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異人

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3部分:第三章


第三章

 こうしたことがあちこちで起こっていた。校長先生と教頭先生はムースが子供達の間に出回ってると聞いてそれについても話をするのだった。
「最近では親がわざわざ買って持たせているそうです」
「そうらしいな」
 校長先生は教頭先生の話を聞いていた。夕暮れ時の赤くなってきている校長室の中で話をしている。
「それでムースがかなりの売れ行きだとか」
「はい、児童達も皆持っていますので」
「異人が怖くてだな」
「そうです。持っていない子供が殺されるという話も出ていますし」
「尋常じゃないな、それは」
 校長先生はその話を聞いて顔を顰めさせた。半ば本当のことに考えるようになっていた。
「殺されたのか」
「そういう話です」
 教頭先生も三割程本当の話だと思っている。
「本当かどうかわかりませんが」
「ううむ」
 教頭先生の話をここまで聞いて難しい顔を作ってきた。
「だとすれば一大事だが」
「警察も対策に乗り出しています」
「警察もか」
「はい、目撃談も相次いでいまして」
 何故かそうなってきていた。
「それで。各都道府県で捜査班も作られているようです」
「そこまで話が大きくなっているのか」
 あらためて驚く校長先生であった。
「これは。えらいことだな」
「そうですね。どうなるのかわかりません」
 教頭先生も危惧する顔を見せてきた。
「このままどうなるやら」
「それで異人はこの街には出ているのか?」
「出ているそうです」
 校長先生にとっては最も聞きたくない言葉がよりによって返って来た。
「既に数人それで」
「殺されているのか」
「幸い我が校の児童ではないですが」
 それを聞いてまずは安心した。何故か身近にはそうした存在は出ない。
「ですが我が校も一層の対策を」
「わかっている」
 校長先生は迷うことなく教頭先生のその言葉に頷いた。
「それでは明日の会議でな」
「はい、重点的に話し合いましょう」
 警察も学校も本気で異人への対策に乗り出していた。雑誌にも特集が組まれる。子供達だけではなく。しかしここで話は意外な方向に向かうのであった。
「えっ、死んだの!?」
「そうらしいよ」
 また下校中に雄吾が美香に話していた。二人の手にはムースがある。今では皆が皆異人を恐れて持って歩いているようになっている。
「北朝鮮の将軍様に粛清されたらしいんだ」
「粛清されたってどうして」
「ほら、僕達がムース持ってるじゃない」
「ええ」
 自分の持っているものも見て答える。
「このせいで子供を捕まえられなくなってね。それで仕事が果たせなくなって」
「それでなのね」
「そうらしいよ。まだ生きているって噂もあるけれど」
「生きているって」
「逃げたって噂もあるんだ」
 あくまで噂である。
「それで夜な夜な街を彷徨い歩いているって話もあるけれど」
「本当はどうかわからないのね」
「うん、けれど死んだって話があるのは本当だよ」
 そこは強調する雄吾であった。無意識のうちに。
「北朝鮮に連れて行かれて将軍様に縛り首にされたんだって」
「本当だったらいいけれど」
「そうだよね。そんなのがいたら何時までも夕方に遊べないから」
「塾に行くのだって怖いし」
 子供達にとってはそうした意味で実に切実な話だったのだ。少なくとも現実に非常に影響している話ではあった。
「いなくなっていて欲しいね」
「そうよね」
 雄吾の言葉に頷く。
「もう夕方外に出るのが怖くて仕方ないのよ」
「そんなに怖いの?」
「だって。何時物陰から」
 怯える目で辺りを見回して述べる。
「異人が出て来るんじゃないかって不安で仕方ないから」
「皆そう言うよね、それは」
「雄吾君もそうでしょ」
「まあね。やっぱり僕もね」
 美香の言葉に応えて頷いてみせた。
「怖いんだよね。だからムースだって持ってるし」
「本当にもう出ないのかしら」
 美香はそのことを必死に考えていた。考えていることは何があっても出て来て欲しくないということだけであった。他のことは考えてはいない。
 
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