暴れん坊な姫様と傭兵(肉盾)
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04
前書き
(;´Д`)「ご飯食べ忘れた…」
ギュ~、グルル~……。
切ないほどに腹の虫が鳴る。
フラフラと足に力が抜けそうになって、立ち止まってしまいそうだった。
道は続くよ、どこまでも。 正確には前と後ろに。
商隊が往復するためにある広い街道は遠く伸びていて、そのど真ん中で自分は蹲った。
「……お腹…空いた…」
空腹に打ちのめされて、食べるものを求めようにも周りを見渡しても何かあるわけでもなかった。
前も後ろも整備された道が伸びていて、既に後にしたデトワーズ皇国のファーン領は既に遠い所にあった。
デトワーズの王都は…まだ見えない。 目の前はまだちょっと坂道になっている丘が視界を占めていた。
食い物どころか、人っ子一人いやしない。
嗚呼…何でもいいから何か食べたい…。
自業自得のようなものだとわかっていながらも、自分の行動が恨めしく思う。
「はぁ~……なんで、こんな事に…」
自分はレヴァンテン・マーチン。
お仕事は、傭兵。
現在就かれてる仕事(雇用先)は……無職です。
色々あるけど優先すべきなのは、“次の雇い主を見つける”事に尽きる。
ついうっかりたまたま完全に道を間違えてしまい、デトワーズ皇国はデトワーズ皇国でも国内にあるファーン領に行きついてしまった。
なぜかスパイとして疑われて勾留されたけど、ほどなくして疑いは晴れた。
運がよかったのは、そのファーン領の領主、エンリコ・ヴェルター・ファーン伯爵は破格と言っていいほどイイ人であったという事。
―――まぁ、そこまではいい。
そのファーン領の隣はデトワーズ皇国の王都がある。
さほど離れていなくて結構近い所にあって、そこで傭兵を雇い入れているらしい。
ファーン伯爵にわざわざ道を教えてもらい、しかも王都にある宿屋でその人の名前を出せばちょっとお得なサービスをしてくれる、との事だ。
ならば早速とばかりに、パッパと宿屋を決めようかな、と思って浮かれてファーン領を発った…ご飯を食う事も忘れて、だ。
そして現在に至る―――。
うん……他の人が聞いたら、バカじゃねーの、と言われても仕方ない。
「嗚呼…こんな事なら、せめて軽食でも何でも食べておけばよかった」
空腹で頭が鈍っているせいで優先順位が狂ってしまい、その結果が…街道の上で立ち往生である。
おまけに、今はちょうど運が悪いのか誰も通る気配もしない…後ろにファーン領へと伸びる街道からは人影一つない。
これは…もしかしたら……もしかしたらだ…。
この状況って………宿を決めるとかどうとか以前に、森の中で彷徨っている時とあまり変わらないのでは……?
もしこのまま誰も通らず、力尽きてしまったら…野垂れ死にするかも知れない。
しかもだ、森の中でひっそりと誰にも知られずに命を落とす(それも嫌だけど!)よりも、街道で野垂れ死にすれば誰かに見られる事は避けられない。
もしこんな所で空腹で力尽きたりなんてしたら……あ、あまりにも情けなさすぎる…。
「進むしか…無いのかなぁ……」
当たり前だけど、幸いな事に前に進めば少しは王都に近づくという事。
願わくば、そこの丘を超えれば何かがありますように……空腹で力が抜けてしまいそうな体に鞭打って足を進ませた。
緩やかでありながらも人の丈を超える丘が続く。
緩やかだからこそ、その丘を越えるにはまだまだ足を進ませる必要があって、次第に視線の角度が落ちていた。
「はひぃ……はひぃ~……」
情けない声で息を絶え絶えとさせながらひたすら進む。
気力の方が先に尽きてしまうんじゃないかと思う。
死にたくないな、出来ればこんな所で倒れたくないな、あと今度こそご飯を沢山食べたいな。
切羽詰まってると思いながらも、底力は残っているのか割と余裕がありそうな思考である。
その時だ、フッ…と足の負担が軽くなったような気がした。
斜めにかけられていた重力の負担がフラットになったかのような感覚。
昇りつめていた角度が頂点に達した水平の角度。
額まで垂れ下がった顔を持ちあげた―――そこには丘を抜けた景色があった。
「あ…―――」
そこには立派な王都があった。
ファーン領から丘を挟んで向こう側にあったのは、より洗練された大都市。
ただ広いだけではなく、都市としても要塞としても機能する堅牢な集まり。
見ただけで物凄い、攻め辛い、内からも外からも厳めしい、だけど活気のある光がある。
これが王都だ、デトワーズ皇国の膝元なのだと理解した。
なるほど、この壮大な丘に隠れて意外と近い事がわからなかった。
この丘の存在がなかったとしたら森を出た時点でどちらに足が向くかとしたら、きっとこっちを選んでただろう。
この丘さえなければ…そんな後悔はあったかも知れない、しかし今はそんな事はどうでもいい。
「うっ…ひょおおおおぉぉぉぉ!!」
矢も盾もたまらず丘を下り駆けた。
やっぱり底力は残っていたのか、歓喜に奇声をあげて王都へと走っていく。
ご飯!ご飯!ご飯!何よりもまずこの空腹を満たしたい!
今度こそは腹一杯食べよう! 傭兵などの事はあとで考えよう!
嬉しいがあまりもう一度叫ぶ。
―――うっ…ひょおおおぉぉぉぉ!!
王都を囲む外壁にファーン領に劣らぬ大門が見えたので、脇目も振らず一直線。
開かれている大門のその向こうには、宿屋である事を表す真鍮の看板が覗かせていた。
―――。
「ご飯ください!」
開口一番、力いっぱいにそう叫んだ。
チラホラといる客から注目を集めるが、それに構わず中のカウンターにいる人に懇願するように注文した。
門番に拝み倒して手続きは簡単にして王都に入れてもらい、すぐに宿屋へ駆けこんだらその中は食事の場であった。
宿屋と言うのは寝食が伴った施設である。
一階部は受付を兼ねて食堂としても機能していて、二階部が宿部屋となっている所がある。
ここはどうやらその類のようだ。
宿として雨風を凌いで寝る所の提供は当然として、食事を兼ねる所があったり無かったりする。
場所によってはそこは飯屋だったり酒場だったり、宿屋によっては様々だ。
どうやらこの宿は酒場も兼ねている方のようだ。
「おやおや、元気なお客さんだ」
カウンターにいる人、店主らしき男は物怖じせず物静かにそう言った。
全体的にこざっぱりとした、執事か家督でもしてそうな型にはまった整った服装をしている。
宿屋としては儲かっているのだろうか、それとも酒場として儲かっているのか…落ち着いたその雰囲気からして、意識が高い感じだ。
髪はオールバックにしていて、鼻の下には丁寧に生え揃っているヒゲがちょっと印象的である。
彼がどんな人なのか、一言で言うとだ……。
―――なんだか渋そうなダンディーっぽい店主である。
あれ? この人の顔…見た事があるような…無いような……。
つい最近どこかですれ違った気が…。
ぐ~~~…。
「な…何でもいいから、何かご飯下さいっ!」
もうそんな事はどうでもよかった。
もう限界までひもじくて、空腹が辛いのだ。
このダンディーな人がどこかで見た事があるかなんて思考は空腹の波でどっかに去ってしまった。
「ふむ…」
ダンディーな人は顎に手を添えて、考え事でもするかのように仕草を見せた。
その仕草すら渋くて様になってるとは思うけど…お腹が空いてる自分からすれば焦れったかった。
カウンターを叩いてでも主張しようと、訴えかけるように怒鳴りかけたが、その前にカウンターに湯気の立った器が置かれた。
「まずはこれでいいかね?」
「こ、これはっ……」
これは……粥……?
光沢を帯びるほどに水気を吸った白い穀物が、器の中にあった。
それは噂で聞いた事がある、極東から流れてきた穀物、“米”というものだ。
麦や果実とも、パンでも無い食べ物であり、水で炊き上げるとふっくらとした弾力へと変化するほぼ無味の穀物だ。
食べた機会に恵まれた事はないけど、ここ最近たまに見かけるようになった。
通常は炊き上げるだけなのだが、そこから更に柔らかく煮たモノを粥と呼ぶ、らしい。
なぜ宿屋などにこんなのがあるかわからない。
だけどそんな些細な事、今の自分には関係なかった。
「い、いただきます!!」
差し出された物に遠慮するわけもなく、ダンディの人がそっと置いたスプーンを握り締め、自分はそれを貪るように食べ始めた。
「もぐっ…はむッ ハフハフ、ハフッ…! むぐっ、もぐっ……!」
熱い。 味が薄い。 でも美味い!
口の中に溶けそうなほどに柔らかくなった米が、無理なく腹の中に入って拒まない。
多少熱くても、腹が減り過ぎて胃が受け付けない事なんて事はなく単純に塩で味付けされたのがシンプルに美味いと感じられた!
嗚呼…これが優しい味というものだろうか……視界がボヤけて来る。
「…ぅまい……美味いよぉ…しょっぱいけど、美味いよぉ」
ポタポタと、塩味のする液体が目から落としながらもそれを食べていく。
ここ数日まともに食べていなかった腹に満腹感が満たしていくのであった。
―――。
「…はっ!?」
知らない天井だ。
いつの間にか意識が途切れた自分が目を覚ました時は、見知らぬ部屋のベッドの上に居た。
「……あれ……ここ、どこ?」
ベッドらしき膨らみから体を起こして、周りを見渡した。
キョロキョロと周りを見るが、ちょっと薄暗がりで窓から差し込む夕暮れも沈みかけている。
部屋が暗くてよくわからないけど…暗くてよくわからないから部屋を出てみようと思う。
ドアの下からは蝋燭の明かりが漏れていて、暗がりの中でも部屋の出入口の場所が見えた。
やけにギシギシと鳴る床の上を歩き、足元を何かで躓きながらも、ドアを開けて外へと出た。
「―――」
「―――」
ワイワイと酒場らしい雰囲気で賑わっていた。
吹き抜けになっている二階の手すりから階下を覗くと、既に酔っ払っている男達が楽しそうに酒を飲み交わしている。
屋内には酒気と料理の芳しい臭いが漂っていて、それに鼻と胃を刺激されて程良い空腹感が湧いて来た。
手すりから階下を見下ろしていると、忙しなく動いている人を見つけた。
それは看板娘らしき女性だ。
「あ、可愛い」
酒臭い男達の周りで元気な笑顔を運ぶその姿は、二階から見ても華やかに見えた。
両手にいくつものジョッキを運び、右から左へ店内を動き回る様は、見てて応援してやりたくなるものを感じた。
年若いのに新米臭さが見えない看板娘は、酒を嗜む男達から好意的な声が投げかけられていた。
「お~い! エマちゃーん、こっち酒追加頼むよー!」
「なんならこっちで酌してくれよー!」
からかい3割好意7割といった声を集めるあの可愛らしい看板娘は、どうやらエマと言う名前みたいだ。
観察するように眺めていると、エマという名前を呼べばクルリとその方に視線が向いては、その声の方に向かって颯爽と駆けつけていく。
「はいは~い、ただいま参りまーす」
呼べば飛ぶように動き回る彼女は見ていて可愛らしい。
あれはきっと人気があるのだろう。 自分でも可愛い、と呟いたくらいだ。
呑気にポヤ~ン…と眺めていたら、愛でたいという気持ちに魔が差したような気がした。
もしかして、こっちから呼んだら気付いてくれるのかな~…と、ちょっと試してみたいような考えが脳裏をよぎる。
一回だけなら…一回だけなら、と思い、試しに呼んでみた。
「エ……エ~マちゃ~ん―――」
ただし、小声でだった………。
試したくなる、とか考えておきながら、いざそれを本気でやろうとする度胸が足りてなかった。
荒っぽい人も、悪酔いする人も相手をする酒場の看板娘相手に何とも情けないと思うだろう。
しかしこっちの小心者のハートでは、気付かれなくても構わないようなかな~り小さい声しか出なかった。
実に意気地なしである………くすんっ…。
「ん?」
しかし、その後ろ向きな心情で絞り出した声は看板娘エマに届いたのか、おもむろに二階部の手すり…そなわち自分へと向けられた。
「あ、食い倒れさん!」
「へぁっ!?」
変な声が出てしまった。
いきなりな言い草と共に、エマはこちらの存在に気付いてくれたようだけど……なぜ“食い倒れ”?
疑問に回答を得る間もなく、看板娘のエマは階段へ向かって駆けだした。
だがその前に、軽やかな足取りを止め、洗い場へ下げるべきだろう空ジョッキをその辺の客のいるテーブルに置いた。
酒場という無礼講の場であるためか、可愛らしい笑顔と「ちょっとごめんね♪」という言葉を置いて、失礼な態度である自覚をおくびにも出さず、階段を登って二階へと上がってきた。
お~いエマちゃーん…!という嘆くような客の声を置き去りに、彼女は自分と向かい合った。
「え~と…おはよう、ございます?」
「もう夜だよ! ずいぶんグッスリだったみたいね寝坊助さん」
いい笑顔なのに、遠慮のない毒を吐いてきた。
誰もが認めるような、看板娘に相応しい笑顔をしているのに、口から出てくるのは遠慮とは程遠い口振りである。
多分、酒場という酔っ払いの集まる場であるから自然とそうなったのだろうけど、彼女のような若さでその“慣れ”を身に付くというのはどうなんだろうか?
でも…可愛いため憎めない。
「まぁ、とりあえずおはようって言ったんだから、こっちもおはようって返しておくわね。 ここは初めて?」
「あ、はい。 デトワーズに来たのは人生初、かな」
傭兵稼業の都合上、戦ある所にはあちこち行ってるが、デトワーズ皇国に来たのはこれが初めてである。
ここに来るしか選択肢がなかったとも言うけど……。
「そっか。 私はここの給仕のエマよ、よろしくね♪」
「あ、僕はレヴァンテンです」
エマにわざわざ自己紹介をされて、自分は思わず嬉しくなった。
間近で見てみると、目の前の少女は改めて可愛らしいと再確認する。
ただの酒場の看板娘にしては容姿が整っていて、それでいて笑顔は屈託のなくて人懐っこい印象を覚えた。
その印象と相まって、ブラウスと胴衣とエプロンの三点セットによる看板娘衣装がよく似合い、仄かな色気があった。
首元が開いたブラウスは鎖骨がよく見えるし、胴衣のスカートの下からは綺麗な膝がチラチラと覗かせている。
露出度高めではないが、その若さで服の下から漂わせてくるような色気みたいなものを感じさせた。
見るからに惚れ惚れするほど魅力的だ。
看板娘として彼女が客達から慕われてるのも納得である。
「にしても面白いわね食い倒れさん、マスターから話を聞いた時には思わず笑っちゃったわ」
この毒吐きがなければだがもっとステキだったのだが。
「あの…その食い倒れって何?」
行き倒れ、と呼ばれる自覚はあるけど…困った事に。
「ん? 君、覚えてないの?」
「はぁ…これがさっぱりと……」
「…呆れた。 マスターには聞いてたけど…まさかあのまま寝てたわけ?」
「???」
一体どういう事なのだろうか?
自分が何をしたと言うのだろう…
「私は後からマスター…ああ、この宿の店長兼酒場のマスターね。 覚えてる?」
「あ~、あのすごくイイ人か」
あの美味しい粥をくれたダンディーさんだ。
よく覚えている。 あの時食べた粥は涙が出るくらいに美味しかった。
「マスターから聞いたんだけど……ご飯食べた後にこの世に悔いが無いような死に顔で寝たらしいわよ」
「……え? 寝たの?」
「マジもマジ、大マジよ。 完食した途端にパッタリと、ね」
……………何をやっているんだろう、僕は…。
そりゃああの粥は人生で一番美味いと思えるほどに、胃に嬉しいものだった。
ほんの少しの豆しか入れてなかった腹に、(誰かさんの涙のせいで)ちょっと塩味が濃かった粥の柔らかくて優しい味に、とてもとても満足して眠ってしまったのだろう。
それはきっと、戦場で携帯食を忘れて戦闘に突入してしまい、戦後に回収してやっとありつけたくらい嬉しい事だ。
…そう言えば、あの携帯食腐ってて腹壊したんだったっけ…思い出してみればそんなに嬉しくなかった出来事だった。
「…それで食い倒れ、か」
「一階にて、客の一部の間ではその話題で持ちきりよ。 よほど面白かったみたい」
「あ~う~………」
は、恥ずかしい……一階に降りたくない……。
「ま、それはともかく一階に降りてきたら? 起きたら呼ぶようにマスターに言われてるからね」
「え……いや、それは……下に降りるのはちょっと遠慮したいなぁ…」
「部屋に戻るのは構わないけど、部屋を貸すのはタダじゃないよ。 そっかぁ、マスターに会わなくていいんだね? 食い倒れさんの財布をマスターが握ってるんだけど」
「すぐに行きます、はい」
気付けば懐がなんか軽いと思っていたら…財布抜き取られてたんだ。
粥も食べた事だし、その上で寝てしまった所を放り出さずに部屋で寝かせてもらったのだから文句が言える筋合いはない。
けれど…全財産が入った財布は惜しいのだ。
―――。
後書き
エマ:家名なしの庶民で看板娘。 デトワーズ皇国で商人などの内部向けの宿で働く、露出度控えめなディアンドルのような格好をしている。 物腰丁寧だがちょっとだけ辛辣。
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