ソードアート・オンライン〜Another story〜
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現実世界
第154話 追憶のアインクラッド・レイナ編 《後編》
~思い出の丘・頂上~
『汝らの絆……、我に見せてみよ!』
美しい声、だが、何処か迫力のある透き通った声が、思い出の丘の頂上に響き渡る。それと同時に、あのプネウマの花が咲く白く輝く岩の上に何かが現れた。鮮やかなエメラルド・グリーンの輝きが、白い岩を染め……そして、姿を表したのは、純白のドレスを羽織った美しい女性が現れた。アスナよりも、長い髪は現れた直後に放ったエメラルド・グリーンと全く同じ色。鮮やかなその髪を靡かせながら、ふわりと岩から降りてくる。
「……?」
そして、何やらリュウキを凝視しだした。それを見たレイナは、やや頬を膨らませる。
「むー……」
……じっと、見てみる。間違いなく美人の部類に入る。少なくとも、ここに来て一番キレイなNPCだと言う事が判る。そして、その容姿に似合うだけの豊満なボディ……、女として、負けている。とさえレイナは思ってしまっていた。それをリュウキが見てて……、すっごく複雑だった。見惚れてるんじゃ?と思ってしまったのだ。……リュウキに限ってそんな事無いと思うけど。
その女性は、指先、中指と親指をぎゅっと握り合わせると、ぱちんっ!と弾かせた。
それが合図だった。
鮮やかな花緑色の光が集結したと同時に、まさに閃光。……比喩ではなく、花緑色の閃光となって、リュウキに襲いかかる。突然の事で、レイナは動けなかった。その緑色の光が、リュウキの身体を貫……。
〝ひょいっ!〟
「ん……っ」
……かなかった。
恐るべき速度で、放たれた光の矢は、明後日の方へと飛んでいく。そして、輝きは失われ……、消失した。
「……え?」
レイナは、この時初めてリュウキが撃たれた事に気が付く。緑色の彼女も一瞬だけ、固まって。
『汝らの絆……、我に見せてみよ!』
先ほどと、一言一句間違えの無いセリフを再び。そして、先ほどと全く同じ動作で……、リュウキに向かって光の矢を放つ……、が。またしてもリュウキに当たらない。これこそ、リュウキの眼の力である。
『汝らのt……』
殆ど条件反射の様に躱してしまうリュウキ。3度目を躱した所で、リュウキは思い出していた。
「ああ……、そうだよな。これは《体術スキル》習得のクエストと同じ種類のもの、か」
「え? それって、あの無理矢理ヒゲを頬っぺに書いてくる、スケベなお爺さんのクエスト? えっと、2層だったかな? お姉ちゃんと一緒に受けて大変だったよー」
「そう、それだ。……スケベ? か、どうかはオレは知らないが、間違いない。……あれを受けないと、このまま終わらないって事、だな」
「あ、ははは……、リュウキくんが避けちゃうからだねー。ちょっと、こっちから見たら、向こうのNPC格好悪い、って思っちゃうけど」
レイナの意見は最もだ。
殆どず~っと、ドヤ顔で撃ち続けているのに当たらない。……通常のプレイヤーであれば、だんだんいたたまれなくなって、撃つのを諦めようものだが、相手はNPC。プログラムだから、シークエンス通りにしか動かない。
所謂、《1》か《0》、《Yes》か《No》か、それだけみたいだ。
データとはそう言うものであり、避けられた場合のプログラムを組み込んでないから、初期に戻る事を繰り返している。
「はぁ、仕方ない。レイナ、オレはアレに当たるから 多分、オレにペナルティがあるんだと思う。……頼る事になりそうだが、構わないか?」
「うんっ! 任せといて! だって、わたしがやるっ! って、言ったもん。頑張るよ!」
レイナは胸を叩きながらそういった。この時は……、本当に安易な気持ちだった。
――……ただのイベントクエスト。それも、中層クラスの。
それに、リュウキの神業とも言える回避術を見せてもらい、ちょっと間の抜けたNPCも見た。……一番の衝撃は、あの光の矢が来るのが判っていたならまだしも、普通は避けれないであろう攻撃?を躱した事だ。普通あんなことは有り得ない、と思ってしまった。
だから、レイナは安易な選択をしてしまったんだ。本当に……。
『汝らの絆……、我に見せてみよ!』
もう、かれこれ 4回目くらいだろうか?
美しい顔のNPCなのに、ギャグ要員?って勘違いしちゃいそうな気分になる。表情も全く変えずにしてるから、相当な忍耐力だ!
……はい、プログラム、NPCなので当たり前です。
「ん。OK」
リュウキは、迫る光の矢。それを今回は、避けたりはしなかった。
緑色の光の矢が……、リュウキの胸に突き刺さると同時に、どすんっ!!と言う音が、訊こえた。通常であれば、かなりのダメージになるであろう風切り音と身体を貫く音。
「っっっ!!!??」
これは、レイナだけじゃない。……リュウキにとっても想定外の自体だった。
最初からイベントクエスト発動する為に、何らかの現象は起こるだろうとは思っていた。だが、当たらなければ進まないイベントクエストの攻撃だから、以前にもあった、あのヒゲ程度であろう、と思っていたのだ。それに、誰もクリアした事の無い様なクエストじゃない、何人か、入手した者達がいると言う情報もあった。細かな詳細は、明かさなかった様だが。
……だから、リュウキもレイナと同じだ。
リュウキは、HPの残の確認も出来なかった。そして、瞼が異常なまでに重くなってくる。
(安易な選択を、したな…… すま、ない…… レイ……)
と薄れゆく意識の中で、思ってしまっていた。最後に想うのはレイナに対してだ。
リュウキは、矢に貫かれたその瞬間、背後に現れた巨大な樹木に磔にされた。
〝びっ!びっ!びっ!びっ!〟
追撃の光の矢が、今度はリュウキの四肢に突き刺さる。
「りゅっ……!」
レイナは、絶句してしまった。リュウキが、吹き飛ばされてしまったから。
大好きな人が……。
「リュウキくんっっ!!!」
レイナは、直ぐに樹木に向かって走った。なんでこんな事になってしまったのかは判らない。だが、今は直ぐにでも彼の元へと行って助けないと、としか考えられなかった。回復ポーション、回復結晶を用意しながら だが。
〝がきぃぃんっ!〟
見えない何かに阻まれ、近づく事すら叶わなかった。そして、パーティ申請をしている時は、パーティメンバーのHP、名前が確認出来る筈なのに、今は見られなくなってしまっている。リュウキのHPの残がまるで判らない。判らなくなってしまっていた。
『無駄だ。……その者は、我が呪いを受けておる。近づく事も、救う事も叶わぬ』
「……っ」
レイナは、リュウキに近づく事が出来ない。ただ、判るのは見た事もない彼の姿だった。目を閉じ、顔を俯かせている。まるで、十字架に磔刑にされたキリストを彷彿させる様な姿だった。
『その者を救うにh〝ドスドスドスッ!!!〟……!』
緑色の髪の女性が、続きを話そうとしたその一瞬。レイナは、手に取った細剣ノクテシュトラーフェで彼を傷付けたあの女に向かって突きのラッシュを放った。
《細剣最上位スキル:フラッシング・ペネトレイター》
「よくも……よくもっ……!!」
レイナの目は見開いている。そして、動悸がまるで止まらず、息も荒くなっていた。
『ほう……』
ここで、彼女のセリフが変化した。通常であれば、定められたセリフをただ延々と言い続ける。例え、どんな妨害があったとしても、それは続く。だが、今回は明らかに変化した。
何か、トリガーがあったのだろうか。
『汝は、この者が余程大切と見える』
「っっ!!!」
レイナは、返答をせずに、何度も何度も斬りつける。だが、何度刃を当てても、何度その鋭利な切っ先で突き刺しても、まるで手応えが無かった。不死属性を兼ね備えている様なのだ。
破壊不可能オブジェクトであるシステムタグ、《Immortal Object》が表示されているのだ。
つまり、倒す事が不可能だと言う事。だが、レイナはそんな事はわかってない様だ。
『くくく、まずは落ち着け、人間よ』
「っっ!!」
突如、突風の様なものがレイナの身体を通り抜けたかと思えば、今度はその風に身体の自由を奪われ、拘束された。まるで、この世界には無いモノ、魔法でも使われたかの様に。
『くくく。……まるで、獣の様だな……? 人間よ』
「くぅ……っっ!!」
レイナは、力任せに、拘束を解こうと何度も試みていた。だが、それは叶わない。システム的に、不可能となっている様なのだ。
『その者の命、汝が握っていると知れ、人間よ』
「っ!?」
この女の口から、リュウキの事が出た瞬間、レイナの意識は戻された。命を握っていると言う言葉で、だ。
『汝に試練を与える。……此処、花の都の丘。その丘に隠された四の紋を記してくるのだ。その紋章全てが集った時、この者に欠けた呪いは解かれる。……そして、我が配下を其々の紋の番人として召喚しておる。……強者だ』
そう言うと、再び指を鳴らした。その瞬間、思い出の丘の入口……、あの小川の橋辺りが黒ずんだ。
『逃げたくば、逃げるがよい。……気付いてはおらんだろうが、現世と この場所は今、完全に隔離されておる。……が、あの暗黒点に飛び込めば、現世に戻れる』
指をさしながらそう言う。その部分、逃げると言う部分はレイナの耳には全く入っていなかった。だが……、次の言葉ははっきりと入ってきた。
『但し、代償は勿論あるぞ。……汝が諦めたその時は、その者を我が貰う。……捕えてみて判ったが、強靭な生命力を持っている者だ。念入りに愛でてくれよう。我が手でな』
「……そんな事、そんな事!」
レイナは、切っ先を突きつける。
風で身体に呪縛を施されている筈なのに……、それを自力で解いたかの様だった。
「絶対にさせない!!」
『面白い……。汝らの絆の深さを、此処で見届けてやろう』
レイナは、そう言った瞬間、呪縛が解け 走り出した。
この思い出の丘のマップ上に光点が記されている。先ほど……、いや、これまででもこんな光点は無かった筈だ。だから、間違いなくその場所に、行けという事。そして、指定された敵を倒し、その証を集める。
すべき事は判った。
(わたしのせいで……ッ!!)
レイナは、そう思ったが、今は考える事をやめた。今は、そんな事を考えてるくらいなら、命に代えてでも、リュウキを助ける。それだけを考えていた。
そして思い出の丘の中央、白い岩の上で1人佇んでいる女は、ゆっくりとした動作で岩の上に腰をかけた。
『……浅い絆であれば、相手を簡単に見捨てるだろう。だが、深く結ばれた絆であれば、何があっても見捨てたりはしない。どれだけの相手であっても、な? だが、所詮は人間、だ。人間は醜い。……集める事など叶わぬ』
そう呟きながら、くくっ と笑みを零した。そして、ゆっくりとリュウキの方へと向かう。
『……なんと生命力に満ちた男子よ。案ずるな。あの女子が見捨てたとしても、案ずるな。……我が傍でいてやろう。永久に、な』
……NPCの決まり文句なのだが、まるで、リュウキに惚れてしまったかの様に、その純白のドレスと同じくらい白く透き通った顔に仄かな朱色が加わっていた。
レイナは、比較的近い位置の光点を目指した。
その場所は、丘の北部に位置している。敏捷度を最大限まで活かし、走り続ける。まるで、閃光の様に。
たどり着いた先。
そこはあの丘の頂上にも負けていない程の花が咲き乱れていた。様々な種類の花。……美しい光景だったが、レイナは全く目に入っていない。ただただ、光源を探していた。あのマップ上に記された物、紋章とその配置されたと言う番人を。
「……どこッ!」
レイナは、目を血走らせながら、そして叫んだ。マップを何度も確認し、殆ど光点の中心にたった。
その瞬間。
咲き乱れていた花が一斉に、花吹雪を生み出した。宙に飛び乱れる花弁。それらは、まるで意志を持っているかの様に、一つに集約していく。
花で包まれたそれはまるで何かの蛹の様だ。
2.3m程はあろう程の人の形に集まった花弁は、亀裂が入り……そして、中から人型のモンスターが現れた。血の様に赤い色の身体。身に纏っている衣も花で出来ている様だ。
『……我が名は《シュチピルリ》……花紋を守りし番人』
《シュチピルリ》
アステカ神話で出てくる花の神。だが、相手が神であろうと、悪魔であろうと、レイナがすべき事は決まってる。
「……リュウキ君を、還してもらうっ!!」
レイナは、まだ相手がクエストに沿ったセリフを終えてもいないのに。その全てを貫き通す獰猛な剣先を突き出していった。
……その戦いにかかった時間は長かった。異常だと思える程に。
レイナの現在のレベルは今78であり、この層は第47層だ。その数字を、安全マージンを遥かに上回っているのにも関わらず、相手の強さはこの層を考えたら異常だったのだ。
だけど……。
「はぁー……はぁー……っ」
レイナは肩で息をしていたが、まだHPは7割程は残っている。リュウキの事で頭がいっぱいになっているが、自分が負けてしまえば、リュウキもただでは済まないだろうという事を考えて。今の自分は彼の命も背負っていると言う事を意識して……。その意識が、彼女を極限まで集中させたのだ。
心は熱く、頭は冷静に。
「……次っ」
レイナは、血盟騎士団で一応定められている、回復アイテムは常に一定量は持っておくと言う戒めを守っていた為。回復アイテムは全種類持ち合わせている。グランポーションを1本のみ使い、HPをMAXまで戻した。 次に向かうのは東の光点。
「リュウキ、リュウキくんっ……」
レイナは、再び閃光となり……次の地点を目指した。
次に待ち構えていたのは、無数の鳥。
大空を埋め尽くす勢いで集った鳥達が、一つに集約した。花が一つになった時と同じように。そこから現れたのは、黄金かと思える程の輝きを見せた1羽の鳥。
《ガルダ》だった。
インド神話に登場する炎の鳥。先ほどの血の様な赤さとはまた違う、赤く、熱い炎の色だ。
空中を支配する相手だから、投剣のスキルを持ち合わせていないレイナには、苦戦を強いられる、と思われたが……。
「やぁぁぁぁっ!!!」
《細剣スキル:シューティング・スター》
対空技とも言える高速の突きだ。羽を突き刺し、そしてそのまま、ガルダの上に乗ると、その勢いのまま、遅延無しで、スキルを繋げる。
《細剣上位スキル:スター・スプラッシュ》
連続8連撃にも及ぶその剣技は美しいとさえ思える。突きの軌跡がハッキリと見え、正しく閃光の名にふさわしい技だろう。
最後の一撃で、ガルダを倒し、そして鳥の紋を手に入れた。
敵も徐々に強さを増しているのか……、レイナのHPは先ほどの相手よりやや減少していた。だけど、考えてはいられない。直ぐに、再びグランポーションを再び使用して、HPを全快復させて、次の場所へと目指した。
次の場所に現れたのは風。
先ほどの呪縛を受けた時のそれよりは、まだ小さい物だったが、威圧感は同じくらいに感じられた。
意志を持った風は、やがて、これまで通り形を成す。そして、女性の姿となった。
風を纏う者《ゼクティ》
レイナは最初こそ、風による波状攻撃を受け流せず、先制攻撃を許してしまったが、彼女はもっと早い攻撃を知っている。
そして、何度も彼の戦いを傍で見ていた。全てを、見切ってしまうその目を、見てきたから。そして、何度も捌くその腕も。
《シューティング・スター》《オブリーク》と、細剣スキルを多様し、風を上回る速度で対抗。
如何に風を纏っていたとしても、閃光、光より早くはなく、レイナはその速度を体現したかの様に、剣速を上げて、打倒した。
「絶対に……助ける、助けるんだ……っ」
レイナはただ一点、それだけを考え、突き進んでいた。
敵は、後1人。……いや、後2人。
「ッ!!」
レイナは、細剣を握る手の力をあげた。
~思い出の丘・頂上~
プネウマの花が咲く筈の場所に、花は無く、ただ女が座っていた。
『……ふむ。本当に良い身体だ』
樹木に縛り付けた男をただ、見つめていた。
『人の身でありながら……そこまで心身共に鍛え上げるとは恐れ入る……な。我が人間に敬意を示したのは初めてかも知れぬ』
微笑みさえ浮かべる余裕が彼女にはあった。……今、一体どうなっているのか、判っていないとは思えない。強者と言っていた部下がどうなっているのかを。
そして、更に数秒後。
『……戻ったか』
ゆっくりと、身体を起こした。そして、振り返る。
そこには、レイナが立っていた。凛とした佇まいで。
この世界では、戦いで生まれる汚れ等は発生しない。だが、レイナの防具、血盟騎士団の防具は、連戦の影響なのか……、所々傷んでいる様に見えた。
「……戻って、来た! リュウキ君を……っ!」
レイナは、そう言うと……肩を落とした。それは、HPとかではなく、身体、精神を限界のギリギリまで酷使した結果だった。
脳髄がオーバーヒートしたかの様だった。
『……我が眷属、花鳥風月の全てを退けたか。人の身でありながら』
「………」
レイナは 何も答えず、細剣の切っ先を、女に向けた。
『……汝の力の源は一体何だ?』
「……リュウキ君」
レイナは、即答をした。ここまでこれたのは、彼のおかげだ。……そして、同時に、自分のせいで彼がこんな事になったんだ。
『く、くくく……』
女は顔に手を当て、朗らかに笑い始めた。
「……還してもらうわよ。まだ、足りないと言うなら、あんたを倒す」
細剣先を、相手に向けながら、そう言う。
その時だ。
『はーっはっはっは!!』
今度は、高らかに笑いだした。
「何よッ!! 早くリュウキ君をっ!!」
レイナは、突撃しようと構えた、が。それを止めるのは、この女だ。
『心配するな。あれは呪縛でも何でもない。……ただの眠りの力だ。あの男は眠っているだけだ』
「そ、そんなの、信じられないわよっ!!」
『ならば、見てみるがいい。今のあの男を』
その言葉を聞いて……、反射的にレイナは、リュウキの方を見た。磔刑られていた樹木は、消え失せ……、あのプネウマの花が咲く岩の上に寝かされていた。先ほどは、俯いていた+結界の様なものに阻まれていたからか……、その表情まで見る事が出来なかったのだ。
だから、状態が判らなかったんだ。
パーティ申請は無事、戻りリュウキのHPもちゃんと確認する事が出来る。……間違いなく無事だった。
「リュウキ、君っ……」
レイナはそれを見て……涙が浮かんだ。
『……すまぬな。お主を騙す様な事をして』
女は、ゆっくりと立ち上がった。
「どう言う事っ……。あ、あれ? 身体が……。それに、アイテムも……」
今までのダメージが無かった事になっているのだ。使用したポーションも全て元に戻っている。
『この場所は嘗て、人間達によって荒らされた。……この美しい花畑の全てが根刮ぎ抜かれてしまい。その全てが人間達の醜い欲の為に使われたんだ。ここの花達は、資源になるらしくてな』
過去を思い出しながら……、まぁ 所謂クエストの謳い文句。決められたストーリー。だけど、レイナはそんな事、まるで頭には無かった。リュウキの姿を見て、これがクエストだと言う事をすっかり頭から、除けていたのだ。
つまり、ストーリーはこうだ。
以前この場所には今と全く変わらぬキレイな花の都だった。だが、ある日人間達が、自分達の欲のままに花達を摘み尽くした。この思い出の丘周辺にある花は、嘗て冨を生んでいたらしい。それを目当てに、花を、自然を荒らし尽くした。自然の叫びから、生まれたのが、この女性。精霊、と言った所だろう。
事細かな設定を聞くうちに……、レイナもだんだんと理解をしていったようだ。
プネウマの花が一番高級でよく刈られた事、とか 荒れていた魔物達と心を通わせた一部の人間が、この花の都を再建してくれた、とか。そこから、誰かを強く想う人間に悪い奴はいない~、と思ったとか。威厳をみせる為に、何度も何度も話し方、練習した~とか。如何にも定番の決まり文句。
だが、何よりも変わったのがこれだ。
「え、えっと……つまり? その……リューキ君は?」
『なんら問題なし♪ 寧ろ、君達はベストパートナーで賞を上げちゃうよー♪』
「ええええっっ!!! わ、わたしの必死な想いを返してくださいよっ!!! そ、それに口調変わってるよっっ!!」
『あは♪ ごめんね~、私、これが素なのっ! やー、あの口調と表情してると、肩こっちゃって~』
ゴキンゴキン!っと、中々エゲツナイ音を肩から発している精霊様。最初の頃の凛々しさと言うか、高貴な感じと言うか、そう言うのがサラっと無くなっており、今時の女の子!みたいな感じになってるのだ。口調が思い切り変わっていったから、レイナは似合わないくらい怒っていたのだけど、毒気を抜かれてしまったのだ。
「んもーー!!!! そうだよっ! これ、ってクエスト、イベントクエストだもんね! リュウキ君、あの矢みたいなの、ず~~っと避けてたし! 受けなきゃきゃ進めない。そして、喰らったら即Out!! そんな、理不尽でアンフェアなクエストなんてある訳ないよねっ!? 最後の最後まで、私が勝手に1人だけ、感情に流されながら、イベントクエストだって事、忘れてて盛り上がっちゃってただけなんだよねっ! もぉぉ!!」
『あはは! 怒らない怒らない♪ ……でも、よくわかったよ。……キミは本当に彼のことが好きなんだね。……それが凄く伝わってきたよ』
「っ……///」
これも、本当にただ設定されただけのもの……なのだろうか?本当に、意志がある様に感じてならなかった。テキスト通りに読み上げているNPCには見えなかった。自分で考え、そして話をしてきている様に、レイナは感じたのだ。
『ほんと、さっきの話、全部ほんとにあった事だけど、随分と前でさ? 人も随分と変わってきたよ。……優しくなってくれた。でも、この花は、あの時の人と魔物の絆の象徴だから……、易々と渡す訳には行かないの。こーやって、時々ビーストテイマー以外に反応しちゃった時、私が出てきて試すんだ! ……本当に心優しい人間なのかを、ね?』
「……むーー!! なら、私が逃げちゃったりしたら、どーしてたのよっ!!」
『え? そりゃもう…… うふふふ……』
「な、なにっ!? その変な笑みっ!」
『彼、可愛いわよね~??』
「っっっ~~~~~~!!!!!!」
そんな感じで……、今回の絆のクエスト《花の試練》は終わりを告げた……。
いや、まだ終わってなかった。
「……あの、りゅーき君、目覚まさないんだけど、いつ起きるの? それに、クエスト達成、ってアナウンスも出ないし」
レイナは、終わらないクエストを不審に思い、そして目を覚まさないリュウキにも不審に思っていた。
『あー、忘れてたっ』
てへっ☆ っと舌をぺろりと出しながら言われても説得力が ま~~ったくないといったものだ。
「んもうっ! 早くリューキくん、元に戻してよっ!! わたし、謝らないといけないんだからっ!!」
そう、レイナは、毒気はすっかりと抜けたものの、まだ罪悪感は残っているのだ。
――これが、もしも……、本当に危険な未知のクエストだったとしたら?
――本当に、プレイヤーの命が関わる条件があるクエストだったとしたら?
本当に危なかったのかもしれない。
この時、リュウキも同意があったとは言え、レイナはそんな事考えてなかった。自分が、やると半ば強行してしまったのだから。
『簡単だよ! 勿論、彼 すーぐ起こせるよ。方法、わかんない?』
「判らないから聴いてるんじゃんっ! もうっ!! ほんとに早くしてっっ!!」
『眠れる王子様を起こすのって、そんなに難しい事なのかなぁ……?』
「っっ!!!」
その意味深な発言。
そして、自身の唇。上唇に人差し指を、下唇に中指を置いた仕草。投げキッスの様にした仕草。……そして、眠れる王子様と言う言葉の意味。
「え……、ふぇっ??」
『うふ、わかったよーね? さ、ほーら、やっちゃって! 大切な人で、大事な人、その絆だって深い! らくしょーでしょ♪』
「っ~~!! そ、そんなっ! 人前でなんてできないよっ!! そ、それにわたし……はっ」
『あ~、その手の発言は、私、全く理解できないので受け付けられません。人間の心理、ちっとも判りません』
「うそっっ!! ぜぇぇったいうそだよっ!!」
『…………』
流石は、NPC?無表情に切り替える術に長けている……と言うか十八番だ。完全な無表情。
『で、どうするのだ? このままでは、この者を動かす事は叶わんぞ?』
「~~~っっ////」
極めつけは、セリフ……言葉遣いも元に戻す徹底ぶりだ。
「ぅぅ……///」
レイナは、そっと白い岩で寝かされているリュウキの前に座った。
「り……りゅ……き、君」
確かに、彼の事は好き。本当に大好き。いつか必ず想いの全てを伝えたい、と思っていた。でも、やっぱり女の子だし、……想いが伝わらなかった事を、願いが叶わなかった事を考えたら怖い。だから、まだ踏みきれていない。
だから、こういう事は想いが伝わった後に……だった。
でも、これは、これはイベントクエストなんだ。こうしなければ、リュウキは目を覚まさない。
「ご、ごめん……なさいっ/// そ、そのっ、わ、わたし……っ」
レイナは、リュウキの顔を覗き込む時、目にかかった髪をかき分け、片手で髪の毛を抑えた。彼の顔にかからない様に。
「す、すぅぅぅ……」
そして、レイナは、息を吸い込んだ。吐息が、顔にかかったら、と思ったから。息をめいいっぱい吸い込んで、ぎゅっと、閉じる。ゆっくり、ゆっくりと近づいてく。
その距離は、後2、30cm程。
(これは……、カウントしないっ! わ、わたしのふぁーすときすは……、ちゃんとお互いの想いが伝わった後にっ! そ、そう、これは人工呼吸だよっ!!)
ぎゅっと目を閉じ、自身に念じながらレイナは近づけていく。もうちょっと……もうちょっと……と、自分の頭の中で距離を計りながら、近づけていく。目をつむってるから、完全なイメージだけど。
ゆっくり、ゆっくりと近づけていく……。
――……後、後何cmくらいだろう?
もうちょっと、ロマンチックにしたかった、と言うレイナの想いも交錯していく。その時だ。
「ん……っ、んん……」
声が訊えてきた。それも近く、凄く近くから。
「っっ!!!!」
レイナは、ぎょっとしながら、目を開けた。後ほんの一寸の距離。その瞬間、リュウキの瞼が開かれ、目があって……。
「……あ、れ? ……レイナ? どうしたんだ……? いや、オレは……」
幾らリュウキでも、イベント上での仕様で眠らされていたから、状況が把握出来てなかった。自動的に、睡眠状態に陥る様だ。……単純な話、ただの睡眠であれば自力で目を覚ます事ができるが、それをさせなかったのがこのイベントで発生したシステムの力だろう。
更に長時間かかるとしたら、システムを覆して目を覚ましたかもしれないが……(勿論、システム外スキル保持者のリュウキのみの荒業である)
「っっ~~~!!!」
レイナは、一瞬、固まっていたものの 直ぐに正気に戻り 思いっきり、仰け反った。そして、丁度白い岩から転げ落ちる様に落ちたその瞬間。
『あはっ ごちそーさま♪……頑張ってね~。君達なら、どんな困難があっても、きっと大丈夫だよ~』
そんな声が聞こえてきた。……様な気がする。
「っっ///(な!!あ、遊ばれたっっ!?)」
レイナはそう感じた。別にこんな事しなくても、リュウキは目を覚ます、なのに。それと同時に……。
~Congratulations!~
その文字が躍り出た。
そして、入手した物が表示された。《プネウマの花》 そして 《フラワーソウル》。装飾品アイテムの様だ。
「ん……、クエストクリア、か。……レイナには世話になったな。今回は。すまなかった」
リュウキもその文字には勿論気づき、ゆっくりと身体を起こした。……レイナはまだ俯いたままだった。
「……レイナ?」
リュウキは、立ち上がると、レイナの傍へと向かう。レイナは、リュウキに背を向けた。
「え、と……、リュウキ君。ご、ごめんね。わたしのせいで、こんな目に……」
レイナは、さっきの羞恥もあったけれど、リュウキが起きた時に 改めて実感し、そして後悔したんだ。自分のせいで、リュウキが危険な目にあった事を。
「……危険? ああ。クエストの為のもの、だろう? 問題無い。ただ、オレが何も手伝えなかった事が悔やまれる。謝るとすれば、オレの「……で、でもっ!」っ」
レイナは、リュウキに最後まで言わせず、続けた。
「もし……、もし、本当に大変なクエストで、私がちゃんとクリア出来なかったら………? ……リュウキくんに何かあったら、わ、わたしっ……わたしっ……」
レイナは、震えていた。
もしも、もしかしたら、~だったら、~こうしていれば。それらは結果を考えたら無意味だ。
「……たら、れば、だろう? オレは無事だった。……レイナのおかげでだ。……それで良いじゃないか。感謝しているよ」
クエストの内容は、判っていない。
だが、ここで間違いなくトップクラスのプレイヤーであるレイナがここまで言う以上、今回の難易度が高かったのだろう。
第47層には似つかわしくない程のクエスト。恐らく人質を取った討伐系のクエストだろうと推察できる。
「っ……わたし、わたしは」
さっきのレイナとは本当に別人だ。
実は……あのキス未遂事件?が無かったら、ちゃんと正面から謝れたかもしれないのだ。でも、物凄い近くで、リュウキを見てしまったから。……キスをする寸前まで言ってしまったから。だから、恥ずかしさもあるから、レイナは正面からリュウキの顔が見れなくなってしまったのだ。
そして、僅かながら震えている。
「………」
リュウキは、そんな彼女を見た時。あの時の自分を連想した。震えているレイナを見て、あの時の自分の姿を見たんだ。
――……あの時、立ち直る事が出来たのは、何があったからだった?
それは、言葉じゃなかった筈だ。目の前の彼女のおかげで、彼女がしてくれたおかげで、自分は心が軽くなったんだ。そして、立ち上がる事が出来た。
だから、リュウキは直ぐに行動に移した。
「っ……!!」
レイナは身体がビクリと震えた。
「……え、……ええっ!?」
「気分が悪かったら、不快なら。オレを、監獄エリアに送ってくれて構わない」
リュウキは、レイナを後ろから抱きしめたのだ。それは、ぎこちなく、不器用だったけれど。しっかりと彼女を、背中から抱きしめた。包み込む様に、腕を廻して。
そして、暫くして……、リュウキはレイナを離した。レイナの震えが止まったから。
「あの時、レイナはこうやって、オレの事を、落ち着かせてくれた。オレも、凄く軽くなったんだ。でも、……レイナの様に上手くできたかは、判らないが」
「っ……っっ……!!」
レイナは、首を左右に振った。
「あ、ありがとう。リュウキ君。暖かかった。……リュウキ君の優しさを感じられた。……本当にありがとう」
「……なら、良かった、よ。」
……はっきりと礼を言う事が出きた。
そして、思い出の丘を後にする際に。
「あ、あぅ……、その……、リュウキ、君。やっぱり、ごめんなさい」
レイナは どうしても、もう一度言いたくて、頭を下げた。
「ん。オレは謝られる様な事、してないぞ? 感謝はしてもな」
リュウキはそう言って笑っていた。それがやっぱり辛い。
「(うぅ……じゅ、純粋に想ってくれてるのに、わ、わたしは……っ///)」
……安易な判断をしちゃった挙句、勝手にクエストで、盛り上がっちゃって。反省すべき事が多すぎるのだ。
反省すべき所が多すぎるけれど……。
「今日はありがとう、レイナ」
やっぱり、好きな人の笑顔を見れた事、そして お礼を言ってくれている事が嬉しかった。
『ふぁいとだよ~!!』
もう終わってる筈なのに……、何故だかそんな声が聞こえてくる。レイナは、心の中で『もうっ!!!』っと怒り、現実ではやや頬を膨らませていた。
因みに、情報が出回っていなかったのは、レイナの様に恥ずかしい想いをしたから、と言う意見が大半だったからであり……、あのクエストはプレイヤーのレベルに合わせてその強さを変える。……だから、このクエストで求められているのが絆だったのだ。
~終わりに~
『ふふ~、さ、次はだれが来るのかな~??あれくらい、かっこ可愛い子が来てくれたら嬉しいけどね~♪』
これは、きっと空耳だろう!じゃなければ、どれだけ高性能なNPCなのだ!……とツッコミたい。
……この更に後の物語で出てくるメンタルカウンセリング・プログラムの彼女よりも、凄いAIだと言えるだろう。
そんな彼女を背景に、終了したのだった。
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