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ソードアート・オンライン〜Another story〜

作者:じーくw
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GGO編
  第179話 右手の悪夢


――予選第1回戦。


 その立ち上がりは静かなものだった。場所、天候、時刻の全てがランダム仕様で決定されるステージ。今回は視界が極めて悪い夜間での戦いだ。視界がきかない以上、行動は慎重にするのが定石だろう。

「(ふふふ、ラッキーだったぜ)」

 対戦相手である《痛み》と言うコードネーム(アバター名)を持つ《Pain》。

 闇の中で、ゆっくりとだが、確実に障害物を躱しながら、接近していく。敵対している者は、これまで通りであれば、500m程接近すれば出会うだろう。そして、男が言うラッキーと言う理由の1つが。

「(暗視スコープ。ストレージに入れっぱなしだったが、功を成したってもんだ)」

 そう、頭部に装着しているのは暗視ゴーグル。夜間での行動では必須である装備品。本来、視界のスキルを上げていけば、それなりには対応出来る様になっているが、やはり補助装備には敵わないのだ。そして、その弱点として、強烈な燈りを発生させてしまえば、よく見えている分、目に異常がでてしまう……のが本来の仕様。流石にゲーム内でそんな事になったら、現実世界での影響もあるかもしれない、と言う事で、視界不良のペナルティが発生する程度だ。

 勿論、なってから装備品を外したとしても、無意味だ。 目隠し状態でプレイしなければならない、と言う事。

「(敵側に閃光手榴弾(スタン・グレネード)の類が絶対にねぇってことは言えねぇからな。……距離を潰したら一気にケリを付けてやる……)」

 肩にかけた短機関銃(サブマシンガン)


□ トンプソン M1928A1。

《トミーガン》と呼ばれている短機関銃。
 現実では米軍向けの改良モデルであり補助兵器として大量に量産された銃。歴史も古くマニアには人気がある短機関銃(サブマシンガン)の1つだ。

「……嬲ってやるぜ」

 舌を少し出し、上唇をベロりと舐める。

 コードネームから察するに、他人に痛みを与えることを喜びとしているフシがある男であると予想され……じゃなく、そう言う類のプレイヤー。……正直、最悪だ。と思える男ではあるが、現実でははっきり言って臆病者。ネット弁慶の類の者なので、現実で、ニュースになってしまう様な悪影響は見られないだろうから安心だ。

「ご、ごほんっ!! ……さ、さっさと行くか」

 何やら察した様であり、中腰のまま、限りなく早く、それでいて物音を立てずに、森林を超えていく。見えてきたのは、廃屋。周囲にはヘリや戦車の残骸があちこちに散らばっている所から見ると、兵器を格納していた基地、だと思える。

「(死角が多いな……、だが オレにゃ暗視ゴーグルがあ……ん?)」

 暗視ゴーグルをが影を捕らえた。それは、悠然と離れにある建物近づいていく者の姿。Painは、ゴーグルを上にあげ、肉眼でも確認した。カーソルがしっかりと現れる。間違いなくプレイヤーだと言う紛れもない証拠だ。そして、そのプレイヤーの髪は鮮やかな銀髪。闇夜の中でも、僅かな星あかりに反射して、はっきりとそれを見ることが出来た。……長い髪を。

「(くく、ひょっとしたら、女、それも初心者かもなぁ……、本当にラッキーだぜ)」

 喜々としながら近づいていく。
 髪が長いプレイヤーなど別に珍しくもない。だが、マントの様な迷彩服が風に靡いたと同時に髪も一緒に靡いたのを見た。そして、その髪を手で抑えている仕草を見て、もしかしたら、と思った様だ。これまでで、マントを使用している男プレイヤーはいなかったこともあったからだ。

 そして、ゆっくりと近づいていく……、視界に表示されている距離、スコープで表示されいてる距離は約10m程まで近づく事が出来た。

 建物から、出ている気配は全くない。

「さて……一気に距離を詰めるか。お楽しみタイムってなぁ!」

 トミーガンを構え、完全戦闘体勢となり、Painは建物に突入するのだった。







~総督府・予選会場~



 予選会場である、総督府の地下。
 そこでは、第3回BoB開催のカウントダウンを刻んでいた時刻を表示していたモニタは、多分割画面となり、其々の予選の状況を映し出していた。その画面の中には、数々のプレイヤーが映されては変わり、映されては変わり、のローテーションを繰り返していた。

 息を飲む狙撃のシーン。
 怒号と共に弾丸を何百発も撃ち放つ轟音。爆弾が仮想世界の大地をも揺らす。その中で、一際異形な姿を映していたのは、黒い彼女だった。

 銃の世界だと言うのに、その手に持たれているのは、銃ではなく、剣。光の剣、光剣(フォトンソード)が握られている。昔の大作映画宜しく、銃弾を、ライフル弾を 剣で弾く弾く。

 その衝撃音に、驚きを隠せれない。

 場は、これまでに見た事のない、いや実践したプレイヤーがいなかったのだろう、そんな場面に息を呑んでいた。その剣は、まるで剣舞。銃弾を弾き、或いは躱し、その度に彼女の黒髪は美しく靡く。獰猛な男達ばかりである、この場のメンバーは声援を送る事も忘れ、息を飲んで見つめているのだった。

 だが、その内の2人だけは違った。

 片方は、もう既に予選1回戦を突破しており、云わば高みの見物。そして、もう1人は……最初からこの場にいた。食い入る様に見つめているのは、モニタに定期的に移されるプレイヤー。主に、交戦しているプレイヤー達を優先的に映されている様だ。

「……この、剣技。これ、は」

 ボソリ、と呟くその声は男のもの。姿はぼろぼろのマントに包まれており、その素顔は見る事が出来ない。声色から、男性のもの、と判る程度だった。

「………」

 そして、もう1人が見ていたのは違う者。

 この中で唯一交戦中ではないのに、度々ライブカメラが回されている。何故なら、ランダムに選ばれるステージの中でも滅多に当たらない、とされているフィールド、そして夜間の戦闘だと言う事もそうだ。夜間戦闘と言うのは、プレイヤー側からすれば、闇を利用し、擬態を駆使して戦う頭脳戦が楽しめる。が、観客側からすれば、見る事が難しく、なかなか進展しないから塩試合と言う事が多いのではないか? とされていたのだ。

 故に、当たるのは稀に設定もされている。(運営側の都合上)

 現に1回、2回の予選では誰ひとりとして当たってはいない。通常のフィールドで味わう事位しか出来なかった戦場が現れ、少なからず注目を増す事になり、ライブ中継を続けている様だ。

 映されているのは、トミーガンを手に、暗視ゴーグルを頼りに攻めている男の姿。その上に、誰と誰が戦っているのかが表示されいている。

「……あの言葉」

 もう1人の男は呟く。眼付きを鋭くさせ、ただ只管その画面を、まだ新たな展開が生まれた訳でもないのに、見ていた。ただ、思うのは戦いの場に行く前に言っていたあの言葉。

 アイツ(・・・)が言っていた言葉。

 その言葉は、不特定多数が知っている筈。数多くのGGOプレイヤー達が利用している掲示板だから。
それなりに、レスも伸びており 数多くのプレイヤーが見ていた筈だ。アレだけの異常事態。……別に見ていてもおかしくはないだろう。だが、気になった。
 まるで……。

「……挑発、か」

 そう、挑発をしている様に聞こえたのだ。

 まるで、まるで……。

 アレを書いたのが自分。……そして、まるで向けた相手に言っている様だった。

 頭の中でそれらが浮かんでいた時に。夜間戦闘の戦いが動いたのだった。









~予選1回戦・RYUKI vs Pain~



 それは突然だった。
 男は出入り口が1つしかない、小屋。窓は四方に2,3程あるから、逃げる事は可能だ。恐らくは中継基地無線室の様な小屋だろう、突入した所で、手始めに銃弾をばら蒔いた。確かに相手はまだ見えないが、先手必勝。仮に当たらなくても、牽制になるからだ。

「ひゃはぁっ!! 隠れても無駄だァ!」

 闇に包まれていても、暗視ゴーグルを装備していれば問題ない。辺を見渡し、何処かに隠れていないか、を確認したが……。

「……? おかしい。この中に入っていったのを間違いなく見た筈だが」

 その中には誰もいなかった。
 銃弾によって、破壊可能オブジェクトは大体壊れ、盾になりそうな机や棚は全て散乱している。……隠れられる場所は何処にも無い。そう思った時だ。

〝こつっ……〟

 と言う音が、微かに響いた。

「そっちかっ!!」

 聞こえた方へとダッシュで向かうPain。
 室内戦、それも電灯の類も一切ない世界では有利な装備を持っている方が距離を詰めるのが基本だ。
音が鳴ったのは割れた窓の方。外に逃げたか? と思い飛び越えようとした時だ。

残念(Too-Bad)
「なっ!」

 突如、Painは身体に重力を感じた。何かが、飛び乗ってきた、と言うのが正しい。この感覚は以前にも味わった事がある。狼タイプのモンスターに飛びかかられた時だ。

「うぐっ!!」

 リュウキが肩車の要領で、Painの首を脚で極め、そのまま投げたのだ。プロレス技で言えば、フランケンシュタイナー? だろうか、しこたま投げられ、背中を強打した。

「ぐえっ!!」
「浅はかだ。敵の姿を完全に見てから、行動を取る。……それが基本だろ」

 無闇矢鱈に、銃を打てば自らの場所を知らせるも同然だ。バトルロイヤルならまだしも、1対1だから。だが、別にそこまで悪い手、と言う訳でもない。暗闇に乗じ、突然の銃声。相手の思考を混乱させる、と言う意味では。
 
 だが、相手が悪かった。としか言えないだろう。

「ぐぐ、くそっ!」

 倒れていた身体を起こし、トミーガンを相手に向けようとしたが……。

「遅い」
「ぐげっ!!」

 銃口をリュウキに合わせる前に、胸元に取り付けた鞘からコンバットナイフを引き抜き、銃口をナイフで弾きつつ、首を取り、そして投げた。

「げぼっ!!」
「状態異常の1つ。骨折(ボーン・クラッシュ)。お前の負けだ」

 思いっきり、壁に投げたリュウキ。その勢いで、脚が変な方向に向いている。……正直、グロイ。と思ってしまったが、これはゲーム。足や手と言った四肢が飛んだりする事だってあるから、まだ易しい、程度だろう。多分。

「な、舐めるなぁ!!」

 倒れながらも、トミーガンを乱射。
〝ズガガガ!〟と言う発射音が小屋の中に響く。ガムシャラに撃った銃だが、その軌道上に相手がいたのは幸運だろう。だけど。

「その活きや良し。……が、届かない」

 相手は、銃弾を殆ど受けてない、やや頬や身体に掠った様な赤いライン、直撃に比べたら随分と薄いラインが浮かんでいるだけだった。

「な、ばっ! 馬鹿なっ!! これ、至近距離だぞ!」

 数発、いや十数発は撃ち込んだであろう銃弾。だが、それは相手のHPを殆ど削る事は無かった。相手はただ、ナイフを持っているだけ。

「……な、ナイフで銃弾を防いだ?」
「まだ、やるか?」
 
 左手にナイフ、右手に拳銃。
 幾ら拳銃とは言え、拳銃カテゴリーの中で最大級の威力を誇る自動拳銃(オートマチック)だ。ここまで近接されてしまえば、最早抗う術は無いだろう。と言うより、相手には銃弾が当たらないし、動けないから、その時点で詰みだ。

「……これは、予選だぞ。問答無用で殺りゃよかったモノを」
「ああ、夜戦だからな。……いろいろと試したかっただけだ。 生き恥晒したくないなら、望み通りにするが?」
「っとと、いやいや、至近距離で銃弾ぶっ放なされんのは流石に怖ぇよ……」

 Painはそうそうに両手をあげて降伏のポーズを取った。
 因みに、この世界では上空に響くかの様な大きな声で、『降参(リザイン)』と言わなければ、勝負は終わっていないと言う事になる。だから、まだ、だましうちの類も考えられるのだが……それは、二流、三流がする事だ。仮に、男がまだ肩にぶら下がげているトミーガンを構え、撃とうとしても、先に無力化する事は出来る。……と、言うより、そんな真似してきたら、即ズドンだ。脳天めがけて。

「……つえぇな、あんた。たまげたぜ」
「お前がまだまだだ、と言うだけだ。 姿見ただけで安心するな。 有利なソレを持ってるからといって、慢心した。それが敗因の1つ。……でかいな」

 リュウキが指さしたのは、まだ頭の上に装着されていた暗視ゴーグル。夜の闇の中では確かに絶大な力を発揮する。相手には見えないが、自分にはよく見える。気づかれずに、初撃を入れられる可能性が極めて高いからだ。

「オレの姿、見えてたのか……。夜戦だっていうのに、なんの装備もなく」
「人が森や林を歩けば、葉は揺らぐ。……空気も変わる。状況が変わる。一つ一つを見極めれば訳はない」
「……いや、ムチャだろ?」

 流石にそれは嘘だ、と思った様だ。本気にはせず、ただただ苦笑いだけを続けていた。

「だが、良い思い出になった」

 Painはそう言って笑っていた。

「……まぁ、負けも糧になるからな。次、頑張ればいい」

 リュウキはそういい、笑っていた。……笑った事を後悔する事も知らずに。

「いや、あんた見てぇな美人な女の子と一戦ヤれた事にだよ。こんな機会、滅多にねぇし シノンちゃんも可愛いが……正直近づく前に終わる事が多いから」

 首をぶんぶん、と振ってそう言うPain。プライドもへったくれもない様だ。負けたと言うのに。

「いやぁ、でも女の子が男の頭を太腿で挟んで~なんて、やめといた方がいいんじゃね? ……って、今思えば……アレだな。役得感が……」

 Painは思い出したのか、顔を緩めていた。
 肩車の様に飛びついたから、結構脚の根本の方で挟み込んでいる。……シノンの様な装備であれば、更に喜び倍増! しそうなシチュエーションだ。なんだけど、それどころではない。

〝ぴしっ!!〟
「………」

 その瞬間、何かに亀裂が入る様な音がした。そして、見る見る内に表情が、僅かに緩んでいた表情が……無表情へと変貌していった。

「うう~ん……、さっきのもう1回……って、言ったら流石にセクハラだな。止めとこ。 あ、おねーさん。これ終わったらフレンど……に……?」

 次にPainがリュウキを見た時、思わず息をのんだ。仮想世界だと言うのに、冷や汗が体中から湧き出てくるかの様に感じる。

 何故なら〝ゴツッ〟 と眉間に銀色に輝く銃を押し付けられたからだ。表情は、無い。……まるで『無』と言えるモノ。

 因みにリュウキのデザートイーグルは、グリップの滑り止め部分のみが黒でコーディネートされたシルバータイプ。……お気に入りの色の銃を今大会初めて撃つ、と言う様な感想などはまるでない。

 ただ、そのまま、無表情で銃口を押し付けていた。思わず両手を更に高くあげる。

「ひ、ひぇ! わ、悪かったって、セクハラはまじで冗談冗談! 間違ったって、もう一回なんていわねえよ! ね。お嬢ちゃん!」
「………」

 彼が恐怖から逃れる術は、あった。

 もう形振り構わず、直ぐに降参(リザイン)と叫べばよかったのだ。だけど……それを怠って、更に続きをいうから不幸に見舞われる。

「お、お詫びに、なんか、おごってやるから! 上手いパフェとかっ! それに ほ、ほら! そんな顔してちゃ、可愛い顔がd〝ずがぁぁんっ!!〟ぐべっ!!」

 密着状態から撃ち放たれるのは、最凶のプレイヤーから放たれる最悪の銃弾《50AE弾》。

 実用自動拳銃用、拳銃弾としては最高クラスの威力を誇る50口径マグナム弾だ。まるで、ど頭を巨大ハンマーで、ぶっ叩かれたかの様にすっ飛んでいくPain。ごろごろ~っと倒れると、その身体にアイコンが現れた。
 《DEAD》と言うアイコンが浮かんだ。

「……次からは問答無用で終わらす。俺が間違ってた」

 左手のナイフを胸にある鞘に。
 右手の銃を右腰のホルスターに収めた。

 そして、このステージの上空に《Congratulations!! RYUKI Wins!》と言う勝利を祝福する文字が浮かんだ。

 リュウキといえど、大会と言う名の付く戦いで、それが例え1回戦でも、決勝でも。等しく勝てば嬉しいし、ほっともする。

 だけど、その勝利を祝福する文字が大々的に表示されても……、まるで達成感や突破した事による安堵、などは浮かんでこない。ただただ、さっきより数倍重くなった脚をしっかりと動かし、『さっさと転送しろ』とだけ思っているのだった。







~総督府・予選会場~


 それは丁度、リュウキが男を只管投げ続けていた時の事。キリトは既に1回戦を突破していた。別に、突破の速度で競っていた訳ではないが、キリトは何処か嬉しかったりもする。戻った予選会場にはシノンもリュウキもいなかったからだ。ただ……、正直疲労感はALOよりも遥かにあった。


 あの戦いでの勝因は、銃弾を剣で凌いだキリトにあった。予測線を見極め、剣を振るう。〝ぶぅん!ぶぅん!〟と言う光剣の独特な一撃一撃の音は、本当にSFチックだ。

 ライフルから放たれるであろう予測線は其々6発。

 吐き出されてくる銃弾の順序、というわけだろう。連射してくる割には、自分の身体を捕えている数が少ない。6発以外は、上下左右に僅かずつ外れているのだ。


――命中精度は案外大したことないのかもしれない。見極める事が出来る。


 キリトは、久々の対人戦がもたらす緊張感に、ようやく戦闘モードへとシフト。確かに銃の速さは現実であれば、捉えられるものじゃない。だが、キリトはそんな常識を一笑。


――あの世界で、自分がどんな経験を積んできたと思う?


 異常な眼を持つ剣士は、まるで未来をも見通しているかの様に、敵攻撃を遮り、時には反撃の一撃を当てる。本人がなんと言おうと、決してあれは不正な力等ではない。10年以上にわたり、培われ育まれてきた眼の力なんだから。そしてそれをずっと、となりで見続けてきたのだ。

〝バッ、バシッ!〟 と鮮やかなオレンジ色の火花がはじけ飛ぶ。

 確かに、1本1本を見極め、その軌道上に、当たる瞬間を狙って、正確に斬り返す事には精神力を要するが、キリトは歯を食いしばって更に剣を弾いた。決して速度は落とさず、全ての弾丸を弾き、いや斬り落とすと一気に駆け抜けた。

 当然の事、だとは思うが、キリトの対戦相手《飢丸》はびっくり仰天。下顎ががくんっ! と落ちてしまう程の仰天映像だった。

 だが、驚いてばかりは居られない。
 直様、空になった弾倉を替えようとするのだが……、キリトがそれをさせない。あの世界で、自分が培われてきた剣技を用いて、敵を貫いたのだ。

 あの世界、そうSAO世界であれば片手直剣スキル《ヴォーパルストライク》と呼ばれた必殺の一撃。

 その一撃はジェットエンジンの様な振動音を起こし、そして飢丸を葬った。その身体が真紅の硝子片に変わり、虚空に拡散していったのだ。



「……」

 勝利の余韻に浸る間もない。
 何時、第2回戦が始まるとも限らないからだ。だから、キリトは中継モニタに集中していた。次の相手が誰なのかは判らないけれど、見ておく事も大切な事だ。そしてリュウキ、そしてシノンのこの世界戦いが見られるかもしれない。

 キリトが周囲を見渡した時、あの男、シュピーゲルの姿を見た。モニタを睨む様に凝視している姿がそこにあった。恐らく、その先にシノンがいるんだろう、と思ったキリトはその目線の先を見ようと追いかけた、その時だ。
 
 右耳のすぐ隣で、声がした。

 金属質な空気の排出音と共に、それと同様な金属質な声。

「おまえ、本物、か」
「……っ!?」

 反射的に飛び退りながらキリトは振り向く。その男の身成を一目見た。まっ先に目に入ったのは、ボロボロのマント。そして、その頭をすっぽりと覆っているフードの中に赤く光る眼。キリトはこの時、SAOの世界での幽霊、ゴースト系のMobを思い出していた。

 だが、直ぐにそれは間違いだ、と言う事に気づく。

 あの赤い目はゴースト系にデザインされた別に鬼火という訳でもない。ただ、顔全体を覆うマスク状のゴーグルのレンズが光っているだけだ。まるで、初心者の様に驚いてしまった事と、明らかなマナー違反である至近距離からの声かけに苛立ちさを覚えつつ、キリトはぶっきらぼうに訊き返した。

「本物って……、どういう意味だ? あんた、誰だよ?」

 しかし、相手は名乗りもせずに間合いを取ったキリトにもう一歩近づく。
 もう、キリトは下がりはしない。真っ向からその不気味な視線を受け止めた。そして、再び明らかに何らかのボイス・エフェクターを使用しているであろう倍音の混ざった不快な声が切れ切れに響く。

「試合を、見た。剣を、使ったな」
「あ、ああ。別にルール違反じゃないだろ? 普通に売ってたぞ」

 応じたキリトの声は、内心の動揺をアミュスフィアがバカ正直に視界の端のバイタル数値にはっきりと再現された様だ。この世界での声もややかすれてしまった。

 それを看破したかのように、灰色マントの男は更に数cm顔を近づける。

「もう一度、訊く。お前は、本物、か」

 何度も聞かれるその問いの真意を模索する前にキリトは直感した。まるで、頭の天辺から足先までに雷撃が迸った様な感覚がする。



――オレは、こいつを知っている!!



 この感覚は、それが間違いではない事を表している。間違いない、絶対にどこかで会っている筈だと。だが、それが何処でなのかが判らない。この世界で、GGOの世界で会話を交わした相手は限られている。ダイブ当初に話しかけてきたアバター・バイヤーの男、色々と世話を、ガイドをしてくれたシノンと、かの世界の戦友であり、親友であり、同じ境遇のリュウキ、シノンの友達でもあるシュピーゲルの4人しかいない。

 だから、この世界ではありえない。

 では、この世界の以前の話となってくる。つまり、ALOだと言う事だ。

 これだけの印象的であるプレイヤーを忘れる筈もないから、互いに違うアバターで出会った、と言うのだろうか。だが、どうしてもそんな覚えはない。


――オレはどこで、どこでこいつと……。


 キリトが記憶を探っていた時、ぼろぼろのマントがゆれ、中から細い腕が突き出した。マントと同じボロ布のようなグローブに包まれた手は空だった。その身体のどこにも装備品は見られない。
まだ、武器をオブジェクト化していないのだろう。その細い腕、手がウインドウ操作をし、可視化。キリトに向けて見せた。

それは今回のFブロック 予選組み合わせ。《Kirito vs 飢丸》

 もう既に決着はついており、アナウンスと共にキリトの名前が進み、飢丸の名前が黒くなる。そして、その指が僅かに動いてKiritoの名前を上から下えなぞり……、そして再びあの声が響く。

「この、名前、あの、剣技……お前、本物、なのか」

 その言葉で全てが判ったと同時に、衝撃も再び身体を迸る。

 それが最大の衝撃。

 膝が震えそうになるのを必死にこらえるキリト。このキリトと言う名、出自を知り、且つあの剣技をしっている。その両方を知っている者。つまり、自分が出会ったのはGGOでもALOでもない。

 そう、あのデス・ゲーム。

 この男は、あの世界から生還した者。自分やリュウキと同じSAO生還者(サバイバー)なのだ。

 身体の中で、いや頭のなかで必死に落ち着かせるキリト。

 あの世界から生還出来た者達は7000を超える。別に遭遇したからと言って、パニックになる事はない。そもそも、自分の名前はヒースクリフとの一戦、二刀流と言うユニークスキル、などがあり、それなりに広範囲に知れ渡ってしまっているのだ。

 それでも、血盟騎士団の双・閃光、アスナとレイナ。団長のヒースクリフ。

 ……何よりリュウキに比べたらまだ周知度は可愛いモノだと思えるが、知られていると言う意味では同じだろう。そして、あのスキルを模した剣技、《ヴォーパルストライク》は、メジャーな片手直剣である剣技だ。知っていてもおかしくないし、それが同じ攻略組出身者で、当時の知り合いだとすれば、旧交を温めよう、と自分もしたかもしれない。

 だから、恐れる必要など無い筈……なのだ。


――……なんでだ? なぜオレはこんなにも……。


 身体の動悸が止まらない。
 ……その得体の知れない正体は次に明かされる事になる。あの男の細い腕の一点を見て。

 ぼろぼろの包帯を巻きつけた様なその腕。だが、一部だけはだけて奥の肌がちらりと覗いたのだ。

 見えた部分は手首、そしてそこに刻まれたタトゥー。

 図柄はカリカチャライズされた西洋風の棺桶、不他にはニタニタと笑う不気味な顔。


――アレを忘れる筈はない。アレを忘れる筈もない。

 自分をあの世界で殺そうとした者も、ソレを刻んでいた。あの世界で存在した。ある組織の紋章。皆が深く傷ついた元凶。

 この時キリトのパニックは最高潮に達した。

 辛うじて、強制ログアウトする事なく耐え切ったキリトは、頭の中で様々な場面が揺り起こされていた。

 そう、自分が殺されそうになった瞬間。……あの戦い、大規模戦争。……《竜の鬼》と言う異名の誕生と彼の涙。



 あの象徴は、《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》のモノだ。



「質問の、意味が、解らないのか」
「……ああ、解らない。本物って、どういう意味だ」
「………」

 灰色のマントが一歩下がろうとしたその時だ。

「………」

 キリトの肩に触れるモノがあった。反射的に、キリトは再び仰け反り、距離を取ろうとしたのだが、何故だろうか?安心できる。……自分はこの手を知っている、と咄嗟に感じる事が出来た。目の前の男とはまるで対極の存在だと言う事。

 まるで、キリトの前に一歩でるかの様に、キリトの隣に並び立つ者。

「誰、だ。お前は」

 勿論相手もその存在には気づいた。だが、別に話しかけるのも不思議ではない。この世界での仲間、だとすれば話すのは普通だし、加わろうとするのだってあり得るだろう。……このぼろぼろマントの男自身も同じように話しかけたのだから。だから、無視して言葉だけを残して立ち去る事だって出来た筈だ。だが、なぜか聞き返していた。


「……漸く、お出ましか?」


 軽く瞳を閉じて立っていたのは、長い銀髪を束ねたプレイヤー。

 その装備は、この男同様のミリタリージャケット、対弾アーマー、コンバットブーツ……、違うのはその装備に更に頭からすっぽりとかぶされているフード。そして所々に銀色のラインが施されている色彩の迷彩服。表情は見えない。

「なんの、こと、だ?」
「今日は、持ってないんだな? ……圏内だろうと、圏外だろうと、関係ないんだろう? お前のソレは」
「………」

 今度は、この者が何を言っているのか、理解する事が出来なかった。

 それは、キリト自身もそうだ。この人物が何者なのかは直ぐに理解する事が出来た。身体を襲っていた悪寒や混乱からくる動悸は徐々に収まりつつあるのは、この者が傍に来たからだ。

「直訳で、死の銃か」
「………!」

 その名前を、訊いた途端、ぴくり、と肩が持ち上がった。この者に名乗った覚えはない。

 ……何れは名乗るつもりではいたが、今はその時ではなかったからだ。

 だが、この者は自分を知っている。丁度それは、キリトが味わっていた感覚と酷似していた。違うのは、完全に余裕があるということ。精神が落ち着いている、と言う事。
 何故だろうか、落ち着く、と言うよりは心躍る気分になっていた。

「もう一度、訊く。……お前、誰だ?」

 だからこそ、もう一度だけ聞いた。その答えが帰ってこない場合は、もうこれ以上なにも言わない、きかない、と決めて。だが、再び驚くことになる。


「……名乗る様な名前じゃない。今は諸事情で、姿形は 違うが。……普段はしがない只の一匹狼気取りの者さ」


 セリフの要所要所は違う。だが、明らかに意識して、そう言っているのは判った。


 そう、この者は知っているのだ。


 自分がこの世界に舞い降り、最強の魔王、恐れられる魔王と成るべく最初の生贄に選んだあの男を葬ったその時に、出会っている 白髪の男。

「……撃ってみろよ。 お前にはその力があるんだろう? ……はは。撃てないか」

 そういった途端に、キリトは思わず肩を掴んだ。

 この時、全ての全容が判った。

 自分が、自分たちがおっている者がこの男なのだ、と言う事もはっきりと判った。

 判ったが故に、キリトは驚き、止めようとしたのだ。この男から撃ち放たれた銃の弾丸は、現実世界で2人の人間の心臓を止めたからだ。

 そのトリックが判らない。その殺害方法がまだ判らない。

 だが、相手があの笑う棺桶であれば……、また何か恐ろしいことをしでかした可能性は十分すぎるほどにある。決して偶然ではなく、自らの手で。


「――いつか、殺す。お前も、お前も」


 銃で撃つようなことはせずに、ただそう言った。男は何者であるのかは、理解した。あの時に声をかけてきた唯一の男だ、と言う事だけ。それだけで十分だった。殺す理由は。
 そして、名前を語った偽物かもしれないが、あの名前を持つこのプレイヤー、も同様だ。

「……お前にそんな力があるのか? 止めておけよ。……でなければ、死を施されるのはお前自身になる。お前は、死ぬまで監獄の中だ」

 そう言うが、決して挑発じみたその声には乗らず、ただ単調に返した。

「いつか、必ず、殺す。……オレが言う、以上。……お前の、死は、絶対だ」

 そのマスクから、白い息と共に、〝コフーッ!〟と言う音が出る。表情は見えないが、そこには明確な殺意が宿っていた。だが、その明確な殺意で向けられた気迫にたじろぐことはない。

 逆に、相手が驚く結果となった。

「……お前は本当に」

 その表情を覆い隠していたフードがゆっくりと外された。
 このプレイヤーが誰なのかを確認する必要がある、と考えていた男にとって、それは願ったりだった。殺す為に、必要なことだから。

 だが、誰か判らないと言う疑問は、この瞬間消し飛んだ。


『似合うな。……牢獄よりも地獄の方が』

 獰猛な何かが、身体を貫いた気がした。


「!!」


 今度は明らかに驚いた、驚愕した。と言う事がそのマスクの中にでも判った。確認した顔は、知らないモノ。……いや、それでも知っているモノ。
 あるモノを見た瞬間、その女の姿が薄れて、ある男の姿が映し出されたのだ。赤い眼。血よりも赤い眼を見て。


「……お前は、鬼。……鬼、か」


 そうつぶやくと同時に、機械的な声に人間味が増した。

「願ったり、かなったり、だ。……お前は、殺す。必ず、殺す。……死を齎してやる」
「三下が……、息巻いてんじゃねぇ」

 一触即発になりかねない状況だった。圏内だというのに、周囲にその緊迫感が伝わったのだろうか、所々でその3人の姿を見ているプレイヤーも増えた。……あの男も。


 そして、そのボロボロのマントの男は、音もなく遠ざかっていき……、そして消滅した。


 まるで本当の幽霊だったかの様に。






 
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