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ランス ~another story~

作者:じーくw
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第2章 反逆の少女たち
  第17話 神隠し

~カスタムの町 ラギシス邸跡~


 ラギシス邸が見えたその瞬間、マリアは急ぎ足で扉に向かっていた。
 まだ、1人にするわけにはいかないから、ランスとユーリも後に続く。扉を乱暴に開けると同時に。

「おいコラ!! ラギシス、よくもオレ様を騙したな!」
「黙ってないで、出てきなさい!!」

 ランスとマリアが力いっぱい叫んだ。
 マリアはまだ、薄っすらとだが、涙の後が残っていたが、声はしっかりと出ており、元気も取り戻している。その上、この場所に来た事でラギシスへの殺意も同時に思い出したんだろう。
 さっきまでエレナに嗚咽を上げていた姿が嘘のようである。

「さっさと出てこないか! この卑怯者め! スケベじじいめ!!」
「もう一度、地獄に送ってあげるからさっさと出てきなさい!!」

 何度も何度も叫ぶが、一向に出てくる気配は無い。ランスは乱暴に屋内を歩き回り、視渡すが、姿はおろか、気配すら感じない。

「……出てこないな」
「どういうこと? たしか、ここにラギシスはいたって」
「うむ。オレ様は嘘は言ってないぞ。確かにここにいた。青白い姿でな」

 あの床に描かれた魔法陣の場所も調べるが、全く変化はない。この屋敷全体にもそういった気配がないのだ。

「……考えられるのは、逃げたと言う事。それが妥当か。だが、なぜ此処にマリアが来る事が判ったのかが解せない」
「ふむふむ、じゃああれだ。とっとと成仏したんじゃないか?オレ様たちに退治されると思ったか、もしくはもう既に死に掛けて? たから」
「幽霊が死に掛ける……ってなんだか変な気もするが。いないのは間違いないな」
「そんな……、そんなのってないわ。自分だけ、逃げるなんて。まだ私達は苦しんでいるって言うのに……」

 もう一度ラギシスを殺すつもりだったマリアは、力なく崩れ落ちた。そして悔しそうに呟く。その憔悴しきった様子は見ていられなかった、何かかける言葉は?と模索していた時、マリアは勢い良く立ち上がる。

「っ!! もう、いつまでもくよくよしてても仕方ないわよね! 気を取り直して3人を助けに行きましょう!」
「おお。前向きだな? 良かった」
「だって、ラギシスは憎いけど、もういない以上は仕方ないじゃない。それに、それ以上に3人が心配なんだもん。ランスだって、シィルちゃんのことが気になるでしょう?」
「馬鹿抜かせ。あいつはただの奴隷だぞ。ドンくさい奴隷だ。心配などするか」

 ランスはそれ以上は言わずに大股で歩き出していった。
 素直じゃないな、と苦笑いをしつつユーリも気合を入れる。シィルも長く共に戦ってきた大事な仲間なんだから。

「っと、そうだ。とりあえず、マリアの事を町長に伝えておいた方が良いだろう」
「そうか?」
「こう、歩きずらそうにするのは不便だからな。それに今のままじゃ禄に町を歩けないし。代表者である町長に先に事情を説明したら後は追々してくれるだろう。町の皆には時間が必要だとは思うが」
「ご迷惑をおかけします」
「気にしないで良い。君も町の住人の1人。救わなければならない被害者だ」

 ユーリがそう言うとニコリと笑って見せた。
 確かに初めて見たときは、その容姿から歳下、幼いと思わずにはいられないが、ここまで凛々しさを出されてしまえば、ギャップが激しすぎる。それに、一回り回って格好良いとも思えるのだ。

「なら、とっとと向かうか。チサちゃんともヤれるかもしれんしな!」
「それは、許さんだろうな……、あの町長なら」
「最低……」

 ユーリは、あの町長の顔を思い出し、ランスの言葉を否定した。
 マリアは、さっきまでのユーリを見ていたから、思わずランスにそう言っていた。見れば見る程正反対と言って良い2人だと思っていたようだった。






~カスタムの町 町長の家~




 家の前についた一行はノックをして、中へと入る。普段ならチサが出迎えてくれるのだが、どうやら今は留守のようだった。そして、部屋に入ったその時だ。

「うわああああ!!! ラぁーーーンスぅーーーーっ! ユぅーーーーリぃーーーー!!」
「うおあっ!? なんだ、なんなんだ、暑苦しい!!」

 まるで、抱きついてきかねない勢いでこちらに迫ってくるガイゼル。
 ……普段は床に伏している彼が立ち上がって迫る……など、よほどの事態が起こったのかもしれない。……が、凡その見当は付いていた。この男がここまで取り乱す事態は1つしか考えられないからだ。

「チサちゃんは何処に行ったんだ?」

 ユーリがそう言うと、ガイゼルは涙を思いっきり流しながら。

「うぉぉぉ!! そうなんだぁ、大変なんだぁぁ! 娘のチサがあの魔女達に攫われた! 攫われてしまったんだぁぁぁ!!」
「なんだとぉぉ!? そ、それでは今頃……きっと目も当てられない姿に……、ああ……」
「ぎゃああああ!!! チィィィサァァァァ!!!!」
「アホ……、無駄に煽るんじゃない」

 ランスのせいで、声のボリュームがMAXを超えてしまったかのように叫びを上げていたガイゼル。チサの事が心配でいても立ってもいられないようだ。だが、納得してない者もいた。2人の後ろに隠れていたマリアが前へ出てきたのだ。

「ちょ……ちょっと待って! それって何かおかしいは。チサちゃんを攫うなんて私、聞いてないのに。それはいつの話なの?」
「ん!! お、お前は、うわぁぁぁぁ!! ランスぅ! ユーリぃー! 敵だ、マリア・カスタードだ! 殺せ、倒せ、敵だ、敵だ!」
「こらおっさん! 早とちりをするな!」
「少し落ち着け……、彼女はもう敵じゃない」

 と、口で言っても聞かないガイゼル。ずっと腕に抱きつかれているランスからすれば、鬱陶しいこと極まれりだろう。……と、思っていたら、もう実力行使に出たようだ。

「ええぃ! いい加減はなれんか!!」
「げふぅぅぅ!!」

 ランスは、つかまれてない方の手で、見事に鳩尾を穿った。
 渾身の一撃、クリティカル・ヒットと言えなくもないような一撃で、ガイゼルの身体がくの字折れる。……相手は一応病人なんだが、容赦の無い攻撃をするあたりはランスらしいとしかいえないだろう。……が、その甲斐?もあってガイゼルも落ち着きを取り戻したようだ。
 錯乱してる時は一番この対処が良いものだ。そして、落ち着いた所で、ガイゼルにマリアから聞いた今回の事件の概要を裏の事実をガイゼルに話した。

「そうだったのか……、あのラギシスが。俄かには信じがたいが」
「だが、限りなく黒だ。状況証拠というのもあるが、色々と辻褄が合う。現状では一番信用する話だと思っている。後は残りの魔女達を助ければ裏が取れるだろう」
「おい。聞いた話と随分違うようじゃないか。あの男は一体どういう男なのだ? 実は影で悪い事をしてました。とか、キレやすく乱暴な男でした。とかないのか? いかにも悪人のような」
「いやいや、そんな事は……、人当たりだって良かったし、何より住人とも……いや、待てよ」

 ガイゼルはラギシスの町での生活を思い返していた。
 確かに、特に目立ったところは無いが1つだけ、たった一度だけ、不穏な表情をしていたのを見た事があったのだ。もう、随分昔の話だが、とある夫婦に何かを注意された直後だ。まるで目で射殺するような勢いで睨んでいたのを偶然にも目撃したのだ。普段の振る舞いから全く違う事から印象に強く残っていたが、それ以降は特別なにも無く、人間誰にでも激昂するときはあると、納得して胸の内に仕舞い込んだのだ。

「人間なんだ。裏表だってあろうだろう。だからこそ、有り得ない事ではないということか。……つまり、四魔女は、……いや、彼女達は町の敵ではないのだな?」
「いいえ、それは違います。あの忌わしい指輪をつけている以上はまだ……」
「がはは、と言う訳でスパーっと解決してくるから、待っているんだな。オレ様他3名。……あの馬鹿がいないが、兎も角、三人の娘にはきっちりとお仕置きをしたうえでのろいから解放してくる。勿論チサちゃんも連れて帰ってやろう!」
「おおっ!! 頼もしい! 宜しく頼みます!!!」

 ランスは大口をあけながら宣言する姿を見て、ガイゼルは胸をなでおろしていた。そもそも、これまでの冒険者で4人の魔女を1人でも倒した者など誰もいない。誰も成し得なかった事なのだ。これ以上無いくらい、ユーリとランスを信用するようになっていたのだ。

「それでだ。マリアも聞いてないと言ってるが? 何かあったのか?」
「おおっ! それだったな。攫われている所でも目撃したのか?」

 チサの事は心配だ、だがこの事は手がかりになるのかもしれない。
 ユーリは真剣な表情で尋ねると、ガイゼルはゆっくりと口を開いた。

「そ、それが……一晩たっても帰ってこないから……しんぱいでしんぱいで」
「……えっっ? それだけ!?」

 マリアがそう訊いているけど、恐らくは全員が思っていた言葉だろう。それをマリアが代弁してくれた。まぁ、そう言われても不思議じゃないとガイゼルは恥かしそうに自分の頬を掻いていた。

「過保護すぎるおやじだな。それだけかよ。そこらのろくでなしの色ボケ不良と駆け落ちでもしたんじゃないか?」
「だから、煽るなって。ショック死するかもしれんぞ」
「あわ、あわわわ!!! なな、なんて事を言うんじゃ!! チサは、そんな事はぜったい、ぜーーーったいせん! あの優しいチサが 儂を残してなんて……」
「とりあえず、駆け落ちとかは置いといて、彼女には彼氏はいないのか? 彼女だって気を張り詰めていた筈だろう? 落ち着ける誰かの所にとか」
「ななななぃ!!! ユーリまで何を言うか!! チサに彼氏などそもそもおらんわ!! そんなもんいたら、とっくの昔に殺してるに決まってるだろうが!! 寧ろ、魔女の餌にしてくれるわ!」
「その通りだ。そこは全面的におやじと同意だ!! チサちゃんの処女はオレ様のものだぁ!!」
「………。はぁ」

 親バカも此処まで来れば凄いというものだ。ランスと気が合うのだろうか?
 とりあえず、精神状態が普通じゃないと、勝手に決め付けて先ほど口にした町長あるまじき発言については軽くスルーした。……町長じゃなくっても問題ありな発言だと思うが。

「……魔女の餌だって? お前らは、人 食べたりするのか?」
「わ、私達、そんなことしませんっ!!」

 マリアも慌ててそう言っていた。
 確かに攻めてきた冒険者たちを撃退しているが、餌扱いしてるか?と言われれば首を横に振りたいようだ。
 そして、ガイゼルの姿を見ながらマリアは悲しそうに呟く

「はぁ……、とても厳格で信頼できる町長さんだったんだけど……」

 自分達が起こした事が引き金になっているとは言え、過去の立派なガイゼルの姿はもう、影を薄めていた。すると、その時だ。部屋の扉が開いて誰かが顔をのぞかせた。その気配に全員が振り返ると、そこに立っていたのは紫の服に実を纏った美人の女性。薄く青みがかかった白い髪をリボンでとめている。歳は自分達より上か。落ち着いた雰囲気の女性である。

「お邪魔します。すみません。何度かノックしたのですが、返事が無いので勝手に上がってきてしまいました」
「おお! オレ様の周囲にはあまりいないクール系の美人ではないか!」
「あ……真知子さん。久しぶり」
「ふふ、ユーリさん。こちらこそお久しぶりですね」

 これだけ、大騒ぎしていれば、ノックくらいの音などかき消すだろう。
 だが、真知子は早急に話をしたい事があったため、こうして家の中に上がりこんできたのである。ランスは美女の登場に喜んでいるが、ユーリがその女性に声をかけた上、ユーリに笑いかけていたのを見て、2倍増しで表情が曇っていた。

「なんだ、知り合いなのか?」
「ああ、以前にちょっと色々と合ってな。言わなかったか? 以前のリーザスの件でも世話になったんだ」
「どうも、情報屋を営んでいます芳川真知子です。貴方がランスさんですね?」
「がはは、そう、オレ様こそが空前絶後の超英雄ランス様だ。どうだ? オレ様と一発ヤらんか?」
「うふふ、それはまた別に機会にでも」

 ランスのストレートな誘いをてきとうにあしらった真知子、この事からも歳上の風格がでていると言うものだった。だが、次の瞬間には表情を変えていた。なぜなら、部屋にいたもう1人の人物が目に止まったからだ。

「マリア……さん」
「真知子さん、どうも……」
「あ、っとと、そうだったな。私から説明しよう。真知子くん 彼女は敵ではない。そもそもこの事件は……」

 ガイゼルの口からマリアの事を説明する。確かに町長の話のほうが信頼性は増すが、彼女は驚いただけであり、そこまで疑っていたわけでもない。この場にユーリがいると言う事。それだけで、もう既に信頼をしているのだから。

「成程、そう言うことだったのですか。それでは早くに町の皆さんにも誤解を解いてあげないといけませんね」
「うむ。その辺りは私が手を回しておこう。……真知子くんも協力してくれるかね?」
「はい。勿論です」
「それは心強い。……そうだ、真知子くんは何か用事があったのか?」
「あ、それは……、ガイゼルさん。落ち着いて聞いてください。チサさんが何ものかに連れ去られた可能性があります」

 真知子の言葉にその場にいた全員の目が見開かれていた。
 最初こそは、親バカのただの過保護だと思えなくも無かったが、ついに目撃情報まできたとなれば確定だろう。

「や、やはり! 連れ去られていたのかーーーー!! チィィサァァ!!!」

 再び発狂してしまったガイゼル。真知子は、その言葉が気になったようだ。

「やはり……? こちらでも既にその話を?」
「長いこと帰ってこないから心配だ。程度だったんだが、まさか本当に誘拐されていたとはな……」
「連れ去られる現場の目撃は?」
「いえ……、道にこれが落ちていたんです」

 真知子が買い物籠を机の上に置く、中身がぎっしりつまっていたこれを道に落とし、そのままと言うのは明らかに不自然であると言える。すると、ガイゼルが買い物籠を手に持って再び騒ぎ出す。

「こ、これはチサのもの……チサの……、うわぁぁぁぁ!!! チィィィサァァァァ!!!」
「ええい! いい加減にしろ! うるさいわ!!」

 再び暴れるように叫ぶガイゼルにランスが拳骨をプレゼントしていた。

「……真知子さんがこれを?」
「いえいえ、私じゃなく、見つけたのはロゼさんですよ。誰のものか調べる為に態々情報屋まで足を運んで下さいました」
「……ロゼ、か」

 暫く腕を組み、何処か苦笑いしているユーリ。
 今回の事も考えているだろうが、予想外の名が出てきた事もあるのだろう。……が、元々彼女はこの町のシスターなのだから会っても不思議ではない。……今までが運が良かっただけだろう。

「それで、ロゼがこれを見つけたのはいつだ?」
「えっとですね……」

 真知子が思い返しつつ、懐中時計を見ながら答える。
 その時間がマリアがランスとユーリに破れた時間とほぼ一致した。だから、マリアがチサの誘拐を知らないのも合点がいくのだ。すると、ランスは先ほどの真知子の発言に気になる所があったようで、真剣な顔で問いかける。……まぁ展開は大体わかるが、ユーリは口を噤んでいた。

「ロゼ? それは女の名だな。美人か?」

 ランスがこんな感じになるのは、決まって女の話。だ。だが、今回ばかりはランスの性格に同情してしまうユーリ。

「ええ。美人ですよ? この町の教会のシスターです」
「ほう! シスターか、さぞかし清楚な美人なのだろうな。ぐふふ……」

 ランスが妄想を膨らませているが、その言葉に反応してしまうのは、この町のシスターがどう言う人物か知っている2人。

「ぶっ!!! せ、清楚って……」
「“しらー……”」

 マリアは吹き出し、ユーリはあさっての方向を向いていた。会話には加わらない構えだ。

「がははは! これは第一発見者からも話を聞く必要があるな! それでは、早速向かおう! それではオレ様は教会に行って情報を得てくる! お前らは地獄の口の前で待っていろ。それとチサちゃんを見つける分の報酬は別払いだからな!」
「なな、なんと!!?」

 ランスの言葉に色んな人が色んな反応を見せていた。マリアは思わず吹きだし、ユーリは明後日の方向を見て、白けていた。我関せず……といった具合だ。ガイゼルはまさかの報酬吊り上げに驚いていたが、娘の為ならばと甘んじて受けていたようだ。

「……オレは知らないぞ」
「あはは……そうですね」

 ユーリは、そのままランスを見送って、真知子はユーリの言葉に同意する。

「流石のランスでも、相手がロゼさんだし……」
「てきとうにあしらわれるか、若しくはロゼ自身が楽しむか、……ま、判るのは結局は憔悴しきって帰ってくるだろうということだな。……これだけは、断言出来る。アイツの対抗馬は、オレは知らん」

 マリアとガイゼルは話しながら頷いていた。そして、皆も同意し、結局は全員が頷いていた。

「あら? ユーリさんもロゼさんをご存知なんですか?」
「あー……、まぁな。以前色々と合って」
「そういえば、私も聞いてませんね? ロゼさんとの出会いについてとか」

 マリアは気になったのだろうか、ユーリにそう訊いた。色んな意味で恐れ?られているロゼだから気になった様だ。そして、真知子も興味津々な様子だ。

「ま、何も言ってないからな」
「聞きたいです」
「………。今?」
「はい! ランスさんがロゼさんの所に行く以上は、中々帰ってこないと思いますし」
「……はぁ、今回の件が終わってからにしないか? 真知子さん。目を輝かせているのに悪いが」

 情報屋である彼女。知らないことにはとても貪欲なのだろうとユーリは思っていたが、その実、ユーリとロゼに関しては昔から気になっていたのだ。

「そうですか。判りました。……約束、ですからね?」
「はいはい……」
「……私も気になるかも」

 マリア自身も気になったようだ。ロゼとユーリと言う出会いに。
 そもそも、あの人は≪人間≫に興味が無かったはずだがと首を傾がせていた。その彼女が興味を持っている人間。……気にならないわけが無い。

「町一番の変人の事はランス君に任せておいて、チサを頼めないか……?」

 ガイゼルは置いてけぼりになりかかっていた。
 当然、チサの事を一番心配しているからそう言うしかないのだ。真知子も今の状況は重々承知であり、好奇心等で出た言葉だったが、約束をした以上は直ぐに身を引いた。
 目の前の男は約束を違えるような人とは違うのだ。
 そして、男に二言は無いとも、言ってくれている。

「チサさんの事、頼みました」
「ああ。任せてくれ」
「私も、必ず助けます」

 ユーリもマリアも頭を下げ……、そして地獄の口へと向かう為に家を出て行った。その外での事。

「あ、そうだ。ユーリさん。私ちょっと用事を思い出しましたので、先に地獄の口の前で待っててくれませんか?」
「ん? ああ、いいよ。町の住人に見つからないように気をつけてな」
「勿論ですよ。それじょあ、また後で」

 マリアを見送った後、ユーリも向かおうとしたとき。

「ユーリさんっ! ちょっと良いですか?」

 真知子も家から出てきてユーリに声を掛けていた。

「ん……? どうかしたのか?」
「はい。すみませんが、もしどこかで今日子の姿を見かけたら、すぐに家に戻るように伝えてもらえませんか?」
「今日子さんを? ……どこかに行ったのか?」
「ええ、いつもならそこまで気にしないのですが……、さすがに今の状況では心配ですので」
「ん、判った。……が、今までも同じじゃないのか? 町の女性だって既に何人か攫われているんだし」
「それが……状況が微妙に違うんです」
「……聞かせてもらえるか?」

 真知子の言葉にユーリは表情を引き締めた。真知子が家の中で言わなかったのは、これ以上は妄りに不安感をガイゼルに与えたくないと、思って外もで来たようだ。

「これまでの誘拐は、町のモンスターが襲った際に一緒に連れて行く。……そう言う手口だったんですが、今回は明らかに違います。忽然とチサさんが消えてしまってるんです。モンスターの情報も入ってませんでした」
「……成程。確かに不自然だな」

 誘拐の手口が違うという事は、犯人が違う可能性が高いのだ。……四魔女以外の誰かと言う可能性があると言う事だ。

「迷宮の傍で買い物籠……なら、情報が入ってなくてもおかしくないんですが、あんな場所で、……入らない筈が無いんです。……この誘拐事件、かなり異質なんです」
「ありがとう。真知子さん。良い情報だ。それに今日子さんに関しては任せてくれ。見つけ次第保護しておくよ」
「はい。宜しくお願いします」

 頭を下げる真知子。どうやら、チサの事も妹の事もとても心配しているようだ。普段の彼女はクールだから誤解されそうだけど、妹思いなのである。

「さて、そろそろ地獄の口へと向かわないとな。とと、そうだった。真知子さん。ラギシスの事、頼めないか?」
「はい。任せて下さい。調べておきます。……ユーリさんとランスさんもどうか、お気をつけて」
「ああ。大丈夫だ。それより、そんな誘拐が起きたというのなら、心配だから情報屋へ送っていこう」
「ありがとうございます! ……ロゼさんの事、今聞いてもいいんじゃないです?」
「そんなにっ!? ……はぁ、距離が距離だからな。そんな短い話ってわけでもないし……。簡略していいなら言うけど?」
「ん~……我慢します。ちゃんと聞いてみたいので」
「なら、行こう。……オレ的にはちと、複雑だが……早く解決する事にこした事は無いから」








~カスタムの町 地獄の口前~


「さて……、まだ来ないのか? 2人は」

 迷宮の前にやってきたユーリ。
 情報屋へ寄ったユーリだったが、どうやらまだ2人は到着していないようだった。その代わりと言えばなんだが、よくわからない老戦士がいただけだ。てきとうに愚痴を聞いてあげたと思えば、いつの間にか何処かへ行ってしまった。とりあえず、見なかった事にしていて、それから数分後の事、漸く2人が揃って地獄の口へとやってきた。

「すみません、待たせちゃいましたね」
「何、オレも情報屋に寄っていたし、それ程でもないさ。んで、ランスは……。ま、いいか」
「いいか、とはなんだ。……だが、オレ様も流石に言いたく無い。……教会に淫乱シスターがいた……」
「あ、はは。やっぱり。あの一は気にしないに限るわよ? ランス。ちょっと変った人だしね」
「あれは、ちょっと何処ろではない。見た目は普通に美人なのにオレ様がヤル気が出ないとは……」

 憔悴しきった様子のランス。……予想的中である。ランスならどうか?とも思わなかったわけではないが、……結果は変らない様子。つまりは、恐るべきシスター・ロゼだと言う事だ。

 とりあえず、当初の予定通り、ロゼには、会わない方向に持っていったほうがいいか? と言う結論にユーリは達していた。それよりも、マリアの持っているものに目がいく。筒状のものを両手で抱えているのだ。魔力がなくなった以上は、恐らくそれが武器となるのだろう。

「ところで、マリア。その手に持っている物は?」
「ふっふっふ……よくぞ、聞いてくれました!」

 マリアがメガネをくいっと上げて、キランっ♪と光らせた。そして、少しだけ不気味な笑みを浮かべている。その顔だけは、研究室で熱弁していた時のものと同じだ。

「これこそが私の開発した新兵器!その名は……チューr「なんだ?このぶっさいくな物は、新型のこんぼうか?」ぷっ!!」

 ランスが割り込んでしまった為、出鼻をくじかれてしまったが、マリアはぶんぶんと手を振りながら答えた。

「ちっがーうわよ! ランスには無駄の無いこの美しい形状が判らないみたいね。これはそんな原始的な武器じゃないわ! 新兵器、チューリップ1号なの!」

 高らかにマリアはその筒状の何かを掲げてそう宣言する。
 名前だけを聞いても、花のイメージしかわかないのだが……と思ったが突っ込まなかった。なぜなら、今言えば、倍増しトークが帰ってきそうだからだ。だから、マリアとの会話を思い出しながら……。

「それが確か以前に話していた 戦いの歴史をも変えかねない、って言う武器か?」
「そうです! よくぞ、覚えてくれました! 誰にでもお手軽に使える。そして後衛を任せられる為の新兵器!……まだ試作段階。試作兵器って事だけどね」
「ふむふむ。これが魔法が使ってて、よぼよぼならぬへぼへぼになってしまったお前を連れてくのは正直迷ってたが、これで多少は戦えそうだな」

 ランスの言うように、今のマリアはフィールの指輪を外した影響でその魔力を殆ど据われてしまった状態だ。ユーリ達をあれだけ苦しめた水の魔法も今は全て使えなくなってしまっていた。だが、その歴史をも変える武器(本人談だが)を持っているのなら、多少を戦力にはなってくれそうだ。シィルの事もあるし、何が起こるか判らない。内心マリアが戦える事がわかってほっとしていた。

「ところで、これはどうやって使うものなんだ?」
「これはヒララ鉱石をエネルギーにして爆発的な破壊力を生み出し、それを相手にぶつけるの」

 マリアは腕を組んで考え込む。そして、判りやすい例えを思いついたようだ。

「そうね。判りやすく言えば、雷撃の魔法なんかより遥かに威力を出せる武器だと思っていいわよ」
「それは凄いな。初級の矢じゃなく、雷撃以上か……。中級の魔法を」

 そう、雷撃と言えば雷系の中級魔法の代表格のものだ。それだけの威力を誰にでも出せるとなれば、確かに戦いの歴史は塗り替えられる可能性が高いだろう。ユーリの驚嘆しているのを見たマリアは気を良くしたようだ。更に高々とチューリップを掲げ上げた。

「ふっふっふ~、夜も寝ないで、でも昼は寝て作った私の自信作よ! このチューリップとヒララ鉱石があれば、魔法が使えなくなったって、役には立てるんだからね!」
「がはは! シィルの馬鹿がいなくなって、後衛不足だったが、これで代わりが出来たな」
「ええ、任せて! そう、≪ヒララ鉱石≫さえあれば、モンスターなんか、ちょちょいのちょいなんだから! あの時のラギシスのとどめもこれがあったら、私がしてたんだからね!」
「………」

 なんだか、違和感がしていた。そして、マリアが話せば話すほどに違和感が増す。さっきから、言い回し方がおかしいのだ。
 そして、ユーリの頭の中にある、アイテム・データ一覧を捲った。
≪ヒララ鉱石≫それはそれなりに貴重な鉱物であり、元々簡単に手にはいる物でもないのだ。

「がはははは!!」
「うふふふふ!!」

 高笑いしているのは大いに結構だが……、完全に不審に思っているユーリは訝しげな視線を送って、遂にマリアに問いかける。

「それで、……あるのか?」
「ッ!? な~にが?」
「決まってるだろう……。ヒララ鉱石だよ。ヒララ鉱石」

 ピタッ! とマリアの声が、笑い声が止まった。漸く異変に気がついたのか、ランスもユーリと同じようにマリアを見た。2人の視線を感じながらマリアは満面の笑みで元気良く答えた。

「ありませーーん!」
「はい。お前帰れ。いらん!」
「そうだな。ランス。シィルちゃんとさっさと合流しよう。シィルちゃんを入れた3人で乗り込むぞ」
「うむ。そうだな。ドジとは言え、シィルのが役に立つだろう。マリアなど最初からいなかった」

 迷宮へとドンドン入っていく2人。
 だが、マリアはランスのマントを引っ張って食い下がった。

「ま、待ってよォォ! 置いてかないで~! 絶対、絶対に役に立つからっ! これ、大分頑丈だから直接敵を殴っても十分痛い筈だから!」
「確かにそりゃ痛そうだが。それじゃこんぼうと変らないだろう」
「そうだ! お前が原始的武器と言ったこんぼうとまるで変らんでは無いか!」
「ほ、ほら! 足りないアイテムって、迷宮の中で見つかるものだから!それが冒険の醍醐味でしょ?? それに人生は常に準備不足で前へ進め!」
「……舐めてるな? 冒険を。んな簡単にいくのは、フィクションのご都合主義だけだ。後は漫画の見すぎ!」

 ずるずるとマリアを引きずっていく。
 まあ、何だかんだ言っても3人で迷宮へと向かっていった。

 役立たずマリアの運命や如何に……。






~迷宮≪地獄の口≫どこかの泉~




 迷宮内のとある場所にある泉。水が透き通っており、神聖な何かがあるのだろうか、モンスターが全く寄り付かない場所である。その泉の横に1人の女性が横たわっていた。

「(……様、ランス……様)」

 魘されているのだろうか……苦しそうな表情をしていた。

「(……私を置いていかないで……かない……で……)」

 泉から流れる水が頬を伝う。
 そして、ゆっくりと目を開けた。暫くは意識が朦朧としていたが、水の冷たさに段々と意識が覚醒してくる。

「……ここ、は一体……そう、そうだ!私は、テレポート・ウェーブに飲まれて飛ばされてしまったんだ」

 そう、この女性はシィル。
 飛ばされてしまった場所がここであり、それは僥倖とも言えるだろう。モンスターが徘徊する場所に飛ばされでもすれば、悠長に気を失ってなどいられないから。だが、それほど良かったか?と言われればそうでもないのだ。モンスターは確かに寄り付かないかもしれないが、四魔女には関係無いのだから。ランスやユーリともはぐれてしまって1人で抜け出すことなんか出来るのか?
 不安に押し潰されそうになっていると、ふと岩場の影から人の気配を感じた。

「だ、誰かいらっしゃるんですか……?」

 怯えながらも岩陰の気配へ話しかけるシィル。だが、いつまでたっても返事は返ってこなかった。シィルはもう一度勇気を振り絞り、声を掛けた。

「も、もしかして、ランス様……ですか?」
「うぅ……ぐっ……。」

 今度は返事が返ってきた。いや、返事と言うものじゃなく呻き声。声の感じからランスでもユーリでもない。だが、その感じから只事ではない。恐る恐る近づくとそこには一人の男が倒れていたのだ。容姿は整った青い髪の男。死に至るような大きな怪我は無いようだが、消耗しきっているのか、動けないようだ。

「だ、大丈夫ですか!? しっかりして下さい! いたいのいたいの、とんでけーっ!」
「んっ……く……」

 シィルは慌ててヒーリングを唱えていた。
 全身に負っていた傷も徐々に塞がっていき、ゆっくりと目を開いた。どうやら、自分を治療してくれているのだと悟った様だ。

「あ、ありがとう。もう大丈夫だ。……君のおかげでこの命を拾う事が出来た。本当にありがとう」
「本当に良かったです。……あ、私はシィル・プラインと言います」
「僕の名は、バード・リスフィだ。君の魔法のおかげで助かったよ。……何度でも言うよ。本当にありがとう。シィルさん」
「あ……、えへへ」

 シィルは普段からあまりここまで感謝される事は無かったため、慣れていなかったようだ。だから、照れてしまっている。まぁ、ランスが素直に礼を言うのは有り得ないし、ユーリは言うのだが、一緒にいる機会が少ないから、耐性も付く筈もないのだ。

 そして、バードと名乗った戦士は傍に落ちていた剣を取り、ゆっくりと立ち上がって周囲を視渡した。

「……君もあの変な魔法でここへ?」
「は、はい。あの、と言う事は、バードさんも?」
「ああ、モンスターとの先頭でボロボロになっていた僕は後ろから向かっている光に気がつかなかったんだ。でもまさか、あれが転移魔法とは……」
「はい。あれはテレポート・ウェーブと言う魔法装置です。私も早くランス様達と合流しないといけない……」

 シィルが不安そうに声を漏らしていた。今頃ランスは自分を心配してくれているだろうか……?いや、たとえ心配してくれてなくても、直ぐにでも戻りたい。シィルが思うのはその事だけだった。

「そうか、ならお互いの目的は一緒みたいだね、どうかな、一緒に此処を脱出しないかい? 1人より2人のほうが成功の確立が高い。どうやら、帰り木も奪われてしまったようなんだ」
「えっ……!? あ、私の道具袋から帰り木が無くなっています!」

 バードの言葉に驚きながら道具袋を確認するシィル。どうやら、自分の帰り木もなくなってしまっているようだ。

 ダンジョンに行く以上は必ず持ち歩いている筈だから、忘れたと言う事は無い。……つまりは、あのテレポート・ウェーブに仕掛けがしていたと考えるのが妥当である。

「それで、どうかな?脱出まで一緒に行動すると言う件は」
「あ、はい! 喜んで、宜しくお願いします」
「こちらこそ、よろしく」

 2人は脱出すべく行動を共にしたのだった。


 
 

 
後書き
□ 芳川真知子(2)

Lv7/33
技能 情報魔法 Lv1 召喚魔法 Lv1

カスタムの町の情報屋。
今回、ユーリが依頼を受けてくれている事が判り、カスタムの町へと来てくれた事に人知れずガッツポーズをしていたのは彼女の秘密の1つであり、密かに色々と話を聞こうとしたり、お近づきになれれば……と画策している模様。
その一方で、行方が知れなくなった妹の今日子の身を案じている妹思いの姉でもある。


□ バード・リスフィ

Lv 15/42
技能 剣戦闘Lv1

バード冒険団のリーダーを務めていた冒険者。酒場でエレナに自身の冒険団を喜々と語り少し調子に乗って大きく見せてしまったが悪気は無い様子。
顔も良し性格も良し腕も立つと結構な資質を兼備えた冒険者であるのだが、気がつけば毎回違う女性を連れて歩いている。……惚れっぽい性格で幸薄い戦士でもある。


〜魔法紹介〜


□ 雷の矢

雷撃を帯びた塊を敵にぶつける雷系の初級魔法。
炎の矢や氷の矢に並んで良く使われる魔法の1つであり、魔法大国ゼスで特に多くの魔法使いが好んで使う。その理由として、≪雷に愛された男≫≪雷帝≫の異名を持つ老魔法使いが魔法学園の講師をしている為、自然と生徒達にも影響された。


□ 雷撃

頭上より数万ボルトの雷を落とす雷系中級魔法。
何故か、室内でも落とす事が出来るのはご愛嬌。



〜装備品紹介〜


□ チューリップ1号

マリアが開発した新兵器。本人曰く戦いの歴史を変えかねない程の力を秘めており、爆発的な砲撃をするバズーカ砲のそれ。その威力は中級魔法の威力となんら遜色無い為、大変脅威である。
……が、残念な事ながらエネルギー源はヒララ鉱石と言うレアストーンであり、その入手が難しい。
つまり、弾が無ければ使う事も出来ないから、条件を満たさなければ、こんぼうである。


〜アイテム紹介〜


□ ヒララ鉱石

レアストーンであり、特殊な条件下で強力なエネルギーを発生する。
冒険で手に入る(マリア談)らしく、目下捜索中である……。

 
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