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White Clover

作者:フィオ
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放浪剣士
  魔女の血を継ぐものⅡ

アリスの家は、人里離れた場所ではなく他の村人と同じ場所にあった。

それもそうだろう。
他者と同じように生活し日々を過ごす。
それが、怪しまれずうまく溶け込むにはうってつけなのだから。

古びた家の扉をアリスが開くと、そこには生活に必要最小限の物のみが置かれた質素な室内。

そして、母親であろうか一人の女性が食事の用意された机を前に椅子へと腰かけていた。

「お帰りなさい。こんな遅くまで外にいるなんて危ないわよ」

優しい母の一言。
私達に気が付いている筈であるが、そのことについて驚く様子もアリスを咎める様子もない。

「ごめんなさいお母さん。あのね、この人たち、今日は泊まるところがないの。だから…」

娘の言葉を聞き終わる前に、わかっているというようににこりと微笑む母親。

「わかっているわ。あなたは優しい子ね」

母親はすっと立ち上がり、私たちへ家へと入るように促した。

「さあさあ、何もないですが多少のお食事と寝床はございます」

そんな母親に、私が懐から宿代を取り出そうとすると―――。

「お金は必要ございません。さあ、中へ」

無償の愛とでもいうのだろうか。
母親には悪いが、このような時代。
ましてや魔女の家では気味の悪いものでしかなかった。

それならば、と申し出を断り去ろうとする私を引き留めたのは意外にも彼女だった。

「別に、あなたがこのまま一人で何処かへ去るのは有難いことなのだけれど」

彼女は私の腕を引き、胸ぐらを掴んだ。

「あなたのように偏見で私達を気味悪がるのは腹立たしいの」

彼女はそのまま私を突き飛ばすように家の中へと押し入れた。

目の前には、瞳に涙を滲ませるアリスの姿。
そして、変わらず微笑む母親の姿があった。

「私たちを恐れるのは仕方のないことです。しかし、私達は私達の意思で無闇にあなた方を襲ったりは致しません」

母親はそっと床に這いつくばる私に手を差し伸べる。
掴んだその手は温かく、私達となんのかわりもないものだった。

「ごめんなさい、私のしたこと迷惑だったのかな」

今にも泣き出しそうなアリス。

すまない―――。

私はアリスと同じ視線まで腰をおとし、その一言しか言うことはできなかった。

「さあ、あなた方のお食事もご用意いたしますので暫く、くつろいでいてください」

そういって、食事の用意を始める母親。

私達はアリスに進められるがまま席へとついた。

「あなたが何故私についてくるなんて、知らないし知りたいとも思わない」

隣の彼女がアリスたちに聞こえるか聞こえないかの小さな声で囁く。

「でも、私と一緒に来るのならあんな態度は二度と取らないことね」

次は無い。
そういうことなのだろう。

支度を終え、机に並べられた食事はお世辞にも豪勢とは言い難かった。
スープに一つのパン。そしてこの村でとれたものであろう野菜のサラダがふるまわれた。

多少の談笑とアリス達の身の上話。
普通の食事と何らかわりのないものだった。

どうやら、母親は魔女であるもののアリスの父親は普通の人間であったらしい。
珍しい話ではない。
こうしていてもわかる通り、彼女達は普段は普通の人間とは何ら違いはないのだから。

食事をすませ、アリスの相手をしているとやがてうとうとと幼い彼女は静かに眠りに落ちた。

眠ったアリスを寝床に運び薄い布をかけたところで、母親が私へと言葉をかけてきた。

「アリスの相手までしていただきありがとうございます」

申し訳なさそうに母親は言葉を続ける。

「宿代の代わりといってはなんなのですが、暖炉の薪がなくなってしまったので裏から取ってきていただけないでしょうか」

先程の私の行動を気にしての事だろうか?

相手は魔女といえど、人として罪悪感のあった私はそれを快く承諾した。

外は夜の冷たい空気に包まれ、村の明かりもポツポツと消え始めていた。

「そこの者、何をしている」

はっと振り向くと、そこには二人の兵士が立っていた。
鎧を身に纏い、その手には一振りの剣と槍。

面倒なことだ。
人間の私ですら迂闊に外に出ればこの有り様なのだから。

私は経緯を丁寧に分かりやすく、もちろん家の者が魔女ということは伏せ話した。

「それは失礼した。この村の者は世話好きでな。その身なり、都から来た者だろうが気味悪がらずにしてやってほしい」

どうやら、アリス達はうまくたち振る舞っているらしい。
特に疑われることもなかった。

「しかし、気を付けた方がいい。この周辺には危険な者が潜んでいてな…夜な夜な徘徊し我々のなかでも数人の死者が出ているのだ」

危険な者―――。
それは、もしやアリス達なのかと詳しく話を聞くことにした。

魔女は魔女。
すぐに信用などは出来なかった。

「正体はまだ掴めてはいないのだが、魔女か獣か…とにかく被害者は人とは思えぬ力で身体を引き裂かれていた」

思い出すだけでも、と連れの兵士は顔を青くし口を押さえる。

「とにかく朝までは大人しく家のなかに居ることだ」

そう言い残し去っていく兵士たち。

私は彼らの言葉を胸中で反芻させ家へと戻った。

「裏に薪を取りに行くだけで随分と時間がかかるのね」

入るや否や、飛び込んできたのは彼女の嫌みだった。

多少不快感を感じた私は、彼女へ兵士から聞いた事を説明した。

「で、それがなに?一日しか居ない私達には何の関係もない話よ」

冷たい反応だった。
まったく、魔女というものは力を持ちながら人のためにそれを使おうとはしない。
それも自分たちが危険視され迫害される理由でもあるというのに。

村の人間を助けたいとは思わないのか―――?

「あなたたちは、私達魔女を助けたいと思う?…そういうことよ」

分かってはいたが、話すだけ無駄だった。
彼女は早々に寝床へと入り眠りにつく。

まったく、本当に警戒心というものが無いようだ。

「この村へ来てから不愉快な思いをさせてばかりですが、どうか、この村のことは悪く思わないでください」

申し訳なさそうにする母親。
どうにもやりにくい。

魔女と分かっているが、どうしても話していると普通の人間と錯覚してしまう。

おかまいなく、と私も寝床へと入り瞳を閉じる。
無論、寝れるはずもない。

私の手にはしっかりと剣が握られていた。

 
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