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少女の黒歴史を乱すは人外(ブルーチェ)

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第四話:休息となり得るか

 
 チッ……チッ……チッ―――――と、時計の秒針が音を立てて回る様を、俺はぼーっと何も考えず眺めている。


 有体に言えば暇だと言う事だ。


 暇潰しになればと開いた『エレメントⅩⅢ』は、もう置かれた五巻全て読み返してしまった。他の娯楽品は、俺の部屋には無い。

 故に、俺は暇を有意義に時間に変える術を、今何も持っていない事となる。


 じゃあ一応招待されているらしい、妹とその友達のコスプレパーティーへ……いやだな、単純にこっ恥ずかしい。

 ……そもそもアニメ駄目マンが駄目と言う親父が、何故にコスプレは許可しているのか。ただの衣装としてしか見ていないか、楓子が目をすりぬけているか……。


 どちらにしろ俺にはさほど関係無く、相手へ向けて抱く感想が、価値観の破綻してるのか? ギリギリの綱渡りか? ってどちらかに変わるだけだが。



「はぁ……」


 それにしても、腹が減った。


 普段の俺は朝から白米を三杯食べる。
 しかもそれは腹八分目前を考えての事、体が満足しないのも当然だ。呼吸の度に送り込まれる空気と、廊下から吹く隙間風が空きっ腹に響く。


 此処はやはり恥を覚悟でファミレスまで行くべきかもしれないが、朝の朝食に感じた違和感をファジレスになら感じないなど言いきれず、そう言わせるに足る根拠は何もない。

 寧ろ朝と同じか、下手をすればそれ以上の不快感の海へと誘われる可能性を否定できないだろう。


 我が家ならば何かと理由を付けたり、体調が悪い等で避けても咎められないが、ファミレスで不快感の嵐にあって最悪吐いてしまえば多方面に迷惑をかけるし、極論唾棄するが如き視線をぶつけられるかも知れず、俺自身にとってもいい迷惑だ。


 ……そして再三言うがコスプレなど恥ずかしい。今ならば妹へと、知らぬ人前でよくあんな恰好が出来ると、ある種の関心の心を届けてやる。


「……かといって、何も無いのはどうしようもないが……」


 口でそうボヤいて、何も無い部屋を四度も五度も見渡し、重苦しい腹の虫の声と共に、机の上に音を立てて突っ伏した。


 強がれない程に、キツイ。
 久しくこの腹減りの苦しみは味わってなかった……味わいたい物でもないのは言うまでもない。


 まあ何か食べればいいのだが、今は親父もお袋もまだリビングに居る。見つからない様に漁るに加え、食べれる物を探すと言う二度手間だ。見つかれば空腹を満たすどころか体に打撲傷を負い、余計にエネルギーを消費してしまいそうだ。


 少し前にやたら響く足音が聞こえた為、楓子は朝食を終えて上がってきたのだろう。俺の部屋の戸を開けないのは、恐らくまだ着替え中……は無いな、時間が掛かり過ぎている。


 だとすると律儀に時間を図って、ピッタリの時刻にファミレスへ行く気なのか。はたまた遅刻かその逆か。


 いや、違う。単にお袋と……否、お袋は寛大だ。
 こういう事を許さず、あーだこーだと煩い親父が出て行くのを待っているだけだろう。


 朝食の際には “例のアレ” としか言っていないし、説明を促されれば友達を会う約束がある~などと言って誤魔化す筈。

 親父がそれだけで邪推するとも思えず、また階下から怒鳴り声も聞こえて来なかった。なら、(楓子の)予定通り物事が運んでいると言っていい。



 ……が、俺には当然関係ねぇ。


「……そういや……」


 余談だが毎回思う事に、俺が殴られそうだったり怒られそうなときは何も言わない癖に、何故楓子が被害に遭いそうな時は助け船を出すのか? と言った事をお袋へ小一時間とは言わず何時間でも問い詰めたい。


 男の子なんだから我慢しなさいという価値観を持つなら、女尊男卑だと非難してやる。アイツがまだ中一だからというなら、自業自得なのだから躾けて貰っておけと進言してやろう。


 歩み寄る、歩み寄れないの境を行ったり来たりする原因は、お袋のその行動にもあるのだから。……まあ、向こうはこっちの事情なぞ知ったことでは無かろうが。
 所詮うら若く時折ウザイ、ラブコメディー馬鹿だ。


 そもそも感じている恩より溜まっている不満の方が大きく、親父と言う逆らえない対象が無ければ、そして未だ1人立ちなど出来はしない状況で無いなら、即座に反旗を翻したいぐらいである。


 ……幾ら意識しづらいとはいえ、さっきから親に向かって恩知らずな台詞ばかりはいてるな、俺。やはり転生しており前の生活を覚えている、その記憶があるからだろうか。


「さて……何時かなー…………と」


 黙って時計を見てみれば、あと少しで親父とお袋のお勤め時間であった。
 彼等が出て行けば、悠々と食料探しに勤しめる。

 親事故お袋もいらない所で鋭い看破能力を見せる為、精々アホな勘だけは働かないでくれと、願う事を忘れない方がよさそうだ。


 ……何に、とは言わない。


 そして、時計を見てから憶測で、約二十分ほど経ったとき。


『ぶ~~~ん! ひとっ飛びぃ!!』


 馬鹿みたいに高いテンションでダァホみたいな台詞を吐きながら、ドタバタと五月蠅い足音を鳴らした犯人である楓子が、ウザイぐらい元気よく俺の部屋の前を通り過ぎた。


 玄関を開ける音がしてから十分は経ったため、出かける事にしたのだろう。

 もうよかろうと、引き扉を開閉する音が響いてから俺も立ちあがった。


 いい加減、腹へってたまらない。何か口に、胃の中に入れたい。


「……試してみるか、色々と」


 リビングのドアを開けキッチンへと向かい、冷蔵庫を開けて中身を物色する。


 焼き鮭の残りや煮物はアウトだ。食べなくとも変な味がするのぐらい、今朝の経験で分かる。
 かといって、調味料を直に口にするのも気が引ける。そんな冒険は最後の最後……俗に言う最終手段で充分だ。


 だが……ならば何が良かろうか。


「……」


 延々考えていても仕方無かろうと、俺は避けるべき物を除いてのべつ幕無しに取り出した。

 昨夜のホウレンソウに煮びたしにハムにベーコン、冷凍食品各種に何故か冷蔵庫内にあったツナ缶、トマトやキュウリなど生の野菜、一応と言う事で調味料も取り出しておく。


 さて、順番に試していくとしよう。


「まずはハムだ……ボンレスハムなのか――――――んぐっ!?」


 不味い! ……思わず心の中でそう叫んでしまった。


 甘い甘い不快辛い甘い甘い生臭い……そんなパンチの利きすぎた味の連鎖に耐えきれず、俺は慌てて口から吐き出し水を飲んだ。


 如何やら水は飲めるようで、昨日まで飲んでいた時と、何も変わらないようにも感じた。……水も候補に入れなきゃな。


「ハァ~……次だ」


 落ちついてから口を付けたのはホウレンソウの煮びたし。これも父の大好物で、俺もこの煮びたしはそれなりに好いていた。


 口に入れて咀嚼してみる…………。


「……チッ、駄目だな」


 予想はしていたが、やはり不味い。調理が簡単ならば良いとは思ったが、どうにも世の中甘くは無いみたいだ。


 此処まで分かった事を合わせることで、もしかすると調理・加工された食べ物は食えないのではないか、と言った可能性が首を擡げてきた。


 そうなると調味料の類は半分ぐらいアウト。ベーコンも冷凍食品も喰えないのは言わずもがなだ。ならば次試すべき食品はある程度絞られる。
 確実性を期す前に、まずはツナ缶を開けてみる事にした。

 ただの油漬けなら何とかなるかもしれないと思ったからだが―――――


「ベッ!」


 駄目だな、煮びたしの方がまだマシだ。ギトギトした機械油の様な『何か』に、冗談抜きで臭いのキツい魚をぶち込んで、でも取りあえず食べる為に味を整えました……そんな適当且つクソったれな味がする。


 駄目だろうと値を付けた食品を次々と冷蔵庫の中へしまっていき、テーブルの上にはトマトにキュウリにレタス、塩ビンとワサビとカラシのチューブが残る。


 これだけで食うモノじゃあなかろう食材達が、俺の目の前で堂々テール部に鎮座していると言う訳だ。
 何も知らない人が見れば、何をするのか何をしようとしているのか、見当もつかないに違いない。


 ……思いついても変わったサラダ作りで、まさか目の前の物をただ食うだけなんか、それこそ思いつかねぇよな。


「まずは期待の薄い物から行くか……」


 言うなり俺はワサビのチューブを手に取り、蓋を開けると少量握り出して舌の上へ乗っける。


 果たして…………拍子抜けする程、普通のワサビの味だった。何かおかしい味は何もしない、何時も通りの鼻にくる辛さである。

 それ以上も以下もない、生ワサビの味でしか無い。


 ならばとカラシに塩も試してみれば、中々如何してマシな物であり、先の摩訶不思議味覚の数々に比べれば、数段マシに思えた。

 単なる塩味、単なるカラシ味。
 普通に食べている物なのに、何故単品を口に入れるか調理するかでここまで変わってくるのだろうか。


 ……如何やら俺の舌は、普通の人類とはある意味で “逆” になっているらしい。


 次はいよいよ “俺が” お待ちかねの―――尤も期待を込めている、生野菜群だ。


「あぐっ…………おっ」


 あ、普通だ。

 そんな言葉がポンと頭に浮かんできた。


 厳密に言うなら昨日までの感覚と比べて、気のせいでも何でもなく味が薄いと感じてはいるが、先にも行ったように朝食で出された物に比べれば、数段マシには違いない。

 普通に、いや今の俺の状態を鑑みるなら普通『以上』に食える代物だ。やはり調理されていない生の状態だと、拒絶感も無く食えるらしかった。



 ……ん? まてよ、だとすると……?


「いやな予感がするが……試してみるか……」



 俺はもう一度冷蔵庫を開けると、徐にチルド室を引き開けて中から昨日使ったばかりでラップが掛けられている、近所のスーパーで買ってきた特売品の鳥笹身パックを取り出し、中から一つ取り出して元の位置に戻して置く。


「……ふぅ……」


 間の良い悪いにかかわらずもう分かっただろう……肉を生で食べようとしているのだ、俺は。

 手で持つのが今更ながらに憚られ、端っこを掴んで上に持っていき、躊躇いながらも口へと運ぶ。嗅いだ限りでは何ら特別でもなく、温まってきた為か肉特有の生臭さが鼻をつく。

 口の前で数秒停止させてしまうが、俺は意を決して前歯を立てて齧り取った。



 その途端、驚愕にみまわれた。


「……!」


 旨い……普通に、いやそれ以上に旨い……!? 


 見た目通りの生肉そのままな筈なのに、まるで表面を少しだけあぶったような感触。
 全く火が通っていないのに、焼いた際に口の中に広がる旨みが、香ばしさが、肉の中にたっぷり含まれていやがる。

 焼いた際の美味しさが、焼いていない肉に宿っている――――摩訶不思議とはこの事だ。



 兎も角食えるモノが分かったのは収穫だが、毎度毎度こんな事を続けては何れバレる。
 されどその点では、今までトンと使い道のなかった小遣いを使って食えばいいだけの話。心持にも疚しい者など無く、買っている物が物だけに、そこまで深刻になる事もなかろう。


 問題は食いものでは無く、自分の身体に起こった変化そのものにある。


 何故俺は唐突にこんな味覚となったのか? 何故今朝がたのあの時急に痛みを感じたのか? 疑問は尽きぬ上に、原因が分からない。
 見格な十中八九激痛が原因であろうが、肝心の『何が起きているのか』が全く持って不明なままなのだ。

 もしかすると、有らぬ変化が自分の中に起きているのかもしれない。今何かを祈れと言われたのならば、味覚だけ変になっている事を願うまでだ。


 ……しかし、あの痛みと味覚の変化、一体自分に何が起きていると言う……?



「……まるで小さなファンタジーだな」


 しかもタチの悪い方の空想劇だ。


 もう少しソフト且つ日常生活に支障をきたさない、そしてあの痛みもせいぜいめまいぐらいに抑えて欲しかった。

 誰が好き好んで特殊な食生活を送りたいと、激痛が頭から足先まで駆け抜けるのを味わいたいと、そして叶えられる事を本気で願っているのか。
 もしいるなら価値観が変化、よっぽどのマゾヒストとしか思えない。



 取りあえずでかいレタスはしまい、トマトとキュウリをさっさと食べ終えた。これで本格的に暇になったが、何も暇潰しの方法が無い訳ではない。


「出かけるか……」


 昼飯はで時間がかなり開いているのは考えるまでもないし、ちゃんと愛鍵も容姿してあるのならば、散歩と洒落込むのも悪くは無かろう。


 思考が狭まっていた所為で思いつかなかったが、のんべんだらりと歩くのも良いかもしれない。



 そうと決まれば玄関へ行き、靴を吐いて外へと出て―――道路近くまで足を進めた瞬間車が通り過ぎ、昨日の雨で出来た大きな水たまりに突っ込み、派手に泥飛沫を上げる。


「ベッ! ベッ!」


 少し口に入った……つーか服が汚れちまったじゃねえか……。


 されど、そこまで悩む事でもない……家に戻ろう、他の服に着替えればいい。








 箪笥の中の、『ゴメン麟斗。あなたの服全部洗濯しちゃった♡』を見るまでは、そう思っていた。


「……は?」


 たっぷり数十秒も固まった俺は悪くない。

 なにせ家事に慣れたお袋だ、初歩的ですらないお馬鹿なミスをやらかす訳が無い、そう思っていたからだ。


 ふと何の根拠もない筈なのだが、何かしら謀略的なモノが関わっている予感が過った。
 楓子の味方をし続けるお袋、ラブコメディー馬鹿なお袋、無駄な行動力ばかりあるお袋……もう彼女が関わって楓子の作戦の後押しをしたとしか、どうしても考えられないのだ。


 確かに下着以外となると、着れる服は二階にある『黒崎水城コスプレセット』しかない。
 もうそれを着る意外、半裸状態では無くなる方法が無いのも事実だ。


 ……背に腹は代えられない。


「クソ……」


 二階へ仏頂面のまま上がり、それから数分掛けて(ほぼ葛藤の時間)黒崎水城の服を着て、まんまと乗せられコスプレをしてしまった。


 髪の毛の色は似ているし、服はあるので後は髪型だけ整えれば、黒崎水城そのものである。……自分でも似合っていると思うのが、自画自賛している筈なのに何故だか妙に屈辱的だった。


 もういい―――こんなことで家の中ジッとしているのも、何だかガキの抵抗みたいで癪にさわる。


「行ってやるよ……行けばいいんだろうが……!」


 ワックスでちゃんと尖り気味に髪を整え、悪態を吐きながら俺は靴を履いて外へ出た。


 ジロジロと遠慮なしに眺められ、背に顔に突き刺さる目線を煩わしく思いながら、俺はファミレスへと向かうのだった。


 
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