俺と乞食とその他諸々の日常
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三十一話:テストと日常
ヴィヴィオちゃんとの試合のおかげでどこか吹っ切れたアインハルトちゃん。
始めてみせた笑顔には思わず涙が零れそうになるほど感動した。
妹の成長を喜ばぬ兄は居ないのだ。
抱き合う子供達を見届け、その場を後にした俺達はその足でイクスヴェリア陛下と謁見してから家に帰った。
今日からは何でもない日常に戻る。
しかし、学生というものには定期的に襲い掛かって来る魔物が存在する。
そう……テストだ!
「だぁあああ! 分っかんねー!」
「ハリー、うるさいぞ」
「今回ばかりはリヒターの意見に同意するっス。リーダー少し音量落としてください」
放課後の教室の一角でテスト勉強をする俺達。
この時期は学生の為に教室が解放されているので放課後でも八時までは使える。
まあ、とにかく何はともあれ国語の要約問題の前に撃沈して叫んでいるハリーを黙らせる。
因みに勉強できるミアは俺に同意し、ルカとリンダはハリーと同じように撃沈している。
「大体、なんで要約しなきゃなんねーんだよ。小説なんて一語一語に意味があるんじゃねーのかよ!?」
「そうっス! 古文だって今更使わない言葉覚えてなんになるんだって話しだよ!」
「歴史は歴史で同じような名前ばっかりで嫌になるっス。過去なんて知らないよー」
ガバッと起き上がり口々に自分の苦手教科に対して文句を言い続ける三人。
因みにこいつらは基本的に文系教科が苦手だ。理系は魔法のおかげか得意らしい。
とにかく文句を言う奴らには一言で十分だ。
「黙れ、馬鹿共」
『ふぎゅッ!』
踏みつぶされた様な声を出し再び机につっぷす三人。
横ではミアが苦笑いしているが気にせずそのまま言葉を続ける。
「お前らの言葉には一理ある。だが、根本的にはただ逃げたいだけだろ」
『うっ……』
「嫌なことから目を背けてただ逃げ続ける。砲撃番長も随分落ちぶれたものだな」
「バカ、それぐらいにしときなよ。リーダーがまた泣いちゃうよ」
うずくまってフルフル震えているハリー。
それを見てこれ以上はハリーの涙腺崩壊の危機と思ったのかミアが耳打ちしてくる。
だが、ここからが良い話なのだから止めない。
「俺が知っているお前はそんな奴じゃなかった。お前はどんな時でも逃げずに真正面からぶつかっていた。その姿に大勢の人々が勇気づけられたんだ。勿論俺もそのうちの一人だ。それなのに今のお前はどうだ? 戦う前から逃げる事ばかり考えて真剣に向き合おうともしない。それでもお前はあの砲撃番長なのか?」
俺の言葉が琴線に触れたのかピクリと体を震わせるハリー。
それにつられてルカとリンダも体を震わせる。
よし、後もう一押しだ。
「違うだろ。お前はこんなところで燻っているような奴じゃないだろ! あの燃え盛る業火を―――夢を俺達にもう一度見せてくれよ! ハリー・トライベッカッ!」
「……たく、うるせぇな。耳元で叫ぶんじゃねーよ」
ゆっくりと顔を上げて俺を見るその瞳には熱い炎が宿っていた。
椅子から立ち上がり拳を握りしめハリーは続ける。
「だけど、目が覚めたぜ。ありがとうな。オレ、悪い夢を見てたみたいだ」
『リーダー……』
眩しい物でも見るかのように目を細めてハリーを見つめるルカとリンダ。
その視線に自然に微笑み返し、キッと目に力を入れる。
「オレァ、もう逃げねえ! 現代文だろうが古文だろうが歴史だろうが全部返り討ちにしてやるよ!」
「流石っス、リーダー!」
「一生ついて行きます!」
涙を流しながら抱きしめ合う三人。
ミアはそれを何とも言えない表情で見つめる。
そして俺は小声でボソリと呟く。
「やっぱ、こいつらバカだな」
テストの度にこうやってモチベーションを上げてやっている気がするしな。
いつも同じやり取りを繰り返している事にこいつらは気づいているのだろうか?
「あはは……毎度助かってるけどよく思いつくね。あんなセリフ」
「相手をからかうにはまずは相手の心を知る必要がるからな。良く知っている奴ならどう言えば奮い立つかも分かるようになったんだ」
「理由がこの上なく最悪だ」
ミアから真顔で最悪と言われてしまう。
だが有効なことにも役立てているのだから文句は言わないでほしい。
まあ、90%以上はからかうために使っているのだが。
「はぁ……本当に何でこんなやつが―――アタシより順位が上なんだろ」
「テストっていいよな。簡単にいじるネタが生まれるんだから」
「リヒターって本当に無駄な才能だけはあるよな」
勉強は昔から得意だったんだ。無駄と言うな、無駄と。
因みに前のテストは学年3位だった。次は1位を目指そう。
「よーし、気合が入った所でまずポイントを教えてくれ」
「有料なら参考書を作ってやってもいいぞ」
「この人でなしが!」
「リスクなしにメリットを得ようとする心が贅沢なだけだ」
「お前はただ単に金が欲しいだけだろ」
何故ばれた。だが、ただで情報を教えてやるつもりなどない。
この世は基本的に等価交換だ。何かを得るには何かを犠牲にしなければならない。
この俺を満足させる対価を払ってみせろ!
「今回はこことここを抑えれば大丈夫っスよ」
「おう、サンキューな。ミア」
……スルーされた上に客を取られた。商売って難しいんだな。
少し現実社会の厳しさを体感しながらミアからの教えを受ける三人を眺める。
「よっし! ポイントも抑えたし、バリバリ勉強するぜー!」
『おーッ!』
「お前ら気合に満ち溢れているのは良いが静かにやれ」
『すいません、先生』
見回りに来た先生に注意されて若干顔を赤らめて謝る三人を見ながら俺も自分の勉強を再開するのだった。
「うみゅ~おかえりや~リヒタ~」
何故か家に帰ると家に酔っ払いが居た。
ソファーに転がったまま顔を赤くしてトロンとした目で俺に手を振るジーク。
我が家に酒など置いていなかったはずだと思った所でジークの足元に貰い物のアルコール入りのチョコを発見する。
……まさかあれで酔ったのか?
「う~ふわふわや~」
「……取りあえず寝かせてやるか」
溜息を一つ吐き、毛布を取りに行く。
そして酔っ払いにかけてやるが暑いーとか言いながら蹴り飛ばされてしまう。
子どもかこいつは。再び溜息を吐き、かけなおそうとするがジークに腕を掴まれて引きずり込まれてしまう。
「んにゃあ……ポカポカするんよ~」
「おい、離せ。たく、こいつ全く離れない」
「にゃう~すりすり~」
猫のようにゴロゴロと喉を鳴らしながら自分の頬を俺の頬にスリスリしてくるジーク。
こいつ、酔うとここまで酷いのか。
たかだかアルコール入りチョコでこれなら酒を飲んだらどうなるんだ。
「なぁ~ちゅ~して~や。むちゅ~」
唇をすぼませてキスの構えを見せるジーク。
流石の俺もこれには焦る。
慌てて押しのけようとするが逆に上下を逆転され押し倒されてしまう。
「も~リヒタ~のいけず~」
「そうは言ってもな、お前酔っぱらっているだろ」
「ウチはリヒターのことだいしゅきやからええんよ~」
不満げに唇を尖らせ呂律の回らない声を出す。
酔っぱらっている奴に俺の初めてをくれてやるつもりはないので再び逃走経路を思考するが流石といったところの馬鹿力からは逃れられない。
「もうにがさへんよ~。ちゅ~」
段々と近づいて来るぷっくりと膨れた淡いピンクの唇。
暖かい吐息、長いまつ毛。
もう逃げられないと悟り目を瞑るが何故か吐息は俺の耳にかかり、温かな頬は俺の片方の頬と触れていた。
恐る恐る目を開けると規則正しい寝息を立てながら完全につぶれているジークが居た。
ふうっと大きく息をつきジークを押しのける。
「全く、この乞食は……とんでもないことをする」
悪態をつきつつ毛布を掛ける。
それから飯の用意に取り掛かり始める。
それにしても……今度からは注意しないとな。
「外では絶対に酒を飲ませない様にしないとな。……特に男が居る時は」
そう呟き、鏡に映った赤い耳を無視して調理に戻るのだった。
「えへへ~リヒタ~」
全く……幸せそうな顔で寝言を言うんじゃない……。
後書き
おまけ~どこかの誰かの御先祖様の記憶~
「ふふふ……想像以上だ、聖王家の王女よ。いや、今はシュトゥラの姫騎士と呼んだ方がよいか?」
「どちらでも構いません。それよりも傷の手当てを急いだ方がいいのでは?」
「ふふふ、それが我の腹を切り裂いた奴の言葉か。全くこれでは男にモテんではないか」
向かい合う二人の女性。
一人は所々に傷を負いながらも悠然と立ち。
もう一人は腹部から血を流しながらも不敵に笑う。
二人はつい先ほどまで殺し合っていた。しかし、大きく傷ついているのは片方だけ。
理由は簡単。シュトゥラの姫騎士―――オリヴィエが圧倒的に強いからだ。
「それに我は敵の王だぞ?」
「捕えればよいだけの話です。捕まってくだされば命は取りません」
「はっ! そなたの言うことが真実であろうとその気はない!」
「それはあなたの王としての矜持ですか?」
オリヴィエの言葉に彼女は笑いながら首を横に振り両手に持ったサーベルを振り上げる。
その目は獰猛な野獣を思わせ、並の人間であればそれだけで逃げ出してしまうだろう。
だが、オリヴィエは全く動じずにそれを受け止める。
「違う! 我が求めるのは血と闘争! 極上の決闘から逃れるなど言語道断よ!」
「……分かりました。その悲しい性、私の手で止めて見せましょう」
「ふはは! それは楽しみだ。さあ―――死ぬまで踊り狂おうではないか!」
ぶつかり合おうとする両者。だが、それを邪魔する者が飛び込んでくる。
彼女の部下だ。命を賭して主君を守る為にこの場に飛び込んできたのだ。
それを見て自らの武器を引くオリヴィエ。しかし、彼女は別だった。
「邪魔だ」
「へ、陛下?」
峰打ちながら一太刀の元に叩き伏せられる部下。それを行ったのは主君たる彼女だ。
オリヴィエは信じられないとばかりに口を開く。
一方の彼女は部下を冷たい目で見下ろし諭すように声を掛ける。
「神聖な決闘に横槍を入れるとは何事だ、貴様」
「しかしこのままでは陛下のお命が…」
「たわけ、我を信じずに敵を信ずるか」
「そ、そういうわけでは」
「もうよい。汝は用無しだ……と言いたいところだが命を賭けた諫言に免じ許そう」
彼女は突き刺そうと振り上げたサーベルを鞘に納める。
そして自らが叩き伏せた部下を蹴り上げ無理やり立たす。
それに伴い、腹部から血が流れ出るが彼女は顔一つ歪めない。
「へ、陛下お傷が!」
「この程度で死ぬような体はしておらん。……聖王家の王女よ、ここは退かせてもらうぞ。全く……王とは不便なものだな」
「……言ったはずです。ここで捕らえると」
「ふっ、汝と再び死合うまでは捕まらんよ」
彼女は最後にそう言い残し、煙幕を起こす。
そして煙が消えた時には既に彼女の姿はどこにもなかった。
オリヴィエは追う事を諦める。
「残念ながら、もう、二度と出会う事はないでしょう……」
オリヴィエの呟きは荒れた大地に吹く風に吹き消されるのだった。
【続く?】
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