少女の黒歴史を乱すは人外(ブルーチェ)
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第八話:非日常への第一歩
境内へと全速力で走る途中、向かいから巨体が迫ってきた。
親父だ。
「来たか麟斗! 何やら面妖な事が起こっている! 炎の中から人の様な何かが現れたのだ!」
「……」
この言葉からも、何かが起こっている事だけは、確実だと言える。
……思えば俺の知らない町名が幾つか地図帳の上に存在していたり、名前が似ている上その中身まで長酷似している物と同じゲーム(何故か家でのゲームは許可されている)もあったりと、生まれ変わってから不思議な点も多かった。
もしかしなくともこの世界は、俺の知っている世界とは、まるきり違うのだろう。
「非力な楓子ではどうにもならん! 麟斗、見張っておいてくれ! できるな!」
「……」
できるな! などと自分を基準に考えないで欲しいが……まあ、元よりそのつもりで来たのだ。
詳細は分からないが、親父が焦るほどの物であるし、余程の異常事態には違いない。
というより楓子が逃げていないのは何故だ?
全速力で走ったお陰でいつもよりだいぶ早く境内へ着き、俺の目に飛び込んできた物を見て…………言葉を失ってしまった。
「我が名は『紅薔薇の剣姫』! ロザリンド=ジ=ヴァルハラン=炎皇! 数多の苦難を乗り越えて、僕は死の定めを超越したっ! 見ているか神よ! その節利を持ってしても僕の魂を戒める事などできはしないと!」
「きゃあああああっ! ロザリンド様かっこEEEEEEEEEEEEEEE!! バックに薔薇がみえりゅううぅぅうぅうぅぅぅ!」
「……」
な? 誰だって言葉を失うだろう?
馬鹿みたいな奇声を上げて、バカみたいな単語を羅列し、馬鹿みたいに踊り狂ってれば、そりゃ誰だって二の句を告げる訳が無い。
……が、問題はそこだけでは無い。一番と言っても良いぐらい、疑問且つキテレツな事態がそこに浮いている。
そう、『浮いている』。
今ロザリンドと名乗った、そして呼ばれた真っ赤な髪を持つ女は、背中からカラスの様な黒い羽根を現し、筋力や物理法則や常識を全て無視して、数メートル上で滞空しているのだ。
その様相はまるでファンタジーの如く、いや幻想物語そのもの。それが現実へと飛び出して来てしまっている。
質の悪い冗談だ、そう思いたい……だが、目の前に広がる光景が、横から高熱を叩きつけて来る火柱が、否定させてはくれない。
そして―――状況も待ってはくれない。
「アハッ、アハハハハッハハハハハッ、アハハハハハハハハハハハハハ!!」
「!」
轟々と吹き上がる火柱の中から少女の物と思わしき、しかし余りにもけたたましい奇声が聞こえ、火焔の幕をぶち破り火の粉をまき散らして何かが飛び出して来る。
「アーッハハハハハハァ!! ザマーミロ! ザマーミロってのよ! これで死神共ともオサラバだわ! アハハハッ!!」
飛びだして来た物体は、これまた普通は有り得ない紫がかった銀髪を持つ、黒マントを着こんだ幼げな少女だった。
どちらかと言うと羽毛のあるコウモリと言った感じの翼を広げ、彼女もまた宙空へと駆け上がっていく。
「イヤッッフウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥ! でたでたでたああああっ! 我等がアイドルキキたァァァん!!」
「……知ってるのか?」
「何言ってるのよ兄ちゃん! 彼女こそキケロクロット=ナイトメア! 愛称 “キキたん” でしょうが! どう見ても!」
「……は?」
コイツ好みの非現実的な展開と、目の前に広がるとんでもない光景に、とうとう楓子の頭はイカれたらしい。
……いや元からこんな奴だったか。
というよりも、何故俺にその話が通じると思ったのだろうか。つーか……『でしょうが!』って、俺が知っている事前提で言うのは止めて欲しい。
だが、それよりも気になる単語があった―――― “死神” がどうとか、あのキキとかいう幼女は叫んでたが……。
そして無理矢理頭でこの状況に正解を出すとしても、炎を媒介とし扉となって、異世界と繋がってしまい、とんでもない奴等が飛び出してきているぐらいしか考えられないのに……何故楓子が名前を知っているのだろうか?
「自由よ! キキはもう自由なのよ! この力を使って好き勝手してやるわ! 暴れてやるんだからっ!」
「何……!」
聞き捨てならない単語が次々と狂笑の中でまくしたてられ、そして薄々感じてはいたがやはり此方も名前が一致しており、俺は眉をひそめざるを得ない。
自由とはどういう事だ? 死神と何か関係があるのか?
そして “この力” を使ってとはどういう事か……まるでその言い方だと、今さっき力を得た様なものいいとなるが……?
暴れるとは? 文字通り破壊するのか、それとも何かの比喩なのか?
「まだボクの出番は終わっていない! 勝手に割り込んでくるのは止めたまえ!」
「何言ってんのあんた? 何であんたなんかに付き合わないといけないわけ?」
何時の間にやら上空で喧嘩しだした、烏羽の赤髪と蝙蝠羽の銀髪。
聞きたい事など山ほどあるが、位置が位置だけに声が届きにくく、お互いに口げんかを始めたので此方へは意識を向けていないし、更に正体が分からない以上、下手に刺激も出来ない。
「楓子、何でお前があいつ等を知っている? 何があったんだ?」
「彼女等はあたしのキキたんとロザリンド様でね! キキたんとロザリンド様がアタシの前に現れてくれたの! 妄想が現実になったの! もう嬉しくてたまんにゃぃ……」
この馬鹿に説明を求めた俺が馬鹿だったのだろうか。 ……コイツはまともに説明をする事すら出来ないらしい。
アタシのがどうだの言われても、俺は何から始まってこの状況に至ったのか、皆目見当がつかないのであり、先に提示した応えもこじ付けなので、俺は真実が知りたいのだ。
その答えがコレって……。
だが、呑み込む事も受け入れる事もしきれないまま、状況は更に進んで行く。
「あら……あらあらあら、コレは本当にまぁ……こんな事あっていいのかしら?」
露出度の高い青いチャイナドレスを着た、三体目の人型が現れたのだ。
スタイル抜群の金髪美女だが、今はそんな事如何でもいい。いい加減この奇奇怪怪な事象に、誰でもいいからピリオドを打って欲しい。
「ふぅ、現世の夏はこんなに暑かったかしら?」
胸元をパタパタ仰ぎながら “現世” という、また気になる単語を呟き、ロザリンドと同じ翼を広げて彼女も空中へ躍り出る。
「うぇへへへへへへぇ……アイシャ姉様の上乳眼福だぁ……うぇヘヘヘヘヘ」
「あらあら……わたくし、はしたなかったかしら?」
「いえいえ~、そのままでもいいですよぉアイシャ様ぁ、下から紐パンぼへっ!」
涎を垂らしてアイシャと呼ばれた、青チャイナ女の下に回り込もうとする楓子を、俺は決して三体から目を放さぬまま、無言且つ真顔で蹴り飛ばす。
三体が揃い、何やら話し始めた。
「でも、これで念願の同人誌作りが出来るわ。でもやり方を知らないの。お二方は知りません?」
「ボクは読む方専門だからね。そう言うのは何とも言えないな」
「専門家でも捕まえればいいんじゃないの? その方が手っ取り早いしさ」
『同人誌』――――それはおおよそ、異質の存在に似合わない言葉。
せめて楓子に状況判断力と、まともな説明をする能力があればいいのだが、未だにニヘラァと笑っており、話しかけても碌な答えが返ってこなさそうだ。
親父が戻るまで、自分で考えながら待つしかない。
先の単語からするに、彼女等が異世界からの使者だと言う線は考えにくい。だとするともう残っている答えが無いのだが、ヒントならまだ存在している。
キキとかいう奴が言っていた “力” の事だ。
今日この日初めて力を得た様な言い様、そして死神と言う単語に自由の身だと言い放った事、同人誌などといった、ごく日常的な言葉も入れると……突拍子もない事だが―――
“彼女等は元々あの姿では無く、何かしらの要因によって生まれ変わったのか?”
本当に突拍子もないが……しかし俺という前例がある以上、そしてここが俺のいた世界とは僅かにでも理が違う以上、絶対にあり得ないと言う方があり得ない。
俺が普通の人間に生まれ変わっただけで、彼女等もまたそうなるとは、保証されていないのだから。
されどそうなると、死神と言う言葉が混じったのが気になる。
俺は行き成り転生してしまったのだから、死神に会うもクソも無かったのだが……彼女等は違うのだろうか?
そもそも彼女等の居た場所が、俺のいた世界と同じ世界である可能性は?
尤も、これも憶測の域を出ない為、決めつけられる事でもなければ、まだ俺自身すら信じ切れる答えではない。
乏し過ぎる状況証拠から、自らが出せる最善の答えを出そうと四苦八苦しているその最中、何と四体目まで現れた。
「チッ……キリがねぇ」
「…………」
整った顔立ちではあるが、整い過ぎている所為かそれとも目立った特徴が無いからか、記憶に残りにくい容姿をしている人物だ。
無口な方なのか今度は何も喋ること無く、行き成り俺の方へと一直線に歩いてきて、何故だか悲しそうな目でこっちを見た。
何に対して悲愴を感じているのかは分からないが、得体の知れない者にジロジロ眺められていい気分などしない。
「……何だ」
「……」
だが、俺が言葉を発した瞬間、その悲愴感ある表情が更に歪む。
彼女に何があったのか、向こうは何も言葉を発さないし、俺にだって知る術は無い。
と―――行き成り俺の方へと手を伸ばして来た。下手に腹って事を荒立てないようにと、左手を出して軽く止めるだけにに留める。
「っ……」
その所作でますます彼女の顔を、悲しみが覆って行くように感じられた。
結局……最後まで無言のまま、四体目も空へと飛びあがっていった。
一体何だったのだろうか?
手の届かない上空で1人を除いて楽しげに、くるくる天を舞うロザリンド達を見ていると……後ろから途轍もないうるせえ大声が掛かった。
「待たせたな! 麟斗! 楓子!」
何をしていたのかと見てみれば、手には台所にある味付け用の塩が入った袋が握られ、格好も仕事の際に着る宮司の格好となっている。
親父は怪異を前にしようとも、持ち前のその豪胆さをいかんなく発揮し、塩を一掴みして振りかぶった。
「悪霊退散!」
そう言いながら塩を放つ……が。
「祓い給え!」
「さて諸君、これからどうするべきだと思う?」
「浄め給え!」
「キキは好きにやるわ、剣姫」
「祓い給え!」
「そうですねぇ……縁もゆかりもないのですし、別行動を取りましょう」
「浄め給え!」
「…………」
「悪! 霊! 退! 散! ハァーーッ!!」
全く持って利いていない、それどころか知らん顔だ。此方の事など意に介さない。
顔を真っ赤にしてまで塩を投げつけ続ける親父だが、如何せん何の変化も起こさないので、ただ滑稽なだけに見える。
お袋から常々聞かされていたが、ほんとうに霊的能力が無い人だ……。
それに話の内容からするに、放っておいても何処かへ行くのは分かり切っていた。だが……逃がしてはならない、と言う思いもある。
だからといって、俺に何が出来るのかといえば―――――跳んでも拳は届かず、霊的能力も薄く、何も出来ねぇ。
寧ろ利かずとも頑張っている分、親父の方がマシかもしれない。逆に論外であるバカは、親父のすぐそばで涎を垂らし続けているが。
その内、黒い羽根を持つ少女達は、笑いながら空の彼方へと消えて行った。
「いやぁーーーーーーーー待ってぇーーーーーーー!?」
悲劇のヒロインの様に楓子は青ぞらへと届かぬ手を伸ばした。……当然、俺と親父は無視をする。
「ハーッハッハッハ! ワシの浄めの力の勝利よ!」
「逃げられただけだがな……」
「何を言うかワシの勝利! 嘘では無いわ!!」
「なら目を見て行ってくれ」
「……!」ギロリ
「睨んで脅す時点で正当性は無いな」
「うぐっ……!?」
確かに恐ろしい目ではあるが、兄貴も楓子も俺にとっては怯え過ぎだ、としか言い様が無い。それに状況が状況だ、口八丁で誤魔化すならいくらでも挽回手段はある。
逆に親父は体格と風貌での脅しで会話を成立させる為、この手の正論にはそこそこ弱い。
幸い、今殴れば自分の力が役に立っていないと自ら証明すると思ったか、拳を振るう事は無かった。
ま、当たり前か。
というか、振るったら威厳もクソもないただの羆親父だからな。
「しかしワシのお祓いが利かぬとは何者だったのか……」
(自覚はあったのかよ)
「うぇええぇぇん……皆居なくなっちゃったぁ……パパの馬鹿ぁ……!」
楓子は膝をついて泣いているが、俺も少々沈んだ気分だった。それは自分の無力さと、そしてこれから起こりうる展開を頭に浮かべてしまった事にある。
なにせ、何をしでかすか分からない連中が、そして詳細も知らない連中が、この境内の外へと出て行ってしまったのだ。
クソ面倒臭ぇ事になるのは必定じゃねぇか。
「うぅぅ……みんだぁ……」
「さあ麟斗に楓子! かえって優子さんが入れてくれた茶でも飲も―――」
「いや待て!!」
「「えっ?」」
奇妙だな、この感覚は……まるで得体の知れないモノが、未だ漂っている様な……。
そんな確かであやふやと言う、とても矛盾したモノを感じた―――その瞬間。
『【〔ギャガガガガギャガギャガガガガガガガガ!!〕】』
「ぐっ!」
「なぬ!?」
「ふぇ?」
何だこれは……!?
俺は思わず耳を塞いだ。
黒板を引っ掻いたが如き聞き覚えのある様で、しかし悪魔の産声の様な聞き覚えのない怪音が、同時に鳴り響いているみたいな、不愉快極まりない音が響く。
まだ……何か、あるのか……!?
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