| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

serial experiments S. A. C

作者:藍色
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

イドの昇華 -Sablimatin of Id- Collective unconscious
  lainとは

「まず、lainについての情報を整理するわ」
再びミーティングを行う。
「lainはワイヤードのプログラム構築者及び管理人。凄まじい技術を持ってるわよ。」
「一部のユーザーからは"神"とまで言われてるみたいです」

「……神?」
「神って……」
「ネットスラングの"神"の方か?」
「それはちょっと……」
トグサの話した情報に胡散臭い目を向ける課員達。
「なんでそんな目をするんですかもう!」
憤るトグサ。
収集した情報を提供しただけであるのにまるで自分が疑われているような反応をされるのだ。
無理もない。
「いいですか、例えば少佐の電脳スキルをどう思います?有り体に言えば"すごい"でしょう」
「まあそりゃあな……」
いくら電脳空間と親和性の高い義体とは言えど、身一つで行われるハッキングやクラッキングは極々一部の者達しか行うことができないものである。
"すごい"どころの話ではない。
「その少佐がですよ、lainの組んだプログラムを"すごい"と言う訳です」
"すごい"の上にある"すごい"。
「ああ、なるほど。」
「手持ちの言葉が尽きる訳か」
「成る程。それで"神"ね」
それは最早言い表せない程上の者という意味を持つ。

「じゃあ"犯人"はどうなるのかしらね……」
曲がりなりにも"神"と形容されるlainを上回る犯人は。
「犯人……か」
「少なくとも9課をおちょくれるんだもんなぁ……」
「一神教である宗教は他の宗教の神を悪魔と呼んだりするそうよ……」
「まあ、ユーザーにこの事が広まったらの話なんでしょうけどね」






マンションの一室らしい部屋で2人は向き合っていた。
「玲音、今日は学校行った?」
「ううん、行ってない」
「そうなの。……あまり時間が空きすぎると行きにくくなるから、時々は行ったほうがいいわよ」
ゴポコポというコーヒーメーカーの作動する音が小さく続く。
シュンシュンというヤカンに入った水が沸騰する音に気付いて、米良は椅子から立ち上がった。
「玲音は紅茶でよかったわよね?」
「うん、柊子さんが入れてくれる紅茶、美味しいから」
「ふふ、ありがとう」
高温の湯を茶葉の入ったポットに入れて、しばし待つ。
「……柊子さんは、子供はみんな学校に行かなきゃ行けない、って思ってる?」
「んー、そうねえ……。私が子供の頃はまだ電脳化の技術が今みたいに確立してなかったってのは知ってる?」
「うん、歴史の教科書で出てくるから」
歴史の教科書では世界大戦の方が大きく取り上げられているが、日本史なんて科目も存在するのだ。
電脳化技術という革新的な出来事が取り上げられない筈がない。
「その頃はまだ、自宅で勉強するのなら他の人との交流は電子端末でしか出来なかったのよ。学校の役割はほら、勉強とコミュニケーション能力を高めるためだから。だから口を酸っぱくして学校に来いーっ、なんて言われてたのよ」
「でも、今は……」
「そう。玲音の言う通りね。学校に行かなくても勉強できるし電脳空間でコミュニケーションもとれる。現実の肉体でのコミュニケーションがとりたいなら、オフ会にでもいけばいいしね」
「じゃあ、今子供だったら、柊子さんは学校に行かないのかな」
「そうねえ……私もあんまり学校が好きじゃなかったし、行かないかもね」
「学校なんて、大人が子供を管理したいだけの仕組みなのに」

ポットの中身が紅く色付き、茶葉を外に出す。
シュガースティックを2本受け皿に置いて、淡い色のティーカップの中に紅茶を入れる。
コーヒーメーカーから煎れたコーヒーをコーヒーカップに入れて、自分好みの味付けに。
砂糖少々とミルクをたっぷり。
「はい、お待たせ」
「ありがとう、柊子さん」
冷めないうちにまずは一口口に含む。
良く分からないなりにも香りが美しいのを感じることができた。
「人を好きでい続けるって、難しいのかな……」
「玲音、どうしたの?」
「私あんなに好きだったのに、お父さんのこと、もう憶えてないの。どんなふうに笑ってたかとか、どんなふうに話してたのか、とか。写真や音声データをみても、確信が持てない……。本当に私は、お父さんのことが好きだったの?どんなに好きでも忘れちゃうの?」
「……それはね、とても難しいことよ。私もまだ自分が好きな人のことを本当に好きかなんて、よくわからないし、世の中のほとんどの人が良く分からないまま過ごしている問題なの。」
「大人でも判ってないの?」
「そう。人の好みってどんどん変わっていくのよ……例えばえーと、好きな食べ物みたいに」
「そうかなあ」
「いつか玲音にもわかる時が来るわ。好きなものが変わってしまったり、嫌いなものが好きになったりする時が来るのよ」
にこりと玲音に笑いかけようとしたその時。
「うるさい!」
唐突な怒鳴り声が響いた。
見たこともない形相をして睨み付けている。
「うるさい!うるさい!うるさい!少しは黙ってろよ、あたしはお前なんて必要ないんだ!」
目の前に置かれている紅茶入りのティーカップを鷲掴んで目の前の空に投げ付けた。
ティーカップが床に落ちる音と荒い玲音の呼吸音だけが部屋に響く。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧