『DIGITAL MONSTER X-EVOLUTION:Another-X』
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第二幕:【立ち返りし日々に安寧無し】
――――昨日から今日へ。
――――今日から明日へ。
その流れこそが、世界の定め。
――――過去から現在へ。
――――現在から未来へ。
その流れこそが、この世の掟。
繰り返し。繰り返し。繰り返して、繰り返す。
何かを刻んで。何かに刻んで。何かで刻んで。
その刻んだモノが、世界を造り続ける。
…………たとえそれが。
どれほど不毛で、不穏で、不変で、不安定で、不可思議ながらも続いてゆく世界でも。
きっと。どこまでも、世界は無くならないと。
――――そんな嘘を、ぼくらは“まだ”信じていた。
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第二幕:【立ち返りし日々に安寧無し】
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【旧世界】。
【NDW】と区別するために、呼称を改められたこの世界には、未だ多くのデジモンが存在した。
原型となった生物と同じ営みをする者。
人知の及ばぬ近未来の摂理を往く者。
そして、不条理なる“悪性”を布く者。
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――――嘲笑が、谺していた。
此処は嵐と云う名の、暴虐の腹の中。
空は闇に染まり、立ち籠めた黒雲が稲妻と暴風を吐き出し、氷雨が容赦なく身体を殴打する。
巨大な拷問器具と成り果てたその場には、苦しみのたうつ6体の影。
――――山吹の機竜・“メタルグレイモン”。
――――蒼月の人狼・“ワーガルルモン”。
――――灼火の鳥人・“ガルダモン”。
――――強堅の甲蟲・“アトラーカブテリモン”。
――――怒涛の海獣・“ズドモン”。
――――魅惑の妖精・“リリモン”。
皆、一様に名の知れた“完全体”デジモンである。
弱いわけではない。寧ろ、強者の位にあるほどだ。
何故ならば、デジモンとしての完成形態は、本来“完全体”でこそあるからだ。
それ以上、その先へは――――進めるモノは、ほんのごく一部の、更に一握り。
“究極体”などという括りは元々、後になって生み出された分類に過ぎないのだ。
…………繰り返すが。彼らが弱いわけでは、断じて、ない。
それが、圧倒されている。蹂躙されている。
「――――如何に完全体が雁首を揃えたとて、『力束ねし者』亡き今、有象無象では話にならぬわ」
嘲笑の主が、闇の嵐の中心で嘯く。その正体の名は――――“ヴァンデモン”。
“貴族”、“悪虐の王”、“不滅の不死者”…………数々の異名を持つ、デジモンである。
「ククク…………このまま、我が『闇のチカラ』に平伏すがいい」
「…………ふざッけるなッ! 誰がオマエなんかに…………ッ!」
軋みあげる身体を叱咤し、メタルグレイモンが立ち上がる。
その瞳には、義憤の炎に満ちていた。
「【ギガデストロイヤぁああああ】――――ッ!!」
吼えるような呻き声と共に、メタルグレイモンの全エネルギーが胸部に集中し、
絶叫と共にその胸部装甲が開放。
核弾頭クラスの威力を誇る、必殺の生体ミサイルが放たれる!
「フ…………無駄なことを」
対してヴァンデモンはマントを広げ、その内部から【闇】を解放した。
「【ナイトレイド】!」
【闇】は無数の蝙蝠を形作り、群れを成してミサイルへと殺到する。
――――両者の繰り出す『必殺技』が、真正面からぶつかり合う!
「!!」
が、直後に起こる筈の衝撃も爆風も――――それどころか、激突音すら聞こえることは無い。
何故なら、メタルグレイモン必殺の一撃は、闇色の蝙蝠どもに喰らい尽くされていた。
無情に。無残に。無慈悲に。
そして、獲物を喰らい終えた闇色の軍勢は、次の標的に狙いを定める。
――――即ち、メタルグレイモンを。
「【カイザぁぁネイル】ッ!!」
刹那、網目の如く交差した斬撃が、蝙蝠の群れを瞬く間に切り刻む。
メタルグレイモンの背後から飛び出した、ワーガルルモンによるものだ。
「ぬッ」
「だァあああああああ――――ッ!!」
一瞬で間に割って入り、間合いを詰めたワーガルルモンは、そのまま息も吐かせぬ接近戦を挑む。
両の拳での連打。連打。連打。連打。連打。連打。
速射砲のような、連打。
されど。
「…………ッ!!」
これほど打ち込んでいるにも関わらず、ヴァンデモンの黒い外套を、突き破るには至らない――――!
「――――その程度か? ん?」
「ッ、【円・月・蹴り】ィッ!!」
不敵に嗤うヴァンデモンに、直感的な危険を感じたワーガルルモンは大きく後方へ飛び退きつつ、
強靭に発達した脚から半月型の衝撃波を蹴り出した。
この判断は、正しかった。
「【ブラッディストリーム】!」
外套で死角になっていた方のヴァンデモンの手から、血のように赤い雷撃の鞭が繰り出される。
これによりワーガルルモンの放った技は掻き消されてしまったが、雷撃の鞭からの回避には成功した。
ワーガルルモンが叫ぶ。
「――――今だ!」
「くらえ――――【トライデントアぁああああム】ッ!!」
応える様に響き渡るは、メタルグレイモンの雄叫び。
ヴァンデモンが『必殺技』を繰り出す為に腕を振り抜き、次の動作に至るまでの僅かな隙を狙った
メタルグレイモンは、無防備な背中目掛けて機械化された左腕から、鋼の爪を銛のように射出した。
音の壁を破り、文字通りの『三叉槍』と化した渾身の一撃。
至近距離からのこの攻撃は、ヴァンデモンと云えど避けようがない。
「むッ」
だから。
それを。
振り向いて。正面から。
受け止めた。
「――――なッ!?」
「体格が勝るから勝てると思ったか? ならば教えてやろう。
“デジモン”に於いて、体格の優劣と戦闘力の差は――――必ずしも一致するものではないのだと!」
比較して、華奢で細身の外見をしたヴァンデモンが。
比較して、圧倒的な巨躯を持つメタルグレイモンを。
人間で云うところの、背負い投げの要領で投げ飛ばした。
「ごぁ…………ッ!?」
体型のために受け身すらとれないまま、メタルグレイモンは背中から地面に叩きつけられた。
無残にも、その意識が刈り取られる。
「メタルグレイモン!!」
ワーガルルモンが悲痛な声を上げたが、途端に力尽きるように膝を折った。
「…………ッッ! この『結界』の邪魔さえなければ…………」
そうなのである。
6体という数字上での有利、加えて同じ“完全体”デジモンというクラス条件。
“ウィルス種”に対する“ワクチン種”という“種属性相性”。
どちらも優位である筈――――にも関わらず、彼らがヴァンデモンを打倒出来ない理由が此処にある。
――――この“闇の嵐”に、理由がある。
「その通り。この嵐こそ、我が『結界』。我が『領土』。我が『世界』!
今やこの地は、我が“闇の力”によって支配された。この“闇の力”が充満する嵐の下に居る限り!
“闇の力”に通ずる者でなければ、その能力を十全に発揮することは出来ない!
何者がどれほど立ち塞がろうと、このヴァンデモンの優位は、微塵にも揺るがぬのだ!!」
あまりにも、荒唐無稽な言葉。
常軌を逸しているとしか思えないその言葉は、誇張などでは、断じて、ない。
どれほど馬鹿げていようと。どれほどの矛盾を抱えていようと。
デジモンは自分に出来ることしか出来ない。
即ち。
実行可能と自らが判断すれば、それは実現可能なのだ。
そして、此の地、此の場に、此の“闇の嵐”がある限り、万象はヴァンデモンの掌の上にあると同義。
…………紛れもなく今、【旧世界】は、ヴァンデモンの支配下に、ある。
事実、ワーガルルモンを初め、その仲間たちは既に身動きすることさえ儘ならない。
「――――アレが見えるか?」
ヴァンデモンが、己が後方のモノを見上げながら、言った。
そこには。
ドス黒い渦を巻きながら、天と地とを繋いでいると錯覚するほどの、巨大な“闇の竜巻”があった。
それはさながら、天高くそびえる立つ巨塔のようで。
…………僅かだけ。ワーガルルモンは。
竜巻の内部に、鮮血色の塔を、見た気がした。
「そう。その通り。アレは、【塔】だ。
忌々しい陽光を遮る“雲”を生成、それを散布・拡散を可能とする機能を有し、
更には“闇の力”を増大させ、我が能力を100%以上引き出す為のモノ。
――――だがしかし! それだけではない!」
喜々としてヴァンデモンは語る。
己が絶対的優位は覆らないと。確信しているからこその、行為。
「孰れ――――計算して、あと48時間程か――――“闇の力”がこの【旧世界】を蔽い尽くし、
万象が“闇”の水底に沈み、総てをこの手にしたその時! 人間界への扉を開く!!」
嘲笑と共に谺《こだま》す、ヴァンデモンの宣言。
それはデジモンの在り方として、明らかに常軌を逸していた。
「ククク…………滅びゆく運命の【旧世界】に、未練は無い。
大人しくしていれば、命だけは助けてやらんことも無いが――――」
不遜な態度を崩さないヴァンデモン。
踵を返し、無様を晒す6体に背を向ける。
まるで、彼らに対する興味を失ったかのような素振りであったが、
「――――いや。矢張りここは私のチカラを知らしめる為、死んでもらうか」
無論、見逃すつもりなど、ある筈がない。ギラついた眼光が、6体総てを捉える。
双眸が、紅い仮面の奥で愉悦の色を放った。
「ッッ!!!」
ワーガルルモンの表情に戦慄が走るが、既に身動きすらとれない身体では、どうすることも出来ない。
――――もはや打つ手はなし。万事休すである。
「さらばだ―――――【ナイトレイド】ッ!!」
視界を埋め尽くさんばかりに解き放たれた“闇色の蝙蝠”は、6体目掛けて殺到した。
――――瞬間。
突如吹き荒れた“蒼の旋風”により、蝙蝠は残らず塵へと還ることになる。
「な――――に――――ッ!?」
想定した事象とは、あまりにかけ離れた結末。
今度は、ヴァンデモンが戦慄する番であった。
「何――――が、起こっ――――ッた!?」
「――――決まってるじゃん。悪い子へのおしおきタイムさ」
疑問からの即回答。
単純にして明確なその返答は、しかしヴァンデモンにとって重要ではない。
一体何者の発言か。それが、最大の問題だった。
声はすれども姿は見えず。ヴァンデモンをして――――否、この場に居る全員の目には、“蒼い風”が
躍る様しか見えない。
「!! 貴、様、はッ!!」
だが。それ故に。
こんな芸当を可能とする者は、デジモンの中でも極めて限定される。
「“蒼穹”。“蒼風の守護者”。“天裂く蒼雷”。“神速の蒼竜騎士”!!」
憎々しげにヴァンデモンが吐き捨て、
「【ロイヤルナイツ】――――“アルフォースブイドラモン”…………!?」
ワーガルルモンが、愕きの声を上げた。
「ふっふっふ………………イエス、アイ・アム!」
不敵に笑う“蒼い風”が、その姿を現す。
――――全身に纏う『ブルーデジゾイド』の蒼鎧。
――――“蒼き幻竜”の系譜を色濃く映す、その姿。
――――伝説に謳われる“聖なる力”をその身に宿した“蒼天の覇者”。
【ロイヤルナイツ】が一、“アルフォースブイドラモン”に相違なかった。
「何故【ロイヤルナイツ】が此処に!? 【NDW】の管理に掛かっているのではないのか!?」
「ん。ドコの情報かは知らんけど、ンなガバガバな護り手が罷り通る筈がねーでしょが。
腐っても僕らは【ロイヤルナイツ】だぜ? 助けを呼ぶ声あらば、ご期待通りに即参上、ってわけよ」
やれやれだぜ、と肩を竦めながら、ワザとらしい態度で挑発をするアルフォースブイドラモン。
…………そんな余裕を見せるような最中でも、彼には一分の隙も見当たらなかった。
「っつーワケで、覚悟はヨロシか? いや、希望なら10秒ほど猶予をあげても良いんだけど――――」
ふと、アルフォースブイドラモンの声が途切れた。
ヴァンデモンの様子がおかしいことに気付いたからだ。
「――――ォ、お、ぉ、オオオォォ…………」
俯きながら、何かを堪えるかのように小刻みに身震いを起こし。
躰がみるみるうちに膨れ上がり。整えられた毛髪はざんばらに乱れ。
四肢が伸び、外套が裂け、蝙蝠のような大翼が突き出で。
上半身を赤い甲殻に、下半身は獣のような獣毛が覆い尽くし。
その姿は、見上げるような“大魔獣”――――“ヴェノムヴァンデモン”へと変貌していた。
「タカガ【ロイヤルナイツ】ゴトキ――――何為ルモノゾぉオオオオオオオ――――ッ!!」
鳴動する大気が。振動する大地が。
怨嗟のような雄叫びが、空間を蹂躙する。
「…………いや、そんなヤル気スイッチ入られてもなぁ…………ま、どの道止めなくちゃ、かな」
対するアルフォースブイドラモンはそう言って、また肩を竦めた。
その態度は驕りか、はたまた余裕か。
「…………いくぞッ!!」
“蒼の弾丸”が、“大魔獣”目掛けて飛び出した――――
……………。
…………………………。
…………………………………………………。
………………………………………………………………。
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―――――――――と、いう戦いがあった。
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「…………っで、そこからはちぎっては投げーの、ちぎっては投げーの大激闘だったのさ。
まあ、もちろん僕らの大勝利だったけどね。…………ごはんマダー?」
「あともう少しですよ。それと本日の戦果をまるで幾年も前の出来事のように言わないでください。
もっと言えば弟子に煮炊き任せてグータラすんのはやめろって何回言えば判ってくれやがりますか、
お師匠さま」
ぬべらー、と卓のようなものに突っ伏して脱力するアルフォースブイドラモンに、可愛らしくも
辛辣な言葉を浴びせる影が1つ。
2頭身ほどに擬人化され、碧い鎧を身に着けた白い小獅子姿のデジモン、
“スパーダモン”が、なんでかエプロン姿でおたまを片手にプンプンしていた。
どうやら、ここの御台所事情は彼が握っているらしい。
…………ちなみに現在アルフォースブイドラモンとスパーダモンが居るこの場所は、【旧世界】の
某所に存在する、彼らの現地拠点だったものである。
「んー…………そーいえば足りる? ごはん」
「ギリギリですかね。ただでさえお師匠さまの分がかさむのに、お客人の分もありますから」
「むぬー…………まあ、ホントにヤバいときは言ってね。僕が買い出しに行くから」
「お師匠さま、ごはん一色の思考から離れてください。さっきからごはんの心配しかしてねーですよ。
あと、買い出しに行く【ロイヤルナイツ】とか前代未聞なんで絶対にやめて下さい」
調理の最終仕上げを終え、寸胴鍋の蓋を下ろしたスパーダモンは、スタンディングスタートで
今にも飛び出そうとしている己が師に釘を刺す。
何かブーイングのようなものも聞こえたが、あえて無視した。
「そもそも、ごはんの心配をしなきゃいけないのも、お師匠さまが――――」
「ときにスパーダモンくん。デジモン同士、互いに友好を深めるには何が1番だと思うかね?」
不意打ち気味に姿勢を正して坐するアルフォースブイドラモン。
先程とはうって変わって、その声は真面目だ。
「…………唐突にイイ声を出して話題を強引に変えないでください。ええと、互いに友好を深める
ためには、ですよね? うーん…………一般的に考えて、話し合いが通じるならばそれで、ダメなら
互いの武勇を競って――――ではダメですか?」
エプロン姿からいつもの恰好へと移行しつつ、若き弟子は思いつく限りを口にした。
「デジモンとしてならそれも良し。でも、僕の弟子としてなら三角採点かな」
評価の声は柔らかだったが、しかし意外にも厳しいものだった。
「もちろん、そんな一般論も良い。大事だよ? でも、コトはもっと単純なのさ。難しく考えるのも、
良くはない。あ、勘違いしないでほしいんだケド、今の答えがダメってわけじゃあないんだ。でも、
僕としては常識に囚われない“わこうど”的斬新な意見を聞きたかったワケでね?」
「…………では、お師匠さまの場合、何が重要だと仰るのですか?」
そんな弟子の尤もな疑問に、アルフォースブイドラモンは胸を張って答えた
「それはね――――ズバリ、“ごはん”だよッ!!」
だよ――――――――――――
だよ――――――――
だよ――――
張り過ぎた声が、谺した。
「………………………………………………………………………………………………ハイ?」
「ひもじいってのは、何よりツラい。空腹は皆から笑顔を奪う。考えも纏まらないし、浮かんでも
良い考えには決して繋がらない。厳しい鍛錬をするときなんかはしょっちゅうさ。何もかも憎らしく
感じちゃうんだ。で、そんなときスゴくちょうどいいタイミングで差し出される極上肉が――――
またタマランのよね、コレが」
「単純とかそういうレベルじゃねぇぞ。ってか、後半から話が脱線してるじゃないですか」
尤もなツッコミだが、当人は涼しい顔だ。何事も無かったかのように話を続ける。
「まァ、つまりは、ダレもカレもが腹が減ってるとロクなことにならない、ってーわけだよ。
体の栄養は心の栄養。腹が満ちれば精神も満ちる。互いにおなかいっぱいにして、互いに心身
ともに満ち足りた状況をつくる――――それが、友好を深めるために必要なものだと、僕は思う。
…………僕は口下手だからさ。敵意が無いのを示そうとしても、どーしても突っかかられちゃうから、
衝突は避けられない。だから僕は、せめて戦いを終わらせた後で、みんなが腹を割って話し合える場を
作りたい。1番悲しいのは争いを止められないことより、争いを生み出してしまうことだから…………」
それは弟子に言い聞かせるように――――否。それは自分に言い聞かせるように。
とても真摯な、言葉だった。
「ハイ、真面目な話はもう終わり! ごはんごはんごはんごはん! 直ちにごはんを要求する!」
「…………はァ。マジメにしてれば素直に尊敬できる方なんだけどなァ…………」
そんな小さな愚痴は、強き要求の声にかき消され、当人に聞こえることはなかった。
だがそんなことは常の為仕方なし、と観念したスパーダモンは、食器を取り出して盛り付けを始めた。
「…………って、違う、そうじゃなくって――――!」
と、流れに任せて、危うく忘れるところであった。
「ぬァ~んなんですかこの状況はァアアアアアア!?」
言って、スパーダモンは己が師と共に卓を囲む面々を指差した。
…………そこには、集団が居た。
――――山吹の機竜・“メタルグレイモン”。
――――蒼月の人狼・“ワーガルルモン”。
――――灼火の鳥人・“ガルダモン”。
――――強堅の甲蟲・“アトラーカブテリモン”。
――――怒涛の海獣・“ズドモン”。
――――魅惑の妖精・“リリモン”。
――――そして、やおら縄でグルグル巻きの簀巻き状態で鎮座している“ヴァンデモン”である。
「何でさっきの話に出てきた当事者全員が此処に居るんですか!? つか、何で此処まで
連れてきちゃってるんですか!? 助けた方々なら兎も角、敵まで!!?」
スパーダモンの怒号のようなツッコミが炸裂するも、対するアルフォースブイドラモンの反応は
大きく首を傾げての、
「???」
であった。
「あ、ダメだこの顔。完全にコッチが何で怒ってるのか判ってない顔だ」
「ヲイヲイ心外だなあ。さっきまでの話をもう忘れたのかい? 言ったろう、友好を深める為に僕が
最も重要だと思ってるのは、」
「覚えてますよ! でもお師匠さま、ここが周囲のデジモンたちから何て呼ばれてるか判ります!?
『混沌伏魔殿』ですよ!? 仮にも聖騎士が住まう、此処が! それもこれも
お師匠さまが種族間関係ガン無視で色んな事件に首を突っ込みまくる上に、事件を治めたら治めたで
アフターケア称して敵味方問わず連れてきてドンチャン騒ぎまくるから――――」
「それじゃいただほあごほあもほも!(神速『いただきます』からのがっつき食いの為聞き取り不能)」
「聞けェエエエエエエエエエ――――ッ!!」
そんな違う意味で嵐を連想させる怒涛のやりとりに、目を白黒させる7体と+1。
「…………何なのだこれは。何なのだコレは…………」
「いや、オレたちに言われても…………」
「正直、この状況がよく判らないんだが…………」
無理もないことであった。
先程まで互いが互いを殺すか殺されるかの命の遣り取りをし、加えて(未遂に終わったものの)片方は
【別世界】への侵攻まで企てていたというのに。
今はこうして卓を囲み、食事を共に振舞われているというこの状況。困惑しない方がどうかしている。
されど。
この場の誰にも、誰からも、闘争を再開しようという意思――――“意志”は、見られなかった。
理由は単純である。既に“闘争”の空気ではなかったからだ。
「ほごあごもごむごもむもむも!」
「ああもう! 行儀悪いですよ!」
目前で弟子である小獅子とじゃれつつ飯をカッ喰らっているこの聖騎士は、しかしその使命を
全うしていた。
目には見えない悪意、そして敵意。
争いを生み出すモノを、生み出すモノだけを、彼は討ち果たしていたのだ。
その手段が、何であれ。
彼がこの平和をもたらしたのは、紛れもない事実だろう。
――――それがたとえ、すぐに終わるものだったとしても。
つづく
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