気さくな鬼
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5部分:第五章
第五章
残念な顔で、です。童子に言うのでした。
「しかし人がそう思うのじゃ」
「だからだね」
「左様。退治されなくなかったらそうせよ」
「わかったよ。僕だって退治されたくないしね」
こうしてです。童子は渋々ながら天狗に変身して過ごすことになりました。そしてです。
重太郎は角を殿様に差し出しました。そうして言うのでした。
「これが証です」
「鬼を討ったか」
「はい」
その角をその証として差し出しての言葉でした。
「この通りでございます」
「でかした。褒美をやろう」
殿様は重太郎の差し出した角を手に取りそのうえで笑みを浮かべて告げました。そのお顔は本当に猿そっくりです。笑うと余計にそうなるのでした。
そしてその猿面冠者がです。こう重太郎に言いました。
「では茶なぞどうじゃ?」
「茶でございますか」
「わしが淹れた茶じゃ。城に庵を設けておってな」
「それではそこで」
「うむ、飲もうぞ」
こうしてです。重太郎は殿様に庵に案内されました。庵は童子の庵よりもずっと小さく入り口はとても狭いです。まさに茶道の茶室です。そこに二人で入ってです。
殿様は一つの小刀をです。重太郎に差し出して言うのでした。
「これが褒美じゃ」
「それは」
「うむ、わしの小刀じゃ」
それが褒美だとです。殿様は重太郎に微笑んでお話します。
「やろうぞ。これもな」
「金もですか」
小刀と共にです。殿様は砂金も出してきました。袋にそれが入っています。
その二つを差し出してです。重太郎に言うのです。
「そうじゃ。遠慮せず受け取れ」
「有り難きお言葉」
「それでじゃ。二人だけだから言うがじゃ」
「何でしょうか」
「御主鬼を退治してはおらんな」
微笑んで、です。殿様は重太郎にこう言ってきました。
重太郎の顔が強張りました。そのうえでそのことを否定しようとします。
ですがその彼にです。殿様はまた言うのでした。
「そうじゃな」
「それは」
「わかるわ。そしてあの山の鬼もじゃ」
童子もです。どうかというのです。
「実際に悪さをしてはおらんな」
「はい、それは」
「しかし人は鬼じゃと恐れ退治したくなるのじゃ」
「それは昔からですな」
「逆に鬼でなければよいのじゃ。鬼であることが問題なのじゃ」
「鬼ともそう話しました」
重太郎は鬼を退治していないことをです。ここで認めました。
殿様はそのことについて何も言わずにです。こう彼に言うのでした。
「なら鬼でなくなればよいのじゃ」
「鬼でなくなればですか」
「人はそれで退治しようとしなくなるからな」
「因果なものですな。人はそれだけで退治しようとするのですか」
「残念じゃがそれもじゃ」
「人ですか」
「左様。かくいうわしもこの顔を何かと言われてきたわ」
殿様はここで苦笑いになりました。その猿そっくりの顔を自分で指差しながら。
「猿じゃ不細工じゃとな」
「そうだったのですか」
「百姓の倅ということもあるがとにかくじゃ」
「そのお顔で」
「雇われなかったりもしてきたわ。今の上様はそうではなかったがな」
実は殿様はある人にお仕えしているのです。天下を治めている人にです。
「だが何かと顔で先入観を持たれてきたのじゃ」
「左様でしたか」
「だからその鬼のことはわかるつもりじゃ」
会ったことはなくてもです。そうだというのです。
「だから御主のやったことは咎めぬ」
「そうして頂けますか」
「鬼は退治されたわ」
自分で言う殿様でした。そうなったというのです。
「して山はどうなったのじゃ」
「はい、天狗が住みました」
「ふむ。天狗か」
「どうやらよき天狗の様で」
人に危害を加えたりしないというのです。童子との話をそのまま殿様に話したのです。
「これからはあの山も平和になるかと」
「鬼がいなくなったからじゃな」
「左様です」
「ならよい。話はこれで終わりじゃ」
満足した顔になってです。殿様は言いました。
「あの山におるのは天狗じゃ。鬼はいなくなったぞ」
「そうですな。では」
「茶を飲め。茶はいいぞ」
殿様は自分からお茶を淹れてです。重太郎に差し出します。重太郎もその茶を受け取って飲むのでした。重太郎の鬼退治は無事終わりました。
その山から鬼はいなくなりました。そして代わりに天狗が住む様になりました。その天狗はとてもいい天狗で人に悪さをすることはありませんでした。山は平和ないい山になりました。
気さくな鬼 完
2012・1・31
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