ソードアート・オンライン〜Another story〜
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GGO編
第200話 彼の元へ…
前書き
~一言~
200話と言う区切り目! と言う話数なのに 全部 ALO世界での話だけになってしまいました……。もしも、ありがたい事でもありますが、GGOでの戦いを楽しみにしていらした方がいらっしゃったなら……申し訳ありません。もう少しだけ、付き合いいただければ、と思います。
ALOでのやり取りは、カット! としたくなかったので……。オリ分は入れてますが、ちょっと……それに、地の文も多すぎな気がします……。
ですが、どうか 温かい目でよろしくお願いします。
最後に、この二次小説を見てくださって、ありがとうございます。これからも、がんばります!
じーくw
部屋の中に入ってきた人物は、全員を一目見ると、開口一番。
「……こ、これでもセーブポイントから 超特急で飛んできたんだよ? ALOに速度制限があったら、免停確実だよ……。いやぁ ちょっと疲れちゃった……」
そんな惚けた台詞を発する。
その人物は、アスナと同じ水妖精族の魔法使い。ひょろりとした長身を簡素なローブに包み、その水妖精族の象徴とも言えるマリンブルーの挑発は飾り気の無い片分け、毒気のない細面に銀縁の丸メガネを掛けている。
この男のキャラネームは、《クリスハイト》。
アスナ達の一応仲間として、ALOをプレイし始めてから4ヶ月近くが経過している。しかし、その名前が英語で菊を意味する《クリサンセマム》と、岡を意味する《ハイト》の合成である事を知っているのは、アスナとレイナ、そして 今はこの世界にはいないリュウキとキリトの4人だけだ。
そう、現実世界では《菊岡誠二郎》。
表向きは総務省《仮想課》の職員にして、旧《SAO事件対策チーム》のエージェントだ。彼の本当の素性を知っているのは、この場では 1人もいない。リュウキもキリトも隠している、と言う事ではなく、別段 話す必要がないと言う事だ。話題にも上がっていなかったから、と言う理由もある。
アスナは、当初から 本当に信じていいのかどうか疑わしかったのは、事実だ。
あの日、夏の日差しの下。……皆と一緒に遊ぼう、と言う予定を 彼が無しにしてしまった。(因みに、リズが美人の先生 美人の先生を、連呼したから レイナと共に気になっちゃったのは 別の話) あの時から、不満を持ってしまったのだ。個人的な私怨? とも取れるが それでも笑顔の奥で、その惚けた顔の奥で一体何を考えているのかが読めないから、と言う理由も勿論ある。
だけど、キリトは笑顔で言っていたんだ。『大丈夫だ』と。その笑顔の真意を アスナは感じた。だから、アスナは『相棒がすっごく頼りになるからね?』 と返すと『そうそう……って、そう言う訳でも……』とキリトは 返していたのだ。
これではっきりと判った。リュウキの影響がそこにもあるという事を。……勿論キリトが全て頼っているとは思わないし、リュウキ自身もそんなつもりは無いだろう。ただ 傍で支えあっていると言う事。本当に信頼している相棒が傍にいるから、安心できるんだろうと思える。……正直な所、アスナとレイナ自身少なからず嫉妬を覚えてしまうのはご愛嬌だ。
一先ず、それは置いといて先に進もう。
惚けた表情を続けるクリスハイトには、お灸を据えると言う事で、アスナの鋭い眼光、そしてレイナもアスナ程ではないが、真剣な表情、剣幕で彼の前にたった。
「……何が起きてるの?」
アスナの単刀直入な質問に、クリスハイトはユーモラスな丸いレンズの向こう側にある細い目を何度も瞬かせていた。
その後、ん、ん、と軽く咳払いをし、教師然とした、彼女に言う。
「何から何まで説明すると、ちょっと時間がかかるかも知れないなぁ、そもそも、どこから話せばいいものか……「いい加減 覚悟を決めなさい」っと……」
クリスハイトが おずおずとさせながら、そう言っている間。アスナが更に一歩踏み込む前に、この家の扉が再び開いたのだ。そしてクリスハイトだけじゃなく、その場にいた全ての人の注目が集まった。
「……ここまで来て、誤魔化せる様なモノじゃないでしょう?」
「ご、誤魔化すつもりは毛頭無いよ……」
入ってきたのは、赤いロングの髪。火妖精族に相応しいと思える燃える様な赤。
その長さはアスナよりも長いだろうか、その鮮やかな赤い流れる髪には、ヘアクリップ リボンが備え付けており、優美さを更に印象づける容姿だ。だが、その容姿こそは 可愛らしさがあるのだが、凛とした佇まいを見れば一目瞭然。自分達よりも 遥か年上だと言う事が。そして、クリスハイトの様に誤魔化したりする様な人ではない、と言う事はよく判った。
「あ、あなたは、どちら様ですか?」
突然の訪問者に、目を白黒させて驚いているのは シリカだ。シリカ以外でも、この赤髪の彼女の事を知っている者は 殆どいない。初対面だからだ。知っているのは、レイナとアスナの2人だけ、だが直接的に話をする、と言う事になるのは 片手で数える程に少ない。
「シィさん……」
彼女の名は、《シィ》。
現実世界での名前は《姫萩 渚》。
渚を英訳すると 《Beach》即ち 海辺、浜、海岸 等と海に関する名前だ。そこから、《海》を取って、《Sea》《シィ》と言うアバター名にしている。
今回の一連の事件をリュウキの親である《綺堂 源治》に依頼した本人でもあるのだ。
そう、つまり間接的にリュウキに依頼をしたと言う形にもなる。
「……心配をかけさせる様な事になってしまって、本当に申し訳ありません。皆さん。……一から、説明をさせてもらいます」
クリスハイトに言った後、直ぐにす、っと 頭を下げるシィ。
その物腰を見ても、この横であわてふためくクリスハイトとは一味も二味も違うと言う事はよく判ると言うものだ。そして、何処か頭が上がらない、と言う事もよく判る。
「あっ、私も手伝わせてください。情報収集はもう、出来ていますから」
しゃらん、と音を鳴らしながら、小さな人影が シィの前に現れた。声の主はユイだ。
「ユイ、ちゃんですね。……ありがとうございます。貴女なら、皆も信頼してるから。私やクリスよりは」
「うう、酷い言われようだね……」
苦言を言っているクリスハイトは置いといて、ユイはこくりと頷くと 皆の方を向き、始めた。
「《ガンゲイル・オンライン》の世界に《死銃》 または《デス・ガン》と名乗るプレイヤーが最初に出現したのは、2025年 11月9日の深夜です。彼はGGO首都《SBCグロッケン》内の酒場ゾーンで、テレビモニタに向かって銃撃を行いました。この時は、まだ1人でした。そして、その死銃と何かを話していた人物も、目撃されています。その人物は《老紳士》と名乗っていたとの事です。その内容は、死銃を止めようとした、と言われています」
そのような導入から、約2分をかけてユイが行った状況説明は、あまりに恐るべきモノだった。
対人攻撃が無効化されている《犯罪防止コード圏内》に於ける2回の無意味な銃撃。その弾丸が、現実の人間の心臓を止めたと言うのだ。撃たれて以来、1度もログインをしてこなくなり、そして――銃撃のあった日時と死亡推定時刻が重なる 2件の変死事例。 そして、死銃を止めようとした人物についての補足は シィからされた。
「私が調べた各社の報道では、死亡者がダイブ中にVRMMOをプレイしていたことしか触れていないので、そのタイトルがGGOであるか、否かまで判断できません。しかし、死亡状況があまりにも酷似していることから、検案を担当した監察医務院のネットワークに侵入を試みずとも、彼らが《ゼクシード》及び《薄塩たらこ》であると類推するのは可能です。故に、6分40秒前、そして15分30秒前に2人の《死銃》が回線切断させたプレイヤー。《ペイルライダー》、そして《ジーン》も現実世界に於いて既に死亡していると判断します」
そこまで言い切った所で、ユイは口を閉じた。膨大な情報の量の中から、こんな短時間で引き出した情報。人で言えば、広大な海の中でたった1枚の葉を探す如き難だが、それをユイはやってのけたのだ。
だが、彼女はもうAIと言う枠内では収まらない存在だ。人でいう疲労感が現れたのだろう。ユイが立っていた傍にあった、グラスに寄りかかっていた。それを見たアスナは素早く手を伸ばして、その小さな身体を両の掌に包み込み、胸に抱いた。
レイナは、アスナの胸の中にいる ユイに 小さな声で それでもユイにはっきり聞こえる声で、『ありがとう』と一言いっていた。ユイは、アスナとレイナ、両方の顔を見た後 笑顔を見せて頷いた。
「流石、ですね。……彼が貴女の事、本当に褒めていた、信頼していた理由がよく判ります。どうも、ありがとうございます」
シィの言葉は、それらのユイの言葉が全く間違っていないと言う事を示している。
元々、ユイの情報処理能力、そして 様々なメディアが取り上げている情報だ。必要であれば、外国のサーバーにも侵入する。それらを正確な日本語で言語化するAIとしての完成度は圧巻だと言える。だからこそ、終わった後に、シィは『流石』だと言ったのだ。ユイの事はよく聞いていたから。
「……これは、まったく驚いたよ。そのおちびさんはALOサブシステムの《ナビゲート・ピクシー》だと訊いていたけど……、この短時間にそれだけ情報を集めて、その結論に至ったのか……。どうだい君。《仮想課》でアルバイt「…………………………」は、はい。何でもありません……」
また、惚けた振りでもするつもりであろう、この丸メガネを《一括!》はしていない。
だが、鋭く、冷たい眼光を向けられて、あっという間に沈黙させてしまう、シィの眼力も圧巻だと言えるだろう。
「……私から、答えます。彼女の、ユイさんの説明は全て事実です。彼らは、全て……」
「うん。僕も誤魔化すつもりなんか無いよ。今更、ね。死亡しているよ。《急性心不全》でね」
シィが表情を暗めた所で、割って入る様に、説明をするのはクリスハイトだった。やはり、どれだけ惚けた振りをしても、男だ。恐らく知り合いであろう、シィに全てを言わせるのはしのびなかったのだろう。
間違いなく、非難を浴びるだろうから、特にだ。
「……クリスの旦那が、キリトの、そして シィさんがリュウキのヤツの依頼主、って事でいいんだよな?」
話を詰める様に訊くのは、クラインだ。
幾ら、間違いなく美人の部類に入るであろう、シィを前にしても おちゃらける様子が無いのは、この事件の大きさを悟ったからだ。……あの死銃だけじゃなく、あの死神が現れた事も、それに拍車を掛けているだろう。
「……その通り、です」
「うん、そうだよ」
「ちっ……、ってこたァ、その殺人事件のことを知っていて、2人をあの世界にやったわけだ?」
クラインの口調には、怒気が込められているが、詰め寄りこそはしない。恐らくこの場にいるのが、クリスハイトだけなら、判らないかもしれない。それは、シィが女性だから、と言う訳ではなく、この場に来て、開口一番で謝罪をした所を見たからと言う理由がこの場合は大きい、かもしれない。
「それは……」
シィが口にしようとした時に、再び一歩前に出て説明をするのはクリスハイトだ。
「ちょっと待った、クライン氏。殺人事件ではない。それは、キリト君、そしてリュウキ君とたっぷりと話し合った結果、結論なんだ。ネットワーク関連だけじゃなく、医学方面でも リュウキ君の知識は素晴らしくてね。死因についても様々な討論を交わしたが、結果は同じだよ。これは殺人事件じゃ「違います」……え?」
唇をぎゅっと噛み締めて、そう言うのはシィだった。その言葉に、皆が注目してしまうのは間違いない。……認めたのだから。今回の件が殺人事件だという事を。
「ど、どう言う事だい? 僕と彼らの話では……」
クリスハイトもこの時ばかりは、驚きを隠す事が出来ない。彼の素の表情が、人間の喜怒哀楽を正確にトレースするアバターに、顕著に現れていたのだ。
「これは、まだ証拠を掴んだ訳じゃありません。物的証拠ではなく、状況証拠に過ぎない。……私と綺堂氏、そして リュウキさんの情報と重ね合わせて、得た結論、なんです。それが完全に判った時には、もうこの大会が始まってしまっていて」
表情を沈ませるシィ。本当に責任を感じているのだろう。そして、それを訊いたレイナが声をあげる。
「じゃ、じゃあ、リュウキ君も……う、撃たれたら……」
その目には涙さえ浮かんでいた。あの雨の様に降り注ぐ銃弾を全てかいくぐるのは、無理だって思えるから。ALO内である魔法など生温すぎる。難易度で言えば、SAOとALOの差程にまで広がっているかもしれないんだ。
「それは大丈夫です。それだけは、断言させてください。彼らに心配はありません」
最後まで、レイナに言わせる事なく、制するシィ。嘘を言っている様には視えない。
「ちょちょ、ちょっと待ってくれ。そもそも、どうやって殺人を可能にしていると言うんだい? アミュスフィアはナーヴギアとは違う。あのナーヴギアの後継機だよ? 当然だけど、発売当初から、ありとあらゆるセーフティを設けているんだ。試験でも 脳に与える刺激で、死に至らしめるような事はありえないと言う結果が出ているんだ。そもそも、それは リュウキ君からも、そう結論付けられたんだよ?」
慌てるクリスハイトを見たシィは、静かに口を開いた。
「……それでも、この事件の当初から、殺人事件ではない。あの行為と、彼らの死亡、その関連性などはない。と思っていた。今も断言しているクリスが、私が 彼らの元へ 足を運ばせた理由は 何故ですか?」
「っ……」
それを訊いて、押し黙ってしまうクリスハイト。そう、彼も何かを感じ取ったと言う他はないのだ。あの死銃の姿、そして 妙にリアルな事件。……あの時の映像を綺堂が用意してくれていた事も、拍車を掛けていた。
「……お兄ちゃんをGGOに行く様に頼んだのにも理由があるんですよね。……クリスさんが、本当の本気で、そう思ってるんだったら、態々、そんな事、相談になんか、いかないよね」
しなやかな足取りで、立ち上がってそう言うのはリーファだ。死銃と言うプレイヤーを見て、そして死神を見て、不吉な気配は十分すぎる程するのだ。それを最初から見ているのであれば……、自分たちと同じ気持ちになるのは間違いないと思っていた。
それを訊いたクリスハイトは、もう何も言えなくなってしまっていた。シィは ゆっくりと頷くと続けた。
「……ただ、何故こんな事を あの死銃と呼ばれる者は」
心底嫌悪し、そして 恐れさえしてしまう今回の事件。まだ全容は説明をしていないものの、その表情を見て、そして訊いて アスナは声を上げた。
「……クリスさん、シィさん。《死銃》は、私たちと同じ、SAO生還者よ。しかも 最悪と言われた殺人ギルド《ラフィン・コフィン》の元メンバーだわ」
「っ!?」
「……本当かい? それは」
アスナの言葉を訊いて、驚きの表情を浮かべるシィと、驚きつつ、秘めやかな声をあげるクリスハイト。 その場にいた レイナ、そしてクラインも頷いた。
「……それが、今回の殺人事件の理由、なんだと思う。名前までは思い出せない。でも、私、私とレイナ、クラインは《ラフコフ討伐戦》に参加しているから。……あの世界が終わっても、まだ殺人プレイヤーでい続けたかったから、彼らはこんな恐ろしい事を」
ぎゅっ……とアスナは、唇を噛みしめる。レイナも、その握られた手が震えていた。
「ちょ、ちょっとまってって! まずは、本当にどうやって そんな恐ろしい事してる? それを可能にしてるっていうの? そこが大事じゃん! それに、本当に キリトやリュウキは大丈夫なの? その理由は一体なんで?」
アスナの言葉を訊きながらも 一番大切な部分を訊くのはリズだ。
シィの言葉が嘘だとは思えないが、それでも……、その理由だけは訊いておかなければならないから。
「すみません。順を追って説明します。私。いえ……、彼らが導き出した、今回の全容を……」
シィはゆっくりと話していた訳じゃない。声のトーンも変わっていない。それでも ゆっくりと、そして さっきよりも低く感じるのは、気のせい等ではないだろう。
シィの口から語られたのは、GGOでリュウキがキリトやシノンに答えていたその結論と全く差異のないモノだった
《現実世界》と《仮想世界》
2つの世界を繋げた殺人方法。
全てを訊いたこの場のメンバー。
場が静まり返ったのも無理はないだろう。
「ちっ……!!」
一番初めに、舌打ちではあるが、声、音を発したのは クラインだった。
クラインは嫌悪しながら、拳を固く握り締め、思い切り カウンターを殴りつけた。
「奴らは、あの畜生どもは いつもそうだ! あの手、この手と手口を変えて……、あの世界でも何人もを……クソがぁっ!」
殺人ギルドに殺されたプレイヤーは何人も知っている。攻略組でも犠牲者が出たのだから。だからこそ、許せないのだろう。
そして、アスナは、立ち上がった
「シィさん、クリスさん。私は、私たちは、2人が。キリト君と、リュウキ君が過去の因縁と戦おうとしているのなら、ただ見ているわけにはいかないの。あなたたちなら、判らないの? 死銃を名乗るプレイヤーたちの現実世界での住所、そして名前を。簡単じゃないだろうと思うけど、《ラフィン・コフィン》に所属していたメンバー全員をリストアップして、今 自宅から、GGOサーバーに接続しているか、契約プロバイダに照会すれば……」
「駄目なんです。……アスナさん」
静かに、だが それでもなだめる様に シィは口を開いた。
「これは、全て状況証拠に過ぎません。実際の殺人の証拠、明確な証拠が上がっていない以上、礼状を取ろうとすれば、時間が悪戯にかかってしまいます。……その間に、もう 今回のBoBは……」
「っ……」
そう、今回の大会が終われば、そこまでなのだ。もう 追えなくなってしまう。そして、彼らの計画では何人手にかけるかは判らないが、世間で広がってしまえば、もう今のアバターでGGO内部に来なくなる可能性だって、十分にあるのだ。
「それにね、不可能なんだ。僕たちが持っている情報、SAOプレイヤーたちの情報データだけど、判るのは本名とキャラクターネーム、そして最終レベルだけなんだ。所属ギルド名や、その……殺人の回数とかは判らないんだ。だから、元《ラフィン・コフィン》と言う情報だけでは、現実住所にまでは辿り突く事が出来ないんだ」
「………っ」
淡い期待を抱いていたレイナも、肩を落としてしまう。
確かに、説明を聴けば、彼らに危害が及ぶ可能性は無いだろう。でも、彼らが今戦っている理由は、その行為を止める為だ。
2人は、あの世界で、心を痛めた。
沢山の人が痛めたけれど、その中でも……。
「クソが……。あの野郎の口調に聞き覚えはある。……なのに、肝心な名前が出てこねぇ……。それに、アイツは、死神の野郎に関しては、何もわかっちゃいねぇんだ…… クソがっ!!」
クラインがそう呟き、そして 何度もカウンターを殴りつける。現実であれば、拳の皮が破け、血が出かねない勢いで何度も。
その歯がゆい想いは、あの戦いに参戦しているアスナやレイナも同様だった。
討伐戦後の後処理に、顔を突き合わせているのは間違いないのだ。だけど、それでも肝心な名前が思い出せない。記憶に濃い霧が掛かっており、読み取る事が出来ない。
いや、そもそも最初から名前など知ろうとすら しなかったのかもしれない。
あの集団にまつわる記憶の全てをなるべく早くに消し去る為に……。
「――……お兄ちゃんは、きっと、その名前を思い出す為に、今 あの戦場にいるんだと思います。……そして、きっとリュウキくんも」
不意にリーファはそう呟いた。キリトの妹。和人の妹である直葉だからこそ、和人と近しい所にいる少女は、彼を見ていたから、感じたのだ。
「昨夜、帰ってきた時 お兄ちゃん、凄く怖い顔、してました。たぶん、昨日の予選の時点で、判っていたんだと思います。何処までかは判りませんが、……GGOに、《ラフィン・コフィン》に入っていた人たちがいる事に。そして、それが判ったからこそ、今回の件が ただの事件なんかじゃないって。……だから、決着をつけに行ったんだと思います。……それも2人だけで」
リーファは、少しだけ、ほんの少しだけ表情を和らげて 言う。だが、その表情は和らいだとしても、悲痛そのものだった。
「お兄ちゃん、アスナさんの事を除いたら、次によく言うのはリュウキくんの事、なんだよ。……本当に2人は信頼し合ってるんだ、って判った。そんな単純な関係じゃなく。……だから、2人だけで行ったんだと思います。《PK》をやめさせる為に」
それを訊いた途端、アスナそしてレイナも息を飲んだ。
少し、悔しかったのは2人ともだ。其々が彼らを一生懸命見てきたのは間違いないから。そして、その推測はきっと正しい。《自分の責任だ》と言うだろうと思えるんだ。
レイナもよく訊いていた。あの世界で、リュウキの言葉を。
『あの時、オレがトドメをさすべきだった。全てを終わらせるべきだったんだ。……だから……、オレの……』
責任を口にするのは、リュウキも勿論そうだ。止められる力があるのに、と何度も訊いて、そして 彼を支え続けたから。何度も抱きしめたから レイナはよく判ったんだ。
「バッ……ッカ野郎がぁ……!! 水くせぇんだよ! あの世界でも、現実に帰ってきてからもよぉ!! 肝心な時に、全部背負おうとしやがって……! それで、オレは、肝心な所で……っ! ひとことでも言ってくれりゃあ、ふん縛ってでも、一緒に連れて行かせたっていうのに……」
SAOの世界の終演。
第75層、あの暗く高いドーム状のBOSS部屋で 終演の全てを見たクラインだからこそ、強くそう思ったのだろう。リュウキが砕け、キリトが絶望し、そして 皆が消えてしまったあの時、あの 現実へ還れると言うのに、感じた絶望感を思い出したから。
そして、それを訊いたシリカが口をゆっくりと開いた。
「そう、ですね。でも、キリトさんは、………リュウキさんは絶対に言わないです。少しでも危険があるのなら、巻き込もうとする訳がない。……そして、どんな時も、皆を助けてくれる。その為に、ご自分がどんな危険な目にあってでも……」
シリカは、胸に抱いたテイムモンスターである《ピナ》を抱きしめた。
あの世界で、助けてもらった小さな命。……デジタルの命。ここでこうやって その温もりを感じる事ができるのは、2人のお陰なのだから。
泣き笑いをしている様な笑みでそう呟く。それを訊いたリズが、微笑みながら頷いた。
「そう、よね。昔っから、そんな奴らよ。……っていうか、似た者同士過ぎるのよね。あの2人。変な所がそっくりで……危なっかしいんだから。今だって、大会中、バトルロイヤルだから、自分以外は、あいつら互いは別だとしても、他は皆敵の筈なのに、その敵のプレイヤーを守ったりとか、しそうだしね」
リズのその言葉を訊いて、自然と全員が吸い寄せられる様に壁の大スクリーンを見た。
マルチ画面のそこかしこで、銃口が眩いエフェクトフラッシュを迸らせている。ALOとは比べ物にならない程のもの。でも、そこにはリュウキやキリトの名前は映らないし、あの2件以降は死銃と死神の2人も映らない。
考えてみれば、この場も誰もリュウキとキリトのGGOでのアバター外見は知らない。だからどこかの画面に、名前付き主観キャラではなく、対戦相手として表示されても判らない。
しかし、とにかく画面の右端のプレイヤーリストには《RYUKI》と《Kirito》の名前はまだ存命だ。他のプレイヤーたちがすごい勢いで【DEAD】ステータスに変わっていくのに、彼らは【ALIVE】のまま。
と言う事は、戦場となっているこの広大な島であの死神と死銃、リュウキとキリトが秘めやかな戦いを繰り広げているのだろう事は想像ができる。
「っ!」
レイナは、勢いよく、立ち上がった。
それを間近で見た クリスハイトは、やや ぎょっとしてしまう。
「――私、何かしたい」
目に貯めた涙を、ぱっと 散らばせながら、レイナはそう言っていた。
「GGOに入ったって、何も出来ないのは判ってる。でも、それでも、せめて 彼の、……リュウキくんの傍で 一緒にいたいっ」
彼を支える。支え続ける。
それは、あの世界で出会い、自分の弱さの全てを見せてくれたあの時から、ずっと思ってきた事だった。
「うん。……私も同じ。同じ気持ち」
アスナも頷いた。
「リュウキくんは、どこからあの世界に入ってるんですか?」
レイナは、シィにそれを訊く。今、無防備な状態にある彼の身体は、彼は何処でいるのか、と。
そして、殆ど同時にアスナも行動をしていた。
「リーファちゃん。キリトくんは、自分の部屋からダイブしているんじゃないのよね?」
アスナは、一緒に暮らしている妹であるリーファにそれを確認していた。
レイナの言葉を訊いて、シィは やや表情を暗める。
「リュウキさんは、御自宅から入っています。私の一存だけで決める事はできかねますので、綺堂さんに連絡を」
シィがそう言った時だ。
「待ってください。お姉さん。……私の元に、ダイレクト通信映像が入りました」
「え……?」
レイナは、ユイの方を向いた。ユイは、アスナの胸から 飛び上がり、レイナの手のひらにちょこんと座り、そして拳をぎゅっと握り締めていった。
「パパの事は、所在が判らないのは辛かったです。ですが、お兄さんなら、と思いました。お姉さんが 何かしたい。お兄さんの為に、何かしたい、と言った時から 私はおじいさんとコンタクトを取り続けてました。私は、お兄さんの自宅にある メイン・コンピュータと 直接、繋ぐ事ができますから」
リュウキとユイ。
2人も、勿論家族だ。ユイがリュウキを頼る事も勿論あり、そして リュウキがユイを頼る事だってある。兄の様に慕い、そして妹の様に慕う。……綺堂の事は《おじいさん》と呼んでいる。……かつて、そして今でもリュウキの最も信頼する人の1人。その優しさは、ユイは本当よく判っていた。
ユイは、その小さな左手を振り、ホロウ・ウインドウを呼び出した。それはメディアプレイヤーがもう既に起動しており、直ぐに音声だけだが、このALOの世界に届く。優しい声が。
『……お話は全てユイお嬢ちゃんから、承っております。 レイナお嬢様。是非、坊ちゃんの傍に居てあげてください。……これ以上無い程、心強いです。……お待ちしております。なぎ……、いいえ、シィさん。お嬢様をお迎えをお願いします』
「はい。判りました」
これまでの話は、ユイを介して、綺堂にまで伝わった。綺堂は、リュウキの身体の傍を離れる事は出来ない。だから、今回の1件の説明には、シィだけで行ってもらったのだ。
「っ……はいっ!」
レイナは、突然の綺堂の声に驚きつつも、力強く頷いた。
シィも、何処か安心した表情をしていた。……リュウキとレイナの関係については、よく知っているから。傍に居てくれるだけで、綺堂のいう様に心強くなる。それが確信できる。だからこそ、彼女は安心を、そして笑みを見せる事が出来ていた。
アスナもその間に、クリスハイトに キリトがいる場所を訊きだした。
もう、誤魔化したりは一切させないし、クリスハイトもするつもりは毛頭なく、直ぐに言っていた。セキュリティが万全である病院へ。万が一に、何かがあっても 直ぐに対処できる。全ての責任を保証できる程の磐石な体制だという事も。
キリトのいる場所は、病院《お茶の水病院》
リュウキがいる場所は、《自宅》
其々が、場所を確認しあうと、殆ど同じに振り返って頷いた。そして、殆ど同時に、皆の前で口を開いた。
「「私達は、行きます現実世界の……」」
「キリトくんの所に」
「リュウキくんの所に」
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