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鬼館

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第一章

                       鬼館
 上海郊外にある洋館があった、この洋館については昔から奇怪な噂があった。
「出るらしいぞ、鬼が」
「それもとびきり悪質なのがな」
 鬼、中国で言う霊のことだ。ここから中国では閻魔帳のことを点鬼簿といい死んだことを鬼籍に入ったと表現する。
「清の終わり位に英国人が建てたらしいが」
「そこで雇われていた女中が主とできて奥方に殺されたらしい」
「その殺され方があまりにも酷くてな:」
「それで鬼になったらしい」
「その奥方を祟り殺して主もイギリスに戻ってからな」
「貿易商が家に入ったが」
 その貿易商はというと。
「その女中の鬼に憑かれて首を吊って縊鬼になったらしい」
 首を吊って死んだ者がなる鬼だ、鬼の中でもとりわけ強い怨念を持っていると言われている。
「それでそれから次々に人が入ったが」
「全員その中で死んだのか」
「祟りを受けて」
「そうなったのか」
「文革の時に取り壊されそうになったが」 
 その時はというと。
「火を点けようとしても点かない」
「腕ずくで壊そうとしても敷地内に入った紅衛兵はその場で全員狂いだして三日後に死んだらしいぞ」
「それで取り壊されずに残っていたらしいな」
「今もか」
「もう百年以上経っててもか」
「建っていてしかも誰も住んでいない」
「そうした洋館なんだな」
 そんな話がだ、上海でも為されていた。そしてその洋館を遠くから見ると。
 イギリス風の確かに立派だが古ぼけていてだ、白い壁にはヒビが入り赤い屋根は殆ど緑の蔦に覆われている。庭は荒れ果てていて壁も殆ど蔦に覆われている。
 窓は木窓で塞がれているがあちこちが壊れている、そして中は見えない。玄関までの道もどうしようもなく荒れている。
 その洋館を実際に見た面々もだ、言うのだった。
「本当にな」
「何か出そうな場所だな」
「絶対に何かいるな」
「というかいるんだろ」
 その鬼がというのだ。
「若しあんな場所に入れば」
「一発で祟り殺されるか」
「首を吊らされられるか」
「どうなるかわからないな」
「これ以上近寄らない方がいいな」
「ああ、これ以上近寄ったらな」
 それこそというのだ。
「鬼に祟られるぞ」
「憑かれるぞ」
「それで殺される」
「あの洋館に引き摺り込まれるぞ」
 こう言って怯えて誰も近寄ろうとしなかった、だが。
 世の中は広くそもそも中国という国は人が非常に多い、中にはこうした話を信じる人もいればそうでない人もいる。
 それでだ、こうした話を全く信じない王義文という近頃商売が成功して一気に大金持ちになった男がだ。
 その洋館の話を聞いてだ、笑い飛ばして言った。
「鬼なんかいないさ」
「いや、そう言うがな」
「あの洋館は本当に出るらしいんだよ」
 話を信じている知人達は笑い飛ばす王に言った、王の黒い髪の毛を短く刈った長方形の顔を見つつ。その広い口と細い目と眉も見つつ。
「これまであの中で何人も死んでいるんだ」
「女中の鬼が出てな」
「首を吊った縊鬼も出るんだぞ」
「紅衛兵の連中も相当殺されたらしいんだ」
「中に入った人で一人も帰った人はいない」
「そんな場所なんだぞ」
 こう口々にだ、王に話すのだった。
 しかし王の考えは変わらない、やはり笑って言う。
「よし、そんなに怖い鬼が出るのなら」
「どうするっていうんだ?」
「一体」
「何か考えがあるのか?」
「まさか洋館に住むとか言わないな」
「いやいや、もうしっかりした家はあるし別荘も広東に買ったよ」
 それでというのだ。 
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