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ランス ~another story~

作者:じーくw
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第3章 リーザス陥落
  第36話 真夜中の魔の手


LP0002 3月
~リーザス城 軍隊訓練場~


 リーザスに備え付けてある軍人の訓練場で、只管汗を流す軍人がそこにはいた。

 一体何時から、訓練をしているのだろうか?

 彼の足元にはおびただしいまでの汗が流れ落ちており、地面を湿らせている程だった。その汗の量が、彼の訓練時間の長さを、正確に物語っていた。

「いやはや……いつもに増して精が出るな? リック」
「バレス殿……お疲れ様です」
「お主の方が疲れていると思うが、手は止めなくて良いぞ」

 《リック・アディスン》と《バレス・プロヴァンス》
 2人はリーザスの将軍であり、リックは赤軍の将、バレスは総大将であり、黒の軍の将も兼ねている。
 
 リックは、知る人ぞ知る赤い死神と言う異名で別国では恐れられて、リーザス最強の将軍と呼ばれている戦士である。バレスは最近のリックの訓練の意気込みに少しばかり違和感を持っていたのだ。

 確かに、赤軍の将軍として、訓練をするのはいつも通りなのだが、殆ど毎日鬼気迫る勢いで訓練をし、模擬戦もしている。付き合った相手にも死神の姿が見えてしまいかねず、トラウマを抱えてしまう程だった。妙に力が入っている。入りすぎている事を悟ったのだ。

「近頃の主の意気込みは鬼気迫るモノを感じるからのぉ……それが少々気になってな」
「そうですか……、私は知らず内に力が入っているようですね」
「ふふ、誰かに恋でもしたのか?」

 バレスはニヤリと笑いながらそう聞いていた。
 己が意図せず内に力が自然と沸いて来るのだから、そういった事情もありえるのだろうと、思ったようだ。だが、リックに限って、と本気にはしてなかったのだが……返ってきた返答には驚きを隠せなかった。

「恋……ですか、確かに そうかもしれません」
「な、なんと……真であったか」

 バレスは、驚き目を見開いていた。
 元々の彼が好いている人物は、目星がついていた。そこまで単純ではないのだが、時折謁見する際に顔を合わすときの仕草を見れば良く判る。伊達に歳を取っているわけではないと言う事だ。
 だが、それはもう随分昔からの事だった。
 リックが、異常なまでに意気込むのはここ最近の出来事だから。

「私は、あの男の、彼の剣技が忘れられません。目に焼き付いています。……目を奪われてしまったのです」
「……なるほど、そう言う事か」

 リックの言葉を聞いてバレスは理解した。

 彼が言っている言葉、バレスにも勿論知っている。以前のコロシアムの試合は 全軍にも知れ渡っているのだ。長くチャンピオンとして、君臨し続けたユランを破った冒険者のランス。

「あのユランを破った男だからな。お主は試合の解説もしていた。目に止まるのにも無理は無いか」
「はい。確かに、その彼の剣も素晴らしかったです。ですが……目を奪われたのは彼だけではありません。寧ろもう一方の方が本命」
「なに?」
「あの大会の優勝者です」

 リックがそう説明した。
 バレスはあの大会では、途中棄権をしたため、不戦勝と言う形で試合が終わってしまっていた。だからこそ、優勝者にはさほど気に留めて無かったのだ。

 バレスは知らなかったのだ。

 ユラン戦と対を成すもう1つの準決勝を。
 コロシアムの歴史上、嘗て無いとも言われる試合が日に二度もあったと言う事を。ユランの敗北と言うインパクトの前にかき消されてしまったのだから。

「彼の事を考えると、私の剣の腕は、きっと私など足元にも及ばないかもしれない。そう思ったらもっともっと強くなる、なりたいと思うのです」
「リック、お前は……いや、何も言うまい」

 バレスは口をつぐんだ。

 リック将軍はリーザスが誇る最強の将軍だ。リックの実力を知っているからこそ、その自分の評価を低く見ているリックを諭そうとしたのだが、やる気を削ぐ結果になるかもしれない。そんな男じゃないと判っているが、口を閉じたのだ。

「がははは! リックがここまで言っている相手だ。オレも見てみたかったな!」
「コルドバか」
「コルドバ殿」

 《コルドバ・バーン》

 もう1人、現れたのはリックと同じ地位にまで上り詰めた男。リーザスの青い壁とも称され、その名に恥じない抜群の防御力を誇る。リックの模擬戦に一番長く付き合える男なのだ。

「はぁ……私も付き合わなければならないのですか」
「当然だ、キンケード! たまには身体を動かすのも悪くないぞ?」
「いや、ですが リック将軍の相手など、もう私には無理ですよ。荷が重すぎます」
「何をご謙遜を……、私が壁の高さを知ったのはキンケード殿、貴方の剣に破れたからです」
「それは、リック将軍のデビュー戦での話でしょう? その後はあっという間に追い抜かれてしまい、立つ瀬が無くなってしまいましたよ?」

 《キンケード・ブランブラ》

 青の副将軍でありその戦闘力は将軍にも劣らない光ものがある逸材。だが、気の弱さがその分有り余っているから、実戦で同じ実力を発揮できるか?と言われれば首を縦にはふれない。

 彼もそれは重々わかっているようであり、年齢的にはバレスに次ぐ歳なのだが、気楽なナンバー2の副将軍の方が気に入っていると言う部分を持っているのだ。嘗て、リック将軍をものの数分で打ち負かした実績はあるが、それはもう過去の話しとなってしまっている。

 ……リックはそうは思った事は無いようだが。

「がはは、これで、メナド、エクスやハウレーン嬢、チャカ殿、レイラがいれば、全ての色の将軍が総揃いで良い訓練ができると思うのだがな?」
「まあ、それも仕方ないじゃろう 其々に任務があるのだ。ワシはお主らが集まっただけでも、十分に刺激になると考える。軍の若い連中のにもな?」

 バレスは、後ろの方でこちらを見ている同じく訓練をしてるメンバーを見た。その手は止まっている。普段ならば、訓練をしろと一喝する所だが、これほどのメンバーが集った訓練だ。

 見て学ぶのも重要な事だろう。


 だが、何故だろうか。バレスは、何処か嫌な予感がする。その予感は日に日にましていくのだ。その理由が判らない。リックはこの通り訓練により、ただでさえ強大な力を更に上げている。

 そのリックに触発されるように全軍の将も訓練に汗を流す事が多くなっている。力の底上げも着々と出来て着ているのだ。

「……まだ日が照っていると言うのに、月が青く見える」

 空を眺めたその青い空には……夜でしかその存在を輝かせる事が出来ない月が見えていた。何故だろう、見れば見るほど……悪い予感が拭えない。

「どうかしましたか? バレス殿」
「いや……、ワシも付き合わせてもらおうと思ってな?」
「がはは! バレス殿が直々に胸を貸してくださるとは! これは気合が入るというものです!」
「(……あの歳で。絶対に真似できんし、したくないな……)」

 訓練に明け暮れるメンバー達。
 今日は珍しく軍議も特に無い日だ。だからこそ、訓練に汗を流す事が出来た。バレスは悪い予感を一蹴する。頼りになる仲間が回りに沢山いるのだ。信頼出来る仲間達が沢山いるのだ。

 どんな事が起きても、どんな嵐が襲ってきても。……必ず夜は明けると信じていた。

 だが、その夜、深夜。

 未曾有の悪夢がリーザス城を襲う事になったのだった。









~リーザス城 深夜~


「今日は本当にお疲れ様でした。付き合って頂き、ありがとうございます。コルドバ殿、キンケード殿」
「いやいや、リック殿を見てると俺もまだまだやらねば国を支えられんと、更に気合いが入ると言うものだ! それに、守るべきなのは国だけじゃなく、美人の嫁さんも待っているからな」
「ははは、美人と言うより、美少女ではありませんか?」
「はは、ちげーねえ! でも、世界一の美少女だ」
「(……あそこまで行くと犯罪だよ、犯罪)」

 キンケードはやれやれとため息を吐いていた。このリーザスで攻のリックと守のコルドバ、その2人に囲まれて上に、更に上に総大将がいる。……今日は厄日だと思わずにはいられない程、キンケードは疲弊をしていた。

 その時だった。

「り、リック将軍! コルドバ将軍!! キンケード副将!」
「どうした? メナド。今日はもう上がったんじゃなかったのか?」

 3人が訓練を終えて戻る所に、血相を変えてやってきたのはメナド・シセイ。

 彼女は元々門兵だったのだが、リーザスの忍者、かなみと共に訓練に明けくれ、その実力がマリスとリアの目に止まり、若くして赤の副将軍にまで抜擢された新戦力、次世代の強者なのである。いつも、真面目に業務をこなしている彼女がここまで取り乱して駆けつけてくる、その事だけで何か異常があったのだとリックは直感していた。

「す、直ぐに来て下さい! 突如、突如! ヘルマン軍がリーザス城内に現れました!!」
「なっ!?」
「そんな馬鹿な!? 一体どうやって、国境を越えた!? いや、しかし、監視の目を掻い潜って、城内にまで、そんな早くに来られる筈が……!」
「事実です! 今城の1階は最早死屍累々……見ていられない状況になってしまっています。お力をっ……ぐっ」

 メナドは肩に手を当てて蹲った。彼女もまた決して無傷ではなかった。隠しているようだが、血が滴り落ちているのだ。

「メナドっ!」
「大丈夫……です。それよりも皆を……リア様をっ……」
「判った。コルドバ殿!キンケード殿!!」

 リックの声に頷く2人。

 これは未曾有の大事件だ。

 実力が拮抗する以前500年以上昔を除けば、城内にまで敵の進軍を許した事など無いのだから。

「白と紫の軍は、遠征に行っている。僅かしかいないが城内に残っている兵力だけで向かうしかない!」
「勿論です!」
「……クッ、なぜこのタイミングで」

 其々が迎撃に向かって走った。
 なぜ、今の今まで気づかなかったのかが不思議に思えるくらい、城内では怒号が沸き起こっていた。そして、悲鳴も……。

 リック達は、兵力が少ない今、状況がはっきりとわからぬ今、バラけるのは得策では無いからだ。一先ずは目先の兵士をなぎ倒し、生き残りの兵士達を纏める。

「正面突破です! 私が道を切り開きます」
「任せた! 背後左右はオレ達に任せろ!」
「行くしか無いようですね」

 リックの素早い怒涛の剣閃が一転突破で、ヘルマンの兵士蹴散らす。
 そして、必至に守りに徹していたリーザスの赤と黒、そして青の兵士達を助けた。そのまま、四方から狙われる1Fを捨て、2Fへと駆け上がる。正面から敵を迎え撃つ為だ。

「全員、ここから先は誰一人として通すな!」
「守り通すぞ!! 我が青の軍の力を見せてやれ!!」

 2人の将軍の鼓舞は、戦意を失いかけていた兵士達を再び奮い立たせた。

「リック将軍、もう既に何名かが奥へ……!」
「ぐっ……、レイラ隊長の部隊は!?」
「彼女は奥で必至に留めてくれています! ここは、我らに任せてリック将軍は!」

 リックを、リーザス最強の男を奥へと、一番重要な場所、女王の間に近い所へ向かわそうとしたその時だ。


「そうはさせんよ。……死神」


 ヘルマンの兵士達をまるで掻き分けるように……正面から出てきたのだ。巨漢な兵士が多いヘルマン軍の中でも更に巨体を誇る男。赤いモヒカン頭に黒い大鎧、鎖つきの棘鉄球を携えた巨躯の重騎士。

 現人類最強と称される男 《トーマ・リプトン》だ。


「まさか……ここまでの大物が出てくるとはな」

 コルドバは一筋の汗を流していた。離れていると言うのに凄まじい威圧感を感じる。

 人類最強の名に偽りは無い。間違いなくそう思えるのだ。

「化物……」

 キンケードは、脚が竦み震えていた。
 幾ら気の弱い自分でも睨みつけるだけで、ここまで震えたことなど一度も無い。蛇に睨まれた蛙の様に体中の筋肉が萎縮してしまったのだ。

 リックはもう、レイラ達の所へと行く事は叶わないと悟った。今、背を向ければ殺られると悟ったのだ。間違いなく敵の最大の戦力が目の前にいる。今逃げずに打ち倒す事ができれば、士気を崩す事もできる。

「……お相手しましょう。トーマ殿!!」
「そうこなければな……行くぞ! 死神!」

 2人の視線が交わった瞬間に、弾かれた様に両者は動いた。
 凄まじい剣速の攻撃をトーマは十分に見切り、そして時には堅牢な鎧で受け止め、棘鉄球をリックに打ち込む。

 リックも剣閃の数を増やし、迎撃する。

 その高レベル、高次元の戦いはまわりの兵士達の目をも虜にする程のものだった。人間界トップクラス実力者の戦いなのだから。




~リーザス城2F 大広間~



 この場所はリア女王達を守る為の最後の砦。これより先にはもう何も無い。敵も魔法を使える者がいる以上、結界もまるで意味を成さないからだ。

「ここは……絶対に通さないわ!」

《レイラ・グレクニー》

 見目麗しい女性だけで構成されている親衛隊隊長(金の軍将軍)
 彼女は、齢14歳でリーザス剣技大会を優勝して以来も勝ち続け、リックに次いでリーザスNo.2の剣の腕を誇るのだ。

 剣を正面に向けて構えた。その足元には、向かってきたヘルマン兵の複数の身体が横たわっている。
それを見ただけで容易ではないと推察されるだろう。だが、次に立ちはだかっているのは……

「ふ……ふふふ、美しい姿ですね。その立ち振舞い、そしてその目。人間にしておくには惜しいと言うもの……」
「舐めないで!!」
「そして、中々に強力……だ。だが、所詮は人間業」

 男は軽くレイラの剣を弾くと、そのまま首を?んだ。

「あぐっ……!?」

レイラの身体は宙に持ち上げられた。

「れ、レイラ様っ!」
「わ、わたしに……かまうな……! やれっ……!! (きっと……きっと りっくが……)」
「ふふふ、この状況で尚、絶望を捨てませんか……気に入りましたね 若き女騎士。私は美しいものを称えたい。純粋に……どうですか。私に、その身を捧げませんか? 全てを忘れられますよ……」
「なにを…世迷言……わ、わたし……あっ……」

 レイラは必至に抵抗をしていたのだが、何故だか手が、脚が動かせなくなっていった。意識も混濁していく。そして、周囲にいた他の仲間達は、その何かに耐え切れず、まるで糸の切れた人形の様に事切れてしまったっていた。

「っっ!!」
「ほう……」

 レイラは、途切れかけた意識を、自身の気合を持って取り戻し そして その手を振りほどいた。そして、強く握り締めていた剣を、目の前の男に突き立てた。……だが。

「まだ、正気を保つ事が出来ている。私の術から気を逸らし、そして仕掛けてくるとは。……本当に素晴らしい」

 そこには、何か(・・)があったのだ。突き立てられようとした刃が、見えない何かに阻まれたのだ。

「なっ……、いったい、なにが……」

 持てる全ての力を、剣に集中させ、全力で貫こうとしているのにも関わらず、剣は全く動かない。……先へと進まないのだ。

「ふふ。これは無敵結界。我々魔人の、嗜み、と申しましょうか」
「なっ……!!」
「絶望、しましたね。少し残念な気もしますが、……私を魔人と知った。そして、魔人は何人たりとも傷つける事は叶わない。……幾ら素晴らしい意思を持つ、貴女でも仕方が無い事でしょう」

 ゆっくりと、剣を握られ、動く事も出来ない。

「私は、魔人アイゼル。……以後お見知りおきを」
「(り……っく……りあ……さま………)」

 最後に頭に留めようとしたのは、主君と……自分の好きな男の姿だった。崩れ落ちるレイラ。

 そして、彼女の部下である親衛隊も、全て総崩れとなってしまったのだった。







~リーザス城 大階段~



 リーザスの赤い死神とヘルマンの人類最強の男。
 傍から見ればその力の差はまるで無いと見える程に、拮抗していたが。

「(明らかに、格が上だ……! そして、この男は楽しんでいる。……まだまだ、未熟だと言う事か。世界は広い)」

 リックはこんな状況だと言うのに、彼自身も格上と戦えた事に喜んでいる節もある様だその顔には僅かだが笑みも見られる。

 その時だった。

「(り……っく)」
「ッ!?」

 リックは、声が聞こえてきた気がして、思わず2F レイラ達がいる方を見てしまった。

「戦いの最中、余所見とは余裕か? 死神」
「ぐっ……!!」

 その刹那、トーマが飛ばしてきた鉄球がリックの身体を掠った。リックは思わず距離を取った。余裕などある筈も無い。相手は格上なのだから。

「ふふふ……、本当に強いな。死神。これほどの高揚感は久しぶりだ」

 トーマは、確かに捕らえたと思った一撃を躱された事に笑っていた。傍から見れば、外れた様に見えるがそれは違う。リックが、あの一瞬で躱したのだ。致命傷を避ける為に。

「私もです……」

 リックは、剣を構えなおした。頭に響いてきたような声は確かに気になる。だが、それを考えている余裕はまるで無いんだ。

 リックは突きの構えを取る。最大最速最高の業を繰り出す為の構え。

「これが私の最高の技! 勝負!」
「受けてやろう。……来い!」

 伸びる剣閃を縦横無尽に繰り出す剣技。

 広範囲且つ高速に巨大な楔形の剣圧を前方に放ち敵集団を切り伏せるリック最強の技。その名も……。

「殲滅する!バイ・ラ・ウェイ!!」

 撃ち放った剣撃の壁とも言える超高速の剣技。

「ぬう!!! 全てを粉砕する 秘剣 骸斬衝!」

 トーマは、その剣を正面から受けると言うより、高速の剣を力で捻じ伏せる。棘鉄球をまるで手足の様に操り、叩きつけ、衝撃を生み出したのだ。

「ウララララアアアアアアァァァ!!!!」
「ぬおおおおああああああああっ!!!!」

 凄まじい衝撃と、2人の咆哮は、場の空気をも飲み込んだ。



「行けぇぇ!!リック!!」

 コルドバは、トーマ以外のヘルマン兵士達を捻じ伏せながらも、リックに叫びかけた。
 あの高次元の戦いでは、下手に手を出してしまえば、邪魔になってしまうのだ。それどころか、脚を引っ張ってしまい、いらぬ傷を与える事にもなりかねないのだ。

 だが……その瞬間だった。

 奇妙な音が聞こえてきたのだ。その音は……まるで、水に雫を落とし波紋が広がっていくようにゆっくりと確実にこの場全体を包んでいった。

「なっ……にっ……?」

 その瞬間、リックの身体は動かなくなった。自分の意思で動く事が出来なくなっていたのだ。

「む……」

 トーマもそれは判っていたようだが、技を止める事は出来ない。骸斬衝はリックの身体を捕らえると、その身体は宙を舞った。

「おほほほほ……トーマ将軍。お楽しみの所を申し訳有りませんが、迅速に制圧せよと言うご命令が下ってましてね。わたしがさっさと手を下すように言ってしまいました。おほほほほほ。これでリーザスも終わりね。ま、魔人の力を持ってすれば、ゴミみたいなものよ」

 後ろから笑いかけてきたのは、ナマズ髭、そしてオカマ口調が特徴の中年男。トーマ・リプトンの配下であり、今回の作戦の第3軍の司令官の1人だ。

「ぐぁ……く、 これ……は……?」

 リックは頭を抑える。剣はもう持てなくなってしまい、地面に落としてしまっていた。辛うじて頭を動かし、まわりを見る。

「ぐ……ぁぁぁ!! な、なん……だこれ……は!」
「が……ぅぅ……」

 生き残っている複数の兵達も例外なく頭を抑えており、もう半壊している。いや……我が軍が崩壊しているのがわかった。

 リックは、必至に頭を上げた。

 その先にいるのはトーマ。
 どこか悲しげに自分を見ている。この人の逸話は、敵国にも轟いているのだ。心技体の全てを兼備えた豪傑であり、誇り高い男。それはたとえ、戦場であっても、敬意を示さずにはいられない程の男。

 そんな男が……、こんな方法を?

 人類の敵でしかない魔人の手を借りて……?

「とー……ま……」
「悪いな死神。お主とはもっと違う形で決着をつけたかった。次世代の強者とこんな形では、本位ではなかった。だが……」

 ヘンダーソンの後ろにいる男の方を見た。そこにいたのは青い髪をし、凶悪な表情をして周囲を見渡している男がいた。

「パットン皇子」
「よくやってくれたトーマ。これで我が目的を達成する事ができる。魔人と手を組んだ我がヘルマンに最早敵などは無い」
「ま、まじんと、てを? そ、む、むぼうだ……、」
「ふん。落ちたものだリーザスの赤い死神よ。何を言っても負け惜しみにしか聞こえんな。現に今の貴様を縛っている力。呪いは魔人のものだ」

 パットンは勝ち誇るように高らかに笑いを上げると、足を進めた。

「リーザス女王はこの先か……、行くぞ」
「はっ!」

 無数のヘルマンの兵を引き連れ、大階段を上がる。そして、リックを横切ろうとしたその時。リックは全神経を腕へと集中させて、パットンの脚を?んだ。

「い、いかせは……しない……」
「………」

 トーマは、敵ながら天晴れだとこの時心底思った。
 催眠術を得意とする魔人、その名の通り、人外の力を食らっても尚、主の盾となり、守ろうとしていたのだから。

 だが、パットンにはそうは映らない。

 ただ、虫けら、ゴミを見るように見下ろしていた。

「汚い手を離せ。いや……」

 パットンは、言葉と共に、脚を上げた。

「もう眠れ。落ちた死神よ」

 そのまま、頭に一撃を喰らわせた。トーマとの一戦での体力の消耗、そして未知の力で身体を封じられた状態。そんな時に巨漢のパットンから思い切り頭に一撃を喰らわされたのだ。

 今のリックとってはひとたまりも無いものだった。

「……む、むね……ん……(りあ……さま、まりす、さま……もうし……わけ……)」

 最後に思うのは守るべき主の名前だった。守れなかった事の謝罪を……していた。そのまま、リックは意識を手放した。


「トーマ、お前にしては随分と梃子摺ったな。黒の将の倍以上はかかったのでは無いか?」
「彼奴は不意打ちでしたので。同年代の猛者。正面から叩き潰したかった欲求があの死神に芽生えたようで」
「ふふ……お前らしい」

 トーマは、バレスの事を思う。

 同年代で、敵でこそはあるが、互いに主の為に忠を尽くしてきた者同士だった。こんな形で決着をつけてしまうとは……と強く思っていたが、それ以上に。

「(パットン皇子はいずれ、世界の頂点に立つ人物。今は歪んでいても必ず……今回の1件で)」

 皇子は、国家内部の策略によって、環境の変化によって陥れられた人だった。全てを取り戻す為に、今回の一件に全てをかけたのだ。たとえ、それが茨の道であったとしても……、皇子が歪んでいるとわかっていても……、信じて自身の主に忠を尽くす。それが軍人だ。

「(ハンティ……お前なら何と言うかな……)」

 トーマはそう思いながらも脚を共に進めた。リーザス女王がいる場所へと。




「う……ぁぅ……」

 メナドは、怪我に簡易手当てを施すと、リック将軍達が戦っている場所を目指して駆け出していたが、彼女も他のメンバーと同様に動く事が出来なくなっていた。頭の中に響く奇妙な音のせいで、身体の自由が利かず、まるで自分が自分でなくなっていくような感覚。

「(か、かな……み………ぼく…………)」

 目が掠れてきたその時に、必至に彼女は手を伸ばした。いつも、いつも訓練に付き合ってくれた親友の事を想って。それでも……役に立てなかった事を嘆き。

 そして伸ばしたその手は何も掴む事が出来ずにその場に崩れ落ち、意識も一緒に手放した。









~リーザス城 最上階 ~



 ヘルマンの兵が攻めてきた事は既にリア女王、マリスには届いていた。すぐさま、彼女達は移動を開始した。城外へ脱出出来ればそれが最善の道だったが、あまりの数の進撃にそれを使う間もなく、最上階の部屋しか無かったのだ。その部屋にかなみが飛び込んでくる。それを確認したマリスはかなみを見てゆっくりと、重い口を開いた。

「かなみ、下の様子は……」
「……地獄としかいえません。ヘルマン軍がここに来るのも時間の問題です」
「そう……」

 マリスは表情を落とした。
 如何に知将でもある彼女でも突然の大規模の侵入、進撃には対処仕切れる筈も無いのだ。

「大丈夫よ。今は確かに白の軍も不在してて戦況は悪い。でも リックやレイラ達親衛隊の皆がいる。彼女達がいれば朝までには持ちこたえてくれる筈。朝になれば国境警備隊も駆けつけてくれるし、白の軍だって遠征から戻ってくる筈よ」

 リアは気丈に振舞いながらそう答える。いや、不安を打ち消したかったと言うのが本音だろう。だが、かなみは静かに首を振った。

「リア様……、親衛隊はもう壊滅してしまいました。……リック将軍も、レイラさんも……(メナド……ッ)」
「そんな……!? あの2人が……」
「リックも……」

 リアはその言葉に耳を疑った。リーザス軍の中でNo.1、2を誇る戦士が破られてしまったのだから。

 かなみは、親友が倒れていく姿を目の当たりにしている。でも、行けなかった。この事態を伝えなければいけないから、行けなかったんだ。……そして、あの得体の知れない術に飛び込んでも勝機がまるでなかったから。

「レイラさんは、親衛隊を率いて防戦してくれていました。ですが、妙な能力を使う男が現れて……、 あの男は恐らく魔人かと思われます。敵兵が言っていたのを聞きました」
「なっ!?」
「ま、魔人と……??」

 かなみの報告に耳を疑う。
 魔人と言うのは人類の敵でしかない。それはヘルマンでも同じ事だと言えるだろう。その人類の敵である魔人がヘルマンと手を組んだと言うのだ。ならば、利害が一致したと言う事になるだろう。

「マリス……奴等の狙いは」
「はい。目的はカオスだと思われます、いえ……間違いないでしょう」
「……マリス。聖盾を」

 リアはマリスに命じて、王家に伝わる盾をここへと持ってこさせた。この時の彼女の表情は何かを決意した表情へと変わっていた。不安に震える少女のそれではなく、一国の女王としての顔に。
 その表情にかなみは不安が頭の中を過ぎっていた。マリスも同様だ。

「お持ちしました」
「かなみ」

 マリスが盾を持ってきたその時。かなみの方を向いた。かなみは、自身が思い浮かべていた不安がなんだったのか……知る事になる。

「貴女だけでも、この白から脱出しなさい。忍者である貴女なら抜ける事だって出来る筈です」
「なっ……!?」

 そう、主君を置いて自分だけ逃げろと言う指示だった。誰からも認められる、仕える主からも認められる、あの人にも認められる忠臣を目指していた彼女からしたら……耐え難い命令だった。

「そ、そんなの、そんな事出来ませんッ、わ、私は誓ったんです。忠臣になるって……リア様の忠臣にッ」
「……かなみ」

 マリスは、今に泣きそうになっている彼女の肩を?んだ。そして、リアもゆっくりと立ち上がる。

「ただ逃げろと言ってる訳ではないの。貴女にはランス様の下へ言ってこの事を知らせて欲しい。そして貴女が信じていて、そして心の拠り所になってる人の元にも。……私からしたらランス様かしらね。……ユーリ様にも協力を要請して。もう、奴等を止められるのは、リーザスを救えるのは彼らしかいないから」

 リアはそう言う。

 いつもの口調じゃなく、ランスの事もダーリンと呼ばない。女として助けを呼ぶのではなく一国の女王として、国の命運を憂う女王の表情。そして、かなみの不安を少しでも取り除こうとする優しい言葉も。この命令を無視でもすれば最早、忠臣とは言える筈も無い。

 そして、それは誓いを反故にするという事だ。

「かなみ。もう貴女しかいないのよ。私達を救う事が出来るのは」
「わ、判りました……必ず、必ず助けに戻ります」
「ふふ、期待をして待ってるわ。ランス様と一緒に戻ってきてくれるのをね?ああ、貴女にとってはユーリ様と一緒の方が良いかしら?」

 リアの明るい表情も、いつもなら自分をからかっている言葉でも、今の自分にはいつもの様に答えられない。照れて表情を赤くさせることだって出来ない。ただただ、今助ける事が出来ない自分の無力さを嘆く事しか出来なかった。

「かなみ。……きっと大丈夫。大丈夫だから落ち着きなさい。今できる最善の事をするの。さぁ、この盾を。後は頼みました」
「は、はい……」

 涙ぐみながらマリスから盾を受け取るかなみ。
 そして、2度、3度とマリスとリアの方を見て 窓から飛び出した。リアはそれを見届けるとマリスの方に向き直した。

「マリス。捕まる前にする事があります」
「はい」

 マリスはリアが何を言うかをもう悟ったようだ。カオスを狙う以上は……やるべきことは1つしかない。

「リアと貴女に知識ガードの魔法を掛けなさい。魔人達やヘルマンの誰にも話さないように、あのランス様の事を決して話さないように」
「リア様……いえ、判りました」

 マリスは言おうとした事を言う寸前で留めた。心底惚れてしまった事は判っているのだから。だからこそ、かなみにとってのあの人の様に、今の心の最後の拠り所にしているんだ。だからこそ、耐えられる。怖さをも捻じ伏せる事ができるんだ。

「最後までお供します。リア様」
「ふふ、マリスとはずっと一緒だったものね。宜しく頼むわ」

 リアはマリスの手を取った。マリスは、自身が7歳の頃からずっと一緒にいてくれた。姉のようで、親友のようで、初めての信頼出来る人だった。

 その時だ。

 扉の前が慌しくなってきたのが判った。この王室に繋がる通路にある扉もそれなりに強固なものだが、最早時間の問題だろう。

「お茶、淹れて。マリス。……もう、暫く飲めそうにないし。それくらいの時間は保つでしょ?」
「……はい。畏まりました。リア様」

 不作法な靴音、そして轟音、そして 小さくお茶を準備する音が、混じって響く。信じる様な神はいない。けれど、リアの脳裏には自然とただ1人の姿が浮かんできた。

「(……かなみも、こんな気持ち、なのね)」

 その脳裏に浮かぶ顔を、見ながら、その力強い笑顔を見ながら、強く心に焼き付ける為に、目を伏せた。それだけで少しばかり、先の不安、焦りが胸の高鳴りに紛れてくれるような気がしたのだ。

「ダーリン………お願い………」


 そして、マリスもお茶を淹れながら、同じ様な思いを浮かべていた。最愛の存在であるリアを守る事が出来ない状況に、歯痒さを覚える。……魔人と手を組んだヘルマン側にも憎しみ以上の憎悪を覚える。

「(……ユーリ、様)」

 そんな中で、彼女の頭の中に、脳裏に浮かんだのは リアとは違い、かなみと同じ人物だった。いつもリアと一緒だったマリス。リアの好きなものは自身の好きなもの。そうとまで思っていたのに、この時は違ったのだ。

 そう、全てはあの時。

 リアは、ランスに叱られて、立ち直る事が出来た。……壊れかけてしまっていた心に、正しい心が生まれてきたのだ。 
 マリスにとっての切欠は、頬に叩かれた衝撃だった。……あの感触は、まだ頬に残っている。

「……最後の最後まで、諦めません」

 救えるのに、助けられるのに、助けないのは罪、何もしないまま受け入れる事も同じ罪だろう。

 だからこそ、マリスは手に力を込めていた。












 かなみは、城の窓から外へと飛び……外周部を走り続けた。

 彼女は耳が良い。だから、リアたちがいる場所が慌しくなったのが判った。もう、捕まってしまったと言う事を理解した。

「リア様……マリス様……」

 聞きたくなかった、耳を塞ぎたかった。……でも今の自分に出来るのは走り続ける事だけだった。
 助けを呼ぶために、皆を、助ける為に。

「……ユーリさん。ユーリさん」

 彼女のウエイトを大きく締めている恩人の名前を何度も口にした。その優しい顔を。……愛しささえ沸き起こってくるその姿を、思い浮かべながら。

「私達を……どうか助けて……」

 その想いと共に走り続けた。

 彼女は無事にリーザスから脱出を果せた。
 だが、それと同時に今日この日、リーザスは陥落したのだった。







 同日・同刻


~自由都市・レッドの町 宿屋~


「ふぅ……」
「むにゃ……zzz」

 レッドの町へと足を運んでいたユーリ。
 この町には仕事ではなく、ちょっとした用事があった為アイスの町を離れてここへ着ていたのだ。
隣ではヒトミが規則正しい寝息を立てながら眠っている。彼女に着せてあげた服と帽子のおかげも有り、変な目で見られたり、攻撃をされたりはしないから良かったと言うのもある。彼女は、危険な仕事以外は、連れて行ってあげるという事に決めていた。
 
 色んな世界を見せてあげたいからと言うのもあるのだ。

「さて、つかさ との用事も終わったし。明日にはアイスの町に帰れるな」

 そう呟くと、ユーリは剣の手入れを行っていた。武器の手入れはなるべく怠らないようにしているのだ。以前、リーザスのコロシアムで剣が折れてからこうしている。時には武器屋、鍛冶屋にメンテナンスをしてもらったりもしている為、余程の事が無ければ大丈夫だろう。

 その時だった。

 突然、ぱきっ! と言う音が、静寂な部屋に響いたかと思うと、かなみから受け取った忍者刀の鞘に ヒビが入っていたのだ。

「っ……なに……?」

 ユーリはそれを見て不穏に感じていた。
 何故なら、幾ら刀身じゃなく木製の部分とは言え、何もして無い、落としたりもしていない。

 そんなタイミングでヒビが入る事などあるのだろうか?

「……」

 何か、嫌な予感が頭の中を駆け巡っていた。……彼女に、何かあったのかと。

「明日は早めにアイスの町へと帰るとするか。……何かが、リーザスに何かが あれば、恐らくキースの耳に入るだろう」

 これは、ただの偶然なのかもしれない。

 別に、なんら関係も無いのかもしれない。いつの間にか、脆くなってしまっていただけなのかもしれない。メンテナンスをしていたのは、主に刀身の方だから気付かなかっただけかもしれない。

 


 だが、ユーリのこの判断が後の展開で功を成すのだった。



                                                                                   

~アイスの町 ランスの家~



 ランスの家の夜は今日も賑やかだ。
 卑しい声が辺りに響き渡るが、これはいつも通りだし、ランスに文句を言う者もいる筈も無いから もう放置をしているのだ。

「さぁ! シィル、もう一発だ!」
「ひんひん……休ませてくださいよぉランス様……。痛いです……」
「何を言うか、これからが楽しくなる所だ! 何しろ新しく開発した体位だからな!」

 ランスは、ばばんっ! と決めポーズ?を取るとシィルを後ろから乱暴に、その女の子の象徴である2つの膨らみを掴んだ。

「名付けて、大和流星松葉崩しMK2だ!がははは!」
「ひんひん……痛いです……」

 シィルの脚を大きく開いて殆ど無理矢理にするランス。シィルも可哀想だなと思えるが、何処となく今の状況が嬉しそうだから、最早何も言わないでおこう。
 ランスの家はいつも通りの日常を過ごしていた。

 そして、ランスの家の資金はもう既に底をついていた。


――……ランスが動き出す時も近い。


 
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