普通だった少年の憑依&転移転生物語
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【ソードアート・オンライン】編
096 デスゲームのはじまり その1
SIDE 《Teach》
「なっ…!?」
(この感覚、〝転移〟か…?)
「きゃっ…!?」
前衛をキリトとクラインから任されて、ひたすらにリーファとMobを狩っていると、一瞬の浮遊感に見舞われた。
……俺が使える魔法や魔術の中にはハルケギニア式の──と云うより、虚無魔法には〝転移〟が有ったのだが、その〝転移〟と感覚が似ていたので気を持ち直す事は難しくなかったし──〝転移〟を予感することも難しくなかった。
「ティーチ兄ぃ、〝ここ〟、キリト兄ぃが云うには転移門前広場──てところだよね」
「ああ」
不安なのか、リーファが寄り添って来る。……リーファの言った通りで、転移した先は転移門前の広場だった。
リーファ──もとい、直葉が〝電脳世界〟で〝ティーチ兄ぃ〟〝キリト兄ぃ〟と敬称を付けているのは、〝電脳世界〟でも〝妹キャラ〟に成りきる事にしたから──らしい。
どうしても、リーファの中では〝兄は兄〟で、敬称を取ることは不可能なのだろう。……尤も、リーファは──直葉は従妹なのだが、直葉は最早〝妹〟と断言しても差し支えが無いので、そこら辺はご愛敬。
閑話休題。
「ティーチっ」
「リーファちゃん達も居たのか」
キリトとクラインもここへ転移させられていたらしく──否、キリトやクラインだけでなく、他のプレイヤー達も続々と転移させられてくるのが判った。……あっという間に転移門前の広場は万に届きそうな程の人数になり──人間犇めく、すし詰め状態となっていた。
「……キリト、どう見る?」
「……第一の可能性は、ログアウトボタンの消滅の説明。第二は正式サービスのセレモニー──ないしはチュートリアルと云ったところかな」
「……ログアウトボタン? ちょっと待て。……ああ、確かに消えているな」
キリトが言われた事を確認するために右手を振りメニューを呼び出せば、数時間前までは明らかに存在していたログアウトのコマンドが綺麗さっぱりと消失していた。……キリトの言う通り、それに関する説明なのかもしれない。
辺りに耳を澄ませてみれば「GM出てこいよ!」や「早く出してくれよ!」──などと、GMを糾弾するような言葉至るところで飛び交っている。……明らかに〝良くない空気〟が、この転移門前の広場に蔓延していた。
「おいおい、俺のテリマヨピザちゃんはどうなるんだよぉ? 冷めたピザなんざ納豆以下のシロモノだぜぇ…」
「……ふふっ」
クラインは俺達の中にも漂い始めていた暗鬱とした空気を取っ払おうとした──のかは定かでは無いが、事実としてはクラインがガス抜き(?)をしてくれたお陰でリーファの顔から〝不安〟の色は幾分か抜けていた。
――「おいっ、あれっ!」
そう叫んだのは誰だっかは不明であるが──その叫んだ男の示す方向を見ると、[Warning]そして[System Announcement]──と、不安を煽る様な赤い文字で、でかでかと記されていた。
「GMの言い訳か? それともセレモニーか?」
「いや、まだ何かあるみたいだ」
クラインがこれからの展開について推察していると、キリトがそんなクラインの──楽観的にすら取れる言葉を否定した。
(……っ…、〝今から〟か…っ!)
俺の方にもこの数年間──〝再転生〟して以来、久しくニート状態だった第6感がけたたましく警報を上げていた。そこで〝物語がついに始まった〟のだと──虚空からスライムみたいに垂れてくる〝名状し難い赤いナニか〟を見ている今になって、やっと判った。
「何、あれ…?」
リーファの絞り出したであろう疑問には誰も答えなかった。……俺を含めた皆が皆、滴り落ちてくる〝名状し難い赤いナニか〟に釘付けだったので、リーファのその疑問には応えられなかったのかもしれない。
『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ』
滴り落ちてきた〝赤いナニか〟はローブを羽織った人間を象り、いきなりそう宣った。……それも〝私の〟──と、大仰な熨斗を付けているのにも耳を傾けなければならないだろう。
……この世界──この【ソードアート・オンライン】の制作に携わり、尚且つこんな大事を──こんな抑揚の無い声でやらかす人間なんか、俺は一人しか知らない。
(茅場さん…)
『私の名前は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』
俺の推察は正鵠を射ていた。茅場さんは〝一体何故〟──と、この場の誰も抱いているであろう質問に答える様に続ける。
『プレイヤー諸君はすでにメインメニューにあるログアウトボタンが消滅していることに気付いてきると思う。しかしゲームの不具合ではない。繰り返す。これはゲームの不具合ではなく──【ソードアート・オンライン】本来の仕様である』
「仕様…?」
リーファが鸚鵡返しをする。そんなリーファの目を見て俺は失態を自覚した。
(……って、馬鹿か俺は…っ!)
「リーファ──直葉、手を」
「真人兄ぃ…」
不安を目一杯溜めているであろう直葉の手を握って、出来るだけリーファが安心出来る様にする。……茅場さんはそんな俺達に構うはずもなく、更に続ける。
『諸君は今後、この城の頂を極めるまで、自発的にログアウトすることはできない。……また、外部の人間の手による、ナーヴギアの停止あるいは解除も有り得ない。もしそれが試みられた場合──ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが、諸君の脳を破壊し、生命活動を停止させる』
1拍を置いての茅場さんからの言葉は正しく死刑宣告だった。噛み砕けば、〝ナーヴギアを無理に外そうとしたら脳ミソがレンチンだ〟──と云われている様なものだろう。
「いっ──」
「大丈夫だ、直葉」
ここで絶叫されるの拙かったリーファの口に手を当てつつ、リーファを安心させる様な声音で鎮静させる。8年の〝お兄ちゃん歴〟は伊達では無い。目を見ながら話してやれば、やがてリーファはこくこく、と頷きながら落ち着いてくれた。
キリトとクラインの会話に耳を澄ませば、〝脳の破壊〟の可否について議論している。……俺は可能だと思っている。
ナーヴギアにそんな機能が備わっていなかったら、今にも〝現実世界〟の人がナーヴギアを無理矢理外し、ここにいる幾人かは〝現実世界〟に戻っていく──と、そう推測出来るからだ。
『より具体的には、〝10分間の外部電源切断〟〝2時間のネットワーク回線切断〟〝ナーヴギア本体のロック解除または分解または破壊の試み〟──以上のいずれかの条件によって脳破壊シークエンスが実行される。この条件は、すでに外部世界では当局およびマスコミを通して告知されている』
そこで茅場さんはウィンドウを出す。チラ見ではあるがそのウィンドウには、泣いている人が沢山見えた。……いよいよ嫌な予感がしてきた。
『……ちなみに現時点で、プレイヤーの家族友人等が警告を無視してナーヴギアの強制除装を試みた例が少なからずあり、その結果──残念ながら、すでに213名のプレイヤーがアインクラッド及び現実世界からも永久退場している』
「…っ!」
「信じねぇ…っ! ……信じねぇぞオレは!」
近くに居たクラインが、皆の怒りを代表するかの様に叫ぶ。
『諸君が向こう側に置いてきた肉体の心配をする必要はない。……現在、あらゆるテレビ、ラジオ、ネットメディアはこの状況を──多数の死者が出ていることも含め、繰り返し報道している。諸君のナーヴギアが強引に除装される危険はすでに低くなっていると言っていいだろう』
先ほどの俺の推測が当たっていた。嬉しくない裏付けだった。
『今後、諸君の現実の体は、ナーヴギアを装着したまま2時間の回線切断猶予時間のうちに病院その他の施設へと搬送され、厳重な介護態勢のもとにおかれるはずだ。……諸君には、安心してゲーム攻略に励んでほしい』
「ふざけんなよ! ゲームを攻略しろ!? ……ログアウト不能の状態で呑気に遊べっていうのか!? ……もうこんなん、ゲームでも何でもねぇ! ただの虐殺だ!」
クラインのその絶叫は、〝露骨な一方的搾取〟が容認されていない──現代を生きる日本人としては正しいものである。
『しかし、充分に留意してもらいたい。諸君にとって【ソードアート・オンライン】は、すでにただのゲームではない。もう1つの現実と云うべき存在だ。……今後、ゲームに於てあらゆる蘇生手段は機能しない。ヒットポイントがゼロになった瞬間、諸君のアバターは消滅し…』
「止めて…」
『諸君らの脳は、ナーヴギアによって破壊される』
リーファの制止を聞かず、茅場さんは無情に告げた。
『諸君がこのゲームから解放される条件は、たった一つ。先に述べた通り、アインクラッド最上部──第100層まで辿り着き、そこで待つ最終ボスを倒してゲームをクリアすれば良い。その瞬間、生き残ったプレイヤー全員が安全にログアウトされることを保証しよう』
「クリア…。第100層だとぉ!? で、出来るわきゃねぇだろうが! ベータじゃロクに上れなかったって聞いたぞ!」
クラインがまたもや叫ぶ。俺もキリトから、βテストの1ヶ月じゃ6層までしかクリア出来なかった──と、聞いている。……命を懸けたデスゲームならば、もっと遅くなると考える。
『それでは最後に、諸君にとって──〝この世界が唯一の現実〟であると云う証拠を見せよう。諸君のアイテムストレージに私からのプレゼントを用意してある。確認してくれたまえ』
先ほどログアウトボタンを探した時からメニューは呼び出したままだったので、そのままアイテムストレージを確認する。……すると、そこにはさっきまで無かったアイテムが有った。
「《手鏡》…?」
それが茅場さんからの〝プレゼント〟なのだろうと云う事は、言われずとも判った。〝貰える物は貰っておけ精神〟なので、仕方なしにオブジェクト化すると、何の変哲も無い手鏡だった。
――「なっ…っ!?」
――「うおっ…!?」
周囲から悲鳴ともつかぬ声が聞こえる。周りの人間は──俺も含めて光に包まれた。……次に目を開け、《手鏡》を覗けば、そこには毎朝鏡で見る──〝升田 真人〟の素顔があった。
SIDE END
後書き
明日もう一話投稿します。
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