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機動戦士ガンダムMSV-エクリチュールの囁き-

作者:桃豚(21)
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25話

「さて、これが次の相手になるわけだが」
 20畳ほどの広さのブリーフィングルームの一画で、琳霞は大画面のモニターが設えられた前面を注視した。
 部屋の中の人数は6人。前に立つ中隊長の話を熱心に聞く2人は第1小隊の面々だ。その後ろの列に並ぶ琳霞とそのほか2人が第2小隊の面々、ということになる。もちろん気だるげに聞いているものはいない。第1小隊のメンツは確かに国粋主義者たちで殊に式が高いが、あくまで程度問題だ。ジオンという己の生まれ育った地に愛着を持ち守ろうという気持ちは、琳霞の部下2人も持ち合わせている。たとえどのような扱いにせよ、その気概だけは負けないという自負は、ここにいる全員が等しく持ち合わせているはずだ。
 モニターに映る情報の型番はRGZ-93先行量産モデルに、MSZ-006C1/2。C1型の攻撃機型で、差異は頭部のハイ・メガキャノンが一門あるという点だ。
 そして―――琳霞は自分のテーブルの上の資料に目を落とした。
 ORX-013―――サナリィに飼いならされたオーガスタの麒麟児の3機編成。そして、そのアヒルの子に、あの男が乗っている―――。ただデータとして表示されたパイロットデータは、文字しかなく別に顔が写っているわけではない。だが、琳霞はそれを血肉の通った生の人間として捉えられていた。
あのやや潰れ気味の鼻に、困ったように垂れた眉。街をあるいていたらそこら辺に居そうな凡庸な顔立ち―――資料から目を離した。
「貴様たちはどう思う?」
 腕組みした中隊長が皆を見回す。
 もちろん、単なる思考放棄ではない。確かに中隊長が何でもやってしまえば楽だが、それは一方で部下は何もしないということになる。
良い指揮官とは、なんでも一人でこなすのではなくできることは部下に任せ、己にしかできない仕事をするものだ。それに、己で考え、作戦を練るための土壌を作ることで部隊員すべての力量を上げ、ひいては軍全体の―――というわけだ。
さっそく前列の一人が手を上げる。
「機種がバラバラというところがまずウィークポイントでしょうか。第3世代機の《ゼータプラス》と《リゼル》でどちらもΖ計画の機体ですからともかく、第4世代機の《ガンダム》では、他2機とは連携は取れないのではないかと」
 肯定するように何人かが頷くが、前列のもう1人が顔を険しくする。
「しかしそれならどうして敢えてその編成にしたんだ? わざわざそういう編成にしたんだから、何か裏が―――それこそ、今お前が言ったような推測をさせて、裏をかくってのもありうるんじゃねーか?」
「それについてはあたしが」
 言いながら琳霞が手を上げる。腕組みした中隊長が頷く。
「資料のパイロットデータのところを読めばわかると思うケド、《ガンダム》のパイロット―――今年士官学校を卒業したてのほやほや少尉よ。ちなみに《リゼル》のパイロットも」
 部屋の空気がざわめく。なるほど年齢なぞ誰も気にしないデータだが、《ガンダム》のパイロットは22歳で《リゼル》のパイロットは23歳。どちらも士官学校を卒業したばかりの年齢だ。
 問題は、この2人が教導隊の部隊員であるということだ。
 教導隊。
 実戦で鍛え上げられたエースパイロットのみが名乗ることを許される誉れの称号。もちろん、士官学校を出てすぐなれないわけではない。名門オフショー家の中でも傑物と評されたジョッシュは、技能評価試験でも最上位に位置したという。それほどの腕があるなら可能だろう。あるいは、士官学校を出てすぐスカウトを受けた、とか。どちらにせよ、稀な例である。
 その稀な例の体現者が、2人。教導隊を目指した己であるからこそ、琳霞はその2人に身震いするものを覚えた。
 しかし、その事実を正確にとらえているのは琳霞と中隊長だけだったようだ。何人かは顔を露骨に顰めた。
「つまり、新人教育の相手を宛がわれたと?」
「ま、そゆこと」
 自分で言ってむっとしたが、顔には出さないように努めた。激情に駆られることそのものは悪いことではない。志気の向上につなげられればいいのだ―――それが暴走してしまってはマイナスだが。そうして手綱を握るのが、中隊長と小隊長である自分の役目である。いよいよ顔を赤くした数人に視線を流してから、咳払いをした。
「言うまでもないだろうけど、新任だからってあんたら舐めんじゃないわよ。《ガンダム》のパイロットとは、直接やり合ったことあるけど半端じゃない。ORX-013も実戦運用はほとんどないし第4世代機にしてはパッとしないけど、派手さはない分操作性なんかは他の同世代機に比べて格段に良いってことでもあるからね」
 そして、と前置きし、琳霞も資料のページを繰った。
「《リゼル》のパイロットは士官学校卒業したての分際で教導隊にスカウトを受けてる。どれだけ低く腕を見積もっても、碌に実戦証明の為されていないRGZ-93EMPの試験運用を任されてるってことは忘れないこと」
 もう一人、2型の《ゼータプラス》のパイロットについては言うまでも無かろう。異彩を放つ2人の例外とは異なるせいで何故か色褪せて見えるが、全うな教導隊員であるからしてその技量に疑問を差し込む余地はない。いや、一番の難関こそこのパイロットと《ゼータプラス》になるだろう、と思う。先行量産型の《リゼル》や、元々サナリィのNT兵装の研究目的兼次世代機開発のデータ収集機として急きょ拵えられ、独自の改修が施された《ガンダムMk-V》と異なり、MSZ-006C1/2は完全な全規模量産機だ。さしずめ《リゼル》のベンチマークといったところか?
 派手さや奇抜さに目を奪われ、本当に厄介な相手を見落とす愚は犯すまい。
 改めて、自分たちが相対する敵の強大さを実感する。そして、自分たちの正面装備であるRMS-106E/ESの脆弱さを顧みればみるほどに、この異機種間(DA)模擬(C)戦闘(T)を企画した連邦政府とそれを快く受諾したモナハン・バハロに唾でも塗ってやりたくなる―――。
 ふむ、と頷いた中隊長が鋭い視線を投げかける。
「つまり貴様は我々に勝ち目はない、と言いたいわけか?」
 険を孕んだ声色が琳霞に突き刺さる。中隊長の顔色と、そのあからさまな挑発の声でその意図は自然と知れた。だから特に驚きもせず怯えもせず、涼しい笑みを浮かべた。
「もちろん勝つこと自体は不可能ではありません。いえ、むしろ連邦に教えてやりましょう。我々が単なるお飾り部隊じゃないってことを、ね」
 部隊員の視線が集まる。
 戦力を測る際、MSの基本性能は大きな意義を持つ。カタログスペックから、机上のデータに表れない部分でも部隊の戦力は大きく変わる。旧大戦時において、第三帝国の機甲部隊が機動戦闘を繰り広げられたのは戦車(パンツァー)の人員と無線機の導入にあったという。そうしたインフラ―――に関しては、敵側に対してアドバンテージになるようなところはない。
 ならば次の点―――戦術・戦略レベルの作戦で敵を上回る。
 そう、ある点では我々の方が有利なのだ。
 数的優位以外に、ある。そう、綻びは戦域想定に―――。
                    ※
 グリニッジ標準時24時を15分ほど遅刻したほどの時間。店じまいも一通り済んだ禿頭の男は、いいか、と肩を叩いた声に振り返った。
「あのねぇ、今何時だと……」
 そこで目を丸くした。すまん、と謝罪する顔は見覚えがある。黒金の長髪に鋭い琥珀の瞳をどこか申し訳なさそうにする30代前半の女性は、そうして禿頭の男にしかみせないはにかみを見せた。
「来るなら来るって言ってくれればいいのに」
「仕事が忙しくてな。連絡する暇も無かった」
「いいのよ別に! フェニクスならいつだって大歓迎なんだから」
 悪いな、と頭を下げる妙齢のフェニクス。いいのいいの、と手を振りながら彼女を店の中に招いた。
 きょろきょろと周囲を見回す。フェニクスとは長い付き合いだが、男がこの商売を始めてから―――軍を抜けてからは、実際に会うことは2度3度ほどでしかなかった。
「なんだか妙なセンスだな」
「しょうがないでしょう? 一年戦争のせいで貴重品なんかはみんなパーだし。一年戦争最大の汚点は人類の貴重な遺産を喪失したことだわ」
「お前らしいよ」
 まぁね、と笑みを浮かべながら店の奥へ。フェニクスが丁寧にニスで手入れをされたカウンター席に座るのに合わせ、禿頭の男もワインセラーへと手を伸ばした。
 「これでいい?」と何本か掲げる。DRCの赤に大帝の名を頂く白。やれやれとフェニクスが苦笑いを浮かべた。
 「一年戦争で唯一擁護できるところは」と、一本でそんじょそこらの公務員の月給を上回る価値のあるワインを無造作に掴んだハゲ頭が立ち上がった。
「フランスのワイン畑をあまり汚さなかったことよ。人類史においてフランス人唯一の功績はワインくらいなものだもの」
 フェニクスが鼻を鳴らす。
「よく言うよ。高ければなんでもいいと思ってるくせに」
「インテリ感があるでしょ? 気分よ、気分」
 まぁな、と相槌を打つフェニクス。とりあえず彼女の前に未開封のワイン3本をずらと並べ、男は冷蔵庫からささっと材料を取り出し素早く調理を済ませる。赤と言えば高タンパク料理だが、白と言えば火を通した魚料理だ。帆立をサッとバターで炒め、作り置きの牛肉の赤ワイン煮込みを電子レンジで温めると、フェニクスの隣に腰掛けた。
「本格的だな。よくあんな短い時間で」
「こっちは温めただけ。店の残り物よ」
「それは……いいのか? 衛生管理局が黙ってないだろう」
「いいのよ別に。店に出すわけじゃないし」
 それに、とフォークで良い具合に薄茶色の焦げ目がついた帆立を刺し、極めてにこやかな表情をした。
「ばれなきゃいいのよ」
「―――私は一応公職の人間だが?」
「あらそれは恐いわね。でもいいの? 私を豚箱にぶち込んだらあなたの『計画』はオシャカよ?」
「冗談だよ」
「ま、所詮予備だけどね」
 禿げ上がった頭を撫でながら、この世に生を受けて数年ほどで大層な価値を評価されているワインボトルをフェニクスのグラスに並々と注いだ。
「こういうのはワイングラスに注ぐものじゃないのか?」
 そういいながら、フェニクスは無頓着に濃縮葡萄エキスを胃に注いだ。別に酒についての感想は特にないらしい。コメントも無く、フェニクスが緋色の塊をフォークで切り崩して食べた。
 その後何分かを思い出話に費やした―――といっても、専ら喋ったのはハゲの男だが―――後、そういえば、と筋肉男がブルゴーニュ生まれの貴婦人を、ボトルから安物のグラスへと移住させながら、言った。
「あの子―――元気?」
 あぁ、と頷いて、注がれたばかりの赤いアルコールを湯水のように空にした。
「もうずいぶん逢って無いわねぇ。ちょっとくらい顔を見たいんだけど―――って! ちょっともったいない!」
「―――あ、すまん」
 並々注がれたワインはそのグラスのキャパシティを超え、モカブラウンのカウンターに葡萄の湖を作っていた。慌てて立ち上がった禿げ頭がカウンターの裏から素早く布巾を取り出し、素早く零れた液体をふき取る。
「すまん……少し酔った」
「まぁ別にいいけど。金出せば買えるものだし」
 一通り拭き終わり、シンクに放り投げる。派手に水が飛び散ったが、特に気にしない―――自分も酔っているらしい。いつもならこういう雑な仕事はしないのだが。追加でもう何本か、コンビニでも買えるプラスチックボトルのワインをワインセラーから引っ張り出した。
「私こそ悪かったわ。貴女に言うべきことじゃなかった」
「いや、いいんだ。お前がそう言うのもわかる」
 白を飲みながら残った肉塊を口に放り込む。
「私にそれを言う資格はない」
「でも、里程標はあるのでしょう」
 フェニクスは何も言わず、ただワインを口に含んだ。
「人はみんなラクダなんだから。好き勝手になんてできないんだったら、背負っていくしかないでしょう」
 ―――あぁ酔っているな、と思う。こんな臭い話をへらへらと喋れるような人間じゃなかったのに―――いや、年か。もう自分は小汚いおっさんだった。だらしなく茹でソーセージと赤ワインを口に放り込んで、碌に味も分からなくなっていることでそんな些末な事実に気づいた。
 特にフェニクスの顔も見はしなかったが、なんとなくわかった。
 わざわざ自分が言わずとも、フェニクスは征く。ただ、ちょっと背中を押してほしかっただけなのだろう。体のいいダシである。まぁ、そのくらいの価値が自分にあると言うことだ。
「ま、こっちは任せておいてよ。仕事はきちんとやるのが主義だから」
 オリエンタルな顔立ちを赤く染めたフェニクスが虚ろな目でこちらを見る。
 彼女と自分のグラスに安物のワインを注ぎ―――改めて、2人はグラスを軽くぶつけた。
 2人で盃を呷る。芳醇さなど欠片もないレディーメイドの渋い味が無遠慮に舌を浸していく―――。
「それにしても、やぼったい騎士様ね」
「そうか?」
「フツー、物語の主役ってのはイケメンって決まってるもんでしょ?」
 そうかもな、とワインを飲み下したフェニクスが笑う。そうして少しだけ笑った後、微かな笑みの影を目と口に残して、グラスの口を指でなぞった。硝子と指紋が擦れる奇妙なうめき声が滲んだ。
「どんなプロセスであれ、元々彼女が選んだ男だ。私が口出しする意味はない。それに―――」
 コニャックのガラス瓶を手に取り、つまらなそうに数ミリリットルだけ注いだフェニクスがこちらとつと見る。酔っている、と言いながら、いつも通りの肌色には少しの赤みもさしていなかった。
 微かに、琥珀色の瞳が戸惑う。
 まるでワインのテイスティングをするように、グラスを揺らす。並みを打ったキャラメル色の蒸留液には、飲み残しのワインの残影が漂っていた。
「―――我々にはあの男の力は必要不可欠だ。都合がいいといえば都合がいい。あいつは純粋だからな」
「重要なのは最後でしょう?」
 ―――さぁな。
 そう応える代わりに、フェニクスは高級ブランデーを全て口に含んだ。 
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