ソードアート・オンライン〜Another story〜
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GGO編
第188話 第3回BoB開幕
2人はただただ黙して語らずだった。
「で、一体何なわけ? この会話の全部が私をイラつかせて本大会でミスさせようって作戦だったの?」
だから、シノンの追求は続いていた。中々切り出さない2人を見て更に苛立った様だ。……何かがあると言う事は直感をしていたのだが。
「いや、違うんだ。……そうじゃなくて」
キリトは、両手を振りながら弁明しようとするが、やはり躊躇ってしまうのは仕方がない。横にいるリュウキも、この時ばかりは、シノンが疑っている作戦?の事を聞いてツッコミを入れようとはせずに、ただ黙っていた。
そもそも、全てを話していいものか、説明をしていいものかどうかが判断出来ないのだ。
この世界、GGOでは例の死銃の噂は広く流布されている。
『死銃で撃たれたら、二度とログインしてこない』と言うもの。
だが、現実に本当に死んでいる事など、本当に殺されたのだと信じている者は殆ど存在しない様だ。それは仕方がない事だ。基本的に現実とこの仮想空間は隔離されており、現実での友と示し合わせて、プレイでもしない限りは難しいだろう。現に、現実世界で死亡した2人は共に一人暮らしであり、死体の発見が遅れている。……もしも、彼らが誰かと示し合わせてプレイをしているというのなら、もうちょっと発見が早かったかもしれないのだから。
そしてそれは、目の前の少女、シノンも知らない事実、単なる都市伝説程度にしか認識していない。
まだ、その殺人のロジックを解明しきれていない事もある。互いの話し合いもあり、更に菊岡との対談でも同じだ。
傍から見れば、性質の悪い噂程度なのだが、どうしても死銃の力を一笑に付く気にはなれない。何故なら……。
――死銃が元笑う棺桶なのだから。
あの殺人集団は、次から次へとプレイヤーを殺す手段を編み出し続けてきたのだ。だからこそ、この世界でも何らかの方法で、再び殺人を犯している可能性が高いのだ。
「……もしかしたら、昨日の予選で、あんた達の様子がおかしくなった事に何か関係があるの?」
「っ……」
「えっ……」
シノンの言葉と視線に、動揺を隠せられない2人は暫し言葉を失ってしまった。これは、話す事ではないのだ。……だけど、その理屈や計算を忘れてしまった様に、キリトは頷いた。
「……ああ。オレは、……オレ達は、昨日の待機ドームで昔のVRMMOをやってた奴にいきなり声をかけられたんだ」
キリトの表情が暗く、そして険しくなる。この表情は、シノンは知っている。……そう、昨日のあの時の顔、表情と同じだったから。
「……さっきの5人の中に、恐らくはいる。……間違いなく、今大会に紛れ込んでくる」
リュウキがキリトの言葉を繋げた。本心では、キリトと同じ様に、リュウキ自身もこの事を話す気にはなれなかった。
かつての闇を、心の中に再び蘇ってきたあの闇を何も知らない彼女に話す事には躊躇いがあったのだ。シノン自身も強い意思が、重大な理由があるのも、昨日の戦いを経て理解しているつもりだったから。
「それは、友達、だったの?」
シノンの問いに2人は首を即座に振る。 長いキリトの髪が、縛られたリュウキの髪が左右に乱れても構うことない。
「全くの逆だ。……オレ達は殺し合いをした間柄、なんだ」
リュウキはそう言うと、眼を瞑り俯かせた。その雰囲気には殺気とも言える何かが内包している様に思えた。キリトも表情が暗いままに、そのリュウキの言葉を肯定する様に俯いた。
「……殺し、合った」
リュウキの言葉、そしてその雰囲気を見てただ小さく両眼を瞠ったシノンは秘めやかな囁きを零した。
「……それは、プレイスタイルが馴染まない、とか。パーティー中にトラブって仲違いしたとか、ゲーム上での話? ……それとも」
そこまでシノンが聞いた時点で、キリトが反射的にかぶりをふった。
「違うんだ。……互いの命をかけた本当の殺し合い、なんだ。……アイツ等とは和解は有り得なかった。絶対に許されない事をしたんだ。……奴等の凶行を。……それを、止めようとしただけ、なのに」
キリトは一瞬だけ、視線を泳がせた。その泳いだ視線の先に、嘗ての姿をしたあの男が浮かんだ。傷つき、涙を流した彼の姿を重ねた。
あの戦争の序章と言える戦いになったあの時の事。信頼出来た者を、……友とも呼べるあの世界での仲間を失い、そして奪った事実と共に。
「……負わなければならない責任がある。……どうしても止めなきゃならない事がある。だから、オレ達はこの世界に来たんだ。それが、生き残った者の。……そして、あの時、見逃してしまったオレが負うべき責務なんだ」
リュウキは、低く重く、そう答えて紡いだ。
――凶行を止めようとしただけ。
シノンの頭の中に、キリトの言葉が流れる。そして、キリトが見た彼の事も同時に。
――止めようとした。……でも、止まらなかった、止める事が出来なかった。そして、その結果…。
連想出来るのは多くはない。何れも、良いモノではない事は確かだった。
「――『仮にもし、この世界の銃弾が、刃が本当に人を殺すものだとしたら、それを躊躇わずに最後の一撃を、全てを奪う一撃を入れる事が強さ、なのか?』」
シノンは、あの時に聞いた言葉を繰り返した。本当に、本当に経験をしたが故の言葉だったから、それに重みを感じた。
「もしかしたら、リュウキ、キリト。……あなたたちは、あのゲームの中に……」
本当に殺す一撃を、命を奪う一撃を、そんな場面になる事はこの日本では多くはない。……多くはない筈なのだ。
だけど、近年では違う。かの悪夢のデス・ゲームが非日常を具現化してしまったのだから。
そして、2人の顔色はまるで変わらない。否定も、肯定もない。だけど、それが全てを示していた。
「………ごめんなさい。訊いちゃいけないことだったね」
シノンは直ぐに謝罪をした。人には触れられたくない領域が、……踏み込んではいけない領域と言うモノがある事を、彼女は知っているから。
~待機ドーム~
そして、その後 待機所にて。
今大会で大人気となりつつあるキリトとリュウキ、そしてシノンの3人が待機所に姿を現した途端に、場がザワついていた。
「……おお、キリトちゃん、リュウキちゃん」
「あ~、オレ斬られたい派かな? やっぱし」
「だから、それならALOにでも行けよ。GGOじゃなくて」
GGOでの数少ない女性プレイヤー? だと言う事も、人気の理由の1つだろう。
曰く、シノンに撃たれたいか、キリトに斬られたいか、……リュウキだったら、どちらも満たしてくれる。とかなんとか。
「クールビューティーなバーサーカーか……、イイねぇ、華があるってもんだ」
「それを言ったら、リュウキちゃんだろ? 常に冷静沈着! ……だけど、一度トリガーを引こうものなら、一気に豹変。脳天躊躇わずぶち抜くんだからよ? 冷徹と情熱の両方を持ってんだし」
「おお~、 だけどオレは、あのCQCを受けてぇよ……。身体と身体のふれあい……」
「アホ。ふれあいどころか、全身の骨折られるぞ」
「それでも構わねぇ!! リュウキちゃんと触れ合えるなら、オレは後悔などしない!」
実はその手の話題が3人が現れる前から、延々と続いていたのだ。
予選での光景、大々的にこの世界に放映されてしまっているから、一応初心者に分類されるキリトやリュウキも、もう有名人だろう。
「あ~、でもオレはシノっち推しかな?」
「それも判る!! 元祖クールビューティー! あのへカートで撃たれるのも悪くねぇし!」
「まぁ……正直な所、……え、選べねェよ……!!」
それなりに、BoB大会での熱意や意気込み等の会話もあるのだが、圧倒的なのは前者である。そして、それなりに小さな声で会話を楽しんでいる様だから、その細部までは聞こえない。……と言うより聴きたくない様だ。
「……はぁ」
リュウキは、待機ドームを歩いていて、嫌でも視線を集めてしまう結果になっている事に、げんなりとしていた。……別に初めてだという訳じゃないのだが、それでもこればかりは慣れない。……慣れたくない。
「……たははは」
キリトはキリトで、何処となく楽しんでいる風にも見える。そもそも、彼の場合、注目を集めると言う事は確かにリュウキ程ではないがあったが、種類が違った。妬みや嫉妬の類の視線が殆どであり、リュウキの様な前向き?な注目はされていない(本人がそう思っているだけ)。だから、何となく新鮮な気がしたのだろう。
そして、更にしばらく歩いていて。
「あ、ごめん」
「っ……と、すまない」
リュウキとキリトがプレイヤーであろう男2人に肩があたってしまった。ぶつかってしまった以上、謝罪をするのがマナー、礼儀であるから、直ぐにそう言ったのだけど。
「ひっ! す、すみませんっ」
「あ、あわわ……」
ぶつかった2人は、相手がリュウキとキリトだったから、つい怯えてしまった様だ。
……斬られたい、撃たれたい、などと言っている者もいるけれど、大多数はそんな自分の身体が嬲られる様なシーンにはなりたく無いだろう。それなりに、ノックバックも発生するし、疑似痛覚もあるのだから。
「……はぁ」
リュウキは再びため息しつつ、『悪かった』と再び言うと歩いていく。キリトは何やら無言だったのだけど、数歩 歩いた後。
「……キミ達」
何かを考えたのか。突然彼らの方に振り返る。
そして、アイドル顔負けのポージングとこの薄暗い地下待機ドームがキラキラと輝きを放ったかの様な笑顔を見せ。
「応援してね♪」
と一言。
それを見た男達は……、悲しきかな、男の性。
『うぉぉぉぉ!!!』
その男の心にジャストミートした様で、正面から見た者達は皆が頬を赤く染めた。興奮冷めやまぬ表情で両手をぶんぶんと振ったり、指笛を鳴らしたりとしながら。
「キリトちゃん! が、頑張って!! リュウキちゃんにリベンジだっ!」
「で、でもリュウキちゃんも負けるなっ!! 頑張れっ!!」
「お、オレ、2人1桁入賞に全財産賭けます!!」
などと大いに盛り上がった。
……これも先ほどまでの暗い話題の時を考えたらいい傾向だろう。本番前にここまで出来る精神力も大したモノだ。だけど、それを踏まえても。
「……何やってんだよ、馬鹿」
リュウキは自分自身にまで妙な注目を更に集めたこの状況は安易に良しと出来ない。ましてやこう言う興味もある訳もない。自身の性別を偽って、男達にちやほやされたい願望もある訳もない。
「ネカマになりたいなら、1人でなれ。オレを巻き込むな」
そう言うと同時にキリトに肘鉄をかました。
「うげっ! ち、違うって、ほ、ほら……なんか、あの人たちの反応が面白かったから」
「……どうだか。 お前のその振る舞いが、随分と堂に入った感じだったぞ。そっちの気があるんじゃないか、と疑う程にな」
「ご、誤解だ誤解! 違うって!!」
慌てて弁解するキリトと、淡々と歩き続けるリュウキ。そんな2人のやり取り、会話こそは聴いていないから、その容姿だけだから、どうしても絵になる。
美少女の2人が、“きゃっきゃっ!るんるんっ!” と楽しそうに絡んでいるのだから。
「………」
そんな騒がしい中でも、シノンはただただマフラーに顔の半分を埋めていた。まるで、この騒がしさも全く頭の中に入れていない様に。耳に届いていない様に。
~数十分前~
この時シノンは、ただただ考えていた。……否、頭から離れない事があった。それは、さっきの酒場でのリュウキとキリトの会話にあった。闇を垣間見せたあの時の。
『っ……。責、任……』
キリトは、リュウキが発した言葉を呟くと、視線を下へと向けた。……俯かせる様に。
『オレは、オレは負うべき責任から、ずっと……ずっと眼を空し続けてきたんだ。自分の行いの意味も考えようとせず。忘れてしまっていたんだ。……ただ、ただ ……キに……』
そこでキリトは何とか口を噤む事が出来た。自分よりずっと深い闇を持っている男が目の前にいるんだ。リュウキと自分自身、その奪った命の多さで測るつもりはない。それでも、奪ってしまった命を、……最初にそれを実感したのも、リュウキだった。そこから自分が、自分達が続いた。先を征く者として、彼が道導べを作ったのだ。
だから、あの日を思い出した今でも、あの時攻略組の犠牲が最小限で済んだのだと思う。一瞬の気の迷い。その隙を一切の躊躇いも無く突いてくるのがあの連中なのだから。
そんな時、キリトは肩に感触を感じた。
『眼を逸らし続けてきたのはオレだって同じだ。……キリト1人じゃない』
リュウキはそう言う。そして、シノンが眼を見開いたのは次の言葉だった。
『……《心に巣食った闇はそう簡単に消えるモノじゃない》。オレも、キリトも。必ず、アイツの事を思い出す。……絶対に』
リュウキの言葉を聴いて、キリトはゆっくりと頷いた。これは、安岐ナースからも聴かされた言葉、だから。……そう、今はそう信じて立ち向かうしかない。正直、恐れはあった。……だけど、何を恐れる必要があるのだろうか?と今は思う。頼れる相棒がいるのだから。
リュウキは、キリトの頷きを見て、そして その決意の眼を見て察した。こちらも、同じ気持ちだからだ。
そしてシノンの方を向き。
『ありがとう』
ただ、そう一言だけを添えた。この礼は沢山の事が含まれている。情報を教えてくれた事もそうだ。
『あ、い、いや……っ』
この時、シノンは動揺しているのがはっきりとキリトには判った。これまでで、彼女がこんな風になるのは見た事……無くはなかった。でも、あの自分の性別がバレた時を除いたら、無いといっていいだろう。
「(……やっぱり、オレ達がSAOをしてた事に気づいて、かな)」
キリトはこの時はそう判断をしていた。
『……そろそろ、戻ろう。ありあわせと言っていい武器だけど、軽くウォーミングアップはしておいた方が良いからな』
『ああ。……そうだな』
キリトも頷いた後、シノンの方を改めて見た。彼女は、まだ驚愕の表情を変えておらず、ただ一心不乱にリュウキを見つめていた。
『……どうかしたか?』
そんなシノンに、リュウキは声をかけた。シノンの胸中に関しては、リュウキもキリトと同じ様に、自分達の過去を垣間見たからだ、と思っていた。だから、少なからず申し訳ない気持ちもあり、それが表情にも現れていた。
『い、いや……何でもないわ』
シノンは、リュウキの言葉と表情を見て 首を振った。今の自分が一体どう言う表情なのか、わからない。心が揺れてしまっている。それは、戦いの前では致命的なモノだ。
『……私も、戻るわ。武器点検もあるし。……ウォームミングアップも必要、だし』
そう答えると、リュウキとキリトも頷く。
そして、酒場の隅にある無骨なエレベーターに乗り込み、金網のドアが軋みながらスライドする。鋼鉄の箱が目的地まで運んでくれて、その金網のドアも再び開く。キリトは、それを見て直ぐに降りた。リュウキもそれに続く形で降りようとした時だ。
『……心に、巣食った、痛みは、 ……簡単に、取れるモノじゃ……』
そう呟くと同時に、リュウキの戦闘服。丁度撓みかかった腰辺りの部分を軽く掴んだ。
『……?』
リュウキはどうしたのか、と振り返ろうとしたが。
『……こっちを、見ないで』
シノンにそれを拒まれた。そう拒まれたから、反射的に振り向くのを止め、視線を数m先にいるキリトの方へと戻した。
『……あなたにも、あなたたちにも、事情が、ある事は理解した……でも、私との約束は、また別、だから。……私以外の奴に撃たれたら許さない、……から』
やや震え気味のその声色だった。でも、リュウキはその機微までは判らない。
『撃たれる位は許して貰いたい。相手の殆どがフルオート。……当たらない様に努力はするが、撃たれる事自体がダメなら、難易度が跳ね上がる』
そう真顔で返していた。
シノンは、そんなつもりで言った訳じゃない。揚げ足を取る様に屁理屈を言うリュウキ。いつもなら、こめかみに、ピキリ、と四つ角が多数出来そうな場面だ。だけど、今は……返す言葉が直には出てこなかった。
シノンは、握った手を強めて、自身の額をリュウキの背中につけた。
なんで、こんな事をするのか、判らない。……何がそうさせるのかが判らない。だけど、あの言葉を聞いた時から、だった。……まるで、自分の中に存在する詩乃の意識がシノンを突き動かしているかの様に。
『……任せろ』
リュウキは、シノンの温もりを背中越しに感じる。彼女の並々ならぬ決意と一緒に、その温もりを感じたのだ。
『生き残る。……また、向こうで会うまでは必ず』
リュウキはそう答え直した。必ず、生き残ると。
――ありがとう。
わずかに聞こえる程度のモノ。
背中越しに伝わる温もり、触覚と共に、その細い呟きが聴覚へと伝わり、脳内に言葉として伝わったその時。
温もりも離れていった。
~待機ドーム~
シノンは、精神を落ち着かせるべく、呼吸を整え直していた。装備は、間違いなく大丈夫だ。……この場所で見せる訳にはいかないけれど、別場所プライベートルームの1つで再度チェックは済ませた。
後は心、精神次第。
……震えてしまった後にまだ時間が1時間程残っていた事は本当に僥倖だと思えてしまう。それ程までに、衝撃が走った言葉だったから。
――……もしかして、あなたが。……リュウキが、彼、なの?
シノンのモノではない自分の中に存在するもう1人の彼女。弱々しい彼女がまるで、勇気を振り絞っているかの様に、そうつぶやいている気がした。
あの時、手を握ってくれた彼。
闇の中でうずくまっていた自分を立たせてくれた彼。温もりをくれた、……救ってくれた彼。
求める事こそが、弱さだと心に刻んでいた彼女だったが、それでも……、その心の深層域では、温もりを再び求めていたのかもしれない。
「ッ……」
シノンは自身の頬を2度、両手で叩いた。
可能性を考えたら0ではないと言うだけであって、全くの別人の可能性だってある。……寧ろその方が高い。それに、今は、そんな事よりも考えなければならない事があるから。
いや、……自分自身にとって、本心にとってそんな事じゃないかもしれない。
だけど、今は、今優先するのはそちらじゃない。力を出し尽くせないと、絶対に後悔が、悔い残るから。悔いの残る戦いをする事こそ、彼女が避けたい事なのだから。
「………」
シノンは視線を細めた。
まだ、大会スタートまでは時間がある。それまでに、今自分がしなければならない事は、再び《氷》になる事。一切の感情を持たない氷の狙撃手に戻る事。
この戦いで、再び彼と相まみえ、銃弾を交わす、その瞬間まで。
そして、場は更に騒がしさが一段階も二段階も増した。
当然だろう、第3回BoB本戦開始までもう1分きったのだから。待機ドームの天井部に設けられている巨大モニター、大会ライブ中継をする画面だが、今は《Mスト》が放映されている。
今一番熱いとされている一大イベントだから当然だろう。
『さぁさぁ! もう後少しですよーー!!』
司会の彼女も興奮冷め止まぬ様子でマイクを握りしめながら、高々に宣言した。
彼女のバックに備え付けられている電光掲示板に表示されている数字がどんどんと少なくる事に、場が湧きに沸く。
10秒をきった所で、カウントダウンもスタートした。
本戦に参加する猛者達も、画面こそ見ていないが感じ取っている様だ。
――口元を歪め、笑う者。
――銃のグリップを握り締める者。
――拳を鳴らす者。
仕草は十人十色だが、間違いなくその全員が気合が入っている様だ。
だが、中には異質なオーラを放っている者もいた。ぼろぼろのマントに身を包んだ者。その見えない表情の中に、赤く、血のように赤く光る眼があった。カウントダウン終了間近、そのマスクから白い吐息が盛大に漏れ、眼の輝きも増す。血を欲している捕食者の様に。
そして、その傍らにはもう1人。
同じくぼろぼろのマントに身を包み、傍にあった支柱に背中を預けていた。額にその長い銃身を当て、口元がゆがむ。口元から上は全てマスクで覆われている為、その表情の全てを見る事は出来ないが、その口元だけで十分に判る。歪な笑みを浮かべている事に。
「……さぁ」
歪めた笑みのまま、口元が動く。
「イッツ ショウタイムだ。……鬼よ。……死神が、今から向かおう。……お前の元に」
額につけた銃身を外すと、そのまま肩に担ぐ。並んだ異形な雰囲気を醸し出している2人の男。
そして、その体は光に包まれ……消え去った。
そして、高らかに宣言される。
――第3回 BoB本戦開幕――
けたましい鳴き声が聞こえる気がする。
このGGOという世界は最終戦争終結後という設定がある為、その殆どが荒れ果てた荒野や廃墟と化した都心だ。だけど、自然エリアともなれば話は別。……枯れた木々が多いとは言え、生き物も確かに存在するだろう。そんな生き物の動く音、木々の騒めき、それらでも、十分に集中力を削がれてしまう。1枚の葉が揺れれば、風で靡いたのか、或いは誰かがそこを通ったのか、と過敏になってしまうのだ。
だが、其れこそがサバイバル戦、バトルロイヤル戦の醍醐味とも言えるだろう。
「……」
深い森林の中にある岩肌に背中を預け、サテライト・スキャン端末を起動させる。大きく広がったホログラフが周囲の状況……、位置情報と高精密な地形情報を提示してくれる。
初めて戦う戦場ではかなりありがたいモノだ。
地形情報に関しては、最初の端末確認から全てを頭に叩き込んである。そして、大体の位置も。
「彼女は、狙撃手だ。……衛星端末で一度丸裸にされれば、そこに留まる様な事は避けるだろう」
呟きながら、ホログラフ上に表示されたネームを確認した。そこには、必ず会う、と約束をした彼女の名前も表示されている。地形情報から察するに、流石は歴戦の狙撃手だと思える位置取りをしている、と思えた。
「さて、と」
ホログラフを消し去ると、岩肌から背を離しそして歩き始めた。精神を集中させながら歩く。……極力足音を殺しながら。視界に入るモノの全てを視透しながら。その銀色に輝き、僅かに靡く髪を軽く抑えながら
「はぁ……。フードが」
軽く抑えながら、やや意気消沈してしまっているのは仕方がない事だった。
勿論、このプレイヤーはリュウキだ。始まって早々、銃撃戦を展開させた。偶然にも鉢合わせたのか、或いは狙っていたのか判らないが、マシンガンを一気にばら蒔かれたのだ。
だが、そこは勿論リュウキ。
撃たれたのがマシンガンだろうが、ガトリングだろうが関係ない、と言わんばかりに、回避と弾きを繰り返し、接近。
最初こそ、景気よく機嫌よく銃弾をばら蒔いていた男だったが、あっという間に近づかれて、更にマシンガンの連射射撃、その銃弾も尽く弾かれたのを見て。
『う、うそぉ……』
と呆気にとられた表情をしていた。
その、ほんの僅かな瞬間、トリガーから指を離し 銃弾の雨が止む。もう、リュウキを止めるモノは何も無かったのを確認すると。
『残念』
リュウキの持つ大型自動拳銃、《IMIデザートイーグル.50AE10" barrel》が火を噴いた。手首を曲げ、反動の衝撃を逃がしつつ、銃をホルスターに収めた。殆どゼロ距離から発射された為、かなりの衝撃を貰った男は、吹き飛び、斜面をズルズルと落ちていって、木に衝突。
勿論HPバーは全損しており、そこには《DEAD》と言うアイコンだけが残された。
1km離れている位置に転送されたとは言え、銃声は間違いなく轟いている筈だから周囲に敵がいるかもしれないと辺りを軽く警戒しつつ、リュウキはその場を離れていった。
そして、今に至るのだ。
銃撃こそ、大体弾き直撃はしていないが……、弾いた跳弾がフードの部分を何度も何度も霞めて、傷だらけになってしまったのだ。……もう、迷彩効果も無ければ素顔を隠す役割(これ、重要!)も無くなった。
「嘆いていても始まらない。……剣と違って銃だし、仕方ないよな」
ぼろぼろのフードを見ながらそうつぶやくリュウキ。剣での戦闘であれば、それなりに回避したら、掠らせない自信もあるのだが(勿論相手による)、銃弾ともなれば話は違うから。
未練タラタラな様子のリュウキはそのまま、歩いて行った。
当初の目的は、キリトと合流。……そして 死銃を視る事。
『オレとこの銃の名は、死銃』
奴はそう言っていた。
つまり、存在を誇示する為には、ただマシンガン系で撃ち払う訳にはいかない。自らと同等の名を名付けた銃で敵を撃ち、殺す事で目的を完遂する筈だ。これまでと情報では、撃たれた彼らは例外なく、拳銃で撃たれている。
「拳銃使いに特に注意だな」
自らも使用している、拳銃に目を向けながら、そう呟いていた。
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