慢する男の子だった。
「それで」
「悪いね。それでだけれど」
「はい」
「今はお化粧をしてピエロになるんだ」
「お化粧をですか」
「ほら、昨日の僕の顔は見たよね」
少し楽しそうに笑って男の子に継げてきた。
「昨日の僕は。あのピエロの顔は」
「白く塗ってお鼻を赤くした」
「それだよ。あれはお化粧なんだよ」
「そうだったんですか」
「ははは、そうは見えなかっただろう?」
ここでまた楽しそうに笑って男の子に対して話すのだった。
「あの時は。まるで仮面みたいに見えただろう?」
「はい、それはもう」
男の子は真顔で答えた。答えながらお皿の上に出されたそのクッキーを手に取る。そうしてそれを口の中に入れてその甘さを楽しむのだった。
「本当にそんなふうに」
「僕は必死に勉強してそこまでお化粧が上手くなったんだよ」
こう男の子に話すのだった。
「ピエロの身体の動きと一緒にね」
「ピエロの動きもですか」
「そうだよ。ピエロになるのも勉強しないといけないんだ」
「勉強ですか」
「ああ、勿論学校の勉強とは違うよ」
男の子が何を考えているのかを見越してまた言うのだった。
「それとはね。また違うから」
「また別の勉強なんですか」
「そういうことだよ。そしてその勉強をしてね」
「ピエロになったんですか」
「そういうことなんだ。いいかい?」
ピエロの声がここで優しいがそこに何か深いものをたたえたものになった。
「ピエロになるのにでも何でも努力が必要だけれど」
「はい」
「すぐになろうとしたら後で大変なことになる場合があるんだよ」
「大変なことにですか」
「その通りなんだ」
こう言ってまた男の子に話すのだった。
「このことはよく覚えておいて欲しいんだ」
「よくですか」
「そう、よくね」
おじさんの声はさらに深いものになっていた。
「ピエロになれるのは誰でもなれるけれどね、すぐにはなれないんだ」
「すぐにはですか」
「君はピエロになりたいのかな」
「はい」
男の子の今度の返事はしっかりとしたものだった。
「そうです、なりたいです」
「なりたいんだったらこの言葉はよく覚えておいてね」
おじさんの言葉は強いものにもなった。
「それでいいね」
「はあ。そうなんですか」
これでピエロの話は終わった。二人はそれから暫くおじさんのリードのままとりとめもない話をしていた。しかしその途中で。車の外の方からおじさんを呼ぶ声がしてきた。
「和田さーーーーん、そこですか?」
「あれっ、僕のことだ」
男の子はここでおじさんの名前をはじめて知ったのだった。
「何か用かな」
「座長さんが御呼びですよ」
今度はこう声が聞こえてきた。
「是非。いらして下さいって言ってますよ」
「そうか。じゃあ」
立ち上がってそのうえで男の子に対して声をかけてきた。
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