| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

ものぐさ上等

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

3部分:第三章


第三章

「全く。昔から変わらんのう」
「だからあんた誰なんだって」
 おみよさんはまた問います。
「あたしゃあんたなんか知らないんだけれど」
「ぬらりひょんじゃ」
 お爺さんは答えました。
「ぬらりひょん!?」
 おみよさんはそう名乗られてまた首を傾げました。
「渾名かい?また変わった渾名だねえ」
「渾名ではない」
 お爺さんは言います。
「れっきとしたわしの名前じゃ」
「変な名前だね、また」
「実はそうではないのじゃ」
 しかしお爺さんはその言葉をはっきりと否定しました。
「何せわしは人間ではないのじゃからな」
「じゃあ何なんだい」
 おみよさんは堂々とそう名乗ったお爺さん、いえぬらりひょんに対して尋ねます。
「人間じゃなかったら何だい?化け物かい?」
「まあそうじゃ」
 ぬらりひょんは答えました。
「人にはそう呼ばれておるな」
「言うけれど化け物に会ったことはないよ」
 おみよさんはそう返します。実際にこのぬらりひょんに会った記憶もないのです。
「そもそも何時会ったんだい、あんたに」
「だから子供の頃じゃ」
 ぬらりひょんは答えます。
「家の中で何度も会っているじゃろうが」
「はて」
 それを言われてまたしても首を傾げてしまいます。
「そうだったっけ」
「わしはな、いつもこの時間に出て来るのじゃ」
 ぬらりひょんは語ります。
「そしてな。家にあがってまあぶらぶらとするのじゃ」
「それだけかい?」
「それだけじゃ」
 そう答えを返します。
「人の世界でするのはそれだけじゃな」
「何しに来てるんだい」
 おみよさんはそれを聞いて何か変な気分になりました。もっとはっきりと言えば訳がわかりませんでした。
「そんなことをするだけかい」
「うむ」
「わからないねえ」
 そしてその気分を言葉にも出しました。
「そんなことをして何になるんだい」
「特に意味はない」
 ぬらりひょんの方もそれは認めました。
「あら」
「そもそもわしは化け物じゃぞ。妖怪じゃぞ」
 自分でもそれを言います。
「それで意味なぞ求めるでないわ。そんなことはどうでもいいのじゃ」
「どうでもいいのかい」
「そうじゃ。だから気にするな」
 かなり都合のいい話ですがそれは結局は人間から見た理屈でしかないのでしょう。自分でも化け物だの妖怪だの言うぬらりひょんにはそんなことはさして意味がないのです。
「それでじゃ」
 自分のことはそう言ってから話を戻してきました。
「おぬしのことじゃ」
「で、あたしだね」
「左様。全くもってけしからん」
 あらためておみよさんに対して苦い顔と声を向けてきました。
「子供の頃と同じではないか」
「覚えてないね、悪いけど」
「わしはちゃんと覚えておる」
 ぬらりひょんは本当に忘れてしまっているおみよさんに対してそう言います。何か余計に腹が立ってきているという感じが伝わってきます。
「ずっと布団の中に入っておったな」
「そういやそうだったっけ」
 言われて思い出したような感じです。
「三つ子の魂百までってわけだね。あはは」
「笑い事ではないわ」
 ぬらりひょんはそう言ってまた叱ります。
「全く。恥ずかしいとは思わんのか」
「ちっとも」
「そこですぐに言い返すでないっ」
 また怒っています。どうやらこの妖怪は結構短気なようです。
「真面目にキビキビと動こうという気にはならんか」
「いやあ、別に」
 それではいそうですか、とあっさりと動くおみよさんではありません。そうだったら今こんなことにはなっていないでしょう。
「寝ても一生、起きても一生じゃないか」
 そのうえでまたこう言い出します。
「大した違いはないじゃない」
「それで誰の迷惑にもなっていないというのじゃな」
「そういうことだよ」
「やれやれ」
 おみよさんの言葉を聞いて嘆息せずにはいられません。立派な着物の下で腕を組みながらの深刻な感じの嘆息でありました。
「早起きは三文の徳という」
「それで?」
「話は聞くのじゃ」
 教訓を交えた説教に入りました。
「そして勤勉は美徳じゃ」
「妖怪の言葉じゃないね」
「黙って聞け」
 ぬらりひょんはまた叱ります。それから言い聞かせるのを再開します。
「それでじゃな」
「つまりものぐさなことは止めろって言いたいんだね」
「左様」
 首を大きく縦に振って頷きます。大きな頭がそれで振り子みたいに動きます。
「わかっておるではないか」
「けれど動くのは面倒くさいね」
「あのな」
 その額に青筋がくっりと浮かんできました。
「話を聞いておらんのか?」
「聞いてるよ、安心しなよ」
 実に不真面目な様子で返します。
「けれどだよ」
 そのうえでの言葉です。
「それでもあたしは動くつもりはないんだよ」
「どうしても嫌か」
「そうだね」
 やはり言葉は動きません。
「それはね。変わらないよ」
「やれやれじゃ」
 ぬらりひょんはそれを聞いてまた困った顔を見せてきました。
「折角わざわざ来てやったというのに」
「そもそもあんたが言うこと自体がおかしいよ」
 おみよさんは逆にぬらりひょんにそう言い返します。
「何でここに来てそれを言うんだい」
「来て悪いか?」
「おかしくはあるね」
 おみよさんはぬらりひょんの顔を見ながら述べます。
「妖怪なんだからさ」
「そう言ってしまえばそれまでじゃがな」
 ぬらりひょんも自分でそれは認めます。
「しかしまあ」
 ここで気持ちを落ち着けて部屋の中を見回します。
「思ったよりは散らかってはおらんな」
「最低限のことはやってるつもりだよ」
「本当に最低限じゃな」
 そう言うしかないものでした。けれど実際に部屋はまあ見苦しくないまでの整理整頓は為されています。
「しかしその生活は改めんのじゃな」
「別に地獄に連れて行かれるようなことはないと思うけど?」
「まあな」
 それはその通りです。別にものぐさだからといって地獄に連れて行かれるわけではありません。そもそも。

 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧