ソードアート・オンライン〜Another story〜
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GGO編
第181話 銃と剣
リュウキが戦っている場所は、円形状に開けた広場があるステージ。
そして、その広場中央を囲む様に広がっているのが、大小なりの建物であったり、廃軍用車だったり、ヘリの残骸だったりだ。故にそれなりに、死角はあるのだが……。〝どごんっ!〟と言う砲撃音、爆風であっという間にその死角達は吹き飛んでしまった。
このエリアに存在する殆どが破壊不可能オブジェクトではない。
流石に、戦車の砲撃であっても、周囲に大小ある建物そのものを壊す事はできない様だが。
「………」
リュウキは前を見つめていた。
遮蔽物の類はあっという間に無くなり、身を隠す手段がなくなった。見つめていた先にあるモノ。……もう前に存在するのは、あの凶暴な兵器を残すのみになった。確かに、M1戦車は、獰猛な猛獣、いやそんな生易しいモノじゃない。あれはモンスター、……鋼鉄の化物だ。
そのモンスターが常備しているのは、51口径105mm ライフル砲M68A1。
一度、その砲撃に襲われたら、人間など紙くずの様に吹き飛ばされてしまい、粉々に打ち砕かれてしまう。モンスターが持つに相応しい破壊の化身とも言える兵器だ。
だが、その程度の攻撃が、堅牢な装甲が、一体どれほどのモノなのだと言うだろう?
かの世界での 死に直結する迷宮区のトラップに比べれば?
かの世界での あの悪魔。青い眼をした悪魔の一撃と比べれば?
――かの世界での魔王。あの絶対的な防御と、それに追重し迫る一撃に比べれば?
「……ぬるい。片腹痛い」
リュウキは思わずそう呟いた。
M1戦車が化物? ……可愛く見えると言うものだ。リュウキは、全体的に自然体に構え、今回の対戦相手を見据えた。
今回、戦車に搭乗している相手、即ち対戦相手、その名は《デリンジャー》。
小銃から取ったであろうアバター名。その実力は折り紙つきだ。
何故なら、前回BoB大会、……即ち、第2回BoB本戦にまで出場し、それも15位と言う高成績を残しているのだ。そこから考えても、剛の者、強者と言えるだろう。……そして、シノンの標的の1人でもある。
当然、前回本戦にまで勝ち進んだ事を自負しており、誇りも高く持っている。
予選などは通過して当たり前、当初までは同じBoB本戦にまで進んでいるGGO一の狙撃手であるシノン以外は眼中になかった。
だが、これまでの予選を見てきて、その認識は大きく変わった。
今回ばかりはその誇りに反してでも、彼はこの方法を取らざるを得なかったのだ。
「……負けるよりは何倍もマシ、意地を捨て、理を取る。確実に勝てる方法を選ぶ」
相手の異常な強さは、デリンジャーはよく判っている。
と言うより、あれだけ目立っているのだから、彼女達の戦いは嫌でも目に入る。あの女性のコンビの事。彼女達の装備を考えたら、……本当に有り得ない。弾丸を雨の様にバラ撒くこの世界で、単発式の銃、そして超近接出なければ戦う事ができない近接武器だけをもって乗り込んできて、勝ち進んでいるのだから。
高い近接戦闘技術を見て、間合いを見て接近されたら終わりだと言う事は目に見えているのだ。デリンジャーの装備はかなりメジャーな突撃銃《AK-47》アサルトライフルをメインアームとしている。
だが、この相手には、アサルトライフルは効かない事はこれまでの対戦で判っている。これまでの全ての対戦相手が、正面からの戦い、そしてその身体を散らしたのだから。
だから、今回の幸運であるM1戦車を発見するやいなや、真っ先にに搭乗したのだ。
「これで負けは無くなったな。……じわじわと追い詰めてやる!」
攻撃の多くは躱されるだろう。
だけど、この戦車を大破させられる様な重火器を相手が持っていない事は判っている。負けない事が勝ちに繋がる、それが今回の作戦だった。
デリンジャーは、勝ちを確信していたし この戦車を知る者からすれば……デリンジャーの勝ちだと思うだろう。如何に、破竹の勢いで勝ち進んでいっている彼女?だとしてもだ。
――だからこそ、この戦いの結末に誰もが驚愕する事になる。
始めは、直接的な戦いは無く、死角を潰す為に、デリンジャーが遮蔽物を吹き飛ばしていた。その砲撃の轟音が轟いていたが、その後の立ち上がりは、対照的に随分と静かだった。いや、慎重だった、という方が正しいだろうか?この戦場での音は戦車のキャタピラ音、そして戦車が走る事によって、大地が揺れている様な振動、それだけが響いていた。
「まずは……」
リュウキは、一定距離にまで入られた瞬間、動いた。
何故なら、砲身から砲撃の軌跡が見えたからだ。弾道予測線も遅れて示された。着弾し、爆風と衝撃が迸る、その全てが攻撃範囲だ。即死クラスの一撃の為、確実に避けるには大きく回避しなければならない。
「こ、のっ……!! ちょこまかと……!」
戦車の砲身の動きは比較的スローだ。
だから、素早く回り、砲身の先に自分の身体を晒さなければ恐るるに足らない。こちらの問題は、洗車に対する攻撃手段。
「くそっ……死ねっ!!」
砲身から逃れ続け、主砲の照準から外れ続けている為、デリンジャーは搭乗ハッチから身体を出し、副武装である機関銃M240で攻撃した。砲身の移動には時間がかかるが、主砲以外の攻撃は話は別だ。
僅かな力で、360度範囲スムーズに動く。戦車の高さの利もある。
現段階で、リュウキの動きを止める為にも、それが最善だろう。
だが、リュウキにとってもそれは格好の攻撃の的だった。
「……不注意だ」
その僅かに露出した身体の一部を狙い、リュウキはデザート・イーグルを撃ち放った。
“だぁん” と言う音がしたと同時に銃口から火を噴き、放たれた弾丸は吸い込まれる様に、デリンジャーの肩に当たった。
「ぐあっ!」
離れているとは言え、50口径と言う最大の拳銃。ノックバックが発生し、デリンジャーのHPが4、5分の1程が消失した。
「ちぃっ……!」
デザートイーグルの追撃を恐れたデリンジャーは即座に、戦車の中へと逃げた。この戦車の強みは、攻撃力よりも寧ろその装甲から絶対的な防御にある。通常の銃火器では、ビクともしないのだから。
だが、圧倒的、有利な状況にも関わらず初撃を入れられた事に動揺を隠せられない。
「くそっ! あの女、……近接戦闘のスキルに目を奪われていたが、拳銃スキルが高すぎるだろ!」
デリンジャーがそう思い、言ってしまうのも無理も無い事だろう。デリンジャーの肩、露出していたのは、本当に僅かな的だったからだ。下半身は戦車の中にあり、そしてその大型の機関銃も身体を隠す様になっている。
狙撃銃じゃあるまいし、そんな正確に、素早く狙いをつけるのはスキルが高い証拠だ。
「ん。大体の弾道線は掴んだ。あれ位の射撃は出来ないと、アイツには当たらないな。……ん。さて、と、……そろそろ終らせよう」
リュウキはそう呟くと、移動を開始した。……それは、誰もが驚く光景。
「……は?」
デリンジャーは眼を見開いた。
リュウキが戦車の前にいるからだ。先ほどの様に、素早く動き、そして その砲撃を躱し続ける方法を取らず、砲身の正面にいたのだ。
「……馬鹿め! 狂ったか!? そんなに欲しいなら思う存分味あわせてやる!」
先ほどの一撃で倒しきれなかった事から、相手が自棄になったと思ったのはデリンジャーだ。攻撃手段が限られている向こう側からすれば、ついさっきの攻撃が勝機だった筈だ。弾道予測線があるのにも関わらず、避ける事が遅れた自分も馬鹿だったが、もう二度とは同じ過ちを犯さない。
だが、この時更に信じられないモノを見た。
相手であるリュウキは、おもむろに取り出した球体状の塊を手に持っていた。
それが、《プラズマ・グレネード》だと言う事は直ぐに理解出来た。
そして、それは想定の範囲内。爆弾と言う攻撃手段が最も戦車に与えるダメージが大きいからだ。だが、それでもその弾数が圧倒的に足りないことは明らかだった。装備できる爆弾の数が大体3,4発だからだ。それくらいの量では、この戦車は大破などできはしない。
精々、移動に支障を来す程度だろう。
だが、驚いたのは、そこではない。――本当に驚いたのはその次、そして最後の結末にだった。
リュウキは、人差し指で爆弾の起爆スイッチを押した。
通常の手榴弾と同じで、押した5秒後に爆発する。違う点は、威力が手榴弾より高い事、そして電子音で爆発までのタイミングを知らせてくれる事だ。“ぴぴぴ” と言う音が場に響く。
リュウキは、起爆スイッチを押した後、相手に投擲をする訳じゃなく、まるで そう。所謂お手玉でもするかの様に、プラズマ・グレネードを、自身の上に投げていたのだ。
2度、3度と、それはまるで遊んでいるかの様に、……カウントダウンの様に。
「自爆する気……か?」
爆弾のスイッチを入れれば、基本的には直ぐに投げるのがセオリーだ。
起動したのがバレている場合は、タイミングをズラす事も勿論あるだろう。そう、タメは大事だと思うが、戦車は人間ではない。5秒で爆発範囲から逃げる様な真似はできないから、はっきりと言えば無意味だ。
だからこそ、リュウキのその行為の意味が判らなかった。ただ単に、殺される位なら、自ら死ぬのか? 程度しか浮かばなかった。
そして、相手、リュウキの赤い目が更に輝いた気がした。……その3度目を上に投げて、受けとめた瞬間。
「……ふんっ!!」
手に持った爆弾を漸く、力強く投げたのだ。投擲をしたのは判った。
――だが、何かがおかしかった。
デリンジャーは不信にそれを、何かを感じた。
何故なら、戦車の中に居る筈なのに、“ガコン!” と言う音が聞こえたと思えば、あの爆弾特有のあの電子音が大きく聴こえてきたからだ。外の音、銃弾の着弾音や、連続した銃撃音ならまだしも、爆弾の起動音程度であればこの戦車内にいれば、それ程聞こえない筈だ。
「……ま、まさ、か」
何か察したのか、デリンジャーの顔が一気に青ざめていた。
それは実際の顔ではなく、ゲーム世界のアバターだと言うのに、その精神状態を察知したかの様に。デリンジャーは、恐る恐る主砲の砲弾装填口を開いた。そこには、その電子音が鳴り響く原因があったのだ。
目の前に、有り得ないモノがある。
リュウキは、戦車からもう背を向けていた。2歩、3歩と歩いた所で。
「……終わりだ」
リュウキがそうつぶやいた瞬間、戦車は内部から大爆発を起こした。黒煙を纏い、炎上する。一度では無く、2度、3度と爆音が響き、炎も大きくなった後。
「―――……あああああっ!!!」
情けない叫び声と共に、空から対戦相手であろうデリンジャーと言う男が降ってきた。どうやら、あの一瞬でどうにかハッチを開く事が出来た様だ。
恐ろしいまでの反射速度……? 火事場の馬鹿力、と言うヤツだろうか?
……だが、当然ながら 外に逃げる事までは出来なかった様で、爆弾の威力で外に弾き出されたのだろう。モロに爆風と衝撃を受けて生きていられる筈はないと思えるが……、そこはゲーム。結局は、激突した衝撃でその身体を赤い硝子片に変え、周囲に吹き飛んだのだった。
そして、リュウキの勝利を告げる文字が空高くに刻まれたのだった。
~待機ドーム~
場にいた全員、歓声も忘れて、思わず魅入ってしまっていた。いや、呆然としている、と言う方が正しいかも知れない。
当初の戦車相手に立ち回っていた時は、アタリである兵器だからか、それなりに声が上がり、聞こえていたのだが、リュウキが、手傷を負わせ、そして爆弾で遊びだした所から、場の空気が変わり 、静まり返ったのだ。
「な……、なにしたの? アイツ、今……」
シノンもそれは同様だった。
一体何が起きたのか、理解出来なかった。いや、それは嘘だ。ライブカメラは確かに何をしたかを捉えた。だが、それを認める事が難しかったのだ。
――リュウキは、あろう事か、あのプラズマ・グレネードを戦車の主砲。……その砲身に投げ入れたのだ。
まさにプロの野球選手顔負けのコントロールと投擲速度。あの砲身の僅かな穴を狙って投げ入れた。
リュウキは、戦車の砲身の正面に立っていた、とは言っても、戦車からは、それなりには離れている。当然だろう、あまり近づき、そして入れようとしたら、相手に悟られてしまうかもしれないからだ。
だから、合えて離れて……、そして 爆弾を戦車内部に投げ入れた。確かに、外からの攻撃には圧倒的な防御力を誇るが……、内部となれば話は別だろう。内部を狙えばイチコロ、壊れる。……そこまで考えて、デザインをしたのかは判らないが、少なくとも、搭乗したプレイヤーは死ぬだろう。
今回は、運良く外へ吹き飛ばされた様だが、結局HPが尽きて、その体を散らしていたのだから。
「……あ、あんな事、狙ってできる?」
「出来ない……と言うより、そんな事しようなんて思わないよ。戦車相手だったら、逃げるしか……」
シノン同様に、シュピーゲルも思わず立ち上がっていた。
戦車相手のセオリー……というか、戦車は相手にしないのが真のセオリーだ。普通は戦えない。つまり、相手が悪かったならぬ、運が悪かったと認めるしかない。だからこそ、戦車が出現するのは、稀も稀なのだ。ゲームバランスを崩していると言わざるを得ない兵器だから。
シノンはシュピーゲルの返答を待つまでもなく、わかっていた。
狙ってできる様なものじゃない。だが、あれが、偶然とも、マグレとも思えない。つまり、間違いなく狙ってやったと言う事、絶対の自信をもってしたと言う事。
シノンには、今のあの男と、さっきまで男が別人に思えていた。
リュウキの震えている肩に触れた時感じた、弱々しさ。外見と同じように、まるで折れてしまうかもしれない、と思ったモノ。
――触れた肩から感じたモノ、負の感情。……それは詩乃と同種の暗闇だと感じた。
~予選Fブロック 準決勝~
時系列は、《シノンVSスティンガー》の戦いに戻る。
その時も考えるのは、一体どれが本物のリュウキで、どれが本物のキリトなのだろうか。方や、蒼い光の刃で容赦なく敵を斬り伏せる、鬼神の如き姿。方や、一見華奢とも言える拳銃を超強力な武器に変えたり、相手をボコボコにして、他を圧倒する戦神の如き姿。
そして、何よりは、リュウキのあの《VS戦車》での一戦。
あれは間違いなく、今大会予選のMVP。いや、GGOの歴史の一ページに刻まれる事だろう。生身のアバターが戦車を打ち破ったと言う漫画の様な展開なのだから……。
「………(なんで自分はこんな事を考えて……)」
シノンは、戦いの最中だと言うのに、別の事を考えていた事に苛立ちを覚えてきた。
確かに、驚愕な技術と言っていい。2人共が、だ。だが、苛立ちを覚えるのは、そこではなく、彼らが見せた闇を感じた所にだった。何故、あの世界の自分の姿が映って見えたのかが判らなかったから。
シノンは、再び頭を振り、意識を集中させる。1km先の十字路を監視し続ける。
狙撃手の極意は《待ち伏せ》にある。
如何なる時も冷静に、待ち……そして一瞬のチャンスを掴み取る。その為には、今考えてしまっている事は雑念でしかない。
再び氷となり、待ち続けたその時だ。切り立った崖の影から、何かが高速で飛び出してきたのだ。だが、その程度の動き、集中した今の彼女には通じない。へカートのトリガーを絞り、その物体にめがけて発射された。轟音と共に、弾丸が発射され、高速で動く影に命中。
「……おっと」
シノンはそれを見届けた後、そう呟きながら次弾装填にかかった。
へカートのボルトハンドルを引いて、空のカートリッジを排出、薬室に収まる。命中して、へカートの咆哮で砕いたのは対戦相手のスティンガーではなく、ただの岩の塊だったのだ。そして、その後同じ場所から、更に巨大な影が土煙を上げて突進してきた。
4輪の装甲車両《HMMWV》。
これもあの時の戦車と同じであり、ボーナス的な代物だ。……が、戦車と比べたらレア度は圧倒的に低く 元々このフィールドに配置されている乗用車。
「……なるほど、狙いは判った」
シノンは落ち着いて、狙いを絞る。
スティンガーはまず装甲車両で言わを跳ね飛ばし、それを狙撃させ、次弾装填前に、交差点を通過すると言う作戦を立てた様だ。
確かにその狙いは良い。単発式のライフルはどうしても連射がきかない為、次の狙撃に時間がかかってしまうからだ。事実、車はもう十字路の中央付近まで迫っている。
――……後1発か。
シノンは、瞬時に残された猶予を導き出した。あの車両の速度と装填速度を考えたら、撃てるのは1発、それも慎重に照準を合わせている時間はない。
だが、シノンは決して慌てなかった。
確かに相手はスナイパー最大の武器である《予測線なしの第一射》を奪った。だが、その代わりに貴重な情報を残してくれている。
それが、1発目の弾道である。
「(……今、私の目には 弾道が焼き付いている。次更に高精度の狙撃ができる。……アイツの専売特許じゃない)」
シノンは、へカートのトリガーに指をかけた。アイツと言うのは、リュウキの事。彼もシノンが言うように同じ様な事をしているのだ。1発目に放った弾道を脳裏に描き、再生をしながら射撃をしている。それでも狙撃銃と拳銃では、精密射撃に差が出るのが当然なのだが……、変わらない様に撃つ。そこは、納得しかねている。
納得しかねているが……、今は目の前の相手に集中した。
シノンは静かにトリガーを引いた。
再び轟音が辺を震わせ、放たれた弾丸は、吸い込まれる様にHMMWV側面の小さな窓に命中。防弾ガラスとなっているが、へカートの前では無力だ。呆気なく貫いた。……運転手であるスティンガー諸共に。
「……いっそ車から降りて走れば、予測戦を見て回避できたかもしれないのに」
シノンは、そう呟きながらもまだ体勢を変えない。
相手が死んだとは限らないからだ。車両は炎上したものの、まだ生きている可能性だって捨てきれない。……如何なる時でも油断はしない、それも教えられた事だ、あの男に。
そして、その狙撃体勢を解除したのは、黄昏色の空にコングラチュレーション、と言う英単語が刻まれた後の事だった。
――Sinon Win と言う文字も刻まれる。
準決勝突破した瞬間だ。
これで、BoB本大会への切符を手に入れた事になるのだが、シノンに笑みはない。もう、この次にある決勝の事、そして別ブロックで行われているであろう、もう1つの戦い、準決勝の事にしか考えられない。
「……さぁ、一体どっちが決勝にまで来る?」
シノンは、黄昏の空にそう語りかけていた。
あの場では、確かリュウキの方が強いと言わんばかりの話だった。だけど、戦闘スタイルを考えたら、キリトにも分があるだろう。
2人とも、基本的には殆ど近接型。
リュウキの場合は、拳銃を使用するから、近接~中間距離で戦う事になるだろう。だが、キリトにあの銃撃が当たるとは思えない。マシンガンの弾を、光剣で弾き飛ばすシーンを何度も見ているからだ。超近接戦闘になれば、リュウキに分が悪いとも思える。
光剣の威力は驚異、その一撃はアサルトライフルも、防弾チョッキも全てを斬り裂く。超近接出なければ、攻撃を与える事が出来ない、と言うリスクがあるからこそ、だとも思えるのだ。
正直、どちらが決勝に来るのか、想像がつかない。
シノンは、軽く笑うと首を振った。
「――結局、どっちが来た所で、私がする事は変わらない」
――敗北を告げる弾丸を与える。
それがシノンが2人に言った、宣言した言葉だ。この手にある相棒、へカートの一撃を必ず、入れる。
シノンは、相棒であるへカートの銃身を握り、そして身体に抱き寄せるのだった。
~予選会場~
シノンは、準決勝が終わると待機ドームに飛ばされた。それが意味するのは、まだ対戦相手が決まっていない、と言う事だ。
「………」
転送され、ゆっくりと目を開くシノン。
待機ドームにいるプレイヤー達の目線は一点に絞られていた。それは当然中央に設置されている巨大モニタ。これから行われる戦い。
「お疲れ、シノン」
「シュピーゲル。……そっちの準決勝はどうなってる感じ?」
ゆっくりと、シノンはシュピーゲルの方へと歩き、そして彼の傍に立った。シュピーゲルは、首を振った。
「今から始まる所だよ。……あの人達の戦いはね」
そう言うと、シノンから視線を外し、モニターに向かった。映し出された場所は、薄暗い空だった。もう日は落ちており、殆ど夜。だが、地平線のかなたから少しだけ日が漏れているのか、少しだけ、空には光が留まっていた。
そして、強烈な光は大地から放たれる。
その場所はビルが立ち並び、合計6つある巨大タワーの屋上。其々のタワーには橋が掛かっていて、移動は可能だ。つまり、出現するとすれば、向かい合った屋上ではなく、一番近い隣接のビルではなく、反対側になるだろう。
時計回りに追いかけるか、それとも反時計回りに追いかけるか、2択だが、同じ方向に進んでいては速度によるが、出会う事はないかもしれない。どのタイミングで移動をするか? 或いは、屋上にもビルの排気装置等のオブジェクトはあり、身を隠す所は多々ある為、待ち伏せをするかに絞られるだろう。
2人のスタイルを考えたら、どちらもありえる。
だが……。
「……? 何してんの、アイツら」
シノンは、思わずそう呆けた様な声でそう言ってしまった。ライブ映像は、もう放映され続けている。ゆえに、2人の同行は、観客である自分たちには判るのだ。
巨大なモニタは、2人の男?……とまぁ、容姿はさておき、その姿を映し出していた。
その2人は、ただゆっくりと 歩いていた。
慎重に行動をしている訳でもない。身を隠している訳でもない。歩いている。……ただ、その辺を散歩でもするかの様に、歩いているのだ。歩く彼らのバック、背景を見てみると判る。彼らは、時計回り、反時計回りに回っており、このまま歩き続ければ、鉢合わせするだろう。
「………」
シュピーゲルは、まるで睨むように画面をみる。……シノンも同様であり、違うのは睨み、と言うより集中してみている、位だろうか?シュピーゲルの目線には、何か別の感情も含まれている様な気配がするのだ。シノンはこの時、その視線には気づいていなかった。
今、全てが見えなくなる程の、戦いが始まろうとしていたから。
~予選Fブロック 準決勝~
ビルとビルをつなぐ橋は、宛ら鮮やかなネオン街を彷彿させる程輝いている。空が明るくなくても、闇であっても関係ない。視界は十分に良好だからだ。リュウキの初戦の様な事はない。
そこでは、両者がゆっくりと歩いていた。
準決勝の舞台で戦う両雄。
《Kirito vs RYUKI》
銃撃戦の筈なのだが、まるで果たし状から始まる侍達の決闘を彷彿とさせる。だが、それは強ち間違いではない。キリトのメインアームは剣だ。リュウキは銃だが、2人共に剣の世界を生き抜いてきた剣士なのだから。
「……」
「……」
ビルとビルを繋ぐ橋の上で、必然的に2人は出会った。橋の幅は10m全長は30m程だろう巨大なビルを繋ぐ巨大な橋。
その橋の上で立ち止まる2人。
「来た、な。……キリト」
「ああ。……来たぞ」
キリトは、リュウキの言葉を正面から受け止め……そして返した。この世界で戦い、勝つのはまだ早いと言い切った男に。
「……まだ、早いか?」
キリトは、リュウキにそう聞く。
今は、もう戦いは始まっているから、攻撃をしろ、と外野であれば煩いだろう。だが、キリトにとってもリュウキにとっても、この戦いは大きな意味を持つモノ。
初撃決着の決闘はした事はあるが、全損、完全決着となればこれが初めてだ。あの世界。……手を伸ばして、伸ばし続けて……、なかなか届かなかった相手。
その相手が今目の前にいるのだ。柄にもなく、緊張をしてしまうのは、余計な力が入ってしまうのは、無理はない事だった。
「ああ、そうだな。……まだ、早い。だが……」
リュウキは、軽く眼をつむり、そして開いた。
「これが、オレにとっても最終試験の様なモノだ。……BoB本戦に出る為に。……オレ達の闇と戦う為の。心に闇を抱えたままじゃ、出る力も出ない。……からな」
「……」
リュウキの言葉を聞き、キリトの目も一段と力を増した。
そう、自分達がヤらなければならないのはこの先にある。生半可な力じゃ……逆にやられる可能性が高いだろう。それ程の相手だ。リュウキも例外ではない。身体が震えていたのは事実なのだから。
――……その一瞬の隙が、文字通りの致命傷になる。
「……オレ達は、随分と本当の意味での戦場からは離れていたから、な。……だが、死銃は違う。アレはまだ本当の意味で、現実に帰ってきていない」
「ああ、それは判る」
平和な世界で剣を振る事と、生死がかかったあの世界で剣を振る事。その違いは、……判るだろう。
死銃と言う男は、どうやってか本当に死人を出している。つまり、生と死の中で戦いを続けているのだ。戦いにおいての心構えが根本的に違う相手なのだ。
「この戦いで、……思い出そう、以前までのオレ達の戦いを」
リュウキはそう言うと……、腰のホルスターに収められたSAAに手をかけ、キリトも、殆ど同じに腰にかけた光剣を引き抜き、光の刃を出した。
「……ああ」
キリトは構えた。
かの世界で、培ってきた剣術の構え。左足を前に、半身に構え、腰を落とす。右手に握った光剣は橋に付く程に下げられている。
――構えは、あの世界のモノ。それと完全にダブっている。
見間違う訳はない。何度も見てきたからだ。……自分も剣が良かったか? と思ったリュウキだったが一笑した。
銃の世界で剣を使うのも悪くはない。だが、この世界で、あの世界の様に戦えるとすれば……、あの世界よりも強いと思えるから。
「……リュウキ、提案があるんだ」
「なんだ?」
その次のキリトの言葉は、リュウキにとって、予想外の事、だった。
「……その眼、使って戦ってくれ」
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