魔法少女リリカルなのは ~黒衣の魔導剣士~
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sts 19 「時が流れても……」
今日もこれまでと同様にフォワード達の朝練から幕を開けた。
訓練中はこれといったミスは確認されず、訓練終了後の様子を見てもちゃんと立ったまま元気な返事を出来るようになったあたり、フォワード陣はきちんと成長していると言える。
フォワード達を除いて変わったことと言えば、ヴィヴィオという少女の存在くらいだろう。
ヴィヴィオの保護されるまでの経緯が経緯であり、またなのはにすっかり懐いてしまっていることもあって、機動六課で面倒を見ている。
今日の朝練前になのはから、自分が起きると服を掴まれていたらしい。着替えている時はもう一度掴もうと寝たまま探していたとか。なのでフェイトに近づけて……、のような話を聞かされた。
聞いた人間によっては面倒事を押し付けたなどと思うかもしれないが、俺は何よりも思ったのは寝室での出来事を詳しく説明するのはどうなのだろうということだ。長年の付き合いのある気心の知れた相手とはいえ、俺は一応男なのだが……。
「ん? ショウくん、どうかした?」
「いや別に」
「別にって……その言い方からして何かあるよね?」
そういう風に決め付けるのはどうなのだろうか。まあ何かあるのは事実ではあるのだが……とはいえ、素直に言ってしまうのはよろしくない。
「本当に何でもない。ただ普段はなのはだけど、仕事中はなのはさんなんだなって思っただけだ」
「なのはとなのはさん? ……さんが付いただけで意味合いが変わるものなのかな。距離感とかは変わりそうだけど」
小首を傾げるなのははすでに大人の顔立ちになっているのだが、こういうときの仕草には昔と彼女と被るものがある。
訓練や任務中は頭が回るというか頼れる存在感が溢れ出ているのに、本当日常になると天然っぽい部分が出てくるよな。前者を『なのはさん』、後者を『なのは』扱いしたことにこいつは説明しないと気づきそうにもないけど。
「ねぇショウくん、どういう意味?」
「なのはとなのはさん」
「それ説明になってないからね!」
「そんなことより片付けも終わったんだから俺達も隊舎に戻るぞ」
ツッコミのような怒声を上げるなのはをよそに俺は先に歩き始める。俺は隊長と呼ばれはしないが、同等に扱われる立場上フォワード達の教導以外にも仕事があるのだ。
例えばデバイス関連のこととか……シャーリーがやってくれるだろって思う奴がいるかもしれないが、シュテルとかから回ってくるものもあるんだよな。他にもはやてとの関わりが深いというか、階級の高い人間とも知り合いのせいか、割とはやての付き添い兼護衛みたいなこともさせられるし。
「もう、今日はいつも以上にいじわるな気がする」
「まあ許せ。俺にもストレスがあるんだ」
「私でストレスを発散されたら私にストレスが溜まるんだけど!」
いやいや、あなたは慣れてるでしょ。昔からアリサやシュテルから弄られてきたんだから。あのふたりと比べたら俺のやってることなんて微々たるもののはず。故にもっとやっても問題はないはず!
などとは思えないのでこのへんでやめておくとしよう。不機嫌なまま朝食を食べに行かれても困るし、機嫌が直らないまま時間が経ってしまうと後々面倒になるに違いないのだから。
「ショウくん、人の話は最後まで聞く……あっ」
何か喜ばしい光景でも見たのか、不機嫌そうな顔をしていたなのはの顔が一気に明るくなる。彼女の視線を追ってみると、そこには手を繋いで歩いている大人と子供の姿があった。ふたりとも金色の髪をしていることから、十中八九フェイトとヴィヴィオだろう。
「ショウくん、行こう」
どこに?
と聞き返す必要はない。いや、正確にはその余裕がなかったと言うべきか。笑顔を浮かべたなのはに腕を掴まれ、ふたりに追いつくように走ることを余儀なくされたのだから。
なのはが声を掛けると、ふたりは振り向いてこちらに歩き始めた。ヴィヴィオにとって現状で最も信頼できる相手はなのはらしく、彼女に抱きつくように近づいてきた。
「おはようヴィヴィオ、ちゃんと起きられた?」
「うん」
「おはようフェイトちゃん」
「うん、おはようなのは……えっと」
にこやかな表情を浮かべたフェイトだったが、ある一点を見た瞬間に苦笑いのような反応に困った顔をした。まあ昔ながらの付き合いがあるとはいえ、年頃の男女が手を繋いでいればそのような反応をするのは無理もない。
「なのは、俺はいつまで拘束されるんだ?」
「え? ……あっ、そ、その……にゃははは」
あたふたした最後に笑って誤魔化す。学生の頃はそれなりに見ていた光景だが、最近ではほとんど見ていなかっただけに懐かしさを覚える光景だ。ここで突っつくような発言をすると怒りそうなので胸の内に留めておくが。
「おはようショウ」
「ああ、おはよう」
「ほらヴィヴィオも、なのはさんとショウさんにおはようって」
「おはよう」
フェイトの言うことは、ヴィヴィオは素直に聞くものだ。自分にとって敵ではないということが分かったからなのだろうが……。
過保護な一面のあるフェイトはまあ仕方がないとして、なのはのヴィヴィオに向ける表情を見ていると少し不安になる。状況が状況だけに面倒を見るのは矢も得ないだろうが、あまり深入りというか情を持つべきではない。
――常に一緒に居てやれるわけではなし、何より俺達の仕事には危険が付き纏う。別れの日が来てしまった場合、情を持ってしまっていると互いに辛いだけ。
といっても、それはなのはも分かっているはずだ。管理局の魔導師として子供の頃から働いているのだから。今更俺が口に出して忠告することでもない。
「ふたりとも朝ご飯食べる時間はあるよね?」
「うん、私はあるよ。ショウくんは?」
「なかったらさっさと次の仕事に移ってる」
「普通にあるって言えばいいのに。本当ショウくんって素直じゃないよね」
「まあまあなのは、ショウのそれは今に始まったことじゃないし。それに昔に比べたら大分素直になってると思うよ」
フェイトの今の言い方はフォローになっていないと思う。彼女の優しさは多くの場合は助けになるが、今回のようなケースはかえって傷つけているだけだ。
ただ今では立場も役割をそれぞれ違っているが、こうして10年ほど前と変わらない会話をしているあたり、俺達の根っこの部分はあの頃から変わっていないのだろう。これが良いことなのかどうかは、時と場合によりそうではあるが。
★
朝食を取り終わった後、ファラやシャーリー達と協力してフォワード陣のデバイスやシュテルから回されてきたデータに目を通していると、はやてから部隊長室への呼び出しが掛かった。
俺の記憶が正しければ、今日もライトニング分隊は現場調査。スターズ分隊はデスクワーク。それぞれの副隊長はオフシフトであり、ザフィーラはヴィヴィオの護衛をしている。シャマルは医療関係の仕事があるはず。
なので大方俺が呼び出される理由は、誰かしらに会いに行くはやての付き添いだろう。
そう思った俺はフォワード関連のものはシャーリーに、シュテル関連のものはセイに任せ、ファラを連れて部隊長室へと向かった。
「マスター、はやて部隊長はどんな用事で呼んだんだろう?」
「さあな。まあ可能性で言えば付き添いとかが高いだろ」
「まあそうだね。……マスター、隊長ってわけでもないのに大変だね」
昔ならばはやてに敵意を出しながら嫌味のように言っていた気がするが、ファラもずいぶんと大人になったものだ。さらりと言っていたが、はやてのことも名前の後に部隊長を付けているし。自分の言動が何かしらの形で俺へ返ってくることを考えてやってくれているのかもしれないが。
――まあ何にせよ、ファラが成長したことには変わりはない。
ファラと会話しながら部隊長室に向かっていると、その道中でティアナも部隊長室に呼び出されているのを聞いた。一瞬疑問にも思ったが、彼女が将来執務官になりたいと思っていることを考えていると、おのずと答えは見えてくる。
なので俺は何事もなかったように部隊長室へと足を進めた。
「あぁショウくん、いらっしゃい」
部隊長室に入ると、デスクワークを行っていたはやてがこちらを一瞥して話しかけてきた。部隊長だけに目を通さなければならないものも多いのだろう。
「八神部隊長、今日はどんなご用件で?」
「他人行儀な言い方する人には教えん」
「あのな……世間では今のが一般的だろうが」
「あはは、まあそうやな。でももう少しだけ待っといて」
そのように言うのは、もう少しでデスクワークが一段落するからなのか。はたまたティアナがこの場に到着するからか……。
などと考えていると、ティアナが部隊長室に到着した。彼女が中に入ってくると、はやては呼び出した理由を説明し始める。
ティアナの呼び出された理由は、やはり将来執務官になったときのことを考えて、お偉いさんの前に立つことを慣れさせようと思ったらしい。
はやてが言うには今日会う相手はクロノという話だ。俺は全く緊張しない相手だが、彼は執務官資格持ちで次元航行艦の艦長。そして六課の後見人でもある。ティアナからすれば充分に緊張する相手だろう。
もしかすると、今日俺が付き添いをさせられるのはティアナのフォローも入っているのかもしれない。まあ彼女が同行を拒む可能性もあるのだが……。
「どうやティアナ、一緒に来るか?」
「はい、ぜひ同行させてください!」
当然こうなるだろう。まあティアナの性格から考えれば、これといって何かやらかす心配はないから大丈夫だろう。
「ところで……」
ティアナの視線は俺へと向く。彼女のように他の人間にも聞こえるように呼び出されたわけではないので、別件で呼び出されているのでは? とでも思ったのかもしれない。
「あぁ、ショウくんは私の付き添いみたいなもんや」
「なるほど……はやて部隊長はショウさんのこと信頼されてるんですね」
「なのは隊長やフェイト隊長よりも少しばかり付き合い長いし、魔導師としての力量も隊長達に負けてへんからな。まあクロノ提督とショウくんが仲ええから連れて行くってのも理由ではあるんやけど……」
仲が良いという理由だけで連れて行くわけがないだろう。俺達はまだ若いとはいえ、もう子供としては扱われなくなってきているのだから。
まあそれと非常事態に備えての保険ってところか。前に俺はロングアーチの副隊長みたいなものだって言っていたし、カリムの予言のこともある。
ティアナの居る前で深い話をするとは思えないが、何にせよ連れて行かれるからには理由があるはずだ。とはいえ、彼女の居る前でそこに触れるのは悪手だろう。
「最大の理由は他の隊長陣よりも暇そうだからか?」
「もう、何でここでそんないじわるなこと言うかな。ティアナに誤解されたらどうするんや」
「え、あ、いえ、その誤解とか全くしてませんから!」
俺もはやても冗談のつもりで言っているのだが、慌ててしまうあたりティアナは真面目だ。いや、話すようになってからの期間や立場の差を考えると当然かもしれない。スバルでも似た反応をしていた気がするし。
「ティアナ、俺達相手にそんなんだと持たないぞ。もっと気楽に行け」
「気楽にって……できるわけないじゃないですか。ショウさんはまだしもはやて部隊長は部隊長ですし、これから会いに行くのは提督なんですよ!」
さすが俺はまだしもと言うだけあって、俺に対しては口調は丁寧ではあるが大声を出せるものだ。もしかして俺は舐められているのだろうか。考え方によっては親しみを持たれているとも取れるが。
「安心しろ、他の提督ならあれだが今回会いに行くのはクロノだ。お前がよほどのミスをしない限りどうにかしてやる」
「ショウくんはクロノ提督の弱みをたくさん知っとるからな」
この野郎、さっきのお返しと言わんばかりにぶっこんできやがって。普段どおりの顔をしているが、内心ではニヤついているんだろ。ティアナに腹黒い人間だと思われたらどうしてくれるんだ。俺はお前ほど腹黒くないぞ。
「よし、デスクワークも一段落したし出発しよか」
こちらに反撃をさせる前に話を切り上げてしまうあたり、何とも卑怯である。ただそう思っているのは、きっと俺だけなのだろう。はやてと距離のあるティアナでは、きっとそのような思考はしないだろうから。
「べ、別にショウさんの人格を疑うようなことは考えていませんよ!?」
「……怪しい」
「本当ですから!」
「ほらほらふたり共、イチャついとらんではよ行くよ」
「イチャついてなんかいません!」
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