古城の狼
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23部分:第二十三章
第二十三章
「行きましょう」
神父は僕に対して言った。
「は、はい」
僕はそれに対して頷いた。
「さようなら」
彼女は部屋を出ようとする僕達に対して言った。それが最後だった。
扉を閉める瞬間に炎が部屋を覆った。僕が最後に見たのは炎の中に消える黄金色の美しい狼であった。
僕達は城を駆けて行った。途中荷物を取り門を出た。
城を出て暫くして城は紅蓮の炎に包まれた。石の城が今紅い炎の宮殿となった。
「・・・・・・終わりましたね」
神父はそれを見上げて言った。
「・・・・・・はい。思えばあっという間でしたね」
僕は彼と同じように炎に包まれた城を見上げて言った。
「それにしても貴方には助けてもらいましたね」
彼は静かに微笑んで言った。
「貴方がいなければおそらく私は生きてはいなかったでしょう」
「いえいえ、そんなことは」
僕はその言葉に思わず謙遜した。まさか法皇直属の退魔師にそのようなことを言われるとは。
「いえ、その通りです」
彼は強い声で言った。
「これが神の思し召しだったのでしょう。貴方のその知識を魔物を退けるのに使うようにと」
「そうなのでしょうか」
「はい。ですから貴方はここに来られたのです」
「・・・・・・そうですか」
正直人の運命というものはわからない。そもそもドイツに一人旅に来たからこうなったのだが。
それが運命か。それでもまさか人狼と戦うことになろうとは。これではまるで漫画である。
「これからどうされます?」
彼は僕に尋ねてきた。
「そうですねえ」
幾ら何でもここまで凄い体験をしたらまだ旅を続けようとは思えなくなる。
「傷が癒えたら日本に帰りますか。そしてゆっくりしたいですね」
もう魔物と戦うのは御免だった。
「おや、それは奇遇ですね」
彼はそう言うとニコリと微笑んだ。僕はそれを見て何か嫌な予感がした。
「私の次の仕事は日本の予定です」
「え!?」
僕はそれを聞いて思わず声をあげた。
「神戸という街に人々を騒がす悪霊が出るという話ですので。法皇様から伝えられているのです」
「何と・・・・・・」
ローマ法皇というのはやはり相当忙しいようだ。まさか遠い極東の一都市にまで目を向けなければいけないのだから。
この時僕は黙っていた。一つこの神父に黙っておかなければならないことがあるからだ。
「おや、どうされました?急に静かになられて」
「・・・・・・いえ」
僕はとりあえず誤魔化した。絶対に言ってはならない。
僕はその神戸に住んでいる。もしそれを言ったら今度は幽霊退治に駆り出される。
「傷が癒えたら日本へ行くとしましょう。そして悪霊を調伏せねば」
「・・・・・・はあ」
黙っていよう。
「もしまたお会いした時は宜しくお願いしますね」
願わくばそんな時は絶対に来ないで欲しい。
「しかしそれは全て神の御意志の下ですが」
僕は残念なことに自分の運命については全く知らない。しかしそんな運命は絶対に嫌である。
「ですがもし神が望まれるならば私達はまた会うことになるでしょう」
「そうでしょうか」
「はい。それこそが神の御力です」
僕はそれをもう殆ど聞いていなかった。そんな運命は絶対に来ないで欲しいと神に祈っていたのだ。
しかしその祈りは聞き届けられなかった。日本に帰って暫くしてよりによって学校に行く途中で会ったのだ。
「神よ、この思し召しに感謝致します」
彼は微笑んで言った。だが僕はその運命を天を仰いで嘆くばかりであった。人の運命とは本当に神の意のままである。
古城の狼 完
2004・3・11
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