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ランス ~another story~

作者:じーくw
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第3章 リーザス陥落
  第56話 教会で待つ少女


 それは、チューリップ3号がヘルマン軍を蹂躙する直前の事。
 フレッチャーは その大きな身体を揺らしながら笑っていた。

「ぶふふふ。もし破れかぶれで突っ込んできても、魔物使い、デカントを中央に据えておけば、簡単には突破されないぶー。……ぶふふ、黒の老将 今回は逃がさず首を上げて、トーマへの土産にでもしてやるかぶぅ……」

 今後の戦況を、その行く末をまだ知らないフレッチャーは ただただその肉塊を揺らしながら、笑っていた。自分の運命、命運が尽きるとも知らないで……。


 そして、それは来た。 


 その耳に軍靴の音と……何やら それに混じって聞いたことのない地響き。

「……? なんだぶー? この音……」

 それが終演を告げる足音だとはフレッチャーは思いもしなかった。

 現れたのは 《走る鉄の箱》。

 ヘルマン軍がそう形容してしまうのも無理は無い事だった。見た事の無い代物だからだ。明らかに巨体だと言うのに、この戦場で何よりも早い。まるで、鋼の暴れうしの様なもの、とも形容出来た。

 それこそが、マリアが開発した、攻防完璧な移動型要塞。戦う車。戦車(チューリップ3号)だ。

 その装甲は ヒララ合金製。攻撃は大量の鉱石から生み出されるエネルギー。これまでの弓矢、そして剣等と言った既存兵器では 相手にならない

「(敵は横に広い陣形をとっていた。このままだ突っ込めば囲まれる、と危惧したのだが)」

 合流していたバレスの脳裏には、その危険性を浮かべていたのだが、皆無だった。広く陣形を広げすぎた為か、圧倒的なチューリップ3号の勢いを殺せれていないのだ。そして、何よりも巨体のデカントをも吹き飛ばす砲撃。命が紙切れの様に吹き飛び、散っていく 惨状を見てしまえば 己が身を張って止めようとする者等 現れる訳もなく、士気も低下する。

「(『ランスを侮るな』 確かにそうでござったな。ユーリ殿)」
「バレス将軍」
「うむ。このまま、香車の早打ちで、王手をかける。各軍将にも伝えよ! 向かってくる者以外は目もくれるな! 敵将を打ち討ち取る事だけを考えよ!」

 バレスの号令の元、チューリップだけではない 解放軍の兵力。リーザス軍達の猛攻も始まった。横に広がっている以上、チューリップの進撃こそはとめられないが 全ての兵士をなぎ払う事も出来ない。打ち損じ、広がりゆく兵もいた。敵将を討つ事を最優先とし、猛攻が始まったのだった。



 それを見てしまったフレッチャー。怒涛のごとく攻撃をしてくるリーザス解放軍に、数の利が全く効かない状況。

「あ、な、ななな……!!」
「なんて…… リーザスの兵器。あんなものを作っていたと言うのか……?」
「剣や弓矢では歯が立たない……ッ」

 フレッチャーだけではなく、その傍で控えていたボウやリョクも流石に唖然としていた。
 いや、誰がこんな攻撃を想像出来ただろうか? これまでの戦い、カスタム防衛軍の戦闘報告を訊いても、この様な戦い方はなかったのだから。

「………くっ、くく……」

 この戦況を見て笑える者がヘルマン側にもいた。
 勿論、魔人アイゼルである。

「なんだぶーーー!! あ、あれはなんなのだぶー!? いんちきだぶーー!! おおぅおっ!?」

 1発、また1発と近くに砲弾が飛んできて、爆音と轟音とを道ずれに、最大の防御の壁としていたデカントが崩れ落ちた。

「これはこれは、フレッチャー殿の打った手が、尽く裏目に出てしまいましたね……ふふ」
「あ、あああっ! ぼ、ボウ! リョク!! 各隊を呼び戻すんだぶー!」
「で、伝令は出しておりますが、ダメです。敵軍の進撃が早すぎて、間に合いません!」
「間に合わんでは済まんのだぶーー!!」

 それは仕方のない事だ。一般的に、体格が圧倒的に大きなヘルマン。その軍の装甲は大きく、そして重い。移動速度ともなれば、他国のそれより圧倒的に低いのだ。重装を好む軍制のせいとも、精錬技術の問題で、粗悪な鉄を使わざるを得ないためとも言われるが、現段階ではそれが致命的だった。
 統制の失ったも同然の部隊が、瞬く間に蹂躙されたのだから。

「フレッチャー様! ここは1度引きましょう!! あの鉄の化物を率いている部隊が こちら側へ向かってきております。剣も矢も効きません。こうなれば、街中、狭い場所へとおびき寄せ、身動きをとれないようにする他無いと思われます」
「ぐむ、ぐぶぶぶ……」

 逃げの一手、と言う事だ。その贅肉同様に無駄に多く、そして高いプライドが一瞬だけフレッチャーを躊躇させたが、もはやそうも言ってはいられない。敵側は直ぐ傍にまで近づいているのだから。


 そのまま、弟子達に担がれる形でレッドへと逃げるフレッチャー。

 こうして、戦場は場所を変えるのだった。













~レッドの町~


 ランスが選んだ精鋭部隊が町へと侵攻を進める。
 そして、その中心がチューリップ3号だ。その破壊力は圧巻の一言。今回の戦争でこれ程までに楽だった戦いがあるだろうか? と思える程 する事が無い。志津香やマリアのチューリップ3号、そして ユーリの飛ぶ斬撃と言った、遠距離系の攻撃以外する事が殆ど無いのだ。

「がははは! オレ様についてこーい! 一気に殲滅するぞー!」

 チューリップの上に乗っているランスは、高らかに宣言する。
 先頭なのは、殆どチューリップ3号であり、搭乗しているのはマリア、更に攻撃やその回避をしているのもマリア。……ランスは何もしてないのだが、そこはランスだ。一番目立つ場所にたちたいと言う子供っぽい願望全開だったのだ。

「はい! がんばりましょう! 皆さん!」
「ヘルマン軍のヤツらなんか、ここで全滅よ! 科学の力、チューリップ3号の力! 思い知らせてやるんだから~!」
「これまでの借りは、ここでぜ~んぶ纏めて返してやるですかねー!! 勿論、本隊のほーもですかねー!」
「ええ、レッドの人達の為にも……! リーザスの為にも!」
「さぁ、腕がなるぜ!」

 其々が、武器を構える。如何にチューリップ3号が強大だとしても、それでも 油断をする様な者はここにはいない。

 志津香も、次の戦闘に少し後ろで自分の魔力を確認している様だ。時折 休息を入れているとは言え、今はチューリップ3号の力があるとは言え、早々に回復する訳ではないようだ。

「ふぅ……」
「だいじょうぶか? 志津香」

 横にいたユーリは、志津香にそう聞いた。軽くため息をしている志津香。その顔色はやはり 優れない様子だった。

「ええ。……初級から中級魔法は、問題ないわ。でも、流石に白色破壊光線を使うにはまだ、魔力が十分じゃないみたいね、でも 白兵戦は全く問題ないわ。あのバカにだって引けを取らない自信、あるし」

 志津香は、チューリップの上でバカ笑いしてるランスの方を見て呆れたようにため息を吐いていた。

「ま、こんな戦場でもいつもの自分でいられるのも、相当なもんだぞ? それは志津香達、カスタムの皆にも言えることだがな。……って言うか、一体お前らはどんな戦闘勘をしてるんだ、って思うよ」

 ミリは、元々剣士だが……、本業は薬屋。そしてトマトもアイテム屋だ。
 基本的に戦うことが主とする様な職業じゃない者たちが多いカスタムの面々。元四魔女の彼女達も、洗脳が解けてからは復興支援に力を入れている用だし、多少の訓練はしているようだが、本業である軍人に敵うか?と聞かれれば、首を縦には振りにくいものだ。……なのに、皆 ヘルマン軍にもリーザス軍にも引けを取らないその実力だ。

 これは、本当に正直、感服ものなのだ。何度でも思ってしまうのも無理はない。

「ゆー……、ユーリだって、同じじゃない。大体わたし達とそんなに歳、変わらないし。これまでだってそうだし、冒険者だって言うこともあるかもだけど、ユーリこそ、一体どんな経験をしてきたら、そんな貫禄持てるわけ?」
「………」

 志津香がそう言い終わった時、ユーリは志津香の目をまっすぐに見ていた。……志津香のその言葉を聴いて、何処か……じーん、としている様だ。

「な、なによ?」
「い、いや……その。……志津香。貫禄、出てるのか? オレ……」
「えー……、ま、まぁ、戦ってる時のユーリの姿は、その、アレだし? その……、色々と頼りになるからね? それだけよ。別に深い意味は……」

 志津香は、言葉を濁しながらもそう答える。
 やっぱり、ストレートに言うのは恥ずかしいものがある様だから。だが、ユーリが想っているのは別の事なのである。

「そう、か。……貫禄、出てるか……。うん。そう、なんだな。……なんだか良いもんだなぁ……貫禄。やっぱ、言われてみたら。……なぁ? たまに言ってくれないか? その単語、訊き慣れてないし、何よりカンフル剤になる」
「……って、アンタは ほんとどんだけ、気にしてんのよ! ここからだって大変なんだから、シャンとしなさい!」
「……へいへい(ちょっとくらい、良いじゃないか……、たまには……)」

 志津香はそこまで言われて、ようやく理解した様だ。……貫禄と言う言葉、それは重みがある人間にしか使われない。風格や身に纏った威厳。ユーリはこれまでに色々とあったから、こそ、良いものだと想ったのだろう。っていうか、ちょっとくらい良いと思ってしまうのは、仕方ないのである。ユーリなので。……でも、ちょ~っと 童顔+幼い思考のよーな気もしない事も無いのだった。

 でも、やっぱり 戦いの前にリラックスは出来る。それは、目の前の彼女のおかげだろう。

「わたしも頑張らなくっちゃ……!」

 志津香とユーリが色々と言っている時。話しに乗り遅れてしまっていた、かなみ。話しに入れてすらいなかったかなみは、今後の戦闘を想い、気を引き締めているのであった。





 レッドの町中。

 普段は、町の住人がこの路地も横行している筈で、今日を生きる生活をしているであろう。だが、今は違う。人一人おらず、建物は無残にもボロボロに破壊されていた。

「滅茶苦茶だな。ひでぇ事しやがる」

 流石のランスも思わずそう言ってしまうほどだった。家の中も滅茶苦茶であり、人が住めるような場所じゃないから。

「……ひどい。絶対に許せないわ……」

 かなみは、その破壊された家々がリーザスの城と重なって見えた様だ。あの時も、城門が破壊され、そして城内も破壊され、瞬く間に制圧されてしまったのだから。

「そこまで抵抗したのか……、あるいは ただの蹂躙なのか……。何れにしても、とっとと潰した方が良さそうだな」

 ユーリは町の惨状を見ながらそうつぶやく。
 ギルドの仕事でも、この赤レンガ作りのレッドの町に何度か足を運んだことはある。その時は、町の姿がこんな事になるとは思ってもいなかった。その時だ。

「くそっ! こんな時にあいつらまで出てくるなんて!!」

 路地裏から声が聞こえてきたのだ。その感じは明らかに町の住人ではないだろう。

「がははは!!見つけたぞ!!皆殺しだぁぁ!!」
「ら、ランスさま!気づかれてしまいますよっ!?」

ランスは、それを察すると指をさしながら突撃する。

「お、お前ら!!」
「ち、ヤッちまえ!!」

 シィルの抑えも当然、聞かないランス。当然その大声に気付かないはずもなく、ヘルマンの大男達はこちらに気がついた。数は目算10人程度。家屋の影にまだいるとしたら、それ以上とも考えておいたほうがいいだろう。

「報告によれば 敗走したヘルマン軍、残存部隊は、確か12隊だったな……」

 ユーリは、ゆっくりと剣の柄に手を伸ばす。

「ええ。リーザス軍の人たちに確認したけど、間違いないわ」

 志津香も、ユーリの言葉に頷いた。ユーリは、連中に睨みを効かせると、握る力を上げた。

「……11になったな」
「ええ……」

 ユーリの斬撃が、迸り、志津香の炎が敵を翻弄する。先手をとった解放軍は、瞬く間にヘルマン軍の部隊を圧倒した。


「がっはっは! オレ様、最強!」
「あぅ……、いきなりで お、驚きました……」
「私のチューリップの方が最強よ!」

 ランスは、意気揚々とチューリップに再び乗り込み、先を行く。こう言う市街戦では、死角が多く圧倒的な火力を誇るチューリップでも、手を煩わす事はある。接近されてしまえば小回りが効かない為、当然だろう。だが、ランスが選出したこの精鋭部隊を侮るでなかれ。巨漢であるヘルマン兵たちをあっという間に殲滅したのだから。

「はっはっはー! ユーリさんとトマトの2人なら、どんな敵でもイチコロですかねー!!」
「わたしだって、頑張ってるんですよー トマトさん」
「ま、ランはこう言う所でガンガン頑張らないと運気が減っていきそうだしな?」
「あーぅ……、ひどいですよぉ、ミリさん……」

 快勝した一行は、きゃいきゃい、とはしゃいでいる。

「全く、もうちょっと周りに注意しなさい。何処から出てくるのかわかんないんだから」

 志津香は、そんな3人を見て呆れつつも、叱る。ここは戦場のど真ん中。いつ、敵が現れても……。

「うわぁぁぁ!!!」

 その時、
 突如、ヘルマン兵らしき大きな影が現れたのだ。場所は、あの話している3人の傍の町角。

「ったく!! 言わんこっちゃないわね!!」
「ちぃっ……!」
「皆さんっ!!」

 突然現れた連中に思わず身を固くさせてしまっていたトマトとラン。ミリは、まだ 体勢を立て直す事は出来ていたが、それでも危険なのは変わり無い。志津香は、魔法を。ユーリは、剣技を。かなみは、くないを。

 其々、遠距離攻撃をしようとしたその時だ。

「ぐわぁぁぁ!!」
「ぎゃぁぁぁ!!!」

 男たちの身体に無数の赤い何かが突き刺さり、断末魔の声を上げていた。

「犠血・蛇尖」

 まるで生きているかの様にうねりながら、突き刺した敵をそのまま振り回し、吹き飛ばした。

「二式ショウキ!」

 その後、衝撃波が駆け抜けた瞬間、まるで紙くずの様にヘルマン兵が吹き飛んできたのだ。

「ふん……」
「殆ど一掃出来たみたいだね。それにしても、こんなにあっという間に敵が減るなんて……?」

 出てきたのは、2人の男。
 異国風の身成の金髪の男と青の下地に銀の鎧を身に纏っている茶髪の男だった。ユーリは、片方の男は身に覚えがあった。

「お前は……」
「む? ……成る程。貴様が参戦しているのであれば、あいつらの敗走ぶりも納得出来るものがあると言うものだ」

 男は、鞭の様に撓っている、赤い槍を身の内に戻すと、薄ら笑っていた。片方の男は、首を軽く傾げると。

「どうやら敵ではなさそうだね。君の知り合いなのかい? 清」
「ああ、以前コロシアムで一戦交えた事がある男だ」
「……久しぶりだな、神無木」

 ユーリは、臨戦態勢を解くと軽く会釈をした。この男とは、かつてリーザスのコロシアムで戦った事がある。あの時より随分と腕を上げている様だ。

「あの人は……」

 かなみも身に覚えがあった。
 ユーリとランスを監視している時にあの戦いも目にしているのだ。そして、先ほどの異形な業も。

「ふぅ、ヘルマン側じゃない、って事は確かなようね」

 志津香も、ユーリが警戒を解いているのを理解し、肩の力を抜いた。先ほど吹き飛ばしてくれた敵が恐らくこの辺りにいた最後の者達だった様だ。

「た、助かりましたですかね……、むぅ、油断大敵でしたです! ありがとーですかねー」
「どうも、危ない所を……」
「中々やるね、アンタ達。助かったよ」

 ミリや、トマト。ランも其々礼を言い頭を下げていた。それ聴いて軽く手を振る。

「いや、たまたまアイツ等と戦っててただけだ。礼を言われるまでもないよ」
「ユーリ、お前が敵を減らしたおかげで、大分早くに殲滅が出来た。感謝する。……物足りない所もあるが、な」
「……相変わらずだな。元気そうで何よりだ。お前達が抵抗軍(レジスタンス)なのか?」

 ユーリがそう聞くと、清十郎は頷いた。

「ああ、偶然立ち寄ったこの町が突如戦場と化してな。そこに居合わせたんだ。……正直、ヘルマンとやらには相容れなかった。だから、オレはこちら側にいる。……お前とまた戦えるのなら、ヘルマン側でも面白かったかもしれないな」

 ニヤリと笑ってそう言う清十郎。それを聴いて軽くユーリは苦笑いする。

「……再戦なら、受けてたつ。と言いたいが 今は勘弁してくれ。色々と大変なんでな」
「冗談、だ。この町では世話になった者達もいる事だしな。解放戦をしているというのなら、協力しよう。目的は一緒の筈だ」

 清十郎も軽く笑い返し、刀を鞘に仕舞った。

「それは助かる。戦力は多い方がいいからな。よろしく頼む」

 ユーリは手を伸ばした。清十郎もそれに答え、2人は固く握手を交わしたのだった。

「清、こっちはオレ達 抵抗軍に任せて、その人たちと行ってくれ」
「ん、お前たちの方は大丈夫なのか?」
「ああ。問題ない。……それに」

 男は、背後をゆっくりと振り返った。そこには、ヘルマンの軍隊が多数集まってきていたのだ。

「オレはこいつらの相手があるようだ。その間に、清は頭を頼む」
「え、1人で大丈夫ですか??」

 道が狭く、確かに多人数では戦いにくい場所だが、かなみは心配そうにそう聞くが、男は軽くてを振った。

「これでも一応、勇者をさせて貰ってるからね。問題ないさ」

 力強く胸を叩き、剣を再び構えた。

「……勇者」

 ユーリはその単語を聴いて、ぴくりと身体を震わせた。

――……ユーリは知っている。

 その名を冠する意味と、その名を持つものが一体どう言う者なのかを。

「ユーリ、ここはあいつに任せて行こう。実力は折り紙付きだ、あんな程度の連中には負ける道理がない」

 清十郎は、軽くユーリの肩を叩くとそういい、前へ歩いていく。チューリップ3号は、もう随分と先に行っている様だ。だが、まだ視界の先にはいる様だ。

「かなみさん、行きましょう。……私も剣士の端くれ。この人の実力は判ります。こうも狭い場所だと邪魔になる事だってありますから」
「そうですかねー! それに、トマトたちがヘルマン軍のトップを早くとっちめてやった方が良いとも思えるですかね!」
「たった1人で戦わせる事には抵抗があるが……、この場はアンタに任せた方が良さそうだ。頼むよ、兄ちゃん!」

 ランもトマトもミリも、同じ意見の様だ。それだけこの男の実力を感じ取った様子。……先ほど、ヘルマン軍数名を吹き飛ばしたその威力を見てもそうだ。

「……ゆー?」

 皆が、この場を任せると言う判断をしていたそんな中、志津香は ユーリの視線に気づいた。あの男の事をじっと見ていて、何処か表情も固く強ばっている。

「どうしたの?」
「………」

 軽く声を掛けるがまるで反応がない。少し心配にもなるが、今は敵も迫ってきてるし、何よりもここは戦場だ。

「ちょっと、ゆーっ!?」
「っ……。あ、ああ。大丈夫だ」

 だから、志津香は声を強めながら声をかけた。

「しっかりして、ここからが、大変なんでしょ? この町の敵の総本山なんだから。……例の赤の軍の連中だっているって言ってたみたいだし。これまでの様にはいかないわよ!」
「ああ、そうだな。悪い」

 ユーリは、軽く志津香に謝ると、前で向かってくる敵を迎え撃つ役を買って出てくれた男に声をかけた。


「ここは任せた。……オレの名はユーリだ。無事にまた後で合おう」
「ああ、任された。オレの名はアリオス。君のことは清からも聞いてるよ。そっちは任せたぞ!」


 この2人の邂逅は、後に大きな意味を持つことになる。
 勇者と言うここ、ルドラサウム大陸、この世界に置いての稀有な存在の男とそして、同じく稀有な存在である男の出会い。

 男は貫く絶対正義と手に持つ光り輝く剣。そして、その正義の正体を知っている男の信念、……神も脅威するそれを身を纏う。そこは悪と正義の狭間の世界。



――時はLP0003年……崩れゆく聖堂の中。それは運命である。似た様な志を持っている筈なのに、剣を交える事になる運命なのだった。














 一行は、チューリップ3号へと追いついた所。ランスは、当然ながら不機嫌だった。

「おいコラ! オレ様の女たちとふけるたー、どう言う身分だ! この司令官様を差し置いて!!」

 両腕を組み、チューリップの上で見下ろしながらそう言うランス。……面倒くさい事になった。と思ってしまうのは仕方がないだろう。

「ほう……、あいつのことも知ってるぞ。確か、ユランを倒した強者だな?」

 清十郎だけは、違う反応を示していた。あの戦いは、清十郎も知っているからだ。ユランも決して力が弱い訳ではないのに、戦いの構図を業vs力にしてしまった程の豪力の持ち主。

「む? 誰だ、貴様は」
「ああ、オレは清十郎。訳合って、キサマらを助太刀する事になった」

 軽く挨拶を交わす清十郎。一応、ユーリが仲介役をする。

「ああ、この町の抵抗軍(レジスタンス)として、戦ってくれていたんだ。ま、ランスは覚えていないだろうが、一度コロシアムで会ってる男で、力は保証する」
「ふむ……」

 ユーリの言葉を聴いて、ランスは考える。
 ……考えるのは、この場に連れてきたのが、新たな女の子ではなく男だった、という事実。そして、ユーリのホモ疑惑もそう。女事で、場を離れた~!情事で遅れた~と言うのなら粛清の対象だったが、それは外すことにした。そして……。

「くくく……貴様とも戦ってみたいものだな……」

 清十郎の事だ。

「(……オレ様程ではないが、それなりに整っているヤツだ。あの手の男はモテるだろう。……だが)」

 ランスは、清十郎の好戦的な顔を見て、その可能性も低いと看破した。

「(あの手の男は、ただの戦闘狂。他は興味ないだろ、まぁ~、手を出そうとしたら殺そう)」

 ……そう言う結論に達したのだった。

「ふん、戦力を整えていたというのなら、許してやらんでもない!」
「なんでアンタがそんな偉そうなのよ!」
「がははは! オレ様が司令官だからだ!」
「いーっていーって、時間が長くなる。てきとーに流すのが吉だ」
「……私もそう思います」

 志津香がつっかかるが、ユーリがそれを留めて、かなみも同じだった。以前までなら、志津香のポジションが自分だったから、客観的に見たら――……色々と思った様だ。

「さて、清十郎。……トップがあんなだが、とりあえずは色々と我慢してくれないか? 色々と相手すると本気で長くなるから」
「ふむ。一応、あいつの人成は、オレも聞いている。かなりの好色家と言う事も、な。だが、手合わせしてみたいたいとは思うんだがな」
「はぁ……、其の辺はあいつと交渉してくれ。良い返事が帰ってくるかは判らんが……」

 ユーリは、その返答を聴いて更にため息を吐いていた。戦闘狂……、きっと自分以上だろうと思える。……もう、自分が戦闘狂だと言う事は何気に認めているみたいなユーリだった。












~レッドの町・入口~




「はぁ、はぁ……」

 ヘルマン軍、《セピア・ランドスター》が肩を上下させながら、レッドの町を眺めていた。

「くっ……、やはり、遅かった。間に合わなかったとは……」

 戦闘に参加できない兵士程、役立たずでみすぼらしいものはないだろう。彼女の表情は驚きと、そして後悔、怒りへと順番に変化していく。

「兄さん! この責任をどう取るつもりですか!」

 セピアの後に、少し遅れてこの場に現れたのは、セピアの兄である《ロバート・ランドスター》。
 因みに、この彼はヘルマン第3軍のお荷物にして、爆弾、と言われている男であり、その不名誉極まりない謂われは、妹であるセピアにまで降り注いでしまっている。ランドスター兄妹と言えば《お荷物にして爆弾》と。

「……………なんてこった。なんてこった、なんてこった、なんてこった。……もう、終わってるじゃねぇか! Fuck! どこのバカの仕業だ! どうして、このオレの登場を待っていられなかった! どうして、どうして! どうして!!」
「兄さんが街道を突っ切ったほうが早い、と言い 道を間違えたせいです! 隊も半数以上とはぐれ……、これからどうするつもりですか!!」

 こんな無茶苦茶な男ではある、が、それでも兄なのには変わらない為、その責任を取る形で妹であるセピアも常に一緒にいるのだ。……軍議の類は 妹にまるなげをしてしまっていたりもする。

「あ~、う~。止せ、兄を責めるのは止すんだ妹よ。贅肉はない方が良いと同じだ……。隊とはぐれたのは」
「問題ないわけがないでしょう!」
「いや、後はオレが何とかする。どうにかする……。お前は黙ってついてくればいいんだ……」
「何を馬鹿な……。このことを、トーマ将軍に私はどう申し開きをすればいいと―――!」

 そこまでセピアが言った途端だった。

「あぁぁああああぁぁあ~~~~っ! 黙れ黙れ黙れ!!」

 ロバートは、頭を掻きむしり、その場で地団駄を踏み 頭を振る。まるでそれは、癇癪持ちの子供だ。全身を使って自身の炎のような怒りを表現していた。

「オレはお前を愛している! こんなにもだ! それなのに、どうしてオレに口答えをするんだ! どうして!!!!」
「でも……」
「子供の頃は素直な子だったのに、最近はお前はうるさすぎる! お前はもう忘れているだろうがな、オレが赤ん坊のお前を✖✖✖✖した時、お前はギャーギャーと随分泣き喚いた! それでも、近頃のお前よりは静かだったぞ!!」

 勢いのままに 喋りすぎた男は自分が何を言ったのかを判っていない。
 あまりの告白に、セピアの表情は消え去った。代わりに 赤い色が染まっていく。怒りの意思。それは先ほどロバートが見せていたそれよりも静かだが、恐ろしい。

「…………今、なんて言った?」

 静かであり、恐ろしく低い声でそう訊くセピア。この時はじめてロバートは失言に気がついた様だ。

「………あ? 冗談だ。今のは忘れていいぞ」

 もう無理だ! と半ば思った事だが、必死の思いでそれらを押し殺す。この場は戦場であり、自分たちは戦いにすら参加出来なかった。これ以上恥の上塗りをする訳にはいかないからだ。

「……赤ん坊だった私に何をしたのか、今は不問としておきます。……これからどうしますか? 兄さん」
「……そうだな。あ~何がだ?」
「フレッチャー隊は敗北し、街内へと敗走。後は敵が追撃するだけで、私達に出来る事はありませんが……」

 現状を見れば明らかだった。たった2人で、リーザス解放軍たちに太刀打ちなど出来る筈もない。まるで虫けらの様に踏み潰されておしまいだろう。
 だが、ロバートはそうは思ってないらしく、大笑いをしていた。

「あーーはははははは! お前は生真面目な奴だ! セピア!」
「……馬鹿にしてますか?」
「逆だ。その逆。生真面目なのは良い事なんだ。そう言うヤツは成功への可能性を上げる。お前らは組織に不可欠な人間なんだ。……だが、肝に銘じておけ、お前らは成功の可能性を上げるが、決して成功することはない。あくまで上げるだけであり、100にする事ではないからな。 行くぞセピア。勝機というのは こういう時に眠っている」

 意気揚々と前進していくロバート。
 ……これまで触れなかったが、その姿も明らかに常軌を逸している、と言っていいだろう。が、セピア自身は嫌ではあるのだが、見慣れていると言えばそうだから何も言わない。ただ、驚いているんだ。

「待って! どこに行くんですか!?」
「勝ちに行くんだ」

 自分の腕を信じて疑わない男。有言実行を信じて疑わない男。それが、ロバート・ランドスターである。何処となく、ランスにも通じる所がある男が反撃の狼煙を上げるのだった。


 ……だが。


「がははは! 戦うつもりの様だぞ? 愚かなことだ! マリア、敵集団に突撃だぁ!」
「了解っ!!」

 そこで行われているのは、戦闘 とは呼べないものだった。
 戦車が旋回し、ヘルマン軍たちのいる場所へと一直線。キャタピラの音を立てて、突き進んでくる。

「く、来るぞ! 一歩も退くなぁ!」 
「ヘルマンに栄光あれ! ヘルマンに栄光あれぇぇぇ!!」

 半ば自棄になっているとしか言いようが無いだろう。

「無謀と勇敢は違うんだがな……」
「ここまで来てしまえば仕方がない事だろう。追先ほどまでは、圧倒している、と信じて疑わなかった連中だ。認めたくもない、とも思える。ここの大将を筆頭にな」

 チューリップに瞬く間に蹂躙されてしまう軍隊。
 主砲、副砲から放たれる強大なエネルギーは、一撃で集団を吹き飛ばす。かろうじて、逃れる事が出来た残敵は、小回りの訊く こちら側の部隊に蹂躙される。

「がはははは! ランス・あたぁぁぁっく!!」
「えいっ! 炎の矢っ!」
「火爆破!!」
「死んでもらうわ!!」

 遠距離系の攻撃を主体とし、接近して来たものがいれば、ランスの様に 剣で吹き飛ばす。

「こりゃ、楽だわ。カスタム防衛戦の時に、これがあったら良かったな?」

 剣を肩で担ぎ、ニヤリと笑っているミリ。

「そうだねー。幻獣さんの出番、全くないよ。マリアってば凄いっ!」

 ミルも周囲に幻獣を呼び出し、戦闘態勢を取っているのだが……、殆どがチューリップで終わる。後は後方支援組。ランスは目立ちたがり屋だから、前に出すぎている為、戦っているが、基本的には後衛から攻撃を放てる者達の攻撃だけで充分なのだ。

「その間に、トマトはユーリさんの、一休みですかねー!」
「コラ!! サボらない、トマト!」
「ええ~、慌てない慌てない、一休み一休み、と言うですよー?」
「と、トマトさんっ! 今は戦闘中なんですから……」

 戦闘中でありながら、いつも通りの彼女達は凄い。

「……成る程。この女戦士達も大したもの、と言う事なのだな」
「ああ。頼りになりすぎているよ」

 清十郎は、軽く笑いながらそう言い、ユーリも認めていた。

 そしてそして、普段であれば、男たちが後方で、こんなのんきに話をしていれば、ランスの檄が飛ぶ、と言うものなのだが、今は全く来ない。

 ランスはかなり有頂天だったからだ。

「がははははははは! どいうつもこいつも皆殺しだ!! この勢いのままバンバン行くぞーー!!」

 チューリップの攻撃力を、自由自在に操ってるからこそだ。(実際に操ってるのはマリアだが)

 兎も角、ランス達は意気軒昂、怒涛の勢いでレッド内を進んでいったのだった。





 そして、その勢いと 凡そ、戦いとも呼べない惨状を目の当たりにした者達がいた。

「なんなの、あれ…… めちゃくちゃ、だわ」
「……どうやらあいつらは、ルールと言う言葉を知らんらしい」

 ランドスター兄妹である。
 兄のロバートがタバコに火を点け、しかめ顔で煙を吐き出した。

「兄さん、しんがり部隊に私達も加勢しますか?」

 あの中に入っていけばどうなってしまうのか、火を見るよりも明らかだったのだが、このまま 何もしないままには出来ないセピアだった。だからこその進言だったのだが。ロバートは首を横に振る。

「……見ていなかったのか? あのデカ物デカントを、まるでオーブンの様にローストしきまう代物、正面から言っても死ぬだけだ。役にすらたってねぇ。ただ、焼かれるだけってな」
「じゃあ、火力のない私達には……」
「どうにもならん」

 ロバートが煙を吸うと、タバコの先端の火がジジジ、と音を立てて鳴った。

「なら、後続のためにも、せめて一太刀……」
「ほう、一太刀か? そりゃいい! 一太刀だけ入れて、満足して、ぽっくり殺されるのか! 最高だな! お前は天才だ。軍師と言っていい。オレが知らないあいだに、沢山の兵法書を読んだんだな? 何冊読んだ?」
「……馬鹿にしてますね」
「お前は昔から優等生すぎるんだ。そのせいもあって、応用がからっきしだ。もっと、ここ(・・)を使え」

 トントン、とロバートは自分のこめかみを指でつついた。

「先回りして、準備するぞ」

 ロバートはそう言うと、タバコを吐き出し、建物の影から影へと進むように、裏路地へ姿を消した。

「……あっ、もう」

 セピアは、律儀にも地面に落ちたタバコを足で踏み潰し、火を消してから兄をおっていった。




 その後も、連戦連勝。破竹の勢いで突き進んでいくチューリップ3号。
 このまま、レッドの街の攻略も時間の問題か、と思えていたのだが。

 それは突如起こった。

「な、なんだ!?」

 チューリップが突然停止したのだ。

「なにこれ!? 突然動かなくなっちゃった!」

 ギャリギャリギャリ、とキャタピラが空回りだけし続ける。故障のたぐいではないようだが、地面に縫い付けられたように、戦車が動かなくなったのだ。

「これは、粘着地面!?」
「志津香がランスに使ってる魔法か。……成る程、確かに足止めには絶好の魔法だな」

 素早くチューリップの下部を見た志津香がそう言い、ユーリは頷いた。

「感心してる場合じゃないわ。使用者の魔力を断ち切るか、解除するか、或いは強行突破するしか、方法はないのよ。何とかしないと……」
「それはマリアに任せよう。……オレたちはお客さんの相手だ」

 ユーリが剣を構えた所で、それは現れた。

「い、今だ!!」

 建物の影に隠れていたヘルマン兵たちが一斉に飛びかかってきたのだ。

「なんだぁ!?」
「ひぇ~~っ チューリップがまだ動けないのにー!」
「マリア。こっちは何とかするから、早くその場所から脱出してくれ。これは対人魔法だ。兵器を長く止められるとは思えない」
「頼んだわよ。マリア」

 ユーリの隣には志津香。そして、負けじと 乙女達が近寄ってくる。

「トマトもですかねー! 志津香さん! 美味しい所は あげませんよー!」
「私もっ!! がんばります!」
「やっと、幻獣さんの出番だよー!」
「っへへ、楽しもうぜ!」
「リア様の為、リーザスの為。今一度、集中して……」

 要であると思われるチューリップを足止めした上での襲撃。
 敵側は動揺し、一気に隙ができる、と睨んでいたのだが、宛が完全に外れた様だ。

「こ、こんな奴ら、無理だ!!」
「バカ野郎! そ、そんなこと言ってると、またロバート隊長にボコボコにさらえるぞ! 突撃だ。突撃しろーー!!」

 敵側もたじろ出てはいたものの、最早後退するような事はなかった。

「がははは! 雑魚がいくら集まろうと、ものの数ではなーい! よーし、いけ、我が下僕よ!」

 ランスは、チューリップの上で 人差し指をびしっ! と突き立てる。
 勿論『誰がランスの下僕よ!』と言う声が上がったのは言うまでもない。

「戦闘開始直後だと言うのに、本当に勇ましい娘達だ」

 清十郎も、それを見つつ、二刀を構えた。自身の血液を使用する技は無用だと考えた様だ。

「心底同感だ。……行くぞ!」
『おう!!』

 ユーリの号令の元、一斉に駆け出すカスタムの乙女達。ヘルマン軍の屈強な兵士達を物ともせず、まるでチューリップの砲撃を放ったかの様に、あっという間に吹き飛ばしてしまった。

「がはははは!」
「ら、ランス様。私達は行かなくて大丈夫なんでしょうか?」
「大丈夫なのだ。オレ様の女と下僕達だぞ? あの程度、疲れにもならん。まぁ この後でのオレ様との一戦を考えたら、体力が減っているのは好ましくないからな。よし。シィル。回復だ」
「あ、はい。みんなのいたいのーとんでけーー!!」

 シィルは、チューリップの上から、回復の雨を仲間達に使い、支援を始めた。強力な火器に回復まで加わり、まさに鬼に金棒だった。


 そして、敵側の頼みの綱であった、粘着地面も。

「えーーい! チューリップ全速前進!!」

 マリアの掛け声がそのまま力になったかの様に、その束縛から解き放たれた。

「どわぁぁ!!」

 いきなりの前進にランスがチューリップから投げ出されてしまい、あわや轢かれる寸前。

「ちぇぃ!!」

 もう少しでミンチになる所だったのだが、持ち前の強運と危機回避能力をで何とか回避する事が出来ていた。

「くぉら! 気を付けろ、馬鹿者が!」

 ランスはそう言うけれど、チューリップに搭乗しているマリアには聞こえる訳もなく、そのまま ヘルマン軍の方へと突進。仲間たちもそれに気づいて横に避け、僅かに残ったヘルマン兵たちは 成す術もなく、まさに見た通り、蹴散らされてしまった。

「もうちょっとで、だったのに」
「確かに……」

 しれっと、ランスが避けたのを見て 意気消沈気味の2人。誰とは言わないが。

「こらぁ! 聞こえているぞ! 志津香、かなみ! 後でお仕置き、S○Xだからな!!」

 ……ランスがばらしてしまったのだった。

 そして、戦車の突然の不調、足止めを思い、ユーリは呟く。

「それは兎も角、敵側にも 魔法使いがいる様だな。少しの時間とは言え、あの戦車の足を止めた程だ。注意しておこう」
「そう、ね。粘着地面は 魔法発生がわかりにくいし、巧妙に仕掛けられていたら、回避もしにくい。……注意だわ」

 志津香も同様だった。自らがよく使う魔法だからこそ、その厄介さは判るのだろう。大分頼っている魔法でもあるから。


 一行は、進む道そのものにも、充分に注意しながら 先へと進んでいったのだった。


 そして、それを見ている者たちも、勿論いる。粘着地面をしかけた超本人が。

「……兄さんの作戦、失敗……ですね……。最後に私達も突撃する予定だったのに……」
「もう少しでタッチダウンだった……。だが、お前の粘着地面の魔法が破られた瞬間、後はワンサイドゲーム。……いや、粘着地面が破られてなかったとしても、あの連中の力量は半端じゃなぇぜ。中々やるガイがいるみてぇだ。……降りるざるを得ないな。オレの部下たちを、あの野郎……」

 ロバートの瞳は怒りで揺らめいていた。

「ごめんなさい……。私が初歩の魔法しか使えないから……」
「誰がお前を責めるもんか。お前を責めるような糞馬鹿野郎がいたら、兄ちゃんがすぐにそいつを殺してやる。今すぐだ。いいか? オレの愛する妹を馬鹿にするなら、たとえお前がオレの愛する妹でも、殺してケツに石油ぶち込むぞ。二度というな」
「………」

 励まされているのかどうか、微妙な所だが、セピアは泣き言はもう言わなかった。ただ、嘆くだけでは 散っていった部下たちに申し訳がたたないからだ。だが、それでも手詰まりなのは見て明らかだ。

「……今回は相手が、糞馬鹿火力の糞馬鹿野郎だっただけだ。あの箱から降りても、糞馬鹿火力だった、ってな」
「なら、やはりもう方法は……」

 連中は、降りても強い。切り札だと思えるあの鉄の塊。だが、それに100%頼っているだけではなかったのだ。頼らなくとも、充分にこのレッドを落せるだけの兵力を備えているのだ。だからこそ、もうできる事は限られてくる。

「かくなる上は……」
「剣はしまっておけ。この戦い、もうそれは役に立たん」
「――でもっ!」
「お前も見ただろう? あの足止めした鉄屑糞馬鹿野郎の直ぐ傍で控えていた糞馬鹿力野郎の事を。あんなのに、お前の剣が通じると思うか?」
「っ……」

 セピアは、歯を食いしばった。確かに最もなのだ。屈強なヘルマン軍の兵士。そして重厚な鎧。あの砲撃ならまだしも、白兵戦で いとも容易く斬ってのけた。それも目に映らない早さで、まるで紙切れを斬るかの様に。

「あんなのに、お前が突っ込んでいっても、逆にお前のケツに突っ込まれるだけだ。愛しい妹に、そんな真似はさせねぇ。お前のケツはオレのもんだからな」
「……誰のものでもありません!」

 訳の判らない事を言われたから、何とか冷静に考える事ができる様になった。

「兎も角、次のターンだ。行くぞ」

 ロバートはそう言うと、再び建物の影へと入っていき、セピアもそれに続いた。








 チューリップの元、敗走した12の数の半数以上の部隊を蹴散らした所で、それは起きた。

「いっけーー! チューリップ! 貴方が最強よーー! どんどん行くわよーー!!」

 マリアが操縦し、更に主砲・副砲の砲弾を確認していた時だ。
 突如、ばんっ!! と言う轟音、破裂音が響いた。

「きゃあああ!」
「うおっ! なんだ!?」

 それは戦車の下からだった。そこまでの規模ではない破裂だったが、戦車が少し揺れた。

「大丈夫か? ランス。マリア」
「ぐむむむ、おお、びっくりした。おい、マリア、何があったというのだ!?」

 チューリップの搭乗口から、ひょこっと顔を出したマリア。どうやら怪我らしい怪我はなさそうだから、安心する事は出来た。

「あ、ああ、平気平気……だけど、びっくりした。ごめん、何か、踏んじゃったみたいで……」

 チューリップの底部を確認する志津香。そこには何かが爆発したような跡もある。

「少し、傷ついているわよ」
「ええっっ!?」

 志津香の言葉を訊いて、飛び降りて、状態を確認する。

「あっ、本当だ! せっかく、作ったばかりなのにーー!!」
「平気が傷つくのは当然だろ、何を言っとるんだ」
「まぁ、それはそうだな。だが、あれ程の揺れの割には、だな」
「ぅぅ。判ってるわよ。……うん。ちょっとだけの傷で良かったけど。何だか、腹が立ってきたっっ!!」

 マリアは、両の拳を振るい上げた。
 どうやら、愛しいチューリップに傷をつけられた事に、奮起している様だ。

「走行は大丈夫なの? マリア」
「大丈夫!! 私のチューリップをこんなにしてくれて! 許さないんだから!」

 マリアは奮起しながら、飛び乗った。

 ユーリは、爆発、破裂した箇所を重点的に見ていた。

「敵の攻撃、ですかね……?」

 かなみがユーリの傍でそう訊く。ユーリも頷いた。

「ああ。十中八九、間違いないな。プチハニー……ではない様だ。破片が無いからな……ん?」

 ユーリは、チューリップ本体にこびりついた何かを発見した。

「これは……」
「何? それ」

 志津香も近づいてくる。魔法の類ではないと言う事は判っていた。魔法であれば、直後にでも感じる事ができるし、発動した後でも、魔力の残滓が残る事もある。それらが一切無いからこそ、だ。

「多分、爆発茸だ。……見た事はあるな。マルグリッド迷宮みたいな洞窟系の場所で」

 踏めば、無気力にされるあの茸とは違い、地雷茸とも呼ばれている代物で、結構危険だ。
 宝箱が爆発するのは、一節には これが育ってしまっていたから、とも言われている。

「……注意したほうが良いわよね?」
「私も注意しておきます。……見つけるのはかなり難しそうですが」
「ん。だが チューリップもそうだが、オレたちもな。チューリップだからこそ、あの程度で済んだんだから」

 ユーリはそう言うと、皆に今回の件を伝える。道中注意する事を。





 そして、それを仕掛けた張本人が、建物の影から笑いながら見ていた。

「ふふっ……よーしよしよしよし……まずは1点追加だ。反撃の狼煙は上がった」
「兄さん、今のは……?」
「これだ」

 ロバートは中に何か入った袋をセピアに放り投げた。

「丸薬? なんなの、これ?」
「これは破裂玉だ。爆発茸を内蔵した爆発物。……24、5年前までは普通に使用されていたが ちょっとした衝撃ですぐに大爆発するのでいつしか使用されなくなったアイテムだ」
「って! なんてものを放り投げるの!?」

 ひょいっと、まるでパンを放り投げるかの様に渡されたのは危険物だった事を知り、 青ざめてしまうセピア。だが、ロバートは全く気にした様子をみせない。

「これをあのデカ物野郎の足元に仕掛けた。足を破壊すりゃ後はその場で、回るしかないただのデカい風見鶏だ。ジャブでも何回打ってりゃ いずれダウンする。徹底的に連中の足をガタガタにしてやるぜ……。っと言いてぇが、妹よ」
「何?」
「さっき言ったあの糞野郎には注意しろ。ケツ掘られるくらいじゃすまねぇ」
「い、いい加減お尻から離れて!!」

 くわっ! と大声を上げるセピア。
 ロバートが言った言葉の真意。破裂した爆発茸を含んだ破裂玉だ。痕跡なんて 殆ど残らず爆散してしまうと言うのに、僅かにこびりついた茸の欠片だけで 気づいたのだ。

「観察力もヤベェってか。あっという間に妹の穴の位置を掴まれそうだぜ」
「うるさい!!」
 
 兎も角、妙な男に警戒されてしまうユーリだった。

 その後は、ユーリの言ったとおり、警戒網をそれなりに張った為か、破裂玉を事前に察知し、破壊する事に成功。だが、何度かは足元で爆発したりと防ぎきれなかったが、それでも全く問題なかった。
 そして、残党も大体屠り終える。

「……そろそろヘルマン兵たちも見かけなくなってきたわね。戦塵もあまり無い見たいだし。向こうの抵抗軍の方も同様みたい」
「そうね。……確かに静かになってきた……」
「油断するな、お前ら。大将はまだ見つけていないんだからな」
「判ってるわよ。そんな事くらい」

 ペースを全く乱さない。
 その姿を忌々しげに見るもの達がいた。

「Fuck…… 糞の塊のようなあのデカ物。まだ元気なままじゃないか」
「やはり、火力が足りない。……ここがどうにかできなければ何をしても無駄だわ……。恐らくフレッチャー殿は、レッドの町長の屋敷。籠城するのには理想的な場所だから。でも、あれが突っ込んできたら……」
「なら、とっておきの作戦がある。それに賭けるぞ」
「とっておきの……さく、せん……」

 セピアはそれを訊いて顔をしかめさせた。

「なんだ、その顔は。愛しい妹よ」
「兄さんがとっておき、と言う作戦はいつもろくな事にならないから」

 随分と辛辣な台詞である。だが、実の兄である事実がずっと付きまとってきてしまうから、これくらいは言わせてもらいたいのだろう。

「………オーーーーーー!! Fuck! なんてことだ。オレの妹が、こんな、こんな生意気な! こんな事が許されるのか! 誰が、誰がこんなことを! チクショウ! ふざけるな!!」
「ちょ、兄さん、落ち着いて。バレたらどうするの!」
「いいぞ」

 ……今のはなんだったんだろう? と思いたくなる程、ケロっと落ち着きを取り戻したロバート。そしてその後諭すような口調で語りかける。

「妹よ、オレを信じることが出来ない、っていうのか?」
「……パンツ丸出しでいる兄をどう信じろ、というのですか? 兄さんが軍規を嫌い、そうしているのは知っていますが」

 そう、ここで説明しておこう。
 上半身こそは、鎧を、防具を来ている彼だが、下半身はパンツ一枚しか入ていないのだ。それも真っ白なブリーフ。その腕には、なぜかポリタンクを持っており、いつでも火を起こすことができる様だ。 つまり、客観的にみたら、ただの変態だ。

「軍規を嫌い? 何を言ってる? オレはただ蒸れるから下を穿かないだけだ」
「……兄さん、一年前は、硬い軍の考えに反発する意を示すため、合えて下着以外は着用しないのだと―――」
「何年オレの妹をやっている。嘘だ。まさかそんな話、ずっと信じていたのか?」

 ここで、完全に兄の言うことを信じないでおこう、と少しでも思ったセピアは正常だ。
 ムカつくのを何とか堪えつつ、セピアは続けた。

「……ズボン、穿いて下さい。今直ぐ!」
「パンツの何が悪い!? お前だって、穿いてるだろう!」
「…………」

 言葉が全く通じない生粋の変態。
 が、これは一見、欠点なだけに見えるが、それが故にロバートが余人とかけ離れた発送ができるのも事実だった。常識にとらわれ内行動力、そして実行力を第3軍将軍である、トーマは評価をしていたのだ。
 妹であるセピアが彼を切る事が出来ないのは、そこにあった。尊敬するトーマ将軍の信じる兄であるのなら、と 少しながら信じる事が出来たのだ。

「(こんな兄だからこそ…… こんな馬鹿げた状況をひっくり返すきっかけになるかもしれない、か……。判らないけど。相手も異常過ぎるから)」

 相手の異常性を考えたら、どっこいどっこいな気がするのだ。似たような匂いも感じる。特に、あの兵器の上で大笑いを続けて剣を振るい続けている男。確か名をランスと言っていた。

 そして、もう1人。明らかにあのメンバーの中では頭ひとつ分は抜き出ているであろう実力者。影で見ていてもよく判ると言うものだ。殆ど全員から信頼されており、ある程度の指示も出している部分もあったから。確か 名をユーリ、と言っただろうか。
 妙に反発し合っているのはランスで、それだけが 意味不明だったが。
 
 そんな中で、ロバートが訳の判らない持論を展開させていた。

「いいか、妹よ! 大昔、誰かが股間を隠した。その糞馬鹿野郎のせいで、今持って尚、恥部は隠すものとなったが、この俺が――」
「判った。わかったから、服そうはそのままでいいから、兄さんを信じるわ。だから作戦を聞かせて。あの兵器より、アイツ等が油断にならないのは私も判った事だし」
「おっ……」

 ロバートはセピアの言葉に一瞬居を疲れた様子だったが、すぐに手のひらにあるものを見せた。

「こいつを使う」

 ロバートがみせたのは破裂玉。そして……。

「とりもち? こんなものどう……」
「足がダメなら、本体を直接叩く。俺自身が地面に潜み、やつのどてっぱらにこれを取り付けてくる。その後、お前の火爆破でこれを狙え。1つ1つの威力は大したことないが、2つ合わさればダメージは跳ね上がる」
「これは」また……危険な。それに成功率の低い作戦ね。死ぬかも知れないわよ?」
「やめるか?」
「いえ、やりましょう。私は知ってるから。私は知ってるわ。兄さんに作戦成功率の高さ低さは関係ない。どんなに成功率が高くても失敗するし、どんなに成功率が低くても達成する。常に一か八かしかない人だって」

 セピアは珍しく常に固く引き結んでいる口をかすかに緩めた。

「うまくやってね。兄さん、いつも最後の詰めで不運に見舞われるんだから」
「生意気な妹はFuckするぞ。無駄口を叩く暇があれば持ち場に付け。……時間が来たら火爆破を放つんだぞ」
「了解!」

 セピアは、言うが早いか、すぐに建物の影へと消えていった。

「ふふん……。さてと」

 セピアの後ろ姿を眺めながら、ロバートはニヤニヤと笑った。

「……そろそろ、素敵な糞馬鹿野郎達に、オレのチ○ポをブチ込む時間だ。男だろうが、女だろうが関係ねぇ。全員等しくチ○ポをブチ込む。特にあの大将格らしき男達は、二度と勃たない不能になる程、念入りにだ。くくく、その馬鹿みてぇな戦闘力に騙されかけたが、随分と可愛らしい顔してやがったからなぁ。大将格の中でも更に更に念入りにだ。せいぜい去勢される動物のような情けない悲鳴を上げるがいい……」
「……………」

 近くでそれを訊いていた部下は青ざめていた。その形を見た上での発言だったから、容易に その行為をしている姿が連想してしまったのだろう。したくなかった様だが。ロバートはその視線と表情に気づいて、直ぐに静かになり。

「冗談、だ。オレはゲイじゃない」

 とだけ一言。
 全くをもって説得力がないのである。



 そして、ロバートの行動力は本当に早かった。奇抜な発想ができ、更にそれを直ぐに行動に移せる。セピアの言う通りであり、姿形と性格は違えど、何処かの『がはは』笑いの男と通じるものがある様だ。

「…………」

 ロバートは1人、地面に掘った穴の中に待機していた。

「(あ~~……子宮の中にいる様だ……。悪くない、悪くない気分だ……む……?)」

 隠れている間にそれはきた。
 地面の中、と言う事もあり、それはよく響いて聴こえてくるのだ。あの独特の音、戦車が地を駆け巡っている音。キャタピラ音がロバートのいる場所にまで届いている。

「(やる事は単純明快。デカ物が真上にきたら、すぐさま腹にトリモチ付きの破裂玉を設置し、また隠れる)」

 言葉にすれば、確かに簡単だ。だが、実際はそう簡単ではない。そもそも、彼の隠れている穴の上に都合よく洗車が来る保証などないのだ。
 そして、僅かにでも、離れた場所を通過し、強引にトリモチをつけよう物なら、直ぐ傍にいる部隊に見つかる可能性が極めて高い。遠巻きに見ていただけなのだが、ロバートが《ヤバイ》と称した男がいるのだから。

 だが、ロバートの心には、作戦失敗に対する不安など微塵もありはしなかった。過剰なまでの自信、と言えるだろう。

 やはり、似ている……。

 そして、戦車の音が近づく。徐々に大きくなっていく。

「(………焦りは失敗を呼ぶ。もっと近づくのを待つんだ)」

 穴の中からでは、外は窺えない。ただ、耳だけを頼りに機を窺った。

「(まだ……まだまだ………だ……)」

 徐々に音が大きくなり、振動も伝わる。
 そして!

「(ここだ!!)」

 ロバートが穴から出た時、真上にあったのは丁度 戦車の腹。ど真ん中。

「(はははははははははははは!! ドンピシャリだ! さぁ、チンタラしている暇はねぇ! 後はすぐさま穴の中に戻る!)」

 工作活動はロバートにとってお手の物、手先の器用な彼はまるで、工兵の様に手馴れた速度で、すぐさま歯列玉設置を終えていた。戦車の移動速度も 敵残党を補足する為、探す為に歩行速度よりも落としていた事も幸いしただろう。
 だがもしも、敵に姿を見られれば多勢に無勢。勝てる見込みは非常に薄い。ほんの少しも気配を出してはいけない状況。

 だったのだが、ここでロバートとっては誤算だった事が起きる。

「お前か。随分と引っ掻き回してくれたのは」
「!!」

 まるで、ロバートがいたのが判っていたかの様に現れたのだ。

「Fuck!! な、なぜだ! このオレの完璧なチン○ぶち込み作戦を!!」
「奇抜、奇想天外。まさか、この巨大な鉄の塊の下に潜り込むなんて、誰も考えつかないだろう。恐怖心だって有るはずだしな。……爆弾、破裂玉の警戒はしたとしても」

 現れたのは、男。
 他の連中は、殆どの部隊を倒して終えているから、残党に注意しつつ、散開をしていたのだ。故に戦車近くにいたのは、ランスとユーリ、そして搭乗しているマリアのみ。そして、男を見つけたのはユーリだった。

「破裂玉は、このチューリップには少しばかり火力が足りない。……が、歩兵である皆はそうはいかないからな。だから 少しばかり離していたんだが、そこをついてくるのは、中々見事だった」
「くぅぅ。この俺の上を逝きやがるとは! 糞馬鹿野郎以上の糞馬鹿野郎だぜ!!」

 ジタバタ足掻こうと、立ち上がろうしつつ、後退したその時だ。
 べちょっ! と言う音が聞こえたのは。

「あ……?」
「ん?」

 ロバートの身体が動かない。異常事態に見舞われた様だ。

「なあああああっ! せ、背中に!!」
「なんだ。粘着地面を使っていたと思ったが、とりもちか。魔法兵が何処かで潜んでいるのか? それとももう、使えない程消耗したのか?」

 何やら、とりもちが背中にまでくっついていた様で、そのまま、戦車の後部にひっつき、ズルズルと引きづられる。
 ……そのロバートを呆れながら見ているユーリ。それによくよく見れば、装備も異常だ。ポリタンクを片手に、上着はあるものの、下はパンツ1枚。明らかに異常者。変質者。だが、発想は他とは違うあり方をしている。
 事実、もしも ユーリが後ほんの少し、チューリップに戻るタイミングを見誤れば、見逃してしまっていたかもしれないのだから。

 そのまま、ロバートは引きずられてしまう。この時、幸運だったのが ロバートの背中にべちょり、とついたとりもち。故に破裂玉を完全に覆い隠したのだ。そして、まさか自爆をするなどと思えない(見た感じ的に)と思っていた事と、チューリップの装甲に破裂玉は 恐るるに足らないと思っていたユーリの僅かな驕りと油断。

 そう、ここまでズタボロにされてしまったヘルマン側が 一矢報いる。と言う意味では、後セピアの火爆破だけで事足りるのだ。

「来た………!」

 そして、建物の影から、表街道を伺っていたセピアは、戦車の到来に緊張の汗を、一筋流していた。

「(さぁ、後は戦車の下部に向けて、火爆破を放つだけ。平気、平気よ……きっと、うまくいく……)」

 精神統一をするセピア。魔法において、それが何よりも重要なのだから。

「い、いかん! このままじゃ!!」
「チューリップに引きずられるばかりだな。投降するのなら、助けてやるぞ」

 正直、容姿だけじゃなく、その引き摺られ、何処か間抜けにさえ見えてしまう策士を見て僅かながらの敬意と同情・憐れみを向けた故に、即座に斬るような事はしなかった。相手は丸腰だから、と言う理由もある。

「ち、ちがーーう! このままじゃ、オーブンでチンされちまうんだよ! オレのチ○ポもこんがり焼かれちまう!!」
「はぁ?」

 ロバートの言い方に問題がある。全てを例えで言っている為、要領を得ない。と言うより解読するのが中々に困難であり、解読する時間も殆どない。

「(兄さん。設置はうまくいったわよね……。信じているからね) 火爆破!!」
「NOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!」

 ロバートは確かに見た。
 建物の影で、チラリと光るのを。そして、その光る前に、妹の姿がはっきりと見えたのを。……その正体が火爆破だと言う事も。

「ぬ!! しまった!!」

 ユーリは、攻撃の気配を察し、すぐさま 後方へと跳躍。魔法を斬る事ができるユーリだが、流石に、ノータイムで技を繰り出すような事は出来ない。火爆破の方が遥かに早いからだ。

「マリア! ランス! 衝撃に備えろ!」
「なにぃ!?」
「ええっ!!」

 その声と同時にだった。
 戦車の下で、爆発が起こったのだ。破裂玉と火爆破が合わさり、相乗効果もあって、更に威力を増した。

「どわぁぁぁ! こ、こらぁぁ! ユーリ! きさまかぁ!?」
 
 爆風と熱波に煽られながら、ランスは何とか戦車の上で、体勢を立て直す。

「うきゃあああっ!!」

 マリアも、破裂玉だけではなく、火爆破まで合わさり、想像以上の衝撃で、驚き声を上げてしまっていた。

 結果的に、チューリップは問題ないが、派手に点火したものだから、全員が注目する。

「ちょ、ちょっと! なによ、今の爆発! マリア、ユーリ! 大丈夫!?」

 比較的近くにいた志津香が直ぐに駆け寄った。チューリップの装甲の硬さを知っているから、大丈夫だとは思っていたが、生身の人間であればそうはいかないだろう。
 ユーリの話で、魔法の類であれば 受ける前に集中をしていれば大丈夫。が、破裂玉の様な 火薬を使った類のモノ、魔法ではない力では 効果がない。故に回避しなければならないのだ。だからこそ、2人の心配をして、駆けつけた。

「だ、大丈夫ですかねーー! びっくりしたです!」
「ユーリさん。マリアさん!」
「大丈夫か!?」
「すっごいばくはつだったよ……。私、驚いちゃった」

 トマト、ラン、ミリ、ミルも駆けつける。

「び、びっくりです…… ランスさまぁ……」
「シィルちゃん、大丈夫? ゆ、ユーリさんっ」

 シィルを支えつつ、戦車の下にいるであろう、ユーリを探すかなみ。

 つまり、殆ど全員がランスのことは構ってない様子。

「こらぁァ! お前ら! ユーリユーリと! オレ様もいるのだぞ!」
「ランスは大丈夫でしょ?」
「そうよ」
「心配しないですかねー。ランスさんなら、ぜ~~んぜん、問題視しないですかねー」
「ま、殺しても死なないだろ?」
「私のはじめての人だもんねー」
「あ、あははは……」

 そんな言葉にさらっと返すカスタムの面々とかなみ。

「ふぅ……。まぁ 確かに。この程度でランスをどうにかできる訳がないもんな? 事実、無事だし」

 軽く首と肩をまわしながら、そう言うのはユーリだ。
 皆、ユーリの姿を見てホッとしていた。

「む……? がははは! 当然だ。オレ様はそこら辺の無能どもとはちがーう! この程度、痛くも痒くもないのだ! がははは!」

 直ぐに上機嫌になるランス。やはりちょろいのである。

「マリア、大丈夫?」

 その間に、志津香はマリアの方を見た。
 マリアは戦車から頭を出していたが、ぐるぐると目を回している様だ。

「へ、へーき、へーき……流石にびっくりしたけど……」

 マリアは、手を上げていた。

「うむ。だが あの爆発でも壊れないか。オレ様の様に回避した訳でもないというのに、大した頑丈さだな」
「だな。破裂玉だけじゃなく、火の魔法も飛んでいた。恐らく火爆破。同じ属性だから、威力も上がっているだろう。……正直侮っていたよ」

 ランスもユーリもチューリップの頑丈さに改めて舌を巻く。
 ユーリの侮り、は勿論あのロバートに対するものでもあった。

「ふふん! それはもう、私の自慢のチューリップだもの! それくらい、当然よ! って、それよりどうして爆発なんて……」
「あれ、だ」

 ユーリが指さした。そこには……。

「あん? 黒焦げの死体?」

 まるで、頭から地面に埋まり、両足でバンザイ! している様な形で、焦げている男がそこにはいた。

「側面を見ていたら、人影があってな。……まさか、特攻を仕掛けてくるとは思わなかったよ」
「戦車の真下に張り付いていたのね。よく気づいたわね? ユーリ」
「仕掛けをした後で、だったがな。もう少し注意しておくべきだった」

 ユーリがそう言うと、ここぞとばかりにランスが指摘。

「この役立たず!」
「ちゃんと、備えろ、って言っただろ? 其れくらいランスなら、楽勝だと思ったんだがな。ちゃんと世話が必要なのか?」
「ぐむ! 誰がきさまの世話など! そうだ。オレ様はこの程度なら、朝飯前なのだ! がははは!」

 あっという間に……いつも通り。

「ったく。この馬鹿は……」

 志津香も呆れる。ほかのメンバーも例外はいるが大体は以下同文だった。

「まぁ、気にするな。……っと、そうだ。清はどうしたんだ?」
「清十郎さんなら、もう少し先へと偵察に行ってくれています、お1人では、と思ったのですが、効率面とそして彼の実力を考慮しましたので……。ちゃんと何かあれば連絡を、とは言ってますが」

 かなみが、少し申し訳なさそうに言っていた。どうやら、少し強引に行ったみたいで、責任を感じているのだろうか。

「大丈夫だ。清ならな。……見極めが出来ない男じゃない。かなみも知ってるだろう?」
「あ、はい」
「なら、行こう。さっさと合流して 頭を見つけないとな」

 ユーリはそう言うと、かなみは笑顔になり、戻っていった。

「……だが、アイツは何処となくウチの馬鹿と同じ感じがしたが……、気のせいかな?」

 ユーリは焦げている男をチラリと見てそう呟くが、長居は無用だ。ランス達は黒焦げ兵士、ロバートを無視して先へと進んでいった時。

「ね……ネヴァ~……ギブアァァーーップ…… がくっ」

 ちゃっかりと生きていたロバートは気絶したのだった。殺しても死なない男、ロバートここにあり。



 そして、その後 更にレッドの町の奥にある町長の屋敷。

 ここに来るまでの間に敵兵に聞いた話によると、ここがヘルマンの司令本部。その眼前にまで到達したのだが……。そこに通じる道は全て途絶えてしまっていた。

「……こんな要塞みたいな屋敷があるのか」
「普通は無いわね。戦場になることを想定でもしていたのかしら。……ん? これは」

 志津香は、足元に落ちていた何かの欠片、陶器の様な欠片を手にとった。それを見たマリアは理解した。

「それ、プチハニーの欠片ね……。多分即興で作った防壁、と言ったところでしょう」
「バカか、マリア。これの何処が壁なのだ」
「んもう! ただの比喩よ! 単純な足止めとしては、最短最適よ。チューリップは通れないし、下まで深そうだし……迂回仕様にも、多分これなら屋敷を囲むように穴を開けてるみたいよ。プチハニーは強力だし。正直、あの破裂玉よりも」

 だが、どれだけのプチハニーを作ったんだ? そんなにプチハニーがあるのなら、破裂玉ではなく、そちらを攻撃に使ったほうが幾らかマシだったんじゃないか? と思えたが、そこはスルーだ。

 敵側にしては、まさかの敗戦だったから、即興の防護柵としてはマリアの言うとおり、いい手段だろう。篭城戦をする為の兵力もまだ残っている様だ。

「……それにしても、困ったわ。あの建物の中に敵の司令官、フレッチャーがいる筈なのに……」
「ほほう、敵の大将がここに隠れていると言うのか」

 マリアは、あの屋敷を見て考え、ランスもその場所を見据えていた。

「……流石の私も、この距離を超えるのは」

 かなみも、大体の距離を測るが、飛び越えるのはきついとの事だ。とりあえず、ユーリは軽くかなみの頭を触る。

「他の方法を考えよう。仮に1人で行けたって危ないだけだろう?」
「あぅ……そうですね」

 かなみは、一人でもなんとかしてやろうと、していた様だ。解放を急ぐあまりの無謀な行動が皆に認められるはずもない。

「私も同感よ。1人でかなみを行かせる訳にはいかないでしょ?」

 志津香もニコリと笑っていた。……笑いながらも、何やら地団駄? している足は止めない。そろそろ、地面にヒビが入るのでは?

「ま、かなみが、オレ達を担いで飛んでくれる、飛べるって言うのなら全然OKなんだがな?  それが無理ならオレも却下の方向だ」
「そうですかねー! かなみさんだけ 活躍させるなんて許せないですよ~!」
「ですね。皆で、ヘルマンをやっつけるんです。考えましょう」

 女性陣も同様だった。大切な仲間なのだから。かなみは、とても嬉しくて 涙がでそうな思いだった。

「よし! 考えたぞ」

ランスは、チューリップから降りるとびしっ! と屋敷に向かって指をさした。

「また、変なこと考えたんじゃないでしょうね……」
「……良いからそろそろ足踏むのヤメロ……。ってか、マジで、なんで踏む?」
「う、うっさい!! 気合を入れてただけよ!」
「……自分に入れろよ、気合は」

 とにかく、最初から志津香が足をしきりに攻撃していたので、やめさせる。
 HP徐々に減少、状態異常効果をずっと受けていたよーなもので、何とか治まって良かった。 

 それはそうと、ランスは高らかに宣言した。

「マリア! チューリップ3号で飛んでこの掘りを超えるのだ!」
「馬鹿なこと言わないでよ! 戦車が飛べるわけ無いでしょ!」
「何ぃ!? このボロ戦車め!」
「ボロなんかじゃないもん!」

 ランスはマリアと色々と言い合っているし。……この時、志津香の事を見られてなかった為、志津香にとっては良かったのである。行動に表していても、やっぱり言われる事には慣れない志津香である。

「ふぅ、清は 何か良い手ないか?」
「ふむ、……そうだな。確か教会とこの町長屋敷が繋がっている、という話を聞いた覚えがある。信憑性は無いに等しい。裏を取ったわけではないからな……今あそこも住人の避難場所になってる筈だ」
「……教会か。いや、その情報だけでもありがたい。ランス」

 ユーリはそう言うとランスを呼んだ。

「む? なんだユーリ。お前が飛んで運ぶのか?」
「無茶苦茶いうな。人力でどうやって、運ぶんだよ。そんな事より」

 相変わらずなやり取りをした後。清十郎に聞いた話を伝えた。すると、俄然やる気になったようだ。

「がはは! レッドの町の女達がオレ様の助けをそこで、待っているのだ! よーし! マリア、教会へ舵を取れ!!」
「バカ、舵って何よ」

 次の目的地をはっきりとさせた一行は、教会へと向かっていった。







~レッドの町 教会~


 教会内部があの場所と繋がっていると言う清十郎の話には間違いはなかった。だからこそ、この場所からヘルマン軍が出てきて、占拠されたのだ。

「う……あなた方。今すぐ暴挙をやめなさい! 今に、今に神の天罰が下ります!」
「せ、セルさん……」

 教会内では、逃げていた住人達が何名かおり、皆武力の前に圧倒されてしまっていたのだ。抗っているのは、教会のシスターと、そして側にいる女の子ただ1人だけだった。

 後の者は、縛られ、拘束されている。

「げはは! ……妙な連中の妙な兵器のせいで、俺達は今大変なんだよ! その鬱憤をお前らの身体で払ってもらおうか……?」
「皆で楽しもうぜ? 3Pでも4Pでも……、けへへ、今日は寝かさないぜ? シスター」
「俺、こっちのロリっ娘とった~っと!」

 厭らしい下衆びた表情と、笑い声を教会内に響かせながら、ゆっくりと近づいてくる。身に付けていた黒鎧を脱ぎ捨てる。そのヘルマン軍の身体は、その国特有の特徴がある。それは、ヘルマンの男は死ぬまで身体が成長し続けると言うもの。……それは、圧倒的な体格差であり、武装解除した所で、女である2人に抗う術は無い。
 抵抗もまるで意味を成さないのだ。

「うっ……ううっ……、ゆ、ユーリ……さん……」

 セルの傍で、ぎゅっとセルの修道服の端を握り震えていた。この経験は以前にもしている。……あの時の絶望感は、覚えている。心的外傷(トラウマ)として、そして初恋も同時にだった。

 あの時は、あの人が助けてくれた。

 でも……今は……。

「た、たすけ……ユーリ、さん……っ」
「げへへ! 助けなんてこねーよ!」
「オレ達が愛してやるからな~? そのユーリってヤツに変わってよぉ?」
「ちぃとばかし俺らのはデカいが、其の辺は、我慢してくれや。ま、何言ってもするがなぁ?」

 下半身のイチモツを肥大化させながら近づいてくる男達。それは、恐怖の塊でしかなかった。あとほんの寸前の距離で、触れられてしまう。

「ゆ、ユーリ、ユーリさ……ん」
「ぎゃはは! 何度言っても助けなんてこねーよ!」
「やめてっっ!!」

 そんな彼女を庇うように、両手を広げて立ちふさがる。

「まぁ、2人ともヤっちまうトコだ! 遅いか早いかなんだよ!」

 1人が飛びかかり、シスターと彼女を引き剥がした。そして、羽交い締めにして、衣服を破いた。その純白の下着が顕になる。だが、決して心は屈すること無く、男達を睨みつける。

「へぇ、中々強気なシスターだなぁ。ま 日頃から説教してるからか? ……屈服させるのが楽しみだ」
「せ、セルさんっ……!」
「おおっと、お前さんの相手はこの俺だぜ?」

 引き剥がしたと同時に、別の男が彼女の前に現れる。見上げてしまいそうな体格。
 まるで、子供と大人の差だ。

 また、絶望を味わってしまう。

 今度は逃れることが出来ない残酷な未来。自身の初めては、あの人にと決めていたのに……、こんな形で……。

「……だぁ」
「あん?」

 目に溜まった涙がこぼれ落ち、そしてぱっと散らばせて、叫ぶ。

「やだぁっ! ユーリさんぁぁん!!! 助けてっ、助けてぇっ!!」

 心からの叫び。

 有るはずないし、ここにいる筈もない。だけど、叫ばずにはいられなかった。……心の中のあの人はいつも助けてくれる。ピンチになったら、必ず助けてくれる白馬の王子様だから。だから……、心から叫んだ。
 届く、届くと信じて。

「だから、助けなんざ“ずがぁぁっ!!!”ぐげぇぇっ!?」

 この時、奇跡が起きた。

 教会の窓が割れ、そして衝撃波が迸り、ヘルマン軍の連中を吹き飛ばしたのだ。

「ぐ……む! 一体なんだぁ!?」

 突然現れた衝撃に驚きを隠せない。

「……窓の修理費は、リーザスに請求してくれ」

 剣を肩に担いでいる男がいたのだ。そして、入口の扉も乱暴に開く。

「おいコラ! ユーリ! 格好よく助けるのはオレ様の役目だといつも言ってるだろうが!! 窓から飛び込むなど非常識ではないか!」

 ランスが、乗り込んできた。
 そして、目にとまったのは、美人のシスターが乱暴に犯されかけている光景。衣服を破られ、今まさに襲われる手前までいってる光景。

「んなもんは知らんし、ランスから非常識と言われるとは思わなかったわ! ……そんな事は良いからさっさと片付けるぞ? ……こいつら、目障りだ」
「もちろんだ馬鹿者! オレ様は、女の子に乱暴する奴は許しちゃおけねぇ!! 死ねぇ! キサマら!!」
「……ふむ、軽く捻ってやるか」

 人数は、それなりにいる。
 ランスやユーリが負けるとは毛頭思っていないが、隙を見て逃げ出したりしないとも限らないだろう。だから、清十郎も無刀ながらも、構えた。

「どりゃああ!! 死ねえええ!!」
「ぎゃああっっ!!!」

 ランスの一撃は、唐竹割り。身体が綺麗に2つに割れた……事はなく、何とか致命傷は回避出来た様だが、ランスの一撃は刃だけではなく、その後に派生してくる衝撃波。
 それが、致命傷になる一撃なのだ。衝撃波をモロにくらい絶命し、吹き飛んでいったのだ。

「ひ、ひぃぃ!!」
「逃げるくらいなら、端からやらなければ良かろうに。因果応報と言う言葉をしらんのか」

 その強大な一撃を目の当たりにした男の一人が案の定、逃げ出そうと掛けだしたが、それをさせない、防ぐ様に清十郎がいた。

「う、うるせぇぇ!! 死ねぇぇぇ!!」

 相手は丸腰。だから、なんの躊躇もなく刃を振り下ろしたのだが。

「ふん」

 最小限の動きで、それを回避。
 なんの手応えもなく空を斬る一撃は、床に当たり刃を喰い込ませた。その隙に、抜刀した清十郎は連撃の突きを放つ。全ての四肢を狙い、最後は頭蓋。

「ぁ………」

 悲鳴を上げるまもなく、男の意識は、刈り取られた。

「……相手との力量差も判らんとは愚かだな」

 剣を振り、剣についた血を飛ばすと 鞘へと収めた。


「ち、ちぃ!! 人数では勝ってるんだ! さっさと殺らねぇか!?」
「……その手を離せ」
「っ!!」

 目の前で、仲間があっという間に2人も殺され、恐怖した男が叫ぶが……突如悪寒を感じた。

 それは死の予感だった。

 それに吸い寄せられるように、振り向くと……、後ろにいた2人は、斬られて倒れている。

「ぁっ……ぁぁ……」

 男に捕まっている少女は、この時、はっきりとその人を目の当たりにした。

 ずっとずっと、思っていた人。自分にとっての白馬の王子様とずっと思っていて……、でも 何処かで現実は甘くないと半ば諦めていた。でも、やっぱり……。

「こ、こいつを殺されたくなかったら、そこ……を………」

 男が、少女の首に刃を当てようとした時。もう、男は目の前におらず……、探そうとしたその時。

「もう一度言う……そのコを離せ」
「ッ……」

 背後より現れた刃が男の兜の隙間。
 少し横にスライドさせると、丁度首が斬れる位置から生える様に出てきたのだ。男から血の気が一気に引いた。離した、と言うより力が抜け、少女を手放した。

「……一瞬で終わらせてやる」
「ひっ……!?」

 確かに男は離した。……だが、それで赦す道理はなかった。所々シスターである女性も傷ついているし、何より顔見知りである優希もそうだから。

 ユーリは、男に蹴りを1ついれ、引き離すと そのまま無数の突きを放った

 《煉獄・滅》の簡易版と言った所だろうか、だが、それでも無数の突きはあっという間に男の命を奪った。




 とまぁ、その後も少しは抵抗されたが ランスも暴れ足りないと言った様子で更に暴れ、瞬く間にヘルマン兵を蹴散らした。

「ふぅ……、大丈夫か? ……無事で良かったよ、優希」

 まだ床に力なく座り込んでいた少女。

 そう、リーザスの情報屋である色条優希。彼女は、ユーリの顔を見て、涙を流す。……だけど、足に力が入らないから、その場で手を必死に伸ばした。

「ゆー……ユーリさん……ユーリさんっっ!」
「……ああ」

 手を掴んで抱え上げると、その震える華奢な身体をユーリに預けた。

「た、助けてくれるって……しんじてましたっ……、ユーリさんは、私を助けてくれるって……し、しんじてましたっ……」

 涙を流しながら、胸に埋める優希。

「ああ。……遅れて悪かった。無事で良かった……」

 ユーリは、優希の身体を抱きしめ、そしてその後ろ髪を撫でる。



 その光景を羨ましそうに眺めているのが、後ろで控えていた女性陣。

「(うぅ……いーなぁ……、囚われのお姫様みたいなシチュエーションで……)」
「(むむむ、あのコは、確か真知子さんと同じ情報屋で友達の優希さん。油断ならなかったですかねー!新たなライバル出現ですかね!)」
「(………)」

 とまぁ、一部抜擢した乙女達の心情はこんな感じで。

 唯一、無心?であり、ただただ足に力を込めている様にしている緑髪の魔法使い。だけど、こんな時に、助けを信じて待っていた少女もいるのに、そんな事は出来ない……と葛藤させていた。

「しーづか!」
「わぁっ!?」

 マリアが、ぽんっ!と肩を叩くと、飛び上がるように身体が反応した。

「この時くらいは、優希ちゃんに譲ってあげようよ~? ね? ゆーをさ?? 志津香」
「う、うっさいわね! わ、私は何も……」
「えー? だって『ゆーは、私のm「ふんっ!!!」うきゃぁっ!?」

 足に集中させてた力を今度は指に持っていき、余計なことを言う親友の頬を思いっきり捻ったのだった。

「コラァ!! ユーリ、貴様! 可愛い女の子はオレ様のものだと言ってるだろうがぁぁ!!」

 当然ながら、志津香の横槍はないけど、ランスの横槍はあって、あまりの五月蝿さから、離れてしまった。優希は不満はあったけれど、心底安堵感に満ちていたから、一先ずはOKだったようである。





「どうも、危ないところを助けていただいてありがとうございます」

 そして、女性陣に付き添われ、服を直したシスターが改めてお礼を言っていた。修道服に身を包み、両手を組んで拝む様な仕草で。これこそが、シスターとしての振る舞いであり、佇まい。何処かの自称シスターに見せてやりたい、爪の垢を煎じて飲ませてやりたいと思わずにはいられないのである。

「がはは、軽い軽い! まるで、問題ないぞ? だが……」

 ランスは、ニヤニヤと笑う……、いやらしく笑うと。

「ぐふふ、オレ様に感謝しているというのなら……、先ほどの続きをオレ様とヤろうではないか! オレ様は優しくしてやるぞ? ぐふふ……!」
「は?」
「イイではないか! S○Xをやろうぜ!」
「駄目です」

 返答は、きっぱり一言。これまでの女性たちの様に、顔を赤らめたりせず、凛とした佇まいでしっかりと。

「神の教えに反しますので」
「どうしたもか?」
「はい、ごめんなさい」
「ぐ………」

 ランスは、不機嫌モードに戻ってしまいそうだ。
 と言うより、話が進まないからかなみが、前に出て話を聴くことにした。

「セルさん、さっきのヘルマン軍たちの事ですが、ここと町長の屋敷は繋がっていると聞きましたが、本当ですか?」
「あ、はい。そのとおりです。ここの地下道と繋がってますので、そこからだと思われます」
「がはは、オレ様の睨んだ通りだな!」
「なんでアンタなのよ。その情報は清十郎さんからでしょっ!」
「……オレは別に構わない」

 ランスの発言にも眉一つ動かさない清十郎。クールとはこう言う事を言うんだろうなぁ、と思わずにはいられない。

「予想以上に騒々しいな? ここの連中は」

 清十郎は、ユーリにそう言う。すると、ユーリはにやっと笑った。

「退屈はせずに済みそう……だろう?」
「……ああ。だが、慣れるのに時間がかかりそうだ。オレがいた世界では、オレはもとい、オレの周囲もこんな空気ではなかったからな」

 清十郎の表情は何処か遠く、儚さを秘めていた。

 戻りたいと言う想いではない。どこか、後悔をしている、そんな想いを秘めているかの様に。

「……だが、これだけは言える。……悪くはない」
「だろ?」

 ニヤっと笑ったユーリは、清十郎に拳を向けた。
 清十郎は、その仕草を理解するのに少し時間がかかったが、直ぐに理解して、拳を作り、そしてユーリの拳に当てた。

「ユーリさん……」
「おっと……、ああ、優希か。大丈夫だ、安心しろ」

 擦り寄ってくる優希を落ち着かせようと摩った。まだ、恐怖心が抜けてないのだろうと。こんな経験は2度目だから。

「……真知子さんにも直ぐに会える。そして、リーザスは、オレ達に任せろ」
「うんっ……、うんっ……!」

 優希は、必死に笑顔を作って……、笑顔で答えた。
 やっぱり、まだまだ羨ましく、わずかに恨めしくも思いながら見ていた志津香だったけれど、優希の事は知ってるし、ミルと同じように、自分の妹の様な気持ちにさせられるのだ。今くらいは仕方がないと思ったのだろう。

 ……茶々を入れてくるマリアの頬はしっかりと捻りながらも、微笑んでいた。


「がっははは! よーし! ここから、攻めるぞ! とっとと、ヘルマンの連中を壊滅させてやろう! その後にセルさんとS○Xだ!」
「ですから、神の教えに反しますから、それは出来ません。ランスさんには、一度、一からお話をする必要がありそうですね」
「……おお、シスター直々の説教なら、ランスも少しは更生出来るかもしれないか?」
「なにっ!?」

 ランスは、ずぎゃん!!っと面を食らっている様だ。

 そして、更に時間がたって……

「………男女の交わりというのは、快楽を貪るためにあるのではありません、悔い改めてください」
「ぐむ……むむ……」

 ランスはなんとか最後まで聞く事が出来た。
 まぁ、志津香が面白半分でプチ粘着地面を使って、動けなくして……、そしてまるで息が合っているかのように行動したのはかなみで、シィルを別室へと連れて行ったのだ。シィルは、無条件でランスの味方の様なものだから。

「あ、結構効いてるな」
「……まぁ、何時の時代、世界でも子供は説教と言うものを嫌うからな」

 ユーリと清十郎は、そんな話をしながら見ていた。
 一応、時間を無駄には出来ないけれど、抵抗軍も戦いに勝利したようで、外のリーザス軍と合流出来たと言う知らせもうけている。つまり、敵はもう総本山、あの司令本部のみだ。そこまで切羽詰った状況じゃなくなったから、見ていたと言う理由もある。

 ……単純に、たまにはランスにはいい薬だとも、場の殆どの皆が思っていた事だ。

「うがっ! セルさん! 今はヘルマン達を追い出す方が先決ではないか、このままでは、町の皆が大変だろう! それこそが今まさに大切な事だ! 神さまとやらもきっとそう言うぞ!」
「……それは、そうです。神の教えに反し 自らの欲望の為に侵略をする事など……。申し訳ありませんが、よろしくお願いします。私はここであなた方の無事を祈らせてもらいます」

 結局は、ランスの一言で話しは終了した。相変わらず、口車は上手いのである。

「セルさん。すまないが優希の事を頼む」
「あ、はい。大丈夫です。……よろしくお願いします。ユーリさん」
「ん? 名前をもう覚えてくれていたのか」

 セルに自己紹介をした覚えが無かった為、ユーリはそう聞いていた。
 これまでの会話のやり取りで覚えてくれたのか、と。だが、セルは首を振る。

「いえ、彼女がしきりに貴方の名前を言ってましたので。……ふふ、とても素晴らしいお人だときいていますよ」
「……成る程、流石にそう言われると照れるな」

 ユーリは、頬をポリポリと掻いていた。
 傍から見たら、セルと楽しそうに話している様にも見える光景。何処となく、ユーリも照れている為それが更に拍車をかける。勿論、それが気に食わない?彼女はいつも実力行使!

「コラ! さっさと行くわよ! モタモタしないの!」
「いてっ…、踏む次は蹴りかよ……」
「モタモタしてるアンタが悪い!」
「横暴だ……」

 見事なインロー!
 派手に蹴りを入れたら、またスカートが捲れてしまうから、少しは気を使ったようだ。……ユーリには気を使わないみたいだけど。

「次はチューリップも入れない地下道なのよ! ここからが本盤なんだからね!」
「はいはい。判ってるって」

 志津香は、バシッ!と叩きながらユーリをとっとと地下道へと向かわす。その光景を微笑ましそうに見ているセル。

 そして、複雑なのは優希だ。

 落ち着いた彼女だったが……、志津香とユーリの姿を見て、やっぱりと。真知子から色々と聞いていた彼女。勿論志津香とも面識があるし、彼女の事も好きだ。……でも、憧れの人で、好きな人相手だから。

「ううー……」

 真知子が言っていた占い、ユーリの女難の相?
 違う……、自分にとってのものだった。真知子さんが言うように、彼を想っている人が多いと言う事。

「……でも、負けないもん!」

 優希は、一歩前に出た。
 そこには、とっととユーリを押し出して、一息ついている志津香がいる。

「志津香さんっ!」
「ん?」

 志津香は振り返る。
 もう、ここにいるのは志津香だけであり、他の皆は地下道に。いや、マリアは待機組として傍にいた。でも、忘れさられているように、優希は志津香に向かって一言。

「私、私っ…… 負けないからねっ!」
「っ……!?」

 何に対する負けない、なのか……、それは勿論志津香には判っていた。マリアもニヤニヤとしてみていたが、茶化したりはしていない。……歳下の女の子が頑張っているんだから。志津香は、優希の顔を見て、そして帽子をぎゅっと掴んで軽く俯くと。

「……今はさっさと、アイツ等を此処から たたき出す事が先決、でしょう?」
「う……、それは志津香さんじゃないと、出来ないです……、私には、何の力も無い……ので」
「それは適材適所。優希や真知子みたいに、私じゃ情報なんて扱えないし、……頼りにされてるんでしょ? アイツ(・・・)から」
「う、うん……でも、やっぱり 志津香さんみたいに隣には……“ピンっ!”あうっ!」

 志津香は、優希に最後まで言わせず、その俯きがちのおデコにデコピンを入れた。

「何? あれだけ啖呵きったのに、もう泣き言? らしくないんじゃない?」
「うぅ……! 負けないもん! 早くやっつけてきて、こっちのバトルをしようっ!」
「………ま、私は参戦するつもりも理由も無いんだけどね」
「そんなのうそだー!」

 楽しそうに言い合っている所で、地下道から声が響く。

「おーい! 何してるんだ? 早く行くぞ?」
「コラァ! さっさと来ないか! キビキビ働かないと、お仕置きS○Xだぞ!!」

 2人の男の声が木霊したのだ。
 片方の男のはどうでも良いのだけれど、もう片方の男は……。

「判ってるわよ!」

 志津香は、返事をそう返すと足早に入っていく。優希はその後ろ姿をしっかりと見て……。

「無事、無事に帰ってきてくださいね!」
「……任せなさい」

 優希は、しっかりと手を振った。
 必ず、皆が帰ってきてくれると信じて。勿論、その後マリアには色々と言われてしまった。志津香みたいに過剰反応はしないみたいだったけれど。セルはただただ、微笑んでいた。

 聖女とはこうあってもらいたいモノだろう……、いったい誰と比べてかは言わないが。






























〜人物紹介〜



□ ロバート・ランドスター

Lv16/30
技能 魔法Lv0 工作Lv1

 ヘルマン帝国第三軍に籍を置く、ランドスター隊の中隊長。
 少々寂しくなった髪と濃い剃り跡、彫りの深い相貌に左目を覆うアイパッチが特徴。色々総合的に見てみると、変質者としか言いようのない姿であり、言動も問題アリ。が、その何処か奇抜さを持っている故にか、第三軍の将軍、トーマは能力を評価している所がある。 色々と奇行とも言える行動だから、勝利の女神が微笑むのかどうか……判らないのである。



□ セピア・ランドスター

Lv15/38
技能 魔法Lv1 統率Lv0

 ヘルマン帝国第三軍に籍を置く ランドスター隊の副隊長であり、ロバートの実妹。
色々と難のある兄のせいで、共に第三軍のお荷物にして爆弾と言う不名誉極まりない事を言われ続けているが、兄よりも、将軍のトーマを心底信頼・尊敬している為、その兄を評価するトーマを見て 間接的に信頼をしている。基本に忠実な軍師であり、ヘルマン軍人であることに誇りを持っていて、今回のバックにいる魔人を快くは思ってはいない。



□ セル・カーチゴルフ

Lv12/44
技能 神魔法Lv1

レッドの町に済む真面目なAL教の女神官。
真面目すぎて、時に周りが見えなくなってしまうことも屡々だが、そこがかえって良い!と人気を博したりもしていたり。
今回、ヘルマンとリーザスの戦争に巻き込まれたが、ユーリ達に助けられた。

対極に位置するといっていいロゼの事は勿論知っており、反面教師と思いたい……が、更生させたい!と思ってるとか。
ロゼは、少々煙たがっているが、面白いネタが無いかと、色々と狙っている。


□ 色条優希(3)

Lv2/12
技能 情報魔法Lv1

リーザス城下町で情報屋を営んでいる少女。
今回、とある理由でレッドの町に来ていた所を騒動に巻き込まれてしまった。
そしてそして、今回もユーリに助けられて、涙を流して喜んだが……、やっぱり以前真知子が言っていた事が間違いない事を知ってやや意気消沈。
でも、頑張る!と決め、志津香に宣戦布告をしたのだった。





〜技紹介〜


□ 犠血・蛇尖

己の血液を武器化する《犠血》。槍状にさせて連続の突きを放つ技。
名の様に、蛇を思わす動きをするから回避が難しく、一度捕まれば瞬く間に刺されてしまう。

……技を出すのに出血しないといけないのが玉に瑕。
戦場では傷が絶えないのである。


□ 二式ショウキ

刀に闘気を込め 更に一点に集中させた闘気を爆散させる技。
直接刃を当てなくとも、その爆散させる闘気でも攻撃する事も可。

並の防御であれば、紙くずの様に吹き飛ばされてしまう。
ヘルマン軍の重装備でも、いとも容易く弾き飛ばした。



 
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