「こうして対面するのは初めてだったかな?改めて……本名は明かしてないが皆さんおなじみチカだ。よろしく」
『ちなみに私は博士のサポートをする自己学習型推論AIのレイレイって言います!レーイチは私の弟に当たる存在なので可愛がってあげてくださいね!』
「あ……ど、ども」
博士の手を握り返すと、びっくりするほど柔らかかった。まぁベル君には敵わない程度の柔らかさだけどね。
ともかく。
考えてみれば、この人はよく考えれば物語の黒幕ポジだった
束ちゃんと同じレベルの地位に座っている男だ。しかもバカはどうやらこのチカさんのいう事は聞くらしい。ともすれば当然、こっちの知らないあんなことやこんなことを知っている筈である。
しかし、どこから聞くの?って感じだ。聞きたいことが多すぎて逆に何から聞けば分からない。
という訳で、せっかくの機会だから端的に全部喋ってもらう事にした。
「じゃ、博士。私が疑問に思っているであろうことに全部ズバッとマルッとゲロッてください」
「うおおい!?端的すぎるぞその質問は!?」
『隠し事が多い博士が悪いんじゃないですかぁ?』
『姉様、そこで博士を責めるのは酷と言うものでは……』
なんだろう、そこはかとないアウェー感を感じる。
こんなに騒いだらベル君が起きる……かどうかと問われれば、ベル君は病気かと思うくらい滅茶苦茶眠りが深いので全然起きない。や、病院の診断書がある時点で一種の病気だけどね。
「えーっと………んん、どれから説明すべきか……まずはこの宇宙の誕生から始めようか」
「どんだけ遡る気ですか!?そんな所から始めたら夜が明けちゃいますよ!!」
柔和な微笑みでマジボケかましてくるとはこの男侮れない。やっぱり馬鹿の同類なのかもしれない。人を金ぴかにしたし。一生恨みますよ!などと睨みつけてみたら、博士は苦笑しながらまぁまぁと手で制した。
「宇宙がどのように誕生し、そしてどのように終わるのか……それは今の学者たちがいまだに研究してる議題だ。しかし、実は俺はその真実の一端と言うものを知っている」
「え、マジで宇宙の誕生から始めるの!?」
というか、正直そんな話されても電波にしか見えませんが。ガイアの囁きに呑まれちゃった系男子ですかね?
「違います」
「大宇宙の意志を受信して……」
「だからそういうのじゃないってば!ちょっとは真面目に話を聞く!」
怒られてしまった。グスン。ベル君のほっぺに慰めてもらおう。
ぷにぷにぷにぷに……ベルリウム充填120%!ミノリちゃん復活!!
『マスター。そんなことばかりしてるから怒られるのでは……?』
「う、ごめん。えっと……話の続きどうぞ」
「ああ、うん。ともかくね………この世界の宇宙には大まかに分けて『誕生→膨張→滅亡』の3つの段階をひたすらに繰り返すことで存続しているんだ。俺達の宇宙が滅びると、この世界にあった可能性は次の宇宙の誕生に受け継がれる。そうして因子は少しずつ次へ、次へ……親から子へと受け継がれるようにして世界は存続してる訳だ」
「あの、念の為確認しますけど………やっぱり大宇宙の電波みたいなの受信して」
「ないってば!!」
おまえはなにをいっているんだ。唐突に宇宙の死と新生についてさも本当の事のように喋り出す男にドン引きである。やっぱり博士って危ない人だったみたいですよオクサマ。嫌だわ全くもう。織斑先生ってば苦労したのね。
でも、私の訝しげな目線に気付いた博士が話題を転換して空気が一変した。
「…………言い方替えよっか。前の宇宙から、稀に『記憶の因子』を受け継ぐ人がいるんだよね。所謂、前世ってやつ?」
「……………………………………………」
「や、キミ結構分かりやすい子だよね。そんなあからさまな沈黙見せたら『それは私だ』って言ってるようなものだよ?」
悪戯っぽくくすくす笑う博士に、私は呆然とした。
博士の口から「前世の記憶」なんて言葉が、しかも私に向かって語られるとは予想外もいい所でしょ……っていうか、え?え?つまり、私の前世の記憶って………ちゃんと理由あったの!?そこが一番衝撃なんですけど。
「『虚憶』って言ってね?察してるかと思うけど、俺もそうなんだ。他にも君の周囲には『虚憶』持ちが何人かいるよ?」
「確かに何か知ってる風な人いましたけど……主にまやちーとかスーパー鈴ちゃんとか」
「あ、鈴ちゃん自身は違うよ?」
「違うんかい!」
しかし、開始早々ぶっ飛んだ話が出てきたことに驚きを隠せない。
まさか転生者が自分以外にもいるとは……そんな人見かけなかったからてっきりいない物と思ってたよ。今まで何度か探したこともあったんだけど見つからなかったし。
思い込みって怖いなぁ……完全に盲点だった。
(ん?でもちょっと待てよ?この世界って、私の知ってるラノベと限りなく近いんですけど……私の記憶が正しければそんなものは実在しなかった筈……)
そう、ここが矛盾している。宇宙が親子のように引き継がれていくなら、この世界はやっぱりISなど無い普通の世界じゃないとおかしい。創作としてISと類似した作品があったとしても、そのISが実物化するのはあり得ないことの筈。
「異議あり!!貴方の発言はこの証拠品とムジュンしてます!……くらえ!!」
私は大きく息を吸い込んで、懐から待機形態のアルキミア――何故かロシア貴族とかが付けてそうな豪奢なティアラをツンツン髪の弁護士ばりに突きつけてみた。
「おお、これは待機形態のアルキミアじゃないか。………あれ、コイツの待機形態ってこんなロシア貴族が付けてそうなティアラの形だっけ?」
『確か形状はランダムにしてたと思いますけど……チカ様、これを佐藤様につけさせようとしてたんですかぁ?女としてヒきます』
「肉体無いだろお前は!……まぁいいや、形は変えておくよ」
一先ず設定を弄られたアルキミアは金の腕時計型になって帰ってきた。
なんとなくこれをつけていると復讐に生きるぼさぼさ髪の刑事とインテリ眼鏡ヤクザに「先生を殺したのは誰だ?」と詰問されそうな気がしてくる。IS操縦者ヲ裁クハ我ニアリ、みたいな。まぁティアラよりはマシだけど。あれを装着したら言い逃れようもなく成金だからね。
「で、ええっと………つまり君は『私の世界にはISなんてなかったのにこの世界にはある。つまりお前は信用できない電波野郎だ!今すぐ目の前から失せろクズが!』と、そう言いたいわけだ」
「そこまで口汚く言ってませんよ!?私そんな罵詈雑言製造ガールじゃありませんから!!」
「ふふふ、最初に辛辣に扱われた仕返しさ」
くっ……精神年齢的には向こうが上なのか、微妙に翻弄されてる。なんか悔しい。
でもいう事聞いちゃうしかないよね。話進まないし。こういう時情報弱者は辛い……。
「さて、ISがこの世界にある理由だったね………もちろん、明確な訳がある」
指を組んだチカさんがにこっと笑った。
「そこはそれ、簡単な話でね………君だけ例外なんだよ。多分、君の視点から見ればこの世界の住民はみんな創作の登場人物に映っているのかな」
「ッ!!」
どうしてか――その言葉は、深く私の心を抉った気がした。
友達はみんな、小説の世界の登場人物。だから呑気に見物もするし、見知らぬ人と接するときの不安も大してない。両親とも完全に打ち解けられないし、どこか事態を他人事のように捉えている。
そんな曖昧な存在である佐藤稔という人間を揺さぶる言葉だった。
「世界は沢山ある。人型機動兵器が宇宙を飛び回る世界もあれば、そうでない世界もある。『α』から繋がるこの『β』の世界には、君がいた世界と違ってそういう技術的な因子が多く受け継がれている。故に、インフィニット・ストラトスなんて出鱈目なスーツが存在している訳だ。君の世界でISが何だったのかは知らないが、察するに若者向けのアニメや漫画みたいなものとして存在してたんじゃないかな?」
「……正確には、ライトノベル……小説でした」
「そうか。……あ、別に責めたりしてる訳じゃないんだからそんなに落ち込まなくてもいいって」
落ち込んでるのはまぁ、友達をそういう目で見てた私自身への自己嫌悪だけど。
しかし、今まで聞いた所では謎が明かされているようで全然明かされていない気がする。
主に他の転生者の事と、私の転生が例外であるという点……そして私の転生以外のおおよそすべての事情が。
そんな私の困惑を知ってか知らずか、博士は物語を紡ぐように語り出した。
「全てはαから始まった。――異種知的生命体が建造したと思われる巨大な宇宙船がマクロの空を貫き、人は外宇宙生命体の侵略の可能性に思い至る。それは地球の過去の遺物と現代の争い、そして未来を求める意志とせめぎ合い。こうして地球圏の騒乱が始まった……例えばだが、その騒乱の最中で篠ノ之束という人物がISの開発を断念せざるを得ない状況が生まれたとしても、何らおかしくはない」
まるでそれを真直で見てきたように語る博士の言葉には、不思議な響きがある。
語ることすべてが真実だと思わせる、不思議な響きが。
「やがて訪れたるは外宇宙からの侵略者。そして――とうとう人類は生存を懸けた戦いに打って出る。時には対立種族と手を結び、時にはやむなく相手を打倒し、戦士たちは導かれるように終焉の銀河へと進んでいった。――それが、本当に『黒幕』に導かれているとは知らずにね」
そこでいったん言葉を切った博士は、小さくため息をついた。
「結局、その黒幕も始まりの戦士たちによって打倒された。始まりの――αナンバーズたちの活躍によって。まぁ完全に滅ぼせなかったから今の世界がややこしくなってるんだけどね」
………んん?何だろう……全体を通して聞いていると、どっかで聞いたことがある話のような気がしないでもない。詳細はさて置いて、こういうSF全開で熱い話って、なんかなかったっけ。えっと、確か――
「す……スーパーロボット大戦……α?」
やったことはないゲームだが、私はぼそりとそう呟いた。
知ってるアニメのロボットが出てたのでプレイ動画をざっと見た覚えがある。もう内容はほとんど覚えてないし途中で飽きて見るのを止めたが、あれがたしかそんな話ではなかったろうか?
何よりホラ、「宇宙船がマクロの空を貫き」って、思いっきり超時空要塞マクロスのことだよね。確かモロに参戦してたはずだ。そしてエヴァももちろん参戦している。
いやーな脂汗が額をたらりと伝った。
「ああ、君の世界ではそういう名前で存在してるのか。………つまり、それだ。この世界は君の言う『スーパーロボット大戦α』と地続きの世界なんだよ。使徒もゴーストもベルーナ君の事も、全てはそこから受け継がれたトラブルさ」
…………えっと、するとどうなるんだろう。
つまり、この世界はスーパーロボットが生まれる世界で。
使徒とかオーバーテクノロジーとかあって。
異星人とか普通にいて。
個人的な平穏とか平凡とか言ってる場合じゃなくて。
「………俺も方々手は尽くして外宇宙との戦争は『ある程度片を付けた』んだけどねぇ………残念ながら肝心の地球圏の問題がほぼまるまる残ったというか………黒幕関連に至っては俺達じゃ手が付けられなかったって言うか……ホント、何の因果か分からないけど一番厄介な問題がどういう訳か地球圏に集中してるんだよ」
気まずそうに言う博士。
個人的には外宇宙の話をどうやってケリ付けたのかが気になる所だが、私は今凄い事に気付いちゃったのです。
黒幕ってことはラスボス。
ラスボスってことは銀河最強の敵でしょ?
んでもって、ラスボス関連が手つかずの状態で地球圏――というか多分地球にあるわけですよね。
ともすれば、つまりですよ?
「あれ、ひょっとして今……銀河終焉規模の話してます?」
「うん」
「ひょっとしてひょっとして……ワタシ、それに関わってます?」
「んー、ほぼど真ん中にいるねぇ」
チカ博士は事も無げにあっさり首肯した。
ああ、なんか視界が真っ白になっていく。なんだろう、彗星かな?いや違う、違うな。彗星はもっとバーって動くもんな。えーっと………うん、今日はいろいろあったし疲れてるんだな私。今聞いたのは多分寝ぼけてただけでしょ。そもそも世界的博士が私に会いに来る時点ド元からおかしかったんだ。ドジだなぁ私、こんなタイミングになるまで気付かないなんて。
常識的に考えてこの普通少女ミノリちゃんが世界を左右するなんて天地がひっくり返ってもありえんありえん。私はこれからもベル君を愛でながら傍観気味にこの世界の趨勢を見守るだけなんだい!
「いやそんなテロップ出されても………第一、そのベル君が騒ぎのど真ん中だから君もど真ん中近くにいるんだけどね」
「………………………」
「いやいや、そんな似てるフォント出されてもそういう問題じゃないから。そもそも、最初から『人類に逃げ場なし』だからね、この世界」
「つまり、逃げ場を作るには世界の方をどうにかしろと……?」
「というか、銀河そのものをどうにかしないといけないかな」
「…………NOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!」
――ああ、神様。アンタ私の平穏をどんだけ遠くに置いてきたんですか。
『すみません。しかし、必要な事だったのです……』
「神様が返事したぁッ!?もう駄目だ、ミノリちゃんの脳がオーバーヒート寸前です!!」
なお、その後佐藤さんは強いショックと心労から博士の言葉を無視してベルーナの布団に潜り込み、現実逃避気味にベル―ナを抱きながら爆睡した。
「疲れたので寝ます。起こさないでください。ぐぅ………すやすや………」
「うおーい、まだ話の途中なんだけどー!?」
『チカ様……これ以上は寝込みを襲っているようにしか見えませんから諦めましょう。それとさっきからセンサーが束様の反応を捉えています。驚異的な嗅覚でこちらの存在を察知したようです』
「何だと!?それを早く言えよ……!!自由への逃走開始っ!!」
「チぃぃ~~~カちゃぁぁ~~~~んッ!!」
………世界はどうやらまだ平和らしい。