暴れん坊な姫様と傭兵(肉盾)
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01
前書き
(;´д`)「お腹空いた……」
「はひぃ…はひぃ………」
鬱蒼とした森、生い茂る藪、道なき道が広がる緑。
およそ人が通るために出来ていない自然のフィールド。
人が通りたければ人が通れるように道を作ってそこを行くものだ。
そこをあえて通ろうとするのはよっぽどのお馬鹿か脳天気な命知らずだろう。
例え冒険者でもそんな事はしない。
だけどそんな森の中、一人いた。
というか自分である。
「こ…ここはどこー!?」
―――そして自分は絶賛迷子中だった。
―――。
なぜこんな状況に陥っているか…まずは迷子になっている自分の事を説明しなければならない。
自分は、 レヴァンテン・マーチン―――いわゆる傭兵である。
ただし…“立派な“、とは付かない。
傭兵の職が立派じゃない、というわけじゃなくて、傭兵としては酷く…質が悪かった。
その結果、この森を進む羽目になっている。
そして遭難しかけている。
「はひぃ…はひぃ……あぁ、ツいてないよぉ…」
いくら愚痴を口にしても誰もそれを聞いてくれる人はいない。
彼は始めから一人でこの森を突き進もうとしていた。
理由は二つほどある。
一つは、彼は金がなかった。
正確には無くはないのだが、それでも余裕があるわけでもなく、次の稼ぎどころを見つけなければ野垂れ死ぬのが目に見えていた。
次の戦場…次の雇い主を探して、大勢の中の傭兵の一人として参加して、最低でも参加分の報奨はもらわないといけないのだ。
しかし、自分でも何だけど…傭兵歴はそんなに浅くはない。 国々を旅して、紛争の噂のある土地を巡っては傭兵として雇われた。
だけど、どこでも雇い主の…というより現場での評価はだいたいにしてこうだ。
―――役立たず。
単純にしてシンプルな事に、自分は全くもって強くない。
それこそ年下の力自慢にすら負けるくらいだ。
それに加えてドジな上に、ノロマなのだ。 戦場で置いてかれて、孤立して何度も死にそうな目にあっている。
だから…雇われたとしても、雇う側からすれば『一回で十分』という扱いなのだ。
強い者、集団で優れてる者、地位がある者などなら雇用は続いたり士官の道もあるのだけれど、自分にそういう評価を得られる事はなかった。
一回参加すれば次の戦場へ…そういう生活をずいぶんと長く続けている。
さて、自分がどうしてここにいるのか…そのもう一つの理由がそこにある。
「デ…デトワーズはまだなの~……?」
―――大陸の辺境にデトワーズという国がある。
ヨールビン大陸の端っこに位置する小さな国。
領土は小さいけど、古代文明の技術が眠っている遺跡を発掘している国である。
古代文明から発掘されるモノは色々と使えて、とにかく珍しいものなどがある(らしい)。
それを所有する国は特色が出て発展すると言われる。
それゆえに外からの国から狙われていて、防衛のために傭兵を雇っているという話を聞いた。
不幸中の幸いか、前の雇い先から戦力外通告を受けてまた新たな雇い先を探さなければならなかったから渡りに船だった。
しかしだ、だがしかしだ……。
前にいた場所から、デトワーズ皇国に行くまでの路銀が足りなかったのだ。
デトワーズは沿岸と山森に囲まれた立地であり、外界と繋ぐのは大街道が一本あるのみである。
普通ならそこを通る所なのだけれど…大街道を通って行くまでに路銀が尽きてしまう。
かと言って沿岸沿いに海路にするとしても、船賃もお高い…。
そこで考えた。
遠回りするとお金がかかるのなら近道すればいいんじゃないか、って。
ありったけの保存食を買い込み、最低限の装備を残して武具を売り払って、前いた場所から森を直接抜けようと思ったのだ。
そして今、自分は猛烈に後悔している。
「あ~、もう…僕のバカバカ~! なんで森を抜けようなんて思ったんだよ~!」
刃物で切り払って進むべき藪を、体で突き破るようにして進む。
藪を切るためのナタも無ければ、武具は売り払っていて剣の一つもなかった。
装備は胸当てとナイフ程度。 財布と水筒以外に荷物らしいほとんどなく、身軽ではあるものの…これはマズイ事態だ。
入念に準備する必要がある知らない森の強行突破で、この身軽さは命に関わる。
なぜならば、無いのだ……食糧が!
ダメにした? 無くした? 盗られた?
どれか、と言われたら答えるのはただ一つ……全部である。
雨に降られて、水に弱い食糧はダメになり…野宿した後に置き忘れて、気付いた時には獣のエサになり…獣に盗られないよう、縄で繋いで枝からブラ下げていたはずの食糧は、意地の悪い野生動物に落とされて荷物ごとズタズタにされていた。
やっぱり金をケチって安物の袋したのがまずかったのだろうか、網目が荒い袋にしたものだからそこから漏れた食糧の匂いで引きつけてしまったのかもしれない。
嗚呼…本当にツいてない。
もうかれこれ2日ほど水だけで過ごしている。
そこらへんに木の実とかで飢えを凌ごうとしても大体渋くて食べられないし、草とか食べたら腹を壊して更に死にそうな目にあった。
ひたすらお腹が減るが、こんな所で立ち止まったら救助してもらえる可能性は皆無。
野垂れ死ぬより前に森を抜けようとするが、木ばかりの景色は未だに晴れない。
事態は深刻だ。 だがそれよりもだ…不可解で、無視出来ない事柄が自分の頬で疼いていた。
「うぅ……お腹空いたよぉ…頬も痛いし……」
自分の頬がなぜか猛烈に痛かった…。
“顔の左半分”が痛くてたまらない……。
ちょっと前にいつの間にか気絶していて、起きた時には既に頬がパンパンに腫れ上がっていた。
まるで、攻城兵器を正面からもろに受けたかのような、そんな痛み。
しかし、なんでこうなったか…気絶する前の記憶がなかった。
誰かに会ったような…そしてとても可憐で、気合の入った咆哮を聞いた……ような気がするんだけど、衝撃と共に記憶から抜け落ちていた。
誰に会ったのか、そもそも人だったのか、それともそもそも何もなかったのか…それすらわからない。
繰り返すけど、これが本当に痛い……これだけは、この頬に叩きこまれた事実である。
「う~…このままじゃ死んじゃうよー…!」
頬の痛みでめげてしまいそうだ。
このままでは餓死するか獣のエサになるか、あるいは両方か…今回ばかりはヤバイかもしれない。
戦場で置いて行かれて、転んだところを面制圧の矢の雨に晒された時くらいダメかもしれない。
痛い思いをしながら丸一日は彷徨ってたけど、どこを行けども森ばかりだ。
ああ…こんな事なら、森を抜けずにちゃんとした陸路でも海路でも使えばよかった。
いや、どうせなら多少安くても傭兵以外の仕事で雇ってもらった方がよかったかも。
それか、どうせ食糧がダメになるのならせめて美味しい物を食べてから、今後の事は計画を立てて行動すればよかっただろう。
それから、それから……それ、から……?
「あれ…?」
ふと、現実逃避しつつある頭の中で、一つの疑問が浮かび上がった。
―――そもそも……自分は、デトワーズ皇国に向かっているのだろうか…?
「……まさか」
そのまさかだ。
今この時、その可能性が浮かび上がって、今かいてる汗とは別の冷や汗が流れる。
そうだ…食糧が日毎にダメになっていって、最終的には買い込んだ分は全部失われて…物凄く焦った。
その上、“何かがあって”気絶して…空腹のせいか思考力が低下したため、切羽詰まっていて方向を確認する事も忘れていた。
もしかしたら……もしかしたらだ…。
自分は、グルグルと森の中を迷っていて…もう抜け出せない深みにハマっているのではないのか?
「うっ……」
つまり……遭難、確定…?
「…うわああぁん!」
そんなの嫌だー! 死にたくなーい! 野垂れ死になんて嫌だよー!!
命の危険が現実味を帯びて、恐怖心からたまらず駆け出した。
さっきよりも必死で、薮と枝が体を傷つける事も厭わず我武者羅に走る。
何でもいい、自然の世界から抜け出して人の、営みの、文明のある人間の世界を見たくて、宛てもなく前へと突き進んだ。
改めて方向を確認するとか、そんな事は頭に浮かばなかった。
今更そんな事しても手遅れで、ただ走って、力尽きるまで前へ進むしか出来る事はなかった。
「誰かーーー! 誰でもいいから、誰か助けてぇー!」
―――そんな時だった。
「あ―――」
緑の視界が晴れた―――。
「あ、はは……」
森を抜けたその先は別世界のようで…その視線の先には森とは違う別のモノが見えていた。
そして、それ以上に乾いた喜びが湧き上がるほどの光景がそこにあった。
そこには町の外周を囲むように石壁が広がっていた。
丘のようにやや山なりになっている自分が立っている場所からは、石壁の背丈を越えて屋根の数々が見えていた。
そこで一際大きく存在感を主張する城塞の如き建物が聳え立っていた。
街の出入り口らしき門には、商人らしき人が馬車を引いていたりして、巡回をしている警邏がチラホラと見えている。
遠目からでもそれが都市であり、人が住む世界なのだとわかった。
「やった…やった…街だぁーー!」
涙を流しながら、脇目も振らずに門へと駆け出した。
その門の向こうが天国だと信じて疑わず、脳内で何をしようか怒涛のようにイメージが溢れてきた。
屋根のある部屋、温かい布団、美味しいご飯、芳醇な酒!
何でもいい、どの順番だって構わない…いや、まずはご飯からにしよう!
普段から自他ともに認めるノロマであるけど、この瞬間だけは結構速く走れている…そんな気がした。
今は、この衝動的な喜びのまま、一秒でも早く門へと辿り着こうと走り続けた。
…ややあって―――森の中を走り彷徨っていた所を全力疾走したものだから、死ぬほど息が切れる羽目になった。
「ぜはー…ぜーはー……!」
し…死ぬ……。
両膝に両手をついて、大げさなくらいに呼吸を繰り返して、死の淵にいるように思えるような瀬戸際からの回復を余儀なくされた。
だけど、門にまでたどり着く事は出来た。
肺が酸素を求めてすごく苦しいけど、それよりも辿り着いた事の喜びの方が大きかった。
ここまで来れば、ベッドもご飯も屋根も温もりもすぐそこである。
―――ヒソヒソ。
息を切らせて全身汗だくにして立ち止まっている自分に、門番からの視線が集まる。
なぜか門番同士で小声で話をしているようだった……なんだろう?
何はともあれ、肺の苦しさから復活してきたので、そろそろ門を潜る事にした。
「助かったー…街が見つかって~…あ、どうも。 こんにちわ、ここはデトワーズ皇国で合っていますよね?」
「……」
あれ…?
なんか門番達の反応が鈍いな……ま、間違えてないよね?
「確かに、デトワーズ皇国ではあるが…」
「ほっ…よかった……それじゃあ、傭兵の募集があると聞いたんですけど、どこに行ったらいいですか? あっ…いや、それよりも美味しいご飯が食べられる所が先かな」
「………」
―――ヒソヒソヒソ。
何やら門番達がまた内緒話を始めた。 どうしたのだろうか…?
自分が全身汗だくなものだから、美味しい店を紹介していいものか迷っているのだろうか?
そういえば…ここ数日、行水もしてなかった事を思い出した。
そんな有様で走り抜いて汗だくになったら…そりゃ臭いだろうなぁ。
「ここで待て、“手続き”にしばし時間を取る」
そう言われた。
手続きなら仕方ない。
空腹だから今すぐにでも何か食べたい以外に、これといって断る理由はなかった。
「あっ、はい。 もうずっと走ってて疲れてますから、待ちますよー」
通行の邪魔にならないように道の脇で地べたに座る。
出来れば早くしてほしいな、と思いながら“手続き”とやらが済むのを待つ事にした。
それでも空腹は自己主張してくるのだから、空を仰いで別の事を考えた。
まずは飯屋…いやいや、それは今は後回し後回し…。
泊る所とか、体を洗う所とか、あとは武具屋とか…色々と回って、傭兵を募集してる所で雇ってもらえるように頑張らないといけない。
いつも余裕なんてないから、雇ってくれなければ即座にピンチになる。
せめて……このデトワーズ皇国が宗教的にも軍事的にも極端でなければいいなぁ、と淡い期待を込めた。
「………」
ぐ~~~……。
うん、無理。
やっぱりお腹が空いてどうしようもない。
せめて待ってる間でも、何か食べる物を分けてもらうなりでもして……あれ?
「え…―――」
空を見上げていた視線を下ろして、自分はようやく周りの状況に気付いた。
そして気付いた時には、その状況に唖然とした。
周りにはいつの間にか、門番…いや、衛兵達がグルッと囲むように、自分を包囲していた。
その物々しい雰囲気に怖気付いて、何か言うよりも先に両腕を上げて降参のポーズを取った。
我ながら潔い…いや、いっそ清々しいほどの小市民的反応である。
「な、何…? どうなってんの?」
これって、どういう状況なの……?
取り囲む人等は門番としての装備ではなく、巡回する衛兵の類だった。
とても手続きをするような感じではない。
僕…何か悪い事でもしただろうか?
すると、取り囲む衛兵から分け入って隊長らしき人が前に出てきた。
あまり特徴はないけど、堅そうな印象を抱く。
纏っている装備はとても立派で整備がされていて、自分よりもずっと充実しているのがわかる。
羨ましいものだから、羨望の眼差しで見てしまいそうだった。
「お前がそうか?」
「あっ、はい」
何がそうか、なのか隊長らしき人の言う事がよくわからなかった。
しかし小市民的反応はこんな時、偉そうな人を前にしたら考えるよりも先に肯定するか、卑屈に萎縮する。
自分もその例に漏れず、突然の事態に混乱しながらもつい肯定ともとれる返事してしまう。
でも…一体何が起きているのだろうか…。
「あの…」
「では―――お前の身柄を拘束する」
……はい?
自分が質問するよりも先に、隊長らしき人から出てきた言葉に耳を疑った。
「え…」
森の中で死ぬかと思った。
街が見つかって助かったと思った。
そして隊長らしき人の言葉を聞いて、こう思った…。
「ええぇぇぇーーーっ!?」
―――もう、餓死しちゃうのかも知れない…。
後書き
金(ドゥエ):ヨールビン大陸における主な通貨単位
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