ソードアート・オンライン もう一人の主人公の物語
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SAO編 主人公:マルバ
ありふれた冒険譚◆初めての絶望、そして希望
第十二話 レクチャーその一、『見切り』
前書き
マルバくんによるレクチャーが始まります。
一日目。
「それじゃ、まずは戦闘訓練から。《システム外スキル》って知ってる?」
「《システム外スキル》?」
首を傾げるサチ。
「知らないみたいだね。《システム外スキル》ってのは、『システムに定義されていない、プレイヤーが生み出した戦闘体系』のこと。一番知られているのは、『スイッチ』だね。敵に重い攻撃を仕掛けて硬直させ、その隙に前衛を交代するってやつだ。」
「ああ、さすがにスイッチなら知ってる。うちのギルドじゃまだ難しいけどね。」
ケイタはそういうとちらっとサチの方を見た。困った顔をするサチ。
「だってさ、私はいままでずっと後ろからちくちく突っつく役だったじゃん。いきなり前に出て接近戦やれなんて言われても、おっかないよ。」
「まあ、そうだよね。それについてはこの後でレクチャーするよ。話を戻すと、この《システム外スキル》を使えるかどうかっていうのが実はかなり重要なんだ。」
ふうん、と皆が頷く。
「とりあえず今日は一般的に『見切り』って呼ばれるシステム外スキルを使えるように訓練するよ。」
はーい、了解、と異口同音に答える黒猫団。
「それじゃあ、まずは《圏内戦闘》で訓練するね。君たち五人で順番で僕に攻撃してみて。僕は君たちの攻撃をなるべく避けてみる。その動きを見ていて。」
皆がそれぞれの得物を取る。マルバは落ちていた小ぶりの石を拾うと、高く投げあげた。落ちてきたら戦闘開始、という合図だ。
カンッ!
石が地面に落ち、硬質な音が響く、と同時に五人が地を蹴ってマルバに攻撃を仕掛けてきた。
まず突っ込んでくるのは短剣使いのダッカー。石が落ちる前にすでに準備していた短剣専用ソードスキル『ラピッドバイト』で攻撃を仕掛ける。硬直が少ない優秀な技なのだが、動きがどうしようもなく直線的なので避けやすい。マルバは最小限のサイドステップで躱すと、次の攻撃者に向き直る。
次に続くのは棍使いのケイタ。クオータースタッフをくるくると回すと、そのまま下から上へ振り上げた。さらに半回転して反対側の先で追撃する。スキル始動技『舞花棍』から続く『撩棍』の連続攻撃である。マルバはそれをやはり左右のステップで躱すが、追撃の軌道を予測しきれなかった。態勢を崩されたマルバは、しかし、何も持っていない左手を構え籠手で棍を受け止める。
三人目はテツオ。盾を構えて突進してきた。盾には基本的に当たり判定がない。つまり、盾による突進攻撃は相手をノックバックさせたりはできるもののダメージを与えることはできないのだ。その代わり、バックステップで躱せない上に、ソードスキルではないため使用者が盾を左右に振ることができる。つまり、避けられても攻撃が防御できる、有用な技だ。一応はこれも《システム外スキル》に分類されるはずだ。マルバはそれをなんとテツオの頭上を飛び越えることで躱してみせた。テツオは唖然として振り返る。
四人目はササマルだ。長槍を正面に構えると、連続の刺突技を繰り出す。右、左、右、右、下、上と六連撃の全ての軌道を少しづつ修正して外しにくくした攻撃だ。意識的にソードスキルの軌道を修正するのは意外と難しい技術で、これも《システム外スキル》の一つである。マルバはその攻撃全てを籠手と短剣でたたき落としてみせた。
最後はサチ。使いにくそうに片手剣を構えると、そのまま斜め切りを打ち込んできた。基本技の『スラント』だ。マルバはバックステップで難なくかわすが、そこでちょっと追撃してみた。基本刺突技の『リニアー』だ。誰でも知っているような簡単な技なのだが、追撃が来ることを予想していなかったサチは思わず身をすくませてしまう。しっかりと構えていない盾の横をすり抜け、強攻撃が決まった。強烈なノックバックで数歩よろめくサチ。
これで終わりだと思って気を抜いたマルバに飛びかかってきたのは何故かユキだった。目を見張るマルバ。サイドステップで躱すが、スノーヘアの敏捷性は半端ではない。着地点から鋭角に切り返すと再び突進してきた。その攻撃を籠手で受け止めると、いきなりポンという音と共に視界が白く染まる。思わずふらついたマルバは腹部に強烈な打撃を感じて吹き飛ばされた。首を起こすと、自分の身体の上でしてやったりといわんばかりに胸を張るユキ。
この模擬戦はユキの勝ちで終わった。
「あはは、まさかユキが参戦するとは思わなかったな。どうだった、みんな?」
苦笑しながら身を起こしたマルバに、黒猫団のみんなは口々に答える。
「マルバ、強すぎ!なんで当たらないんだよ~」
とササマル。
「飛び越えるなんて反則じゃない!?」
とテツオ。
「いやー、さすがだな~。あれは絶対当たると思ったのに。」
と言うのはケイタだ。
「なんかオレだけすごく簡単に避けられて悔しいんだけど!」
と悔しがるダッカー。
「うう、マルバ、なんで私だけ攻撃するのよう」
と涙目のサチが訴える。
「とまあ、これが『見切り』の効果なわけだ。ちなみにダッカーのが簡単に避けられたのは『見切り』っていうよりは『先読み』のおかげだけどね。『ラピッドバイト』は僕もよく使う技だからさ、軌道とかよく知ってるんだよ。」
「ああ、なるほど。『先読み』、ね。」
ダッカーがふむふむとつぶやく。
「うん。でも『先読み』は『見切り』の延長線上にあるようなシステム外スキルだからあんまり急がなくてもそのうち習得すればいいよ。基本的には対人戦の技だからね。人型モンスター相手にはすごく使えるけど、まだそれは先でいいと思うからさ。」
「それで、『見切り』ってどうやればいいんだい?」
とケイタが聞いてきた。
「基本的には相手の目をしっかり見ること。モンスターだろうとプレイヤーだろうと、攻撃する時には攻撃するところを必ず見るからね。視線の先に攻撃が来るから、それを回避したり防御したりするんだ。それじゃ、実際にやってみよう。ササマルとケイタ、ダッカーでチームを作って練習。一人が攻撃して、もう一人がそれを回避する。残りの一人はそれをよく見て、その動きで良かったところを自分の動きに取り入れるようにするんだ。十分たったらローテーションしてね。」
了解、と言ってすぐに練習を始めるケイタたち。
「私たちは?」
「サチとテツオたちは回避じゃなくて防御の練習だね。こっちはこっちで別にトレーニングするよ。」
付いてきて、といってケイタたちから少し距離をとる。防御の訓練に最適な突進技は広い場所が必要だからだ。
「じゃあ、防御の方法を教えるね。テツオは前からやってたから分かると思うけど、基本的に盾の後ろに身を隠して、敵の攻撃に盾をぶつけるんだ。足を踏ん張って、吹き飛ばされないように耐えること。これも『見切り』で敵の攻撃がどこにくるのか見定めれば動きに余裕ができるはず。うまく敵の攻撃を弾ければ隙ができるから、そこにスキルを打ち込むんだ。僕が攻撃するから、それを受け止めてみて。まずはテツオから。僕の攻撃の後に隙ができるから、そうしたら攻撃していいよ。サチはちょっと離れて見てて。」
頷くとサチは少し離れた場所に移動する。
テツオは盾を構えてマルバを見つめた。重い攻撃は盾の向こうのプレイヤーに『抜ける』こともあるが、短剣はそういうことに向いていない。だからマルバが攻撃する先は……
「……ッ!」
マルバは地を蹴るとテツオに肉薄した。テツオはまっすぐにマルバの目を見つめる。すると、マルバの視線が上方に動いた。上か……!
とっさに持ち上げた盾に命中するマルバの短剣。四連撃、『ファッドエッジ』が放たれるとマルバは空中でわずかに硬直した。そのまま落下するマルバ。地面に降り立ったところにテツオは追撃の一撃を放つも、すでに硬直が解けているマルバはバックステップで難なく回避する。
「テツオ、うまいじゃん!でも、もうちょっとかな。まず、僕の攻撃が上から来るって分かったのは初めてにしてはすごい。でも、持ち上げた盾で視界が遮られて僕の目を最後まで見られなかったでしょ?それはまずいんだよね。もしあれがフェイントで、僕がそのままなんの技も出さずに地面に降りて、足元から攻撃したら防ぎようがないでしょ?だから、敵の攻撃が当たる直前まで頭を盾の内側に入れちゃだめだよ。」
「そっか……そうだよな。うん、分かった。」
「それから、もう一つ。敵が空中にいる間にも時間は過ぎていくから。敵が地面に降り立ってからスキルを撃つのは遅すぎるよ。せっかく空中で身動きが取れないんだから、その隙に攻撃しなきゃ。」
ふむふむ、なるほど、と呟きながらテツオはサチと交代する。
「さっきの模擬戦で分かったんだけど、サチの問題はやっぱり敵の攻撃が怖くて盾をしっかり構えてられないことにあると思う。」
「そう……だね。話したと思うけど、私、いままでずっと長槍だったからさ、盾と剣持って前衛とかほんとおっかなくて。」
「そうだよね。それなんだけど、怖いのもあるけどさ、サチは盾を信用しきれていないってこともあると思うんだよ。」
「盾を……信用?どういうこと?」
「盾ってのは基本的には一切のダメージを防ぐことができるすごい防具なんだよね。武器を使って敵の攻撃を弾くとさ、どんなに上手に弾いても必ず少しはダメージを受けちゃうんだけど、盾は筋力パラメータが十分にあって、敵の攻撃に合わせて弾ければダメージは一切通らないんだ。話変わるけど、サチはどの武器を使う人が一番死にやすいか知ってる?」
「うーん……短剣、とか?」
「うん、そうだね。二番目はなんだか分かる?」
「うーん…………?」
「実は二番目は槍使いなんだ。敵が間合いに入らなければ強いんだけど、盾役が何らかの理由で倒れると防御できなくてやられちゃうからね。それじゃ、逆に一番生存率が高い武器はなんだと思う?」
「片手剣かな。」
「そう、片手剣。その理由は、やっぱりその盾にある。レベル差がある敵相手ならソロで挑んでも基本的にダメージ受けないですむっていうのが強いんだよね。ソロで生き残ってるプレイヤーの四割は片手剣の剣士だよ。」
「ふうん。じゃあ盾をちゃんと使えれば例え一人でも死なずにすむってこと?」
「そう、そのとおり。上手く使えれば槍よりずっと安全だよ。そのためには、どんなに怖い敵が襲ってきても恐れずに『見切る』こと。敵の攻撃がちゃんと読めれば絶対負けないよ。」
「分かった。敵の攻撃をしっかり見るんだね。」
「そういうこと。それじゃ、行くよ。僕がどんなスキルを使っても僕から目を逸らしちゃだめだよ」
サチは怖そうに、でもしっかりと頷いた。
マルバはサチから六メートルほど距離をとって短剣を腰におさめたまま、右手を握る。態勢をとても低くして握った右手を腰に構えると、その右手が光を帯びた。サチは見たこともないスキルに目を見張る。思わず盾を持った手がぶれる……が、先程のマルバの言葉を思い出し、盾をしっかり握り直す。大丈夫、しっかり構えてれば絶対大丈夫、とつぶやく。
その様子を見ていたマルバは、サチがしっかり盾を握り直したのを見届けると同時に右足で地面を蹴った。体術突進系スキル、『玄燕』。かなり速いスピードで飛び出す身体を、踏み出した右足の力を使って更に加速する。
サチはマルバのあまりの速さに思わず目をつぶってしまった。が、すぐに目を開くと突っ込んでくるマルバを見据える。マルバの目はそのままサチを見ていて、その視線は右にも左にも動かない。サチは左足を半歩下げると、マルバが盾に衝突するその瞬間に盾に全体重をかけた。飛び散る眩いライトエフェクト。吹き飛ばされたのは、マルバのほうだった。
「すごい、サチ!よく耐えたね!!いやー、まさかふっとばされるとは思わなかったな。あれ、盾系防具で起きる『パーリング』ってやつだよ。盾に力をかけるタイミングがかなりシビアだから《武器防御スキル》か《盾防御スキル》のModの『パーリング』をとっておかないと発動させにくいんだけど、かなりうまくいったね。お見事!」
「えへへ、なんか嬉しいな。実践でもうまくいけばいいんだけどね。」
「うん、大きなモンスター相手だとやっぱりどうしても怖くなるからね。基本的な技術はできるようになったから、あとは実践で慣れるしかないね。《盾防御スキル》が上がってきたらできるだけ早く『パーリング』をとっておくといいよ。サチならかなり早く使いこなせると思う。それじゃ、あとはケイタ達と合流して一緒に練習だね。」
マルバの後に続きながら、サチは初めて盾を使えるようになりそうだと感じた。
サチの片手剣士転向計画は、ここから始まる。
後書き
サチが意外とがんばっていますが、このまますんなりと片手剣士になれるのもおかしいのでやはりある程度原作に沿った展開になる予定です。
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