バーチスティラントの魔導師達
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裏切り
「あ、あの…っ!ここ、イライヤ=フォン=フルビアリス様のお屋敷で間違いないですよねっ!?」
扉を開けた先にいたのは、慌てた表情の女性魔導師達。蒼褪めた男性魔導師達。
そして彼らは、深紅に染まった1人の女性と1人の少女を抱えていた。
「「「!?!」」」
3人は硬直した。別に怪我人に見慣れていないわけでもなく、怖いわけでもない。
ただ、バルニフィカス魔導師達の指揮を執る2人が重傷を負うなど信じられなかっただけだ。
「くそっ、おいアレン!なに突っ立ってんだお前一応白魔導師だろ!」
「わ、分かってるよ…。分かってるけど……………!」
「けど何だよ!?まだ息はあるんだ、早くしやがれ!!!」
「………ユイ、1階の空き部屋に通してあげて。」
相変わらず無表情である少女が頷き、魔導師達の袖を引っ張って誘導する。その間、少年は書庫に走った。
まだ、信じられない。母親と姉が、人間にやられるなんて。
だが、おかしい部分がいくつかあった。傷がないことや、他の魔導師は誰も怪我をしていなかったこと。ピンポイントで重傷を負うなど、銃でもない限り人間には無理だ。そして銃でやられたなら、撃ち貫かれた跡があるはず。
「どうして出血している…?」
目的の書庫につくと慌てて医学書を漁り、回復魔法の材料になりそうなものを探す。
しかし、出血にかかわるものなど『傷の治し方』関連くらいしかなかった。外傷はないので、これは使えない。
そう、「外傷は」。
「内傷?………でも…。」
殴られたのならば内傷があっても不思議はない。しかし、それでは他の魔導師が被害にあわなかった理由が分からない。
時間がないことなど分かっているが、本が見つからない。どうしよう、と頭を抱えると突然コートの裾を引っ張られた。
「わっ!?………なんだ。」
なんだとは失礼な、と言うようにじとっとした目で少女は少年を見つめた。そしてコートの裾持ったまま、少女は歩き出した。
「ユイー?ちょっと待ってまだ本を………、」
そうは言いつつ、引っ張られるままに少年は少女の後をついていった。大抵この少女の成す行動は意味があることなのを、少年は知っているのだ。先程の来訪者の件と言い。
「……ユイ、こっちって…。」
少女が足を止めたのは、魔導書が保管されている書庫。それも少女の専門である呪術関連の。
「まさか、読みたいから連れてきたわけじゃないよね。怒るよそれだったら。」
少女はじっと少年を見つめた。否定も肯定もしない、と言うことであろう。そしてようやっと少年のコートから手を放し、ある書架を指さした。
「分かったよ、待ってて。」
背の低い少女に代わり、少年は希望の本を取ってあげた。タイトルも何もない、ただ古ぼけた本であった。少女はすぐさま少年から本をひったくると、その場にしゃがんでパラパラとページをめくった。何か、探しているようにも見える。
「どうしたの…、って、ん?」
ぴっと少女は本のある位置を指さした。読め、と言うことである。
「…『如何にして痛めつけ、如何にして殺めるか。全てはあなたの思いのままに。』」
じーっと少年を睨み、早く気付けと視線を送る。少年はその視線には気付いていないのだが。
「『材料さえあればいい。引き裂くも穴をあけるも噛み砕くも、自由である。』…ねえ、もう読むのやめていい?」
萎えた様子で少年が尋ねる。呪術に興味はないし、人に害を与えようなどは思わない。正直、なぜこの本を読まされているか分からない。少女は表情こそ変えなかったが、本を閉じると少年に背を向けた。
「あ、ご、ごめんって…。でも今はそれどころじゃ、」
「……………材料は、血管。」
ここにいるのは少年と少女のみ。そして、自分の声ではないか細い声が発せられた。つまり。
「………今の、ユイ?」
「『引き裂くも穴をあけるも噛み砕くも、自由である。』。私なら、全部やる。」
「うっ…。」
「全部やれば、大量出血は確実。回復魔法での修復には、時間がかかる。その間、ずっとやり続ける。」
「………やめて。」
「場所は不特定。思い浮かべるのは、相手のみ。そうすれば、」
「やめて!!」
「…………。」
何を言っているかは分かった。何が言いたいのかも分かった。それ故、もう聞きたくなかった。
「"ノアル"が、人間の味方に付いたんだろ…?」
"ノアル"。人体の一部を用いる呪術専門の魔導師。ここまでえぐいことをするのは彼らのほかにいない。材料とイメージさえあれば、特定の相手を好きな方法で傷付けることが可能である。
例えば、自分の母親と姉のように。
「多分、皮膚片か何かもあったんだ。それに穴を開ければ、出血はする。」
「………。」
「どう治せばいいの…。もしまだ止まってないなら、僕の魔法じゃ、追いつけない…!!」
「………。」
上の階から、どたどたと慌ただしい足音が聞こえる。その音が少年をより追いつめていた。
「……………幻書なら…。」
「………!?」
「幻書なら、治せる。きっと…。」
場所は分かっている。それならやってみるべきだ。少年は、少女を置いて走り出した。
少女は目を見開いたまま立っていた。別に、少年の行動が無謀だと呆れたわけではない。
ただ、『幻書は司書と読み手以外が使えばどうなるか分からない』という少年の言葉を思い出していただけだ。
結論から言えば、魔法自体は成功した。幻書に失敗などない、否、あり得ないのだから。
ただし、生還できたのは。
「……………っ、ここ、は………?」
「ね……、姉さん!!!」
「レリー!?おい、大丈夫か!!」
「……アレン…………、ウィ、ル…。」
「良かった……姉さん…!」
「おいおい泣くなよアレン、そりゃ嬉しいけどよ……。」
「……お母様は…………?私、ずっとお母様のそばに…。」
「イライヤさんもきっともうすぐ…、ん、アレン?」
それに真っ先に気づいたのは、彼だった。
「…。」
少年は顔を青くし、本を見ていた。…いや、顔を上げることができなかった。
彼の使った書の名は、『換魂の書』。
1人の命を犠牲に、誰かを救う秘術の書であった。
後書き
だんだん妄想の書き溜めになってきた、小説ではない何か。
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