機動戦士ガンダムMSV-エクリチュールの囁き-
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90話
ぼくの手から 秋はその木の葉を食べる―――ぼくたちは友達だ。
ぼくたちは 時を胡桃の中から剥いて出し それを行くことを教える――――
時は殻の中へ戻る。
鏡の中は日曜日だ、
夢の中は 眠っている、
口は本当のことをしゃべる。
ぼくの目は恋人の性器へと下りていく―――
ぼくたちは見つめ合う、
ぼくたちは 暗いものを語り合う
ぼくたちは 罌粟と記憶のように愛し合う、
ぼくたちは 貝殻の中の葡萄酒のように眠る、
月の血の光の中の海のように。
ぼくたちは 抱き合ったまま窓の中に立つ、かれらは、ぼくたちを通りからみる
知る時だ!
石がようやく花咲く時だ、
焦燥の心が鼓動する時だ。
時となる時だ。
その時だ。
眼底が焼き切れる。網膜は既に黒焦げで、視神経をダイレクトに焼却する熱射が頭蓋の奥まで突き抜ける。
人間を容易く原子レベルまで還元する粒子の束が身体を焼き尽くし、自身の原がぼろぼろと崩れ去っていく。
それが最果て。可能性の極点、大地の零度。その限界の果てで、己は―――。
彼は頭にぷつりと針を刺すような、甲高い音で意識を取り戻した。
ディスプレイに立ち上がる接近警報の劈くような悲鳴のウィンドウ、視界に広がる白い巨人の翡翠の眼光が鋭利に研ぎ澄まされる。
《Sガンダム》の左腕がばりばりと四方に裂け、蒼い燐の血飛沫が飛び散る。大口を開けた左腕のクローの牙が身を震わせ、伝わった振動が彼の身体を慄かせる。
まただ。今見ている筈の光景とは別な光景が視界を塗りつぶし、頭蓋の裏側にべったりと張り付いていくような感覚。
ある時はビームサーベルで串刺しにされる光景だった。
ある時はあの右腕の龍の口から放たれる怜悧なメガ粒子の咆哮が機体ごと彼の身体を両断する光景だった。
ある時は左腕の獅子が狂ったように襲い掛かり、《ガンダムMK-Ⅴ》を跡形も無く破砕した光景だった。
ある時はこの全身に纏わりつくなんだかよくわからないが危険らしい身体感覚によって己全てが崩壊する光景だった。
それらは全て、未だ無い時間。遥か未来に横たわっている筈の時間が津波のように押し寄せ、彼の中身を洗い流していく。
下から掬い上げられるようにして、蒼い燐光を纏った獅子吼が《ガンダムMk-Ⅴ》に肉迫する。攻撃を察知するには遅すぎる。回避不能と判断した肉体は瞬時に己の機体の武装を把握し―――否、把握するまでも無く、スラストリバースと共に右腕で身体を庇うように差し出した。
何ものをも噛み砕くあの牙の前では、たとえ銃身強度が頑強に作られていようとも、N-B.R.Dなど飴細工のようなものだった。熊手のようにぱっくり口を開けた獣の4つの牙がガンメタルの銃器を捉えるや、段ボールをぐしゃぐしゃにするかのように黒々としたバレルを捻じ曲げ、くの字に拉げさせる。
《Sガンダム》の左腕を覆うようにして装備された巨大なクローの一部分が立ち上がる―――それがビームサーベルのグリップと気づいたのと、グリップの口から粒子束が迸ったのは同時だった。
N-B.R.Dと肩を繋ぐアタッチメントの爆砕ボルトを起動させ、合わせてフットペダルを目一杯踏み込むや、《ガンダムMk-Ⅴ》の体躯が弾かれるように後方へと飛び去っていく。
じゅ、という奇妙な幻聴が頭頂部を掻き毟る。ダメージコントロールが警報を鳴らし、右肩の装甲の一部が溶解したのを知らせた。
押し潰されたN-B.R.Dが真ん中で2つに砕ける。ざくりと何か注射器のようなものが胸に突き刺さり、そのまま心臓内の内容物を一気に吸い取られて心臓が潰れるような気がしたが、その感覚がどういう感覚なのか―――嬉しいのか苦しいのか、それとも別な感情なのかがよくわからなかった。どちらにせよ今はどうでもいいことと考えるのを止め、彼は右腕に装備されたもう1つの口が自分に向いている様をまざまざと捉えた。
あれから何分経ったのか。まだ1秒しか経っていない気がする。もう何千年と経った気がする。
勝てない。もうとっくにタイムリミットなんて振り切っているのに、勝てるヴィジョンが全く見えない。先ほどから視界に過る可能的未来に手を伸ばしても、手に掴めるのは襤褸のようになった己のみで、彼女の性に触れることなどできはしない。
あとどれくらい時間が残っているのかわからない。あと1秒―――いや、そんな猶予すら残されていない。
肺はもう赤い液で満たされて呼吸なんてできっこない。それでも肉体に酸素を送り込もうと躍起になった心臓はパンパンに膨れ上がって、己の膨張する力だけで血を噴き出しながら破裂してしまいそうだ。
時間が寝返りを打つたびに脳細胞が圧殺される。頭なんてもうどこが無事なのかもわからない。ノーマルスーツの生体維持機能が無ければ、その肉体は秒を待たずに生命であることを停止する。
既に死体。
世間では、生命活動をしているだけでは生きていないと言われるのだ、単純な生命活動を維持することすら出来ない肉の塊が、人の生を生きているなどとどうして言えるだろう?
だが。
その死体は、動いている。このまま果てることを良しとせず、妄執の如き何かの欲動に従って物理的要件を躍動させ、ビームスマートガンの砲撃を皮一枚で躱していく。
《Sガンダム》が玉響ほどの残痕すら残さずに《ガンダムMk-Ⅴ》に迫り、ニークラッシャーから引き抜いた青色の閃きが横薙ぎに奔る。機体に迫る刃目掛けて、ワンテンポ遅れる形で左腕のハルバードを上から叩き付け、メガ粒子の刃同士が干渉する閃光が衝撃となって機体を揺さぶる。
《ガンダムMk-V》が右手でビームサーベルを引き抜く―――より早く、《Sガンダム》の左腕からサーベルグリップがトンファーの如く展開し、ビームサーベルを形成するなり神速の速さでもって刺突を穿つ。
一角獣の嘶きのような一撃は、そのまま《ガンダムMk-Ⅴ》のコクピットに吸い込まれ、ガンダリウム合金を容易く溶解させパイロットの肉体を瞬時に蒸発させた/逆手に握ったハイパービームサーベルを突き上げるように振り抜き、《Sガンダム》のビームサーベルの閃を打ち上げる。
稲妻のように常闇を裂く鮮烈。その先になにかものを見据えたそれは、液体まみれの口の中で、唇を食い千切りながら舌打ちした。
まだ何かが足りない。まだ彼女に届かない。
自分が受け取っている時間は彼女より手前なのだ。だから彼女は彼が掴んだ等質的時間時間を可能性の最果て全てが凍てついて流動する地点で凌駕する。
システムを起動させたたからといって御することができる相手などとは思っていない。元々相手を生け捕りにするというのは相手より格上の技量があってこそできる技なのだ。だがそれでも優位の差が縮まるとは思っていた、なんとかなると思っていた。
技量で劣っている。能力で劣っている。そんなことは承知済みで、それでもなお可能性があるからこそ自分は戦っている。
ならばまだ彼自身が可能性に辿りついていない。遠くに霞む彼女の後姿を超え、その先にあるなにものかを、ヴェールの向こうのなにものか、明るみに開かれた存在を直観しなければ―――。
だが、それがなんなのか。彼女の手を掴むと決意して、そんなそこら辺に捨てられているような決意に己の全てを賭したというのに、一体何が欠けているというのか―――?
思索を神経が背後から突き刺す。脊髄を伝って痙攣した頭がその伝播を攻撃と理解して、振り返ることすら無く、《ガンダムMk-Ⅴ》の背後の閃きをAMBAC機動の幽かな身動ぎだけで躱した。
《Sガンダム》の頭部に装備されたインコムユニットの攻撃―――MS1機を屠る程度の出力のビームが《ガンダムMk-Ⅴ》の小腋を抜け、全天周囲モニターのすぐ脇を通り過ぎていく。音を立てて機体表面が抉れ、モニター越しに射した光が鼓膜を貫いた。
たった一呼吸すらほどもないその、鑢で擦って出来た傷の瞬間に。
真空に飛び散る赤化し液化した金属。まるで血だ、と思った。真っ赤に染まり罅と断裂だらけの視界で何が何であるかすら判別できない視力は、それでもその《ガンダムMk-V》を抉り、そうして金属が捲れ上がって生じた傷とそこから流出した超熱の血飛沫を、確かにそれ自体として受け取った。
それは、ふと、間の抜けたことを、拍子抜けした知悉が、額を貫き後頭部に衝突してぐちゃりと弾けて潰れるのを、知ったのだ。
そのビームの光が、CG補正されて酷く味気ない光が、それでも実際は《ガンダムMk-Ⅴ》の装甲を融解させるその光が、人間を、それをいとも容易に無と同列化させる光が、つまりは、それが―――。
――――――あぁ、そうか。
それは、ただ、そんな出来事で理解した。いや、知った。あまりに率直に、それより素直に、あまりに単純な智慧を理解した。
可能性の最果て。零度に思えた彼女の立つ場所のその先、何もないと思ったその先から流れ出たそれに、この手の先は確かにふれた。
まだ、どこかで躊躇っていた。知っていながらその可能性は牢乎な知の出来事でしかなく、他人事の出来事でしかないと思い込んでいた。
あぁ、それでもまだ1秒生きながらえることすら狂惜しい。心臓は生きるために必死で暴れまわり、ついに折れた肋骨の破片が刺さって破裂した。きっと胸の奥では真っ赤な血液が噴き出して、筋繊維と管の塊の器官が崩壊しても尚悲鳴を挙げるが如くに伸縮し、涙のように滂沱の液を撒き散らしていることだろう。気が付けば、いや、というか、己を保つために、無自覚的に下唇を食い千切り、舌を白い歯で噛み砕いていた。口の中が、びちゃびちゃした。
だが、それが何だというのだろう。それにとって、そんな些末事はどうでもいいことのように思われた。記憶の喪失も崩壊も、生命の破綻も、もう、とうに取り戻せないことだ。身体が既に手遅れであることなど、熟慮する必要すらなく把握できる。
己の為すべきこと―――彼女のことを、この手で引っ張っていかなければならない。泣いているあの子の手を掴むためにも、もう、どうしようもなくなってしまった出来事を気にかけている余裕などそれにはない。
罅割れて赤黒くなった視界に、何かの映像が過る。
知らないけれど、知っている気がする。
暗い部屋、ベッドに横たわった少女の姿。無垢な艶やかさを持った《満面の笑み/少しだけ歪んだ少女の笑み》がフラッシュバックする。
「――――エレア」
―――声が、出た。
脳機能の言語を司る部位は全て死滅しているのに、舌はもう食い千切って無くなっているのに、物理的に発語することすら不可能なのに、それでもその名前が確かにそれの真っ赤な口から出た。砕けた金属の断片同士がふれあい、不愉快な音、もはや人語ですらなくなってしまい、言語であるかどうかすらも不明で僅か程だけその可能性を孕んだ奇妙な音の振動だった。どこかから言葉が漂ってきて、そうしてぽつりと呟くように。
彼女の名前を発語した。
―――まだ、覚えている。なんとか覚えている。己の名前も、己のレゾンデートルも喪失し、というか元々なかったことを知り、己の前-存在的な何かをもついに見失いながら、それでもまだ、なんとかエレアの名前を思い出せた。己にもう意味は無くとも、それでもまだ覚えているということはそういうことだ。それにとってそれはきっと大切なことで、それは大事にしなければならないのだ。
絡み合い反発する全神経が濁流のように流れこんでくる時間を強引に左手で捕まえては引きちぎる。
こんな去来では彼女を凌駕出来ない。こんな生温い時間を捉えていては、彼女の想いの重さを受け止められない。彼女は既に崖の縁から世界を概観している。限界にいる彼女のそのつま先より一歩先、少し踏み出すその地点まで行けばいい。
伸ばした手に絡まる固い時間をふり捨て、見せかけのように揺れる意味のヴェールを引き裂いて、ただ膣のように黒く安らう空無へとひたすら手を伸ばす。
そうじゃない。
それじゃない。
あれでもない。
これでもない。
左手を、筋繊維が断裂しながらも、果てへと伸ばす。
未来にひたすら先駆し、過去を永遠に反復し続ける。伸ばした指先は何にもふれず、ただ空虚に何かを掠るだけで、それでもその先に、きっと、この左手がふれるものがあるという灼熱の思索とズタボロになった零度の身体、その躍りの軌道が重なり合い――――――。
《ガンダムMk-Ⅴ》がビームサーベルを収納し、代わりにバックパックに懸架されたハイパービームジャベリンを右手にも携える。
―――己の経験で勝てないのなら己でない経験で勝てばいい。今この身にある能力とシステムを駆使すれば、己の知る最強の技量を完全に投影できる。
―――おお、双槍を構える雄姿よ、心猛きペレウスの子アキレウスに勇敢に立ち向かうアステロパイオスの如くではないか。
出力限界を無視して発振された刃は己の発振器を溶解させ、己の力で己自身を崩壊させていく。
対となった光の翼を広げていく。それは翼であるからして当然天上へと飛び上るための翼であり、それと同時に大地に確かに着地するための翼である。
真空でもなおその翼は美しく羽撃き、閃珖の羽根が舞い散る。
《ガンダムMk-Ⅴ》の背後に黒いインコムが回り込む。コクピットを一撃で撃ち貫かんと冷たい敵意を向ける。
インコムが回り込んだ瞬間に《ガンダムMk-Ⅴ》の背中に2門並装されたビームキャノンが放火を撃ち、インコムはビームを撃つ前に孔を穿たれてジャンクと化した。
《Sガンダム》が右腕に装備したビーム砲からメガ粒子を閃かせる。
どこに来るのか、どう軌跡をなぞるのか、それはもう全て知っていた。だから右腕のハルバードをビームの軌道に叩き付け、力場によって飛び散った粒子が鮮烈な光を絶叫のように炸裂させた。が、波打った粒子が刃となり、その余波だけで《ガンダムMK-Ⅴ》の右腕を肘から先切断する。切断というより裂かれるようにして切り飛ばされた左腕が舞い、綺麗な輪切りの切断面がオレンジ色の流血を閃かせた。
ディスプレイに表示されるダメージコントロールの警告は全て無視。
《Sガンダム》へと残った左腕のビームジャベリンを投擲し、その勢いのままにバックパックからハイパービームサーベルを抜き放つ。
宇宙を駆けた一閃が《Sガンダム》に飛来する。エレアを超えるにはあまりに素直な攻撃だ。直線的でしかない刃は、バーニアを微かに焚くだけで躱され、ハルバードは血肉を貪らんとしながらも、何を牙にかけるでもなく宇宙の向こうへと吸い込まれていった。
だがそれでいい。微か程ですら回避挙動を取れば、それだけ隙になる。
赤紫の狼、その間隙の合間、極光の翼を打ちつけて、《Sガンダム》との間の隔を冗談じみた速度で皆無にした。
ハイパービームサーベルから迸る光は30mを優に超え、力場の固定の甘い剣先では拡散したメガ粒子が帯となって幅の広い斧剣のようですらあった。
その大剣を玄翁を叩き付ける要領でもって振り下ろす。《ガンダムMk-V》という機体越し手にしっくり馴染んだ武装の剣光は、過たず《Sガンダム》の肩口を狙う。に咄嗟に反応した《Sガンダム》が左腕のビームトンファーを起動させて、常軌を逸した速度でもって剣戟を打ち合わせた―――が、拮抗は3秒と持たなかった。ビームサーベルのIフィールドごと、アームドアーマーVNごと《Sガンダム》の左腕肘から先を叩き切る。即座に返す刃を振るい、《Sガンダム》の両脚部膝から下を一太刀で両断する。
ビームサーベルを持った手を引き、最後の一撃を叩き込む。
《Sガンダム》が右腕のビームサーベルを引き抜く。
大剣を構え、撃ち放つは槍撃一発。
僅か数10m先、鋭利なメガ粒子の剣は、そうして、
《Sガンダム》の、コクピット、へと、むか、い―――。
破裂した心臓がそれでもまだ躍動し、血を体腔一杯に満たしながらも脈打つ音が鼓膜を打つ。
己の生肉の手で剣を握っているようだ。その一撃は過たず眼前の機体へと―――否、少女の心臓に突き刺さる。
常闇の視界、《Sガンダム》の姿にエレアの身体が重なる。蝋人形のように白い肌、死んだように瞼を閉じている少女は、まるでそれが振るう剣を受け入れ、――を受け入れているかのように手を広げていた。あまりに無防備だった。
心臓がびゅーびゅーと血を撒き散らし、拍動音が振動となって崩壊していた脳みそをさらに瓦解させていく。自身の身体の穴と言う穴から血が噴き出していた。咳き込んだ拍子に、何かの塊が―――多分、舌と唇とかいう名称で呼ばれていた気がする部位―――がコクピットの中に舞い、頬を何か生温いぬるぬるした感触が伝った。
ビームサーベルの切っ先は、あと1秒もあれば少女の肉を貫く。
酷く緩慢な時間。前方から壁が迫ってくるが如き時間の濁流。
最早、それは全てを忘却し、それはただ生命の権力に従うだけのヒトガタと化していた。
――――――鼓膜の奥で脈打つ心臓の鼓動、虹色に染まった宇宙の中。
頭の中でじりじりと意味不明な欲動が、取るに足らない欲動が躍起になる――――――。
――――――――――――見た。
虹色の羊水の中に揺蕩う少女の白い肌。
臍がくっきり見えるお腹に、ぽっかりと黒い空虚が空いている。どこまでも溟い霧を満たしているかのような、蟹の精液に満たされているかのような、深淵の空無。
ただ、ただ、黒いだけの、孔の、中に、何かが、凝る。
白く、て、小さく、て、無垢、な、それ、まるで、古代、の、原初、の、海、の、波、に揺ら、れ、て、いる、かのような、奇妙な、それ、は―――――。
『パ――――――――――――――――――――――――パ!』
うっ――――――――――――――――――――――――――――――――――――、あっ。
―――おお、神よ! 救い賜え!
がたん、と何かが揺れて剣先がぶれる。ビームの刃は《Sガンダム》の巨大な肩を掠り、バックパックに装備されているビームキャノンに接触し、筒状の物体を切り落とすにとどまった。
ビームトンファーからサーベルを発振させた《Sガンダム》が突きを繰り出す。回避する術などない、持ち合わせていない。する必要すら感じず、むしろそれは微笑を浮かべた。
正確に《ガンダムMk-Ⅴ》のコクピットに狙いを定めた一撃は青い残光を引きながらコクピットハッチを襲う。ガンダリウム合金のハッチを突き破り、その剣先はクレイ・ハイデガーの座るコクピットへと殺到した。
ノーマルスーツが炎を吹き出し、皮膚は焼けただれることすら無く消えていった。伸ばした手の先、指が溶け、掌が光に飲み込まれ、手首を失った手も喪失の衝撃を感じる前に焼かれて、バラバラに肢体が四散して死体となって、そうして消えた。
熱い。そんなことを思う暇など、当然なかった。手も足も咽喉も胸も腹も腰も全て一瞬ほどの猶予も無く千切れて消滅した。脳みそと男根だけがぶすぶすと焼けて、腐臭を放ちながら何故か形相を保っている。
終わったんだな、と思った。これで彼女は取り戻せる。気が付けば、フェニクスとユートと―――あと誰かの姿が近くに感じられる。これでエレアを取り戻せなくても、この状態の《Sガンダム》と苦戦することはないだろう。
己の掴んだ未来。ニュータイプという能力とその感受性の高さを利用し、死の衝撃に感じ得る感応波で彼女を正気にさせる。戯言も甚だしい気はするが、まぁ、理屈はどうでもいい話だ。
これでいい。エレアが救われるなら、もう、クレイ・ハイデガーに、心残りは、無い。
もう、なにもかもががなくなる。脳みそも男根ももうアーモンド色に彷徨う灰だ。風に吹かれて、その汚い残痕はどこかへ行き、散り散りに掻き消える。
今、嘘を吐いた。
―――ほんのちょっぴりだけ、心残りがないわけではない。
思い出す、エレアの形相。
ちっちゃくて、顔は可愛らしくて、胸とか脚の肉感が最高で、でも彼女にはもう触れられなくて。
もう、彼女の髪のさらっとして指の隙間を擽る手触りも、薄いけれどふっくらした唇の甘さも、柔らかくでそれでも弾力のある彼女の乳房と脚との戯れも―――ぬるっとして、でもしっかり締まりの良いエレア・フランドールの膣の妙趣も、もう無い。彼女の奥底で膨張の後に訪れる瀕死の至高を伴った炸裂の立ち現われ、そして放出されたエーテルを白い身体の存在の家の中に棲まわせようという暴力的労働と所有、大地を耕す、壮絶の至高。
ただそれだけ。少女であり彼女であり包括者であり娘である侮蔑的な存在、換言すればエレアという仮面を被った仮面との禁忌の行為つまり全ての源泉であるマトリクスへの帰還という不可能の試みを誘惑する微細な囁きたる近親相姦、セックスできないことそれだけが、クレイ・ハイデガーの残心である。
純白の色をした
零度の黒夜、
君こそ私の夜なのだと言て太陽のような17歳の雌を貫ながら、そうして我が身も引き裂かれるという
念-願
は―――――
――――――――――――――――――――――――……。
あれ。
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