ランス ~another story~
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第2章 反逆の少女たち
第15話 敗北の魔女
流されてしまったユーリは、衣類の端を絞り上げていた。
衣類が全部ぬれてしまい、多少は不快感を感じるが、大して問題じゃない。問題があるとすれば、2点ほど。
「うーむ……まさか、あそこまで早い魔法とはな。……発動すれば、基本的には防御不可が魔法だからな……」
フード部分を取り払って、それも絞り上げ水分を抜く。
1点目の問題点、それは予想以上の使い手だという事だ。中級の魔法を無詠唱で放てる。おまけに連発でもされれば、近づくのだけでも大苦労だ。一気に間合いを詰めて攻撃すれば、魔法使いの特性上なんとかなるとは思う。が……、それはあくまで戦士の戦法での攻略法だ。
別に方法が無いわけではないが……、妄りに使うのもどうかと思っていたのだ。
「でも、その前に この扉があかないんだよな」
ユーリがいる場所は先ほどのマリアがいた研究室前。
戻ってきてみたが、扉は閉まっており叩いても反応は全く無い。……あれだけの集中力だ。ノックしても聞こえているとは到底思えないのもある。魔法の力の様なものはまるで感じないから、恐らくは機械仕掛けだろう。
「……まぁ、進入は追々考えるとして、後はランス達だな」
2点目の問題点。
それはランス達の行方だ。流されてから2人とはまだ合流出来ていない。
「ったく……、あの男は」
ユーリは苦言を呈していた。
それは遡る事数十分前。
「ぬがああああ!」
「きゃあああっ!!」
「ッ!!!」
激流に流されてしまう3人。
ユーリは、煉獄で剣に闘気を纏わせていた力を一気に解放し、地面に突き刺した。そのおかげで、より遠くにまで流されずに踏ん張る事が、出来たのだ。
「っよし。シィルちゃん! つかまれ!!」
「ゆ、ユーリさんっ!!」
シィルはユーリの手を?み、何とか流されるのを堪えていた。
水の流れる速度は速く、気を抜けば一気に身体ごと持っていかれそうだ。だが、比較的力の弱いシィルは頑張って堪えていたのだが…。
「オレ様も助けろぉぉ!!!」
やや遅れて流されてきたランス。
ユーリは、片方には剣を、片方には、シィルの手を掴んでいる為、あいていない。
シィルも両手で必死にユーリの手をつかんでいるから、そんな余裕は無い。だから、ランス自体がユーリなりシィルなりを?めば流されないかもしれなかったのだが……。“がしぃ!” っとランスが?んだのは、シィルのスカート。
当然、ランスを支えるだけの強度もあるわけもなく、激流に耐えられるわけでもない。あっという間に、びりびりっ!!っと破れる音がして……。もう少しで、あわや下着が露になる所で。
「あっ!!」
「きゃっ! ら、ランス様っ!!」
「馬鹿者!! 手を放すんじゃない!」
シィルは思わずユーリの手を放し、スカートを?んでしまったのだ。だから……必然的に。
「きゃああああっっ!! す、すみませ~~んっ!!」
「こん馬鹿者が~~~っっ!!」
そんな事があって、あの勢いの水に呑まれてしまい、あっという間に流されてしまったのだった
「だから、何で道連れなんだよ……。男なら庇えってんだ」
ため息をしつつ、ユーリはそう言っていた。以前もあったが、ランスに言っても無駄だろう。
天上天下唯我独尊。傍若無人なのだから。
が、あの程度の危険はアイツなら問題ないだろうと、先にマリアの研究室へと向かったのだ。行き着く先は3人とも同じなのだから。
「シィルちゃんは、心配だが……、ランスがいるから大丈夫だろう。多分」
ユーリは、そう呟くと先へと進んだ。この場所以外にも探索する場所は無数にあるからだ。暫く探索しつつ、ランス達と合流する事にした。
暫くしての事。
この洞窟内で、人の気配がしたのだ。
直ぐ近く、寧ろ走っているようで、その足音が響いてきたから直ぐに判った。もう直ぐ後ろに迫っているだろう。
「……誰だ!?」
ユーリは、振り向き剣の柄を握り締めた。姿を現したのは、1人の女性。衣服が肌蹴ており、涙を流していた。
「ッ!! そ、そっちこそ誰よ!!」
なぜだか怒っている女。
その風貌から、どうやら同じ冒険者のようだ。ユーリはそれを確認すると、直ぐに数日前にこの場所へと乗り込んだと言われていたバードと言う冒険団の事を思い出していた。
「ああ、済まない。いきなりだったから少し警戒してしまった。俺はアンタと同じ冒険者だ」
剣の柄を握るのを止め、手を挙げた。
それを確認すると、女もとりあえず落ち着いた様子だ
「っ~~痛ッ」
突然、股に両手を当てながら座り込んでいた。何やら怪我をしたようだが、外傷らしいものは見えず、衣服が乱れているだけだ。
「大丈夫か? とりあえず、無事でよかったな。アンタは、アレだろ?数日前にここにきたって言う冒険団の1人」
「あッ……。ま、まあそうだ」
キッと睨みつけるようにそう答えた。
なぜか、怒っているようだから、相当嫌な目にあった様だ。
「……とりあえず落ち着け」
ユーリはそう言うと、荷物から元気の薬を取り出した。
「ほら、飲んでおけ。……こんな場所で、折角助かったんだ。どんな事があったか知らんが、気をしっかり持て。抜け出すまで 気を抜くなよ」
ユーリがそう諭すと、どうやら、少し落ち着いたようだ。引き攣っていた表情を元に戻していた。
「あ……、すまない。アンタが言うように嫌な目にあったもんだから。ありがたく頂くよ。んぐっ、んぐっ、んぐっ……」
女冒険者は、元気の薬のビンの蓋を開けて一気に飲み干した。
どうやら、喉も渇いていたようだった。
「ああ、落ち着いたんなら教えてもらいたいが、他のメンバーはいないのか?」
「……私以外のメンバーは行方知れずになってる。私達は水の彫像に負けて散り散りになってしまったわ。……生きてくれればいいけんだけど」
「水の彫像……。ガーディアンか」
「ええ……、その通りよ。恐ろしく強いし、その上に2体もいる。……全滅するのは本当にあっという間だったわ」
「全滅……か」
「……ああ。皆、無事だったら良いんだけど」
ユーリの言葉に顔をゆがめていた。恐らく以前に来た冒険者達の事だろう。1人だけでも助かっているのは、僥倖だといえるが。それでも、死者がいる可能性が俄然と増してきた。それ程の相手だからだ。……ガーディアンと言う存在は。
「……ああ、そうだった。遅れたがオレはユーリだ。同じ冒険者だ」
「ユーリか。私はネイ。ネイ・ウーロン。今回の依頼受けてから とことんついてないって思ってたけど、ユーリのおかげで、気が変わりそうだよ。アイツ……次にあったら 絶対に地獄を見せてやる」
ネイは盛大なため息をしつつそう言っていた。
「?? ……アイツ? って、まさか……」
ユーリは、ネイの姿を再びみた。
ガーディアンと戦った割には、傷らしい傷は特には無い。……が、衣類の乱れは見受けられる。そして、最初に合った時、明らかに怒気で満ちていた。
つまり……。
「まさかとは思うが……、オレと会う前に誰かと会ったのか?」
「ッ!!」
ネイはあからさまに怒りの表情でユーリを見ると、距離を取った。
「……まさか!? お前もアイツの……ランスの仲間か!?」
警戒しつつ、剣を抜き出し構えた。
「アイツ……わ、私に……私にぃぃぃ!!」
半ば半狂乱になって剣を握り締める強さを上げた。
……何があったのか、見て無くても手に取るようにわかると言うものだ。恐らく……、戦いに敗れて傷ついたネイをシィルが癒した。それを対価に、ランスにヤられたんだろう。
「はぁ……、全力で否定したいが、そう言うわけにも行かないな。……確かに今は手を組んでいる。大体の想像はついた。想像もあまりしたくないが」
「きぃぃ!! アイツの仲間とわかったのならここで会ったが百年目だ!!」
「おいおい……、恨むのはあいつだけにしてくれよ」
ユーリは、多分こういうのは今後も続くのだろうな、と思いつつ苦笑いをしていた。そう、あの時は確か知らないところで自分が恨まれる羽目になったが、今回は違うようだ。
と言うか見ず知らずの男をいきなり恨むなよ……と思う。
ネイは今にも斬りかかって来そうな様子だった為、ユーリは落ち着きつつ話を始めた。
「だが、考えても見てくれ。そのアイツ、……ランスがいなかったら、お前、ネイは本当に死んでいた。そうは思わないか?」
「ッ!? でも、それは女の子が私を助けてくれたからだ! ランスは全く関係無い!!」
「女の子、シィルはランスの仲間だ。……それに その理論で言うなら、オレも一応仲間だが、関係無いじゃないか……。それにオレにはやらなきゃならない事があるんだ。今はカンベンしてくれないか」
ユーリはそう言うと、再び懐から何かを取り出した。そして、ネイに向かって差し出す。
「って、これは……」
「帰り木だ。今日だけで色々あったんだろう? 一度体勢を整えると言う意味でもここから脱出した方が良い」
「ッ……。あ、アンタは……」
怒りに満ちていたネイだったが、徐々にそれが薄れていっていた。
ランスに出会い、下手をしたら男性不振になってもおかしくない辱めを受けたのだが、何も、全員が全員あんな屑ではない。現に冒険を共にしていた3人もそうだったから。
漸く落ち着けたネイは、表情を再び改めた。
「ご、ごめん……、私、自分が考えていた以上に、相当気が立ってたみたいだ……」
「いや……構わない。大体、アイツの性質も判ってるし……」
ユーリが頭を掻きながら、そうボヤいていた。その姿を見てネイは疑問に思う。
「……なんで、あんなヤツと一緒に冒険なんかしてるんだ?」
「今回は偶然だ。たまたま仕事がかぶった。だから共に行動をしてるだけだ。それに……」
ユーリは、ニヤリと笑って見せた。
「アイツは強いからな。それに、仕事も早く済んだら、早く町の人も安心させてあげられる。それが理由だな。まぁ、性格ばっかりは仕方が無い。アレを治すのは、わんわんに言葉を教えるより難しい。難解だ」
「そう……か。ってそんなに!?」
ユーリのたとえにネイは驚いてしまっていた。
アイツを正すの事は、わんわんに言葉を教える以上に難しいのか?と。
「ふぅ……悪かったな。確かにアンタ……ユーリを恨むのは筋違いってものだった。それに礼と言ってはなんだが、私が知ってること、教えるよ」
「それはありがたいな」
「何……侘びって事もあるし、帰り木と元気の薬。こっちの方がたくさんもらってるんだから」
ネイは笑っていた。
ユーリがネイから貰った情報。それは、マリアの第二研究所があると言う事。その場所を守るが水の彫刻だと言う事。
第一、第二のどちらかにマリアが必ずいると言う事。
そして、その部屋の鍵は、地底湖で無くしてしまったと言う事だ。
「第一の研究室は、トラップで守られているから、もうひとつの所じゃないと、彼女を捕まえる事はおろか、会う事すらできないわね」
「成程……。貴重な情報感謝する」
「なに……、これはアイツらにも話してるから、多分アイツらも同じ場所を目指してるって思うよ。鍵探すとか言ってたから」
「地底湖をか? ふーむ……。出来なくないが、やや面倒だ。よし」
ユーリは何かを思いついたようで、ネイの方へと歩み寄った。
ネイ自体はさっきの事があるから、警戒をしているようだが、ユーリは苦笑しつつ何もしないと宣言。実際何もしてこなかったから、信頼しても良いと判断し力を抜いていた。
「オレも一度カスタムの町へ帰ろうと思うからな。帰り木を一緒に使おう」
「……ああ。私に元気の薬とかを使ったからか。なんだか、悪いな」
「違う違う。丁度いいアイテムが売られていたことを思い出しただけだ。ストックはまだあるから、気にしなくていいさ」
そう言うと、2人は 帰り木を使用し、この迷宮から脱出した。
~カスタムの町 アイテム屋~
ユーリは、ネイと別れた後、トマトが経営しているアイテム屋へと戻ってきていた。
先ほど棚で≪蒸発の実≫が売られている事に気が付いていたからだ。
だが、必要無いものだと思い買わなかったが。
蒸発の実と言うのは名の通り、水を蒸発させる実だ。地底湖で鍵を無くしたと言うのなら、水が邪魔だろうと考えた。
「いらっしゃいませですかねー? あっ! ユーリさんっ!」
アイテム屋へ顔を出すと、トマトが笑顔で寄ってきた。いつも通り、語尾に《?》を入れるのも忘れていない安定ぶりだ。どうでもイイが。
「戻ってきてくれたと言う事はもう、運命ですかねー? さぁ、私と一緒に、めくるめくる大冒険をっ!」
なんだか無茶な事を言い出したので、とりあえず頭を叩いておく。仕事もあるし、何よりレベル1の者を妄りに連れて行くわけには行かない。
「色々とあってな。……蒸発の実はあるか?」
「蒸発の実? あーはいありますよねー? さすがユーリさんですかねー。後、在庫が1つでしたかねー?」
トマトは とて、とて、と 走って棚に向かい、置かれていた実を取り出した。
「でも、こんなの何に使うんですー? 水害があるわけでも無いですのに? カスタムは地下に沈んじゃってますですから、雨が降ったら大変だと、持っていたんですからねー?」
「水害……か、それと似たようなもんだ。とりあえず、頂くよ。はい、代金」
「ありがとうございましたかねー?」
トマトは、そう言うとユーリを店の外まで見送りに行っていた。
見て判るとおりかなり好意的な目で見てるのだけど……。こういうキャラなのだろうと、ユーリがそう思っていたため、大した効果は期待できないのだ。……哀れトマト。頑張れ。
「うぅ……がんばりますです……」
「ぐぎゅ !うきゅ!」
哀愁漂うトマト。
天?の言葉を聞くだけの技能?があるのだから何でも出来るさ!
~迷宮≪地獄の口≫ 地底湖~
ユーリと離れてしまったランス達はと言うと。
ネイから聞いたとおり、地底湖で鍵を捜索していた。だが、水の上、岩場部分は全部探し終えている為、もう鍵はこの地底湖にしかありえないだろう。
「……ないな」
「みつかりませんね」
ランスとシィルは必死に探す。衣服をぬらし、手探りに探す探す。
更に数分後。
「……此処にもないな」
「そうですね」
更に更に数十分後。
「えーい! そんな小さいもん見つかるか!」
ランスは流石に諦めてしまったようで、そう叫びつつシィルの頭をグリグリと捻り上げる。
「ひんひん……。痛いです。ランス様……」
「えぇい! ユーリのヤツもおらんし、使えんではないか! 下僕のくせに役に立たん! シィル! この湖の水を全て蒸発させろ」
「む、無理です~……。私の魔法じゃそれは……」
「えぇい! 役立たず!」
「ひんひん……」
地底湖で響き渡る二人の声。
相も変わらず、ランスはシィルを虐めているようだ。
「だから、もうちょっと、優しくしてやれんのか……」
やれやれと言う感じの声が、後ろから聞こえてくる。シィルは直ぐに振り向き、ランスもイライラしつつも同じく振り返った。
「無事だったみたいだな。2人とも」
「ユーリさん!」
「馬鹿者!! さっきの水攻めの時もそうだし、今もそうだ! 役にたたんとは、下僕失格だぞ!」
「おお、それは丁度いいな。俺としては失格でいい。何度言ってもわからんみたいだからな」
「ええい! そんな事より、貴様も手伝え! 鍵を探すのだ。」
「はぁ……、ここで鍵見つけたら、『流石下僕だ』 とかいいそうだ」
ランスの言葉を聞きつつユーリはそうため息を吐いていた。ランスは、どかどかと、大股で歩きつつ上に上がった。どうやら、相当探し回っていたらしく本当は疲れてしまったんだろうとおもえる。
「シィルちゃんも休んでて良いよ。あの魔法も食らった上にずっと探していたんだろう?」
「いえ……、大丈夫ですよ。ですが、ここは結構広い湖です。ユーリさんお1人じゃ、大変なのでは……?」
シィルは心配そうにそう言うが、ユーリは一笑。
「ま、大丈夫だ。また、下僕とか言われるのは、嫌だがな」
実は慣れている……とも思うが、口には決して出さないようにしている。そして、ユーリは手に持っていた何かを地底湖にばら撒いた。すると……。
「ぬああ!! なんだ? なんなのだ!?」
突然、目の前が全く見えないくらいの霧の様なものが沸き起こっていた。
「っっ! こ、これは水蒸気……あ、今使ったのってひょっとして……!」
「ご明察。蒸発の実だ。……オレも彼女に会ってな?」
「む? ネイちゃんの事か? がはは! 涙ながらみオレ様に感謝していただろう。何せ助けてやったのだからな」
「180度、逆だ馬鹿。……おかげでオレまで恨まれそうになったわ!」
「がはは! 中々グッドだったぞ!」
ランスは何も聞いていない。それもいつも通りだ。そして、その後3人で干上がった湖を捜索していると。
「あっ! ありましたーーっ」
シィルが声を上げた。
どうやら、湖の中心辺りにあったようだ。……水があった状態なら幾ら時間があっても無駄だろう。
「よしよし、偉いぞシィル」
「ナイス」
2人でシィルの事を褒めていた。シィルは照れくさそうに頬を染めていた。
「む!! おい! 何シィルに色目を使っているんだ!」
「あほ。誰が使うか。それにそんなに大切に想ってるんなら、もっと大切に、それにやさしくしてやれよ」
「ぁ……」
「馬鹿者! シィルはオレ様の奴隷と言うだけだ! そんなのではない!」
ランスは勢い良くそう言っていた。……無理矢理大声を上げて誤魔化しているだけの様な気もする。
素直じゃない男だやっぱり。シィルは照れくさそうに頬をほんのり赤く染めていた。
「よし! これでその第二研究室とやらにいるマリアを叩きのめしにいけるな!? ぐふふ……」
ランスはイヤらしい笑みを浮かべつつ舌なめずりをしていた。
そんなランスを見たらナニを考えているのか、想像しているのかがよく判る。……別に判りたくは無い。
「ぁぅ……ランス様……」
シィルも判っていたようで、ちょっと落ち込んでいる様子だった。
そんなシィルの肩を軽く叩いたのはユーリだ。
「アイツの考えは手に取るようにわかるよな? それにあの性格は直らないだろ。……でも、判る事はある。アイツがシィルちゃんを大事にしてるって事だ」
「っ……」
「でも、いつか……。しっかり、シィルちゃんが根気強くランスに付きっきりでいれば、変わるかもしれないな?無責任な事しか言えないが。……頑張りなよ」
ユーリはそう言って笑った。
その笑顔……本当にかわい……じゃなく、安心できる。
「はいっ! ありがとうございます。ユーリさん」
シィルはそう言って笑顔になっていた。
同時に、思う所もあった。決して口には出さない。
それは、ひょっとしたら、自分がランスと出会わなければ、この人に先に出会っていればと言う事……。
たられば話をするつもりは無いけれど、きっとこの人を好きになっていたかもしれない。いや 好きになっていただろう。でも、自分が出会い、そして真に好きなのは……1人だけだから。
「何をしておるのだ。さぁ、2人ともイクぞ。マリアをお仕置きをしてやるのだー!」
ランスは がはは、と笑いながら奥へと向かっていった。2人も苦笑いをしつつもランスに続いていった。
シィルが見つけた鍵。にんじんの鍵を使い迷宮の奥へと入っていく。
すると、ネイの情報どおり研究所らしき扉の前に美しい彫刻があった。女神の彫刻は、まるで扉を守るように配置されており、動く気配はまだ見えないが……。
「恐らくは、部屋に入ろうとすると、防衛するんだろうな。ネイ達のパーティはそれで、一気にやられたんだろう」
「がはは。その程度でやられるからへっぽこ三流一団と言うのだ。こんなもの、部屋に入る前に叩き壊してしまえばいいんだ! とぉー!!」
ランスは、迷わず剣を振りかぶり、その彫刻、女神像を破壊しようとしたが、その瞬間。轟音と共に2体の彫像が動き出し、その目が光ると同時に言葉を発した。
『我らが眠りを妨げる者共よ……』
『代わりに、永遠の眠りにつくがよい!』
一気に2体は戦闘態勢に入ってきた。
「えぇい、嘘つきめ! 部屋に入ろうとしなくても動き出したではないか!」
「馬鹿か! あれ、オレが作ったわけじゃないんだ。んな完璧に判るわけないだろうが!」
2人はぎゃいぎゃい言い合っているが……、今はそれ所じゃないと思うのだが。シィルは何とか宥めようとするけど、上手くいかず。像の方が先制攻撃をしてきた。
『『水雷!』』
2体の像は、一気に水魔法を放ってくる。その魔法は初級に位置するものだが、厄介な事に攻撃の速度が速いのだ。指先から飛ばした水の塊を撃ちはなってくる。
「うおっ!」
「っとと」
ランスとユーリは横っ飛びをし、その場を離れた。言い合っている暇はもう無い様だ。
「とりあえず、とっとと片付けるぞ」
「がはは! 像如きがオレ様に敵うものか! 直ぐに土塊に変えてくれるわ!」
ランスとユーリは、素早く二手に別れ1体ずつ其々で対峙した。
水雷の威力自体は初級のモノ。
だが、使い手の力量次第でどうにでも化けるもの。ユーリは、さっき撃ってきた≪それ≫を確認する。着弾点を確認する。
そこには20~30cm程になるクレーターが出来ていた。
「成る程、当たれば≪痛い≫程度ですまなさそうだ」
ユーリはそう判断すると、剣の柄を握る。
「接近戦はオレ達がする。シィルちゃんは、後衛から援護を頼む」
「はいっ!!」
シィルの返事を耳で確認すると、ユーリは即座に抜刀をし、魔法を放つ為に伸ばしていた指先を切り落とした。一瞬水雷を撃つ方が早かった為、魔法自体は発動したが、その銃口の向きが狂ってしまった為、もう一体の方へとぶち当たった。
「ぬお! 何をするのだ!」
「当たってないだろ、逆にナイスじゃないのか?」
「馬鹿者! 突然だと驚くではないか!」
「そんくらい我慢しろ! 乱戦なんだから!」
こんな戦いでも、いつもの姿勢を崩さないのはさすがであろう。ユーリもランスも。それが言えるのは、2人ともまだまだ余裕だという事だ。
「……指先斬ったくらいじゃ止まるわけもないか」
指先を斬ったとはいえ、五指ある内の一本を切断しただけだ。乱暴な言い方をすれば、まだ後9本もある。
「動きが鈍った様子もないし、どうやら、感覚は無いようだ。ランス、こいつは一気に叩き潰した方が良さそうだ」
ユーリはそう言いながらランスを見るが……、ランスは返事を返す事はない。それどころか、敵前であるのに、前を見てなくうつらうつらとさせていたのだ。あの状態異常は1つしかない。
「スリープか! シィルちゃん!」
「は、はい! えいっ!火爆破!! ランス様っ目を覚まして下さい!」
「ぬおっ! ええい! 厄介な魔法を使いやがって!!」
ランスは、そこまで深い眠りに誘われたわけではなかった為、帰ってくることが出来ていた。だが……、大きな隙が出来る危険な魔法である事には違いない。
ユーリも似たような事、出来なくは無いが 相手は眠る事のない彫像。期待は出来ない。
「……まぁあっちを気にする前にこっちの片をつけるか」
ユーリは構う事は無いと言わんばかりに剣を引き抜く。
抜刀術は、主に速度を重視した技。
相手の速度、敏捷性が自身の技能よりも下であれば、殆ど100%先制を取れるが こういう相手には相性が悪い。指を切り落とす事は出来たが、手が若干痺れたのだ。
つまりはそれなりに硬いと言う事だ。
「……が、別に問題ない」
剣を前に突き出し横に寝かせるようにして掌を翳す。
「煉獄……」
闘気を剣に直接溜める。動かす手は、いつもよりも遅い。……いつも以上に溜めていると言う事だ。
「ふん! シィル! さっさと援護しろ!」
「は、はい! 炎の矢っ!」
彫像に連発されている水雷を避けながら、ランスは間合いを狭めていく。強力な一撃の射程距離に入るまで後数m。
「水雷!」
「もう一回! 炎の矢」
シィルの魔法と彫像の魔法が激突し、炎と水の衝突、相反する魔法が衝突した為、相殺され、シィルの炎も消えるが、相手の水も蒸発し消える。残るのは蒸発した気体だけ。
それが目晦ましになるのだ。接近しているランスにとっては丁度良い目晦まし。
「くらぇぇい!! ランスアタァァァック!!」
ランスはその隙に脳天目掛けて剣を渾身の力で叩き込んだ。
相手は彫像の為、多少は斬りにくいようだが、ランスの一撃の重さで一気に頭が粉々となり、最後に頭を失い、身体も破損させたその彫像は、その身体をズシャリと地面に倒していた。
「ふん! 像如きがオレ様に勝てるものか!」
そう言いながら剣をぶんぶんと振るランス。
「さすがです! あ、ユーリさんの方へ援護しないとっ!」
シィルが慌てて、ランスの援護からユーリの方へと向かおうとしていた。自分の主を先に援護していた事は、まあ褒めないでもないと思っていたが、すぐさまユーリの方へと向かう事に少しむっとしていたが、ユーリがまだ戦っている事実を知り、少しだけいい気分になっていた。
ユーリと言う男のスタイルは速度重視。
同じ相手と戦って先に勝ったのは自分だ。
つまり、自分にはまーーったく及ばないと言う事を証明できたのだと思っていたのだ。……シィルが援護に回っていた事は、この際は考えない事にする(ランス独断)
「がははは! このノロマめ! この程度相手にどれだけかかっているのだ!」
憎まれ口の1つでも言いながらランスはユーリの方へと見る。すると、まだやはり彫像は健在であり、姿もそのままであった。だが、ユーリは背を向けている。
「ユーリさんっ! 後ろ、危ないですっ援護します!」
シィルは、ユーリの直ぐ後ろに佇んでいる彫像を狙い、炎の矢を撃とうとするが。ユーリは手を振った。
「構わないよ。シィルちゃん。もう、終わっている」
「何を格好つけとんのだ。やっぱガキか?」
「……久しぶりにお前の口から聞いた気がする」
ユーリはこめかみ辺りに四つ角を作って目を瞑るが、とりあえず コイツの言う事だと無視する。
「格好付けてるわけじゃない。ただ、事実を言っただけだ。もう、終わっている。と」
「何言ってるのだ。相手はまだ後ろに……」
ランスがそういった直後。彫像にヒビが入っていたのだ。そして、そのヒビ、隙間から光りのようなものが発生すると……。
「爆砕」
ユーリがそう言い、剣を鞘に収めた瞬間。
彫像の内部から爆発が起こり、粉々に破壊してしまったのだった。
「す、すごい……、どうして?」
シィルは突然、爆発した像を見て思わず絶句していた。戦いを初めから見ていたわけじゃないが、間違いなくユーリは、爆発前には何もしてなかったし、寧ろ後ろを向いていたのだ。
「(やっぱり、ユーリさんは魔法を……)」
そう思わずにはいられなかった。だが、ランスは驚かずただ鼻息を荒くして。
「ふん! 遅いのだ!」
そう苦言を言っていた。
「あんま無茶言うなよ。この手の相手は硬いんだから」
そう言って首を振っていた。ランスも剣を仕舞うと、倒れている像を見る。見てみれば、それなりに高そうな像だ。
ユーリの方は粉々に爆発してしまったが、ランスの方はまだ破片が大きい。
「シィル。この彫像は持って帰るぞ。キラキラしてるし、中々美人の像だ。綺麗に接着剤でくっつければ、家のいいインテリアにもなるだろう!」
「え……? でも、かなりボロボロですよ……?」
「パズルを組むと思ってすれば良いではないか。がはは!」
無理難題を吹っかけて来るランスだ。
《ランスアタック》を直撃した頭は、もう見る影も無いからどんな難解なパズルよりも難しくなってるその破片を見てシィルは思わず唖然とする。……一体いつまでかかるか想像が付かないのだから。
「おいおい。まだ四魔女の1人も捕まえられてないんだ。後にしとけって。先にマリアだろう」
「む……、まあ それもそうか。だが、シィル。回収するのを忘れえるなよ?」
「は、はい」
「がははー! それでは第二研究室へと行くぞ!」
ランスは、さっきまで水の彫像が守護していた扉の方へとずんずんと向かって行った。
「ははは……、まあ直ぐに忘れると思うから。ほっといた方が良いと思うよ。……てか、あれを組み立てるのは無理だ」
「私もそう思います……」
ユーリの言葉に思わずシィルも同意してしまう。
忘れるとは思うが、思い出した時に色々と言われたり、何かされたりしそうだと、思ってシィルは目をうるうるさせていた。ユーリは思う。……シィルはやっぱり虐めたい衝動にかられてしまう属性を持ってるだろうと。
だが、ユーリは判ってなかった。
顔を気にするその時。ユーリ自身もその属性をしっかり身に纏わせていると言う事を。
~迷宮≪地獄の口≫ 第二研究室前~
3人は彫像の守る扉の前へと立つ。
「判ってると思うが、トラップが仕掛けられてる可能性もあるから慎重にな。……掛かっても八つ当たりするなよ」
「オレ様がそんなもんに引っかかる筈ないだろう!とは言え、あの2体の像以外にも罠があれば、相当に性格が悪いな。オレ様ほどの強さがあってこそ楽勝に見えるのだが、凡人であれば全滅もしくはほぼ全滅だ。その上罠なのだから」
ランスは、そう言う。だが、いつまでたっても扉を開ける気配は無い。ランスはニヤリとシィルの方を見ると。
「よし。シィル。オレ様の代わりに扉を開ける事を許可する」
「ぅええっ!?」
突然ふられたシィル。当然驚いていたが、嫌だといえるはずも無く、頷いた。
「おいおい。無茶させるなって。シィルちゃん。オレが代わろう」
シィルにさせるくらいなら、体力も防御力も明らかに高い自分のほうが危険は少ないだろう。だが、シィルは左右に首を振った。
「わ、私がやります。ランス様もユーリさんも戦いを終えたばかりなのですから……」
「うむ、その通りだ。オレ様の奴隷であるシィルはこの程度チョチョイのチョイと出来るだろうからな」
がはは、と笑いながらそう言うランス。
頼られている気がするシィルは、怖いがやる気が出たようで、ぐっと力を入れていた。
「やれやれ……」
その気概を損なう事もしたくない為、ユーリはその場をシィルに譲った。……何があっても、直ぐ動ける準備だけはして。だが、問題はその後だ。
「……確か、ネイの情報によればマリアは第一か第二のどちらかに必ずいると言っていたな。そこで、ランスの作戦は、この部屋に行き待ち伏せする。と言うものだな?」
「がはは。その通りだ。オレ様のスーパー待ち伏せ大作戦というわけだ!」
腰に手を当てながら、ゲラゲラ笑うランス。だが、1つ忘れてないだろうか?
この部屋の前の惨状を。
「……仕掛けといた罠の1つが綺麗さっぱり壊れてるんだぞ? それでも、ここに来るのか?」
「馬鹿め、マリアを見て無かったのか? あいつは超ド近眼だ。眼鏡をかけてても見えんだろ!」
「……見えないんなら、何のための眼鏡なんだよ」
苦言を呈するが、もうこれ以上言っても無駄だろう。それに、この部屋にあの第一の扉を開ける手立てがある可能性もあるから入る事も結構重要だと、ユーリは何も言わなかった。
「で、では開けます!」
シィルは、やや手に入る力を過剰に込ながらも扉少しづつ開けていった。
「大丈夫だ。……守ってやる。俺とランスがな」
「ふん! 馬鹿言え!」
ランスは決して認めそうに無いが、シィルを見捨てることもありえないだろう。シィルはその言葉に勇気を貰ったのか、まだ1割も開いてなかった扉を一気に開いた。
するとそこには……。
「ああっ!」
「………」
「ん??」
「なっ!!」
これは、本当に驚いた。
作戦ではこの部屋で待ち伏せる筈だったのだが……、扉の中にはマリアがいたのだから。
「げげげっ! なんでアンタ達がここに?」
「がははは! さすがはオレ様の強運だな? 見ろ! 待ち伏せするまでも無かったということだ!」
「はい! ランス様。とてもラッキーですね!」
「でも、どうやって中に……ん?」
ユーリはそう言いながら中を奥を見た。
そこには道が一本あり、奥は見えないがどうやらそこがさっきの第一研究室に繋がっているのでは?と想像が付いた。
「成程な。どちらかにいると言うのは、こう言う事か。直通の道があるんなら移動も簡単だ」
「う……、その通りなんだけど。なんか悔しい」
「だが、なぜ此処に? さっきの場所で良かったんじゃないか?」
「それはあんた達のせいよ! 第一研究室は、あの後水浸しで大変で、まだ片付けも済んでないし、大事な資料も全部一緒に流されて……もう! 責任取ってよね!」
「……盛大に押し流したのは、いったい何処の誰だったか?」
これまた盛大に怒るマリアだったが、誰がどう見ても、原因はマリアの水の魔法である。
そもそも、水系の魔法を使えるのは今はマリアだけなんだから。
「ふん! そんな自業自得は知らん! そんな事より、さぁお仕置きの時間だマリア!」
「降参した方が良いですよ」
「まぁ、こっちの研究室も駄目になるかもしれんし、潮時ではないか?」
全員が臨戦態勢。戦況は3対1であり、圧倒的不利な立場だったマリアだが、毅然とした態度を崩さず、視線も逸らせずこっちを見据えていた。
「ふん! 何人来ようが、この指輪を付けてる限り、私が負けるはず無いんだから」
「がはは! オレ様がその程度で負けるはず無いだろ!」
「いえ、先ほど……」
「言わないが花だ。シィルちゃん」
「あ、そうですね……チャック、チャック」
「聞こえているわ! 馬鹿者!」
「ひんひん……」
ランスに聞こえていたようで、シィルに拳骨を見舞いシィルは涙目になっていた。だが、ユーリだけはその指輪をしっかりと見据えている。
「確かに指輪の力でそこまでの魔力を得たのなら、判らなくもないが、あまり見縊らない事だ。……研究所を失ったことより、泣き目を見るぞ?」
「ふん! さっきのでまだわからないなんて、もう死ななきゃ判らない見たいね!」
マリアはそう叫びながら手を前に掲げると、その指に填められていた指輪が妖しく青く光る。明らかな戦闘体勢、戦闘開始の合図だ。
「がはは! 勝ってお持ち帰りじゃー!」
「援護します!」
「やれやれ」
3人とも一気に飛び込む。……が、
「迫撃水!」
マリアは初戦の時と同様に、水の柱を発生させる。初見であったこと。マリアの容姿を見て魔法使いと言うより研究者だと思ってしまったこと。何より場所が狭いと言うこと。それらが合った為、なす術も無く流されてしまったのだ。
だが、今は場所も状況も違う。
「ふんッ!!」
ユーリは、迫り来る水を両断。
水を斬ったというよりは、衝撃波の様なもので軌道を変えたのだ。煉獄を使っていたら遅れるのは先ほどの事で確認済みなのだ。
「な、っ……!」
まさか、水が魔法が斬られた(様に見える)なんて驚いたが、直ぐに立て直した。
「一度食らえば、そんな馬鹿正直に撃ってくるものなんぞ、二度とは食らわない。……それが一流と言うものだろう? なぁランス」
「当たり前の事を言うんじゃない! 偉そうに! だりゃああ!!」
ランスは、ユーリを飛び越えてマリアに迫るが。
「この! 水雷!!」
飛び掛るランスに向かって即座に水雷を撃ち放つ。初級の魔法ゆえに速度は中級の魔法を遥かに凌駕する。そして……。
「ぬあっ!!」
ランスはずっこけた。
飛び上がったとき、ユーリに脚を?まれた為だ。
「ブッ……! 貴様何をする!!」
「ランス、着弾点を見ろ」
ユーリはそれ以上何も言わず、ランスにその水雷の≪跡≫を指差した。
「げ、なんだ? あの穴は!?」
そこには、ぽっかりと大きな穴が出来ている。
さっきの彫像は20~30cm程度の穴だったが、その倍はありそうだ。つまり倍以上の威力。それに、直撃後に発生する衝撃波で辺りに爪跡をも残しているのだ。
「す、凄い威力です……」
シィルは思わず絶句する。さっき戦った彫像が使っていた水雷よりも明らかに威力が上なのだから。そもそも、初級の魔法は名の通り、属性は別にしても初めに覚える魔法。入門編の様なものだ。なのに、この威力。
つまりは≪指輪≫の力だとしたら……、末恐ろしい凶悪な兵器と言える。
「オレ様がお仕置きをするのだ!この程度、なんでもないわ!」
「ふんっ!驚くのはまだ早いわ!水雷!水雷!!もう纏めて水雷×4!!」
「ぬが!!連発するなど卑怯では無いか!」
「厄介だな。あの威力で連発か。」
ランスは悪態をつきながらも、直撃を寸前の所で回避。避ける避ける。ユーリも避けつつ、剣で叩き落す。叩き落した時に伝わる衝撃も相当なものだ。
これも指輪の力だろう。初級とは言え、ここまでの速射は普通は出来ないし、この威力も異常なのだから。
「えい! 炎の矢!」
「ふん! 炎なんて、水の前では無力よ! 威力も大してないし! 水雷!!」
シィルも後衛から応酬するが、マリアも余裕をもってそれを全て撃墜する。
空中でぶつかり合う2つの魔法。威力は圧倒的にマリアの方だが、弱めるのには十分であり、直撃をするリスクもかなり軽減されている。
「炎の矢! 炎の矢!!」
「ふんっ! 水雷! 水雷! すいらーーい!! もいっちょ、拡散! すいらーーい!!」
互いに連発するマリアとシィル。だが、指輪というブースターを持っているマリアと威力をやや高めてくれる杖しか持っていないシィルでは明らかに分が悪いのだ。
「いけ! シィル!! ……うおっ!!」
威力が落ち、へなへなになってしまった水雷などおそるるに足らないとばかりランスは思っていたが、速度が遅くなり、威力は軽減されたとしても、それは水の魔力の塊だ。頬に掠めた感触。恐らく直撃でもすれば、頭蓋や顎が割れる可能性もあるのだ。
「ふん! これで止めを刺してやるわ! 迫撃水!!」
マリアは、無数の水雷の壁に隠れつつ不敵に笑う、そして3人に向かって巨大な水の滝を繰り出した。
だが、この技は3度目であり、受ける筈もない。その程度ならマリアはわかっていそうだが。
ユーリはこの時、マリアの目を見た。細く……薄めている。そして口元が高速で動いていた。
明らかに詠唱をしている。迫撃水のものではない。
つまりは……。
「迫撃水は囮か!」
「ご名答!」
マリアは叫ぶように言うと、両手を掲げた。
「そんな、あ、あれは上級魔法です!! いけませんっ ランス様、ユーリさん! 避けてください!!」
シィルはその魔法の正体をつかむと、叫びを上げた。
今まで飛んできた魔法が可愛く見える程の魔法がもう直ぐにやってくるだろう。なぜなら詠唱を唱え終えており、巨大な水の塊。が現れたのだから。部屋そのものが吹き飛びかねないものだ。
「この一瞬で私の意図に気づいたのは見事だけど、もう無理ね。その全身の骨を粉々に砕いてあげるわ!! 死ね! ウォーターミサイル!」
マリアの両手から強大な鈴の塊が撃ち出された。魔法の特性ゆえ、速度は先ほどまでの水雷には及ばないが、これは極限にまで圧縮された魔力を帯びた水の塊。逃げ場も無く直撃でもすれば、全身の骨が粉々どころか、人としての形すら留めない可能性も十分ありえる。
だが……。
「……」
その強大な力の前に立っているものがいた。
「ユーリさん!?」
「馬鹿者! 死ぬ気か! まだまだ働いてもらわねばならんのだぞ!?」
思わず声を上げてしまう2人。だが、ユーリは軽く首を振る。
「大丈夫だ。俺があれをとめたら駆け抜けろ」
「そ、そんな! 上級魔法を、お1人でなんて危険ですっ!」
「……シィル! 来い!」
「きゃっ!!」
ランスは、シィルをひっぱり後ろへと飛ばした。シィルは思わず、尻餅をつく。
「ら、ランスさまっ!?」
「アイツが出来ると言っているのだから任せるのだ!」
「ああ、任せろ」
「ふん! 何する気かしらんが、絶対に成功させろよ!? 成功させても死んだら罰ゲームだ! 貴様の童顔を全世界に配信してくれる!!」
「……ふはっ!! 余計に力が入るってもんだよ! 誰が童顔だ!!」
その声と共に、ユーリのフードが完全に取れる。黒髪と共に、彼の顔が露になった。
「っっ子共! でも、関係無いわ! この指輪を奪いに来る者には死あるのみよ! 死ねぇぇ!!」
「だから、誰が子共だ!!!」
ユーリは剣をその水の塊に根元まで突き刺した。だが、その程度では止まらない。否、その衝撃で四肢の全てが削がれ、潰れかねない威力。
……のはずだが。
「……見。俺に何度も見せた。それが悪手だったな!? マリア!」
魔法が……徐々に収縮。小さくなっていくのだ。ありえない現象にマリアは目を見開いていた。
「な……一体何が!?」
魔力が完全に弱体し ただの水となった今、空中で留まる力も失い、雫となって四散した。マリアはまだ、認める事が出来なかった。
ウォーターミサイルは自身が使える力の中で最強。であり、上級魔法。
同じ威力も魔法をぶつけ相殺するなら兎も角、剣と翳した手であんな真似をするなんてありえないと思っているのだ。
だが、現実起こっているのだ。それでも、認められないでいた。
「今だ! 行け! ランス!!」
「ラァァンス……アタァァァック!!!」
ランスは、唖然としているマリアの眼前の地面に力を集中させた剣を振り下ろした。ランスの闘気の爆風が巻き起こり、衝撃波となってマリアを壁にまで吹き飛ばした。まるで、枯葉の様に吹き飛ぶマリア。
そして、まるでスローモーションの様にゆっくりと、地に激突する。身体がぴくりとも動かない。
「はぁ……そ、そん……な……」
マリアは、信じられない様にしながらも、最後には目を閉じ意識を手放した。
最後に見たのは目の前のランスの憎々しい笑顔。自分が負けたのだと理解させるのには十分過ぎるものだった。
こうして四魔女の一角。マリア・カスタードは敗れたのだった。
~迷宮≪地獄の口≫奥 ???~
ここは、迷宮内でも奥の方にあるとある部屋。
部屋の明かりはついてなく、暗闇の中に3つの影が立っていた。その輪郭は確認できるが、誰がそこに立っているのかは判らない。だが、判るのはその中心にいる人物が笑っていると言う事だった。その瞬間。火が灯り……火の灯りに揺られながら輪郭も揺れ、そして声を発した。
「……どうやら、マリアがやられたようだな」
「へぇ……あのマリアがねぇ……でも、大丈夫でしょ」
「ふふ、あのコにしては、良くやった方。……最弱なのに……ね、それなりには働いてくれたみたいよ」
妖しく揺れているその影。
火の明かりは影と同じ数だけともり、影が交差し、更に不吉な揺らめく影が生まれた。3つの影が重なり、まるで1つになったかのよう。
「でも、冒険者如きに負けるとはね……、魔女の名の面汚しよ」
「心配するな……次はこの私。玄武が相手をしてくる。……直ぐに3つの死体を持ってきてやろう」
「ふふふ。任せた」
火の1つが消えた時だ。
突然、部屋の明かりがパチッと点けられ、光りに照らされた。
揺れていたからこそ、妖しく見えていた影だったが、全体を照らされてしまえば、影も消え去り、正体もはっきりと見て取れるようになっていた。
「あ~、あれぇ?」
そこに立っていたのは、1人の少女と2体の幻獣だった。訳のわからない様子だ。それはそうだ。突然消していた筈の灯りが点いたのだから。スイッチは、部屋の入り口にあるから、そっちの方を見ると、そこには四魔女の一角である《エレノア・ラン》が腕を組んで立っていた。赤い髪を背中にまで伸ばしていて、落ち着いているその様子は何処か大人びた雰囲気を生み出していた。
だが、次には呆れるようにため息を吐く。
「全く……。ミル? 部屋を暗くして遊んでたら目が悪くなるわよ?」
「はーーい、ごめんなさ~~い!」
部屋の奥にいた少女。こちらも四魔女の一角である《ミル・ヨークス》
ぺろりと舌を出して謝る。その仕草から、随分と歳下の様に見えるのだが、容姿は同じ位に見える。
「それになーに? その変な喋り方」
「漫画で読んだのを私なりにアレンジしてみたの。どぉ? 格好いい??」
「さてね? でも、幻獣はただ立ってるだけでしょ? 全部1人で喋ってるし、声色も全然変わってないから、違和感ありまくりよ?」
「えへへ……、そこはあれだよ。乞うご期待ってことで」
「しないしない」
ランは苦言を呈す。
だが、幻獣達はミルに合わせて首を振っていた。喋る事はできないが若干の意志は持っているようだ。……だが、如何せん姿が醜悪だ。青白い身体にギョロリとした目玉。まったくと言っていい程、可愛らしさのかけらも無い。
「はぁ……、思ったんだけど、これはどうにかならないの?」
「えっとね……、指輪の力を上手く制御できなくて、こんな容姿になっちゃうんだ。ん~私も前の幻獣さんの方がいいからね。頑張って制御してみせるよ?
「それは良いことって思わなくも無いけど、ファンシーなのが戦闘するのも……でもま、これよりは良いかな……。ってそれより!」
ランは、幻獣の事を言っていたが、まだ言いたい事があったようで、話題を変えた。
「マリアを勝手に最弱にしたり、冒険者に負けさせたりしちゃ駄目よ。ちゃんと後で謝っておきなさいよ」
「はーい!」
ミルは手を挙げつつ元気良く返事をする。
まさか、夢にも思わないだろう。今まさに、その設定上の物語を演じている時にマリアが冒険者に負けていると言う設定通りになっていると言う事は。
「あ、でもね? 演出上でもマリアが最弱ってわけじゃないんだよ?」
「え? どういうこと?」
「ん~、だってね、残ったいかにもって感じの3人だけど」
ミルはにやりと笑って言う。
「あっさりと負けちゃうんだ。瞬殺ってヤツかな? で、因みに、一番善戦したのがマリアの役なの~」
「……あまり影響良くないわ。もうそんな漫画読むの止めなさい」
親の心がわかって気がするラン。
ミルは大きな大きな子共だと言う事だろう。
だが……
とても不吉な予言に似たことをミルは言っていたのだった。
後書き
〜人物紹介〜
□ ネイ・ウーロン
Lv8/27
技能 シーフ Lv1
バード冒険団に所属している女冒険者。その冒険団と共に今回の依頼を受けていたのだが、マリアの研究室を守護する水の彫像にパーティは全滅させられ、何とか逃げおおせた先で、ランス達に発見される。迷宮と言う危険地帯で発見された幸運を神に感謝もしたが、その後にランスに襲われてしまい、神なんか信じられるかと、泣きながら姿を眩ませる。
その後にユーリに出会い、ランスの仲間だと知った時には激怒。ランスのとばっちりを受けたくなかった彼は冷静に対処し、事なきを得た。
……でも、あの娘は、ユーリとランスを恨んでいる。そしてネイはランスを恨んでいる為、共通の目的を持つものが現れたのなら……、何か行動を取るかも知れない
〜モンスター紹介〜
□ 水の彫像
マリアの第二研究室を守るガーディアン。知能もそこそこ高く状態異常の魔法スリープと、水の魔法を使い分けて使いこなしてくる強敵。
スリープは、何気に高等魔法だから、結構技能的にもレベルは高い。
だが、最後はランス達の手でバラバラにされた。
家のインテリアとしてに飾られるかどうかはまだ未定である。
〜技紹介〜
□ 煉獄・爆砕
使用者 ユーリ。
通常よりも、剣に込める闘気を上げる事で爆発性を高めた一撃。
勿論起爆も必要であり、遠隔操作も可能。ガーディアンには、刃を身体に入れ内側から闘気の爆発を引き起こした。
威力は今出てきている中では最高クラスだが、溜めに時間がかかる為、使用はしにくい。
それに、起爆させる時は十分離れてやらないと、大変危険である。
□ 水雷
使用者 マリア
指先から生み出した水の塊を撃ち放つ初級魔法。異常なまでの数を撃ってはいるが、基本性能ではここまでは出来ないのであしからず。
水の魔法より、氷の魔法の方がメジャーな為、割りとレアな魔法でもある。
□ ウォーターミサイル
使用者 マリア
揃えた両方の手から濃縮された巨大な水の固まりを撃つ上級魔法。水雷と同じくタダでさえ、レアな水魔法の上級魔法に当たる為、使い手がおらず、基本的威力もわかりにくいのは確か。
……どういった手かわからないがユーリに潰された為、本当に威力はわからなくなっている。
〜アイテム紹介〜
□ 蒸発の実
名前の如く、水を蒸発させてしまう実。料理で良く使用するらしく、≪使用量を正しくお使い下さい。ピンポーン♪≫となっている。
量によっては湖をあっという間に蒸発させてしまうから、飲み水にも十分に注意した方がいいだろうとも思えた。
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