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White Clover

作者:フィオ
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放浪剣士
  異端審問官Ⅳ

「悪趣味な服装ね」

目の前にいるのが、異端審問官の頂点に君臨する男と知らないからか、彼女は余裕な態度を崩さない。

「面白い女だ」

ベルモンドはその深紅の剣を引き抜き、あの気味の悪い笑みを浮かべる。

ここで殺るつもりか―――。

ここが貧困街の片隅とはいえ、二人が激突すれば被害は街全体に及ぶことは容易に想像できる。

だが、情けない事に私には二人を止める力などない。

やめろ、民にも危害が及ぶ―――。

私にはこうして二人を言葉で説得する他に手段はない。

だが。

「残念だが…私達、異端審問官と異端者の殺し合いはお互いに出会ったときに始まる」

ゆらりと身体をしならせると、次の瞬間にはベルモンドの剣はすでに彼女へと降り下ろされていた。

「たとえ、幾千幾万の民の命が失われようとな」

しかし、ベルモンドの刃は彼女を捉えられずに終わる。

紙一重で、アーシェはその一撃を避けていたのだ。

宙にはらりと舞う赤い頭髪。

それが地面へと落ちる前に、ベルモンドは幾重もの斬撃を繰り出しアーシェを追い詰める。

しかし、彼女は一向に反撃しようとはしない。

いや、できないのか。

彼女の表情から余裕は消えている。

「この女、本気を出しているのか?この程度の魔女ならお前が殺せないとも思えないが?」

ベルモンドの挑発に、珍しくアーシェは苛立ちを見せた。

「調子にのり過ぎね」

彼女が手を一振りすると、ベルモンドの周りを余すところなく炎の槍が囲む。

それをどうこうする暇もなく襲いかかる炎の槍。

それはベルモンドの全身に突き刺さった。

かのように思えた。

現実には、炎の槍はベルモンドの衣服に触れた瞬間に先の方から霧散してゆく。

「その程度では防ぐまでもない」

懐より数枚の札を取りだし、ベルモンドはアーシェへとそれを飛ばした。

反応しきれず、左腕に貼り付く札。
その瞬間幾つもの鉛が取り付けられたかのように彼女はがくんと膝をつき、腕は地面に貼り付けられた。

彼女はそれを引き剥がそうとするが、剥がれる気配はない。

やがて、彼女は諦めたのかその行為をやめ、頭をだらんと下げた。

「無駄な時間だったな」

ベルモンドは剣を納め、その視線を私に移す。

「お前が始末しろ」

ベルモンドの鋭い眼光。

私を試しているのか?
私に彼女を殺すことができるのかを。

ここで拒否すれば、私は間違いなく粛清対象。

やるしかない。

こんな所で殺されるわけにはいかないのだ。
それにいずれは彼女を殺すことになる。

それが早まっただけだ。

私は剣に手をかけ、静かに引き抜く。

なぜ動かない?

彼女は抵抗する様子もなく、ただ頭をさげたまま。

不気味だった。

思えば、あの時の力を彼女は使っていない。

なにを考えているのだ。

それでも、私は止まることを許されない。

一歩、また一歩と彼女との距離を縮める。

その時だった。

アーシェが堪えていたのを押さえきれないかのように笑いだす。

「異端審問官っていうのは、本当に誰も彼も甘いのね」

アーシェの自由な右腕に纏われる炎の刃。
それを使い、彼女は拘束されていた左腕を何のためらいもなく焼き斬った。

「こんな間抜けばかりじゃ、異端審問官ももう終わりね」

切り口から炎が吹き出し、やがてそれは元の左腕へと形成される。

「魔女いうだけでなく、蜥蜴女とはな」

気持ち悪いものを見るかのようなベルモンドの表情に、アーシェは不気味に笑いかえす。

不思議と私はそんな彼女の姿に安堵しているようだった。

何故。

そんな思考も儘ならないまま、事態は進む。

「さて、じゃぁ二回戦目といきましょうか」

彼女の背中より現れる炎の翼。

あの時の魔術か―――。

化物を一撃で葬り去った恐るべき力。

狙う対象はベルモンドと知りながらも、本能的に身構えてしまう。

「ようやく本気というわけか」

ベルモンドはそう言いながらも、剣も抜かずただ彼女を見据えるのみ。

その翼が出ているだけで周囲の温度は異常なほどはねあがり、まるで皮膚がちりちりと焼かれるようだった。

しばらく見つめ合う二人。
重々しい空気が空間を支配する。

その静寂を破ったのはベルモンドの方だった。

「大した魔術だ。今まで見たこともない未知の魔術…」

懐へと手を伸ばすベルモンド。

それを見た彼女は手をかざし、奴の周りにあのオーブを出現させる。

「そう慌てるな」

ベルモンドが懐から取り出した物に、私は目を疑った。

免罪符。

それは、異端者を普通の人間と見なし討伐対象外とする、唯一の救済手段。

それが使われることなど、七つの教会が設立されてから、数えるほどしかない。

しかも、まさかそれを最優先討伐対象である彼女になど、前代未聞の行動だった。

「これが何かは分かるだろう?欲しくはないか?」

なにを考えている―――。

突きつけられた彼女も怪訝な表情をしていた。

「どういうつもりかしら?」

当然、そのようなものを出されて怪しまない筈はない。

「もちろん無条件ではない。その素晴らしい力を私のために使うのならば、見逃してやる、ということだ」

そういうことか。
奴の本当の目的はそれだったのだ。

私に厄介ごとを押し付けるためではなく、私を陥れるためでもなく。

彼女の力を手にいれるために私を利用したのだ。

「本当は、その力を使う所を見たかったのだが。こうして現れてくれただけで良しとしよう」

誘き出すために私を利用したのか―――。

「その通りだ。ただ、そこの魔術師をお前が倒してしまうのは予想外だったが」

見くびられたものだ。
私を餌に、彼女がロベールと闘いこの力を使う所を見たかったのだろう。

「あなた自身で力を試してみたら?」

アーシェの目が座り、オーブの光が増し始める。
どうやら、免罪符を受けとる気はさらさら無いようだ。

「この身で試すには危険すぎる力だ」

そう言って剣を抜くと、ベルモンドは周りのオーブを斬り払う。

「本気で殺しに来られたら、の話だがな」

あの魔術を破られた事に彼女が驚く様子はない。
どうやら、奴の言う通りアーシェ本気で殺そうとはしていなかったらしい。

剣を納め、背を向けるベルモンド。

見逃すつもりなのか―――?

「今は、な。お前がその女を…女がお前をどうするつもりなのかにも興味がある」

何を考えているかはわからない。
だが、命拾いしたことは確かだ。

彼女も、奴も。

そのまま立ち去ろうとするベルモンド。
しかし、彼女がそれを引き止めた。

「あなた、名前は?」

ぴたりと歩みを止め、振り向きもせず奴は答えた。

「ベルモンドだ」

背を向けたまま、手を振り今度こそ奴は立ち去った。 
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