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普通だった少年の憑依&転移転生物語

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【ソードアート・オンライン】編
  097 デスゲームのはじまり その2

SIDE 《Kirito》

兄妹の絆を取り戻そうした折の──突然のデスゲーム宣言。俺は奈落に突き落とされ、今もまだ墜ちている様な気分だった。

『ナーヴギアの強制除装を試みた例が少なからずあり、その結果──残念ながら、すでに213名のプレイヤーがアインクラッド及び現実世界からも永久退場している』

「…っ!」

「信じねぇ…っ! ……信じねぇぞオレは!」

近くに居たクラインが、皆の怒りを代表するかの様に叫ぶ。……しかし、〝とある感情〟に支配されている俺の頭には聞こえてはいたが──理解が追い付かなかった。

『諸君が向こう側に置いてきた肉体の心配をする必要はない。……現在、あらゆるテレビ、ラジオ、ネットメディアはこの状況を──多数の死者が出ていることも含め、繰り返し報道している。諸君のナーヴギアが強引に除装される危険はすでに低くなっていると言っていいだろう』

〝茅場 晶彦〟を名乗る仮想体(アバター)が語るが、馬耳東風(ばじとうふう)。すぐに反対の耳から聞いた言葉が抜けていく。……頭が全くと云っても良いほど稼働していない。

『今後、諸君の現実の体は、ナーヴギアを装着したまま2時間の回線切断猶予時間のうちに病院その他の施設へと搬送され、厳重な介護態勢のもとにおかれるはずだ。……諸君には、安心してゲーム攻略に励んでほしい』

「ふざけんなよ! ゲームを攻略しろ!? ……ログアウト不能の状態で呑気に遊べっていうのか!? ……もうこんなん、ゲームでも何でもねぇ! ただの虐殺だ!」

(……っ!?)

俺の隣で上がるクラインの怒声で、茫洋としていた意識がはっきりとしてきた。……確かに、クラインのその絶叫は、人間としは正しいものである。しかし俺の中では茅場 晶彦が雑誌の中の取材で語っていた〝とある言葉〟がリフレインされていた。

―これはゲームではあるが、遊びではない―

(こういう、事か…っ)

俺の中では〝点と点〟が繋がっっ〝線〟になったのを見た気分である。……俺の中の(はかな)い〝憧れ〟が煮えたぎる〝怒り〟になっていくのが判る。……手を見れば、ぎゅっ、と握り拳を作っていて青筋──は出ていないが、面白いくらい震えていた。

『しかし、充分に留意してもらいたい。諸君にとって【ソードアート・オンライン】は、すでにただのゲームではない。もう1つの現実と云うべき存在だ。……今後、ゲームに(おい)てあらゆる蘇生手段は機能しない。ヒットポイントがゼロになった瞬間、諸君のアバターは消滅し──諸君らの脳は、ナーヴギアによって破壊される』

(茅場…っ、晶彦…っ!)

淡々と人の生死について、〝メディアの向こうの悲劇〟を見て──それを語る他人の様な口調で語る茅場を()め付けるが、そんな俺の視線に気付く事も無く、更に茅場は語る。

『諸君がこのゲームから解放される条件は、たった一つ。先に述べた通り、アインクラッド最上部──第100層まで辿り着き、そこで待つ最終ボスを倒してゲームをクリアすれば良い。その瞬間、生き残ったプレイヤー全員が安全にログアウトされることを保証しよう』

「クリア…。第100層だとぉ!? で、出来るわきゃねぇだろうが! ベータじゃロクに上れなかったって聞いたぞ!」

またもやクラインは叫び猛る。βテスト時代トッププレイヤー──そう自負している俺でも6層の解放までしか貢献出来なかった。

『それでは最後に、諸君にとって──〝この世界が唯一の現実〟であると云う証拠を見せよう。諸君のアイテムストレージに私からのプレゼントを用意してある。確認してくれたまえ』

〝茅場 晶彦からのプレゼント〟──俺はその意味を深く理解せずに、アイテムストレージを開くと、狩っていたMobのドロップアイテムとは、明らかに毛色の違うアイテムがあった。

「《手鏡》…」

オブジェクト化すると、アイテム名通り、〝それ〟は何の変哲も無い手鏡──かの様に思えた。

――「なっ…っ!?」

――「うおっ…!?」

周囲から悲鳴ともつかぬ声が聞こえる。周りの人間は──俺も含めて光に包まれた。……次に目を開け、《手鏡》を覗けば、そこに〝せめてゲームでは〟と念入りに作成した──ティーチ曰く〝優男(やさおとこ)風〟の仮想体(アバター)は消えていた。

非情にも《手鏡》が写し出した〝真実(げんじつ)〟は、毎朝歯磨きついでに鏡で見る──コンプレックスすら(いだ)いている、良く云えば〝中性的〟。悪く云えば〝女顔〟──とどのつまり、升田 和人〟の顔だった。

「オメェ、キリトか…? ……で、でもどうやって…?」

「……多分ナーヴギアは顔をすっぽり覆ってるからだ。顔の精細な所まで把握できるからな」

クライン──らしき人物の疑問に答えてやる。

「……でもそれで解るの顔の形だけだ、どうやって体格を…」

「キャリブレーションだろうな。ナーヴギアを被った時、あちこち触っただろう?」

「まこ──ティーチか」

そう俺の疑問に答えたのは、スグにそっくりの少女──恐らくだがリーファを連れているティーチ。……まんま容姿が〝真人兄ぃ〟なので間違えかけた。

「オメェ、ティーチか? ……でそっちに居るのが…」

「ああ、そうお前はクラインで良いな? ……クラインの推測通り、こっちはリーファ。……〝いっぱいいっぱい〟な今は、刺激を与えるのは少し(まず)い。……察してくれ」

「色んな事があったもんなぁ…。リーファ嬢ちゃんにはちぃとばかし辛かっただろうなぁ…。……だがよぅ、茅場 晶彦はどうしてこんな事を…」

『諸君は今、なぜ、と思っているだろう。〝なぜ私は【SAO】──及びナーヴギア開発者の茅場 晶彦はこんなことをしたのか?〟〝これは大規模なテロなのか?〟〝あるいは身代金目的の誘拐事件なのか?〟──と』

そんなクラインの疑問はグッドタイミングだった様で、その疑問に答えるかの様に茅場 晶彦はまた語る。

『私の目的は、そのどちらでもない。それどころか、今の私は、すでに一切の目的も、理由も持たない。なぜなら──〝この状況〟こそが、私にとっての最終目的だからだ。この世界を創り出し、観賞するためにのみ私はナーヴギアを──【SAO】を造った。……そして今、全ては達成せしめられた』

知り合いの俺だから判る事もある。……間違いなくその抑揚の取り方は、〝茅場 晶彦そのもの〟だった。

『……以上で【ソードアート・オンライン】の、正式サービスのチュートリアルを終了する。……プレイヤー諸君の、健闘を祈る』

茅場 晶彦はそう言い放つと、先ほどまで第1層を覆っていた赤い空と共に消えてしまう。空は既に黄色く──黄昏時(たそがれどき)で、先ほどまで聞こえていなかったが──また聞こえだした陽気なBGMが、なぜか空恐ろしく思えた。

SIDE END

SIDE 《Teach》


――「嘘だろ…っ? ……なんだよこれ、嘘だろ!?」

――「ふざけるなよ!

……出せよっ…! ここから出せよ!」

――「こんなの困るわ! この後約束があるのよ!」

――「嫌やぁぁ! ……帰してっ! 帰してよぉぉぉ!」

第1層の転移門前の広場は〝良くない感情〟の坩堝(るつぼ)と化していた。

「クライン、ティーチ、リーファ。……着いてきてくれ。……ここは(まず)い」

〝ここは(まず)い〟──と云うよりは〝今のここの状態〟が(まず)いと云う事は明瞭なので、リーファを連れてキリトに着いて行く。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「……クラインなら判ると思うが、MMORPGはプレイヤー間でのリソースの奪い合い。……システムが供給する〝経験値〟〝お金〟〝アイテム〟を、より多く獲得したヤツだけが強くなれる。この【はじまりの街】周辺のフィールドは、同じことを考える人に狩り尽くされて枯渇すると思う」

「……〝リソースの奪い合い〟──ああ、間違いなく起こるだろうな…」

クラインはキリトの言葉に同調する。……さすがはMMORPGの経験者と云ったところか。

「だから今すぐにでも、次の村を拠点にしたほうがいい。〝βテスター(おれ)〟は次の村までの危険な道を全部知ってるから、レベル2や3の今でも安全に辿り着ける。……クラインは、どうする?」

「あのよぅ…。それだけどよぅ…。……キリト達は先に行ってくれ。……実を言うと、このゲームを一緒にプレイするって約束してるダチが居るんだ。……そいつらの面倒までキリトに掛けさせる訳にはいかねぇよ」

「そうか…」

キリトの言葉には万感が籠められているような目で、クラインを見る。

「……なぁーに! お前直伝の剣技で直ぐに追い付いてやらぁ! ……ちょっと良いか、ティーチ」

「……クライン、何だって…?」

クラインは気負いを感じさせない笑みで笑うと、クラインに肘で抱えられ、クラインは俺の耳元で──キリトには聞こえない様に言った。

「キリトの事、頼んだぞ? あいつ今いっぱいいっぱいだからな。……もちろんリーファ嬢ちゃんの事もな」

「……言われるまでもない」

仲間との合流に向かったのだろう。クラインは背を向けて走っていった──かの様に思えたが、途中でこちらを向き…。

「キリト! おめえ、今の顔のほうがずっと可愛いじゃねえか! 結構好みだぜ!」

「……クラインもその野武士面のほうが10倍似合ってるよ!」

クラインはキリトの強がりを聞くと、改めて背を向け去っていった。

「ティーチ、リーファ──いや、真人兄ぃ、スグ。……本当にゴメン。……俺がこのゲームに誘わなければ、こんな事にならなかった! 本当にごめんなさい…っ!!」

朗らかですら空気から一転、キリトは惨憺(さんたん)たる(かんばせ)で土下座をしてきた。……その時、一番最初に口を開いたのは、意外にもリーファだった。

「……今ちょっと、ごちゃごちゃしてるから戸惑ってるけど、悪いのは茅場さんなんだよね。……だったらこの中で1番辛いのは和人兄ぃでしょ? だって和人兄ぃ、茅場さんのファンだったから。……それにね、和人兄ぃ私に〝一緒に〝剣〟をやりたい〟って言ってくれた時は嬉しかった。……だから私は赦そうと思う」

「……俺も赦そうと思う。〝こんな事に〟なったのはキリト──和人の所為じゃないからな。……その代わり俺達を引っ張っていってもらうぞ──〝兄弟〟」

「……ああ…っ!」

――ピコンッ

――ピコンッ

最早タイミングを図っていたとも取れる2連続の無遠慮な機械音。……メッセージが俺に届いたのは、空気が収まりそうなその時だった。

SIDE END 
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