真田十勇士
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巻ノ九 筧十蔵その一
巻ノ九 筧十蔵
穴山は白虎にだ、不敵な笑みで問うた。
「御主、その槍で戦うと言ったが」
「如何にも」
その通りだとだ、白虎は不敵な笑みの穴山に表情のないまま答えた。
「それが何か」
「しかし他にも使えるな」
「武芸をというのだ」
「その懐の膨らみを見ると」
穴山は白虎のその派手な上着を見つつ言った、見たこともないまでに派手でやたらと目立つ上着である。
「そこにあるのは短筒か」
「わかるか」
「それも使うか」
「何かあれば」
白虎は表情のない目で穴山を見つつ答えた。
「そうする」
「そうじゃな、そしてその槍も短筒も」
両方共というのだ、穴山は。
「相当な使い手じゃな、しかも」
「しかもとは」
「忍術も使うな」
このことも見抜いての言葉だった。
「御主は」
「そのこともわかるか」
「わしも忍の者だからな」
それでというのだ。
「傾奇者が忍術を使うか」
「おかしなことか」
「いや、前田家の慶次殿も然り」
穴山はここで天下無双の傾奇者の名を出した。
「あの御仁も忍の術を使えたな」
「あの御仁は元々滝川家の方故」
元は甲賀の忍であり織田家に仕官して取り立てられたのだ。前田慶次はその家から前田家に入ったのである。
「それも当然のこと」
「あの方のことから考えればな」
「傾奇者も忍術を使ってもおかしくはない」
「そういうことじゃな、しかし」
「しかしとは」
「御主を見ておると殺気、いや気自体を感じぬ」
そういったものをというのだ。
「全くな」
「確かにな、この者を見ておると」
清海もだ、白虎を見つつ言った。
「気、心というものを感じぬ」
「傾奇者といえば喧嘩早い方が多いのですが」
ここでだ、伊佐も言う。
「しかし」
「この御仁はのう」
「そうしたものもなく。一切がです」
それこそだ、気配や感情といったものがというのだ。
「感じられませぬ。不思議な方です」
「あるにはあるが」
その白虎自身の言葉だ。
「私も」
「左様か」
「白虎殿も」
「それは失礼いたした」
「いえ、では私は近江を旅しますが」
安土のあるこの国をというのだ。
「もう安土は」
「ですな、この街はもう」
「寂れるだけですな」
「最早城も織田家もなく」
「栄える時は終わりました」
「織田家があれば」
そして安土城があればというのだ。
「栄えていましたが」
「その織田家がああなった今は」
「栄える根拠がなくなりました」
「それではですね」
「最早」
「そうなります」
こうだ、白虎は周りにいる者達に話した。見ればその者達は町人の身なりだがよく見れば雰囲気が違う。しかしそれを気取らせてはいない。
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