古城
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2部分:第二章
第二章
「メルヴィル」
「はい」
まずは彼の名を呼んだ。
「今まではオーソドックスな話だったな」
「オーソドックスか」
「まあよくある話だ」
幽霊に関するものとしてはという意味だった。
「マクベスに出て来るみたいな」
「マクベスですか」
「そう、マクベスだ」
シェークスピアの代表作の一つである作品だ。スコットランドを舞台としており権力と陰謀の物語である。なおマクベスは実在人物だ。
「マクベスに出るような話だな」
「そうですね。確かに」
メルヴィルもそれに頷く。頷くとすっかり薄くなった頭髪が見える。その穏やかな顔が執事の服に見えていた。二人は旅の中でも正装だったのだ。これは卿のこだわりである。
「ダンカン王が殺された城も実際にありますし」
「そんな城もあったな」
「今回の旅には含まれていませんがそのかわり近くの城に向かいます」
「その近くの城に」
「それが今から行く城です」
こう主に述べるのだった。
「ふむ、今からだな」
「そうです。何でも」
また卿に話す。
「そこにいるのは非常に変わったもののようです」
「変わったもの!?」
「はい。何でもですね」
彼は言う。
「幽霊かどうかさえあやふやです」
「幽霊ではない」
卿はそれを聞いて顔を顰めさせた。その顔でメルヴィルに問うのだた。
「幽霊を見たいと言った筈だが」
「申し訳ありません。ただどうしても面白い場所でしたので」
「だからか」
「はい。過ぎたことだったでしょうか」
「いや、いい」
だが卿はそれをいいとした。そのうえでまた語る。
「それよりもだ。変わったものだな」
「はい」
主に対して答えた。
「その通りです」
「詳しいことは城に入ってから聞こう」
しかし卿はここで考えを変えた。
「今はいい」
「宜しいのですか」
「そうだ」
それをメルヴィルにも述べた。
「今はな。楽しみは後に取っておこう」
「わかりました。それでは今は」
「この鉄道の旅を楽しもう」
窓の外を眺めながら述べた。
「風景をな」
「そうですね。旅の楽しみは一つではありません」
「そういうことだ」
ただ幽霊を楽しむだけのつまらない旅の楽しみ方をするようなことは最初から考えてはいなかった。だからメルヴィルの勝手もいいとしたのだ。ここまで話したうえでまた窓の外を見る。森の緑と河の青が最高のハーモニーを二人に見せていた。卿はそれを眺めながらまた述べた。
「スコットランドも何度か来ているが」
「はい」
「風景は幾ら見ても飽きないな」
「全くです」
主の言葉に頷くメルヴィルだった。
「イングランドもやはり美しいですが」
「スコットランドもいいものだ」
端整な声に嬉しさを入れていた。
「ネス湖に行っていたのもな」
「ええ」
またネス湖の話が出た。
「あの場所の景色がいいからだ」
「ですね。あの辺りはネッシーを抜きにしても行く価値があります」
ネッシーだけが注目されるがその山の森と湖、古城の組み合わせが絵画になっているのだ。あの辺りもまたスコットランドの美なのである。
「ですが今回は、ですね」
「また今度だ。ハギスは何時でも味わえる」
「確かに」
ハギスとはスコットランド名物料理だ。羊の腸に色々なものを詰めている。ソーセージに似ているがその味はかなり違う。変わった料理と言える。
「では今日はその城に案内させて頂きますので」
「頼むぞ」
こんな話をしながらその城に向かう。城は今ではあるスコットランドの貴族の所有物になっている。その主が伯爵を出迎えたのであった。
「ヘンリー=オズワルド伯爵ですね」
「如何にも」
帽子を取り穏やかに端整な動きをして一礼するのだった。
「私がそのヘンリー=オズワルドです」
「ウォルター=スタンフィールドです」
主も名乗ってきた。
「伯爵であります」
「そうですか。同じですね」
「同じであると何かと話し易いですね」
彼は穏やかな笑顔でオズワルド卿に述べてきた。
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