釜の音
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2部分:第二章
第二章
「それで。では宜しいでしょうか」
「はい」
僕は若松さんのその言葉に頷いた。
「それで。御願いします」
「ええ。それでは」
僕の言葉を受けて。ゆっくりと口を開いてきた。
「あれは。もうかなり昔です」
話がはじまった。それはとても恐ろしく。同時に悲しい話であった。
戦争が終わって十年程経った。皆そろそろその衝撃から立ち直り平穏な暮らしを再び営みだしていた。その時一組の夫婦が生まれようとしていた。
「あの二人はどうかな」
「駄目なんじゃないですか?」
若松さんはこう言ったという。
「旦那さんは気が変わりやすくて浮気者ですから」
「浮気者ですか」
「そうなのです」
若松さんは旦那さんのことをよく知っていたらしい。とにかく女好きですぐに遊んで相手を捨てるらしい。若松さんはそれをよく知っているからこそこの結婚には賛成していなかったのであった。
「ですからこの結婚は」
「しかしですね」
仲人は雨宮さんという方だったらしい。もう今は生きてはおられないそうだ。その方は奥さんの方をえらく気に入っておられて子供の頃から可愛がっておられたそうだ。
「奥さんはご主人にかなり参っておられて」
「そうなのですか」
若松さんはそれを聞いてどうにも困ったことになったと思った。何故ならそうなるからこそ人というものはこじれるからだ。特に恋愛というものは。ここまで難しいものもそうはない。
「それでは」
「はい。どうしてもと私に言っています」
雨宮さんは困惑した顔で若松さんに告げたそうだ。
「どうしたものでしょうか」
「それではですね」
若松さんはそれを聞いてこう仰ったらしい。
「占いましょう」
「占いですか」
「釜を使った占いでして」
それを雨宮さんに言ったそうだ。
「釜が鳴らなかったらよし、鳴れば」
「止めた方がいいですか」
「それだとわかりやすいでしょう」
そう雨宮さんに述べられたとのことだ。
「どうでしょうか、それで」
「そうですね」
雨宮さんもそれに納得して頷いた。
「それではそれで」
「まだ籍は」
「はい、まだです」
ただ同居しているだけらしい。若松さんはそれを幸いと思われたとのことだ。
「よかった。それではですね」
「ええ」
「奥さんもご一緒に」
「奥さんもですか」
「ご主人は別にされて」
これは若松さんの配慮だったのがわかる。ご主人が浮気性なのは知っていたから。それで奥さんだけ連れて行くことにしたのだと僕は見ている。
「それで御願いします」
「ええ。それでは」
こうして若松さんは雨宮さんと奥さんを連れて占い師のところまで行った。どこはどうやら神社みたいな場所だったらしい。そこに行くと神主そのままの格好の占い師が出て来て若松さんたちをその神社みたいな場所の一番奥まで案内したという。
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