盲腸
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第一章
盲腸
河原力也はその朝いきなりだった、起きると。
腹に激痛を覚えてだ、妻の静香に言った。
「痛い、腹が痛くてたまらない」
「えっ、まさかと思うけれど」
「これは盲腸かも知れないぞ」
両手で腹を押さえつつだ、妻に言うのだった。
「尋常な痛さじゃ」
「じゃあすぐに救急車を呼ぶ?」
「頼めるか?」
「立てる?」
「それが無理だ」
そこまで痛いというのだ。
「こんな痛さははじめてだ」
「それじゃあすぐに救急車呼ぶわね」
静香はベッドから出て寝巻き姿のまま夫に告げた。
「それで会社の方にも連絡しておくわね」
「悪いな」
「困った時はお互い様よ」
「折角プロジェクトが軌道に乗ってきたのにな」
「仕方ないわよ、とにかくね」
「ああ、救急車に会社への連絡な」
「私がやっておくから」
静香はこう言ってすぐに救急車を呼んでだった、子供達にも事情を話してだった。夫をすぐに救急車に乗せてもらい病院に連れて行ってもらい。
子供達に食事を食べさせてから送り出した後で会社にも連絡した、これでとりあえずは終わった。
そしてだ、家事も済ませてから病院に行くとだ。もう患者の入院用の寝巻きを着てベッドに寝ている夫を見舞った。その時にはもう昼になっていた。
力也は苦笑いでだ、その静香に言った。
「予想通りだよ」
「盲腸なのね」
「手術の日も決まったよ」
「そうなのね」
「ああ、そういうことでな」
妻にだ、夫は今度は落ち着いた顔で話した。
「決まったからな」
「朝は大騒ぎだったけれど」
「ああ、手術のことも決まってな」
「後は安心していいわね」
「盲腸は誰だってなってな」
「手術もよくあるから」
「安心してな」
それこそだ、何の心配もなくだ。
「手術してもらってな」
「後は退院ね」
「そうなるさ、だからそっちも安心してくれよ」
「ええ、退院したらね」
「腹が落ち着いてからな」
盲腸の手術跡の傷が癒えてからだというのだ。
「美味いもの作ってくれよ」
「じゃああなたも子供達も好きなすき焼きにしましょう」
「ははは、オーストラリアの肉のか」
「そうよ、だって国産の牛は高いから」
だからだとだ、笑って応えた妻だった。
「お肉はそれよ」
「それは仕方ないか」
「家計のことを考えてね」
「入院費、手術代だってあるしな」
「そういうことよ、このことはいいわね」
「仕方ないな、じゃあオーストラリアの肉でな」
「すき焼きよ」
力也が退院して落ち着いたその時はというのだ、こう話してだった。
彼は予定通り手術を受けた、手術が終わって彼はこの日も見舞いに来てくれた静香にこれで終わったと明るく話した、だが。
その次の日だ、急にだった。
この時も見舞いに来ていた静香の目の前でまただった、腹部に激痛を感じて苦しむだした。それですぐに検査を受けると。
「えっ、腸がですか」
「破裂している!?」
「はい、こんなことはないのですが」
診察をした医師が狼狽しつつ彼と付き添っている静香に話した。
「あの、手術をした傍の小腸の部分がです」
「破裂していて」
「それで痛いんですか」
「すぐにまた手術です」
医師は二人に告げた。
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