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ソードアート・オンライン~黒の剣士と紅き死神~

作者:ULLR
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外伝
  外伝《絶剣の弟子》③

 
前書き
大変お待たせしました。
お待たせした割には短いですが、どうぞ。 

 
 





ライトこと南光(みなみひかる)の母親はいわゆるモンスターペアレントだった。子供心にその異常な行動に嫌悪感を抱いていた俺は外で過ごすことが多かった。
 母親が恐ろしくて、怖くて、いつかその矛先がこっちに向くのでは無いかと、常に怯えながら過ごしていた。
 その懸念は半ば当たって、あの日、あの瞬間……何もかもを壊して……俺は……自分を守る為に何もかもを忘れた。忘れた、はずだった。

 午後10時。安全装置による強制ログアウトが大体昼の12時頃だったから丁度10時間程寝てしまったようだ。
 インナーは汗でベッタリと体に張り付き気分が悪い。

「…………」

 来ていたものを脱いで洗濯籠に入れるとそのまま浴室に入る。シャワーを浴びて思考をスッキリさせると1LKの我が家を見渡す。母親から離れる為に手に入れた自分の場所で、1人で暮らすには十分な広さだ。
 たが、今日は……今だけは誰かに側にいて欲しかった。自分を見失ってしまいそうで……どうしようもなく、意味もなく体が震え、心が空っぽになっていく感覚。

「……リンク、スタート」

 倒れるようにベッドに乗ると、脇に置いてあったアミュスフィアを被り、彼の世界への鍵を口にする。
 例え、ついさっき惨めに逃げ出した場所だとしても、自分にはもうそこしかないのだから……。



 現実世界とアルヴヘイムの時間の流れは同期している訳ではないが、アルヴヘイムも偶然夜中のようだった。
 セーブポイントだった《イグドラシル・シティ》の蘇生場所は大通りのど真ん中にあるので、それなりの人通りがある。それらの人目を避けるように横の通りに入って、ひたすら細い通りに入って行った。特に目的がある訳でもなく、人混みを避け、閑散としている場所を探して奥へと進んで行った。
 歩いている内に段々と頭が回るようになって来た。まず、ユウキさんとリズベットさんには謝らなければならない。せっかく自分の為のクエストに協力してくれたのに、勝手に居なくなって何も言わないままで良い理由がない。

「何か、言わないと……」

 メッセージタブを開いて当たり障りの無い文章を滑るように連ねて行く。ものの5分で書き上げたそれは、ライトの被っていた仮面が書き上げたとても《綺麗》なものだった。

「……っ」

 ついさっきまでの自分なら、それを迷うことなく送信してしまっていただろう。だが、自分の汚くて歪な姿に気づいてしまった今は、それをそのまま送ることが出来なかった。
 ……いや、出来たとして、また強制ログアウトの憂き目を見るだけだ。
 タブを消去してウインドウも閉じると、そのまま翅を広げて空へと上がる。ただ上へ上へと限界高度まで上がって行こうとひたすらに上昇を続けた。建物はすぐに小さくなって行き、やがてイグドラシル・シティも世界樹の一角に過ぎない大きさとなって行く。
 上昇しつつ下を見下ろすと、アルヴヘイム中央都市、アルンの夜景が目に入った。鮮やかな灯に彩られた街には活気が溢れ、人々の声がこの高度まで聞こえて来るようだ。それより大きなアルヴヘイムの地上、そして空。とてもゲームとは思えない巨大な世界。ついにアルンを囲む山脈の高度を越える。その向こうの都市や各種族の領土まで見ることが出来るのではないか。そんな期待を胸に天高く上昇を続ける。
 しかしそれは叶わなかった。頭上に広がる巨大な影が上昇を阻んだからだ。

「……な、なに⁉︎」

 反射的に剣に手をかけて身構える。対峙したのは空をも覆う巨大な影。ごつい岩肌と石材か鉄材で縁取られた滑らかな輪郭。圧倒的な存在感を前に見えない力がライトを押すように後ろへ体を退けさせた。
 目の前にあるのはモンスターではなく巨大な浮遊するオブジェクト。確か、あれは…………

「アイン、クラッド……!」

 鋼鉄の城。アルヴヘイム上空に浮かぶ、浮遊城。かつてのデスゲームの舞台であり、今はアルヴヘイムの中立フィールドの1つ。
 遠目にしか見たことが無かっ為にその大きさを甘く見ていた。……考えてみれば、元は1万人ものプレイヤーを飲み込んだ牢獄だったのだ。それくらいの大きさはあるのだろう。
 聞くところによれば、フィールドには様々なレベル帯の敵が混在していて、迷宮区には一段手強い敵がいるらしい。

「……止めておこう」

 好奇心が無いと言えば嘘になるが、未知のエリアにソロで行くのは躊躇われたし、何より今はそれどころでは無い。アインクラッドに背を向けて、適当に翔び回ろうと体の向きを変えた時、前方で光が一瞬瞬いた。

「え……っ⁉︎」

 それは反射的な行動だった。左に身を引きながら仰け反って行く。胸のすぐ上を飛翔していった火炎弾を見送りつつ半回転して立ち直った。
 次に知覚したのは重い羽音と武器が抜き放たれる金属音、そしてインプの暗視スキルには近づいてくるものの正体がはっきりと映った。

「っ、PK!」

 付近にはモンスターも居ない。誤射という可能性は皆無の中でのこの展開。もはや疑いようはなかった。

「くっ……」

 真下はイグドラシル・シティか、もしくはアルン。中立エリアで攻撃禁止区域では無いが、大衆の前で1人を囲ってリンチするのは場が白ける迷惑行為だ。まさかそこまでは追っては来ないはずだ。
 俺を落とそうとする火球が一定の間隔で降ってくるのを右へ左へとかわすが、そのせいで段々と羽音が近づいて来る。このままでは追いつかれ、殺されてしまうだろう。死亡罰則(デスペナルティ)はまだ軽いとはいえ、積極的に受けたくは無い。

「いや、違う……ッ!」

 翅を畳んでますます速く降下しながら、寸前の思考を否定する。『受けたくは無い』のではなく、『受けてはいけない』。何故なら、今までのこのステータスはユウキさんと一緒に積み上げて来たものだからだ。自分だけのものでは無い。自分の時間だけでなく、ユウキさんの時間もまた消費することで手に入れたものだからだ。だから、また戻せば良いという話では無い。ましてやここで諦めてしまうのは論外だ。
 遂に羽音が間近に迫り、金属の剣が抜き放たれる音が聴こえる。その直後、俺は飛行の制御を手放した。

「……っ、ぅぁぁぁあああ‼︎」

 未だ飛行のコツは掴めているとは言えない。少しでも制御を誤れば、自分でも予想出来ない方向に跳ばされてしまうのだった。今のように。
 いつもなら多少コースを外れる程度だが、今は速度が違う。狂ったように暴走しながら大きくその空域を離れて行った。体が揉みくちゃにされ、自分がどこを向いているのかが分からなくなる。それでも遠目にPKのプレイヤー達がさっきまでいたところを通り過ぎ、慌てている様子が見える。それくらい一瞬の出来事だったのだ。

「今の内に……」

 索敵スキル持ちの警戒範囲から逃れるべく、まずはそこから全力で離れる。目視で離れても索敵スキルのレーダーは誤魔化せない。特に隠蔽スキルを鍛えてない自分ではあっという間に見つかってしまうだろう。
 世界樹まで辿り着くと、その幹に沿うように円周飛行をしつつ下に降りて行く。
 世界樹には時折小さな(世界樹の規模にして、という意味で)出っ張りや、烏鷺(うろ)があり、そこがちょっとしたフィールドやダンジョンになっていることがある。それらを眺めつつ降りて行き、ハタと飛行を止めた。それらの中では本当に小さな、人が1人か2人座れるかぐらいの若木の上に小柄な人影があった。
 まさか人がいるとは思っておらず、何となく人目に付きたくなかった俺はその場でホバリングし、立ち往生してしまう。
 当然、こんな人気の無いところで自分のすぐ側で立ち止まられたら、どんなに視界が悪くとも気になるだろう。その人影は長い耳をピクッと動かすと、ゆっくりとこっちを向いた。

「……あの、何か?」
「…………え⁉︎あ、す、すみません」

 種族はシルフで女性プレイヤーだ。少し色の鈍い金髪をポニーテールに結わえ、シルフの固有武装の貫頭衣とその下にレザーアーマー。武器の全貌は見えないが、少しだけ覗いている鞘の形からして恐らく刀に違いない。

「謝ることはありませんが……それで、何故ここに?」
「えと……上でPKに襲われて、何とか逃げて、ここに」
「……それは、災難でしたね」

 シルフの女性は一瞬何かを思案し、うなづくとこちらに向かって腰掛け直した。

「ここは安全です。少し休んで行ったらどうですか?」
「え、あの……」
「どうぞ。特に邪魔とも思いませんし、何かしていた訳でも無いですし」

 この有無を言わせない言いよう。最近はよくこの手の人に会うなぁと内心思いつつゆっくりと移動すると、そのシルフの女性の隣に座る……と言っても距離は30㎝ばかり離れていたが。

「……先程PKと言ってましたが、貴方はこの時間まで1人で狩りを?」
「へ?あ、いえ……その、何となく飛びたくなって飛んでいたら突然……」
「なるほど。すると貴方を襲ったのはただPKに快感とスリルを味わいたいが為に動いているような人種ですね。たちが悪い」

 そう言われて俺もああ、と納得する。俺は装備的にもそこまで美味しい獲物ではない。スリルを与えられる程強くは無いが、ただPKを楽しみたいのなら、格好の的だろう。
 そして沈黙が流れる。いや別に知り合いという訳でもなく、そもそも互いの名前すら知らない訳で、ただここに居合わせただけの間柄だ。無理に話す必要は無い……多分。
 ふと空を見上げた。雲はかかっておらず、星空が視界一杯に広がっている。胸の奥底に溜まっていた醜悪な何かが少しずつ溶けて、消えていくような気がした。

「……さて、夜も更けて来ました。私は失礼します」
「は、はい。その……ありがとうございました」
「?お礼を言われるようなことは何も……」
「え、あ……そ、そうですね……」

 ……どうにも調子が悪い。けど、彼女がここで一休みするように言ってくれなければこんなにも気持ちが軽くなることは無かった。

「でも……私のした何かが貴方の助けとなったのなら、それは良かったです」
「……はい。説明するのは、少し難しいんですけど、嫌なことがあって、その気分転換になったから……ありがとうございました」

 シルフのその女性はそれに微笑んで応えると、翅を広げて宙に浮かんだ。

「そう言えば、名乗っていませんでしたね。私はセラ、と言います。普段はシルフ領に居るので、貴方がもし寄ることがあったら、また会いましょう」
「あ、はい。俺はーーーー」
「それでは、また。()()()()()
「え……⁉︎」

 直後、空気が破裂したような音がし、風圧に押されて2,3歩後ずさる。とっさに庇った顔の前から腕を退けると彼女ーーーセラさんは何処にも居なかった。

「名前、どうして……」

 カーソルをアバターに合わせてもフレンドでない限りその名前が表示されることは無い。無論、それを看破するスキルも魔法も存在しないのだ。
 このゲームに精通しているプレイヤーならあるいは……とも一瞬考えたが、そもそもそれは《ザ・シード》の共通規格という話だった。そんな方法があれば、他のゲームでも話題になり、何らかの対策がされるはずだった。

「……考えても仕方ない、か」

 荒波のように混沌としていた思考が整理されたことで少しは気持ちが落ち着いた。
 ウインドウを開き、メッセージタブを開くとユウキさん宛のメッセージを書いていく。言い訳にならないよう、正直に謝る。出来たのは少しまとまりの無い、お世辞にも読みやすいと言えないものだった。しかし、書いたものは自分に正直になった、飾られてない文章。仄かな達成感と共に深呼吸をすると、そっとウインドウの送信ボタンを押した。









 《央都アルン・郊外エリア》
 アルンの華やかな中心部から外れた郊外の一画。広めの耕地の中に佇む一軒の小屋。土と木とで作られた簡素なその家はギルドホームだった。

「ちっ……あのインプ。小賢しい逃げ方しやがって!」
「高速飛行の制御をわざと放棄したように見えたな。熟練者じゃまずそんなことしない。初心者か?」
「その割には装備がしっかりとしてやがった……まあ良いとこ中堅入りかけってとこか」

 中には4,5人のプレイヤーが居て、酒類アイテムを片手に話している。それは、狩りの話だ。モンスターではなく、プレイヤーを狩る話。

「……いづれにせよ、《狩猟大会(キリング・パレード)》の中間発表は3日後だ。何としてでもそやつを仕留めねば、《狩り損ない》は最終発表で減点される。見つけ出して、殺せ」

 彼らはPK集団。そしてPKギルドがキルカウントのスコアを競い合う《狩猟大会(キリング・パレード)》の参加チームであった。
 
 

 
後書き
なんとか立ち直ったライト君。
一方、外野では不穏な動きが……まあなんとかするでしょ、無駄ハイスペックモブーズが←
感想などなどお待ちしております。

それではまた次回〜。 
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