White Clover
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放浪剣士
魔女の血を継ぐものⅠ
魔女―――。
私が生まれるずっと以前。
曾祖父の時代から、魔女あるいは魔術師と呼ばれる者達は存在していた。
森羅万象を操り、人へと災いをもたらす危険な存在。
時には民へと紛れ込み、時には国中枢の権力者へと紛れ込み国を混乱へと陥れてきた。
そう、伝えられている。
「どう、これでもまだついてくる気持ちはかわらないのかしら」
私に向けられていたのは静かで、氷のように冷ややかな視線だった。
気持ちは変わらない―――。
いや、むしろ魔女であるならば尚更のこと私は彼女から離れるわけにはいかない。
真偽を確かめねばいけない。
果たして本当に魔女は…いや、彼女はこの世界へと災いをもたらす者なのかを。
「なるほどね」
ふと彼女が微笑むと、まるで一瞬で極寒の地へと移動したかのように私の身体は寒気を感じ震え上がった。
見透かされているのか?
相手が魔女ならば、それも不思議な話ではない。
「別に、ここであなたと殺し合おうとは思っていないわ」
気がつくと私の手は剣を掴み、半分もの刃を鞘より抜き出していた。
「さぁ、行きましょう。臆病な護衛さん」
彼女はそう言い、くすくすと笑いながら再び道を歩み出す。
相手にもならない、とでも言われているかのようだった。
まるで警戒などしていないその背中。
実際、私が今斬りかかったところで命を落とすのはどちらなのか―――。
答えは明白だった。
私は剣を静かに納め彼女の跡を追った。
やがて、みえてきたのは小さな村。
露店の一つもなく、活気もない閑散とした村だった。
だが、それでもどれほど小さな村にも兵士はいる。
それほどに民は、王族貴族は魔女を恐れていた。
魔女魔術師と疑わしくば即処断せよ。
その言葉の通り、魔女や魔術師の烙印を押された者は弁明の余地もなく即殺害された。
万が一にもそのような疑いをかけられるのは避けなければいけない。
だが、不思議な話だ。
危険な旅路を女性一人続けていた彼女。
端から見れば、いかにも怪しい事だろう。
どのようにその疑惑の目を避けてきたのか。
その答えは、いかにも単純なものだった。
考えていたのが馬鹿馬鹿しくなるほどに。
前を歩いていた彼女の周りから、ふわりと風が舞い上がる。
それとほぼ同時に、彼女の存在感は消えてしまった。
今、この瞬間まで共に歩いていた私が見失いそうになるほどにだ。
魔法。
そう、常識など通用しない。
森羅万象を操る存在に常識を当てはめるほど馬鹿げた話はないのだから。
貴女には驚かされてばかりだ―――。
そう彼女へ言うと―――。
「その言葉、そのまま返すわ」
彼女はくすりと笑い、そう呟いた。
村へ入ると、やはり兵士にあれやこれやと聞かれるのは私だけだった。
兵士どころか、大人も子供も誰も彼女の事など気にもとめはしない。
「今日の宿を探しましょう」
そういえば、もう日も落ち始め空も暗くなり始めていた。
村に一つの小さな宿屋。
やはりというべきか、部屋は駐屯する兵士にその殆どを使われ、残った部屋も運悪く旅の者でいっぱいだという。
「困ったわね」
本当に困っているのだろうか?
彼女の声色からは全くそのような感情は感じられない。
途方にくれた私達に声をかけたのは意外な人物だった。
「こんばんは、もしかして宿がなくてお困りですか?」
小さな身の丈に、この村には似つかわしくない、まるで貴族の子であるかのような金色の髪をもつ少女。
こんな時間に。
その疑問をかき消すかのように、少女は驚くべき事をしてのけた。
「お姉さん、どうしてそんなに驚いているの?」
少女には見えて…いや気付いていたのだ。
魔法でその存在感を極限まで薄め、普通ならば話し掛けられなければ気がつくはずもない彼女に。
「あなた、魔女ね」
少女を見下ろす彼女の瞳は殺気すら感じられるほどに冷ややかだった。
しかし、そんな視線も幼さ故かまるで気が付かないかのように少女は答える。
「まじょ?私はアリスっていうの。よろしくね」
屈託のない笑顔。
これほどまで幼くとも、このアリスと名乗った少女は世界へと災いをもたらす魔女なのだろうか?
「お家に行きましょう。遅くまでお外にいると、怖い怪物が私たちを拐っていくのよ」
私達二人の袖を引っ張り促すアリス。
仕方がない―――。
どうせ、宿もない。
それに、これほどに幼い魔女になにかできるとも思えない。
彼女も本意ではない、といった様子だがアリスに引かれるがまま、その家へと向かった。
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