黒魔術師松本沙耶香 魔鏡篇
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5部分:第五章
第五章
「主人は事故で私の前から去ってしまい子供もまた」
「今はいないの」
「今はイギリスにいます」
俯いて寂しい顔になった。そのうえでの言葉だった。
「あの国の寄宿舎のある学校にです。通っています」
「イギリスに」
「縁でです」
「縁でなのね」
「私によくして下さる。所謂支援者の方の薦めで」
それでイギリスの学校に入っているのだという。彼女にとっては親として辛い決断であったらしい。それが顔にも出てしまっている。
「小学校から。おそらく大学まで」
「大人になるまでね」
「それがあの子の為になると言われまして。それで」
「日本でもよかったと思うけれど」
「その方がイギリスの方なので」
事情は複雑だった。そもそも日本人でわざわざイギリスの寄宿舎のある学校に入るということ自体が少ない。そうしたことも考えればそうした状況となるのもわかることであった。
そしてだ。春香はその俯いた暗い顔でだ。また言ってきた。
「そういうことです。それでなのですが」
「ええ、朝食ね」
「はい。では宜しく御願いします」
こう言うのであった。
「皆さんで食べますので」
「食堂か何処かで食べるのかしら」
「その通りです」
そうだというのだ。そこで食べるのだというのである。
そしてだ。春香はすぐに沙耶香をそこに案内してきた。二人が話をしていた大広間からそこの奥の廊下に向かってだ。そこから食堂に入ったのである。
食堂には中央に細長い形の巨大なテーブルがあった。そこにこれまた巨大なテーブルかけがかけられている。白いテーブルかけだ。
沙耶香はそのテーブルを見てだ。自分を案内してきた春香に対して問うた。
「ここで食べるのね」
「はい、このテーブルで、です」
まさにそこで食べるというのだ。
「ここで皆さんで集まって食べるのです」
「そう、ここでなのね」
「それで宜しいでしょうか」
「場所は構わないわ」
沙耶香の返答は決まっていた。それでいいというのだ。
「私はね」
「そうですか。では私の横で御願いします」
「わかったわ。それじゃあ」
こうしてだった。沙耶香は春香の隣に座ることになった。まずは春香がテーブルの上座、その長方形の端、短い部分に座る。沙耶香はその横に座ってだ。そうしてそのうえで食事を待つことになった。
食堂に次々と人が集まって来る。執事に運転手、メイドに医師に看護婦に。様々な者達が入って来る。春香の言った通り様々な者達だった。
皆女だ。年齢は様々だが男は一人もいない。その彼女達が皆テーブルについてからだ。春香は己のすぐ傍に座る美貌の執事の服の者に声をかけた。
見れば黒い髪をショートにしている。そして執事の服を端整に着こなしたボーイッシュな美女である。その彼女に声をかけたのである。
「皆さん来られてますね」
「はい」
その美女は春香の言葉に静かに頷いた。
「既に」
「わかりました」
美女から放たれる硬質の声に頷く。それはソプラノであるが何処か冷たい響きさえ見せていた。春香の柔らかく優しい声とは対象的であった。
春香はその声を受けたうえで。テーブルに着いている一同に告げた。
「では皆さん」
「はい」
「朝食を頂きましょう。この日のはじまりを感謝して」
「では」
彼女の言葉と共に皆食べはじめる。沙耶香もだ。そのメニューは朝食としては豪華なものだった。少なくとも量はかなりのものである。
ベーコンエッグは卵もベーコンも固く焼かれている。その卵は二つだ。そしてサラダがありレタスにラディッシュ、トマト、セロリ、そしてオニオンが刻んで入れられていて白いドレッシングがかけられている。
ソーセージとハムもある。ソーセージはボイルされている。
マッシュポテトまである。その量も皿に一杯だ。
スープは野菜スープだった。人参にキャベツ、カブに香草が入ったコンソメである。そこにトーストである。デザートはヨーグルトにジャム、それとグレープフルーツや苺、それとオレンジとバナナだ。かなり豪勢な朝食であった。
「如何でしょうか」
「この朝食ね」
「はい、如何でしょうか」
「味についてはまだ言えないわ」
それについては今は言わない沙耶香だった。
「それはね」
「まだ召し上がられていないからですね」
「そう、だからね」
うっすらと笑ってだ。そうしての言葉だった。
「それについてはまだよ」
「まだですか」
「食べてから述べさせてもらうわ。ただ」
「ただ?」
「メニューは豪華ね」
笑みはそのままだった。そのうえでの言葉だった。
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