学校の小さな防人
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ACT.4 「DAY.2。サーチ&レスキュー」
夜11時…おしゃべりをしていた女子や、ふざけあっていた男子の声が静まり、しん、とした空気が出ている時間に、事件は起こった。
先程と同じように2人組でキャンプ場の警備を行い、10時30分から12時の間は長門/芽衣ペアが当番についていた。
先程10時50分に見回りが終わり、詰所に戻ってきた。二人の手にはそれぞれ持ってきた小銃を持ち、頭に着けている暗視装置を目に下ろしていたが、椅子に座った途端に上げた。
「ふぅ…」
ため息を吐きながら肩にかかっているスリングを取り外しながらHK416Dを椅子に立てかける。
かちゃりと鳴って立てかけられたHKは会社の伝統である濃いブラックカラーの銃身を夜空と同じくらい輝いていた。
入隊当初に選んだHK416Dは、マズル、ストック、グリップに至るまでカスタムキットを用いた徹底的な軽量化が図られており、重さは拡張パーツを付けても元の銃の重さと400g近くしか変わっていない。一年生の頃は突入員として、今では分隊長として早さを求めている長門にとってはとても使いやすい装備だ。
芽衣も手に保持したMP7A2短機関銃を机の上に置く。芽衣のMP7にはPDWの弱点である装填弾数の増加をする拡張マガジンと、照準用のレーザーポインターを取り付けてある。このように、個々が使いやすい様に銃をカスタマイズしているのが南のSDFの特徴だ。
芽衣は胸に付けた防弾アーマーを外し、棚に置くと、外に向かって歩き始めた。
「おーい、どこいくんだ?」
「トイレだよ。2分程で戻ってくるよー」
テントに重なって見えなくなっていた芽衣の体は声からして山小屋がある方向に向かっている様だった。
ざっざっ、という半長靴の音が無くなり、静かな夜となった。
HK416のセイフティを掛け、保管用のトランクケースに入れる。芽衣のMP7にも同じ処置を施し、トランクを閉める。
見回り装備の片付けが終わり、一息ついた頃、ふと気付いた。
「…遅いなぁ」
芽衣がトイレに行ったのが11時丁度。現在時刻は11時10分。ここを出発してから10分もたった事になる。
確認するために、トイレがある山小屋に行くための道に出て見る。
山小屋を見てみると、明かりはついていない。つまり、
「芽衣がいない…?」
急いで詰所に戻り、通信機に手を伸ばす。S-33...芽衣のコールサインを入力し、通話を開始するが、いくら経っても耳に届くのはピッピッという電子音のみ。
「クソッ…」
詰所の隣に隣接しているテントに駆け込む。そこはSDF男子のテントで、今は真田、木下、新城、大城の4人が仮眠をとっている。
少々強引に4人を起こし、現状を説明する。
「それは…誘拐⁈」
寝ぼけ眼からの素っ頓狂な声を上げたのは新城だった。
真田、木下、大城はすでに武器を取り出し、捜索の体制に入っていた。
それを見て新城もPDWのP90と、ハンドガンのP7を用意し始めた。
「じゃあ、俺と真田、木下で捜索する。大城と新城はキャンプの警備を」
全員が了解、と復唱し、長い夜が始まった。
………………………………………
捜索から40分。山小屋を中心に直径1kmの円周をぐるりと捜索したが、まるっきり手掛かりは見つからない。
「くそっ、どうして…」
「焦るな。必ず見つかる」
真田から冷静になれとのフォローが入るが、自分としては冷静でいられるはずもない。
「とりあえず、一回戻ろう」
真田の提案で全員が詰所に集合した。その中にはSDF以外の生徒もいた。
「長門くん、伊吹ちゃんは?」
長門のクラスの学級委員長で芽衣と仲の良い椎名だった。
「山小屋に行ったきり消えちまったよ。今捜索してる」
長門の代わりに質問に答えたのは真田だった。
「…一般生徒の方で何か変わったことは?」
何とかして動揺している心を押さえつけ、口を開く。
「ええと、そのことなんだけど…」
椎名は何か戸惑っている様子だった。
「その事は俺達が話すよ」
大城だ。
「椎名ちゃんと安達に頼んで女子側のテントを見回りしてもらったんだよ」
安達は大城のクラスの女子生徒だ。
「女子は3人いなくなっていた。男子は2人。伊吹合わせて計6人が失踪。集団でだ」
「集団か…その面子は?」
大城は一瞬言うのを躊躇った。が、意を決したように口を開いた。
「…中学生の時に伊吹に絡んでた奴らだ」
「…それは…不味いな」
真田が苦虫を噛み潰したような顔をする。
「とりあえず捜索範囲を拡大。半径5km内にある小屋を虱潰しに探せ‼」
………………………………………
あっという間の出来事だった。
トイレから出た瞬間にスタンガンを首に当てられて気絶。最後に見たのは薄く笑いを顔に浮かべた人達だった。誰かは見ていないが。
目が覚めるとまず見えたのはコンクリートの天井だった。確か下見の時に見たキャンプから3km程離れた廃工場だった筈だ。
手足を動かそうとするが、ロープか何かで縛られているようで全く動かない。口もタオルで縛られ声を出せない。耳に付けていた通信機器も腰のグロックも外れ、かろうじて腕のG-SHOCKと識別帽、A-TACS迷彩を着ている事を感触で確認できた。自分は誘拐されたのか。
「あら、目が覚めたようね」
聞こえたのは女性の声。部屋にただ一つある入口から聞こえたその声には聞き覚えがあった。
ドアが音をたてて開き、先程の声の主が入ってきた。
腰に届くくらい長い髪の毛が特徴的なその女子は芽衣にとってトラウマの人物だった。
「……っん‼」
「あらあら、不様ね」
鋭い目線を上から投げかけてくる姿は2年前に見たときと全く変わっていなかった。あの時と。
彼女の名前は藤原 琴音といった。
………………………………………
今の2年生…長門や芽衣が中学3年生だった頃、中学校では非公式のあるイベントが行われていた。
学級で綺麗な女子を1名選出し、校内で誰が一番可愛いか、を競うものだったらしい。芽衣と同じクラスだった長門や真田は仲の良かった芽衣に投票し、その結果クラスの代表は芽衣となった。
その中学は生徒の人数が少なく、1学年2クラスしか無かった。
長門達の1組からは芽衣、隣の2組からは藤原が選出された。
当時の藤原はクラス女子のリーダー的存在であり、いつも5人程度の取り巻きを従えていた。
藤原の実家は大きな印刷業者であり、億単位の利益を出していたらしい。だから親から英才教育を施され、結果自分が上に居ないと気が済まない性格となってしまった。
本戦では1年、2年からも生徒が集まり、合計6人での勝負となった。芽衣は「他の人達には勝てないよ」といつも通りのんびりと語っていた。が、事態は真逆に動いた。
投票から2日後に発表された結果は1位が芽衣だった。2、3位と1、2年生が続き、最後に藤原の名前が載っていた。投票数は芽衣が圧倒的の百桁、2.3.4.5と十数票、藤原に至っては一桁という凄惨たる結果だった。
上の立場に居ないと気が済まない性格の藤原は絶望した。なぜあんな女に負けなければいけない…なぜあんな女の下に男が集まるんだ…なぜだ…どうして…
さらにそれを加速させたのは長門の存在だった。中学1年の頃から想いを寄せていた人が長門だった。高身長、高学力、そしてなにより「自分を守ってくれる武力」を持っている男子だったからだ。しかし、長門の心は藤原など見ていなかった。逆に芽衣には周りから見ていて分かる程心を寄せていた。自分自身そうなっている事に気付いていない長門と、同じくその思いに気付いていない芽衣の組み合わせは滑稽だったが。
なぜ長門があんな女の味方をする。
そんな自問自答の結論は「あいつが居なくなればいい」だった。
藤原は早速行動に出た。取り巻きを使っての流言飛語、放課後に呼び出して放置、さらには教科書や靴を捨てるといった行為や殴る蹴る等の暴力までやり始めた。
………………………………………
「ほら、水飲みなよ」
放課後、藤原の取り巻きの手によって落書きをされた机の上に藤原の手によって置かれたのはプラスチック製のコップだった。絵の具かチョークの粉でも入れたのか中の液体は白く濁っており、ただの水では無いという事は一目瞭然だ。
机の周りには取り巻き達が芽衣を取り囲んでおり、逃げる事はできない。
「いいです、自分のがあるから」
机から魔法瓶を取り出して藤原の目の前に出す。
藤原はそれを無視して「水飲みなよ」ともう一度言った。
「飲めっつってんだろ‼」
取り巻きの一人が魔法瓶をひったくり、頭を掴む。続いてもう一人が顎を掴み強制的に口を開けさせられる。抵抗するが、がっちりと固定され動かない。
「さーて、琴音様のスペシャルウォーターを召し上がれ」
「…んっ‼…んっ‼」
藤原がコップを芽衣の口元まで持って行き、中身を口の中に開ける。
「ゴホッ、ゴホッ‼」
「アハハハハッッッッ‼最高だね‼その顔が歪んでいる所を見るととっても気持ちが良いよ‼」
二口ほど水を飲んでしまい咳き込んでいる芽衣に向けて放った言葉は最早狂っているとしか言い様が無かった。
さらに男子2人が教室に入り、いじめはさらにエスカレートしていった。
男子は殴る蹴るを繰り返し、女子はそれを携帯で撮り、殴られたシーンを連続再生している。芽衣の顔はたちまち傷が付き、体の感覚がなくなってきた時にそれはやってきた。
「何やってんだ、お前ら」
教室のドアが乱暴に開けられた。
そこには夏の制服姿で長門と真田が立っていた。顔はどちらも険しい。
「なが…と…くん…」
芽衣の口から掠れた声が出た。
「おいおい長門。これはただの遊びだ。無視してくれて構わないぜ」
取り巻きの男子2人が長門達の下に歩いてきた。その一人が真田の肩に手を置いた瞬間からこの2人の運命は決まった。
真田が手を取り、内側に腕を捻る。それと同時に足を払い転倒させる。長門はもう一人の左腕と右肩を掴み、投げる。
取り巻きが二人同時に床に倒れ伏せ、教室に大きな音が響き渡った。
取り巻きは二人とも机に激突したのか当たった部分を抑えて悶えている。
「さて君達。この男達みたいになりたくなければ伊吹を解放しろ」
真田が威圧するようにじりじりと近づく。
怯えた取り巻き達は悲鳴をあげながら教室を走って出て行った。
その取り巻き達に支えられていた芽衣は支えを無くして前に倒れこんだ。
「芽衣っ‼」
急いで駆け寄り、肩を支える。心なしか少しやせ細ったように感じた。
「…ありがとう。大丈夫」
大丈夫、というサインに肩に掛けていた長門の手を一回叩き、立ち上がった芽衣はくるり、と藤原の方を向いた。
「なんでなの?なんでこんな酷い事をするの?」
大丈夫、と言っていた割には声が涙声だった。目からも涙が溢れ出しそうだ。
「嫉妬か?」
藤原の顔がはっきりと分かるほど歪んだ。
「嫉妬で他人を傷つけるな。たしかに芽衣は他の人に持っていない物を持っている。でも、それを憎んで、その人を傷つける奴は人として駄目だ」
藤原は歪んだ顔を下に向け、廊下に向かって走って行った。
藤原の足音が聞こえなくなった瞬間、隣に立っていた芽衣が抱きついてきた。
「お、おいっ!」
恋愛経験が無いせいか、いきなりの出来事に頭が真っ白になる。
「長門…君」
「ど、どうした?」
芽衣は長門の胸に顔を埋めたまま呟いた。
「これ以上、皆に迷惑をかけたくない。私は強くなる」
強がっている様に聞こえたその声も、やはり涙声だった。
………………………………………
日付が19日に変わって20分、つまり第二次捜索を開始してから40分後に目標を発見した。場所はキャンプから3km程離れた鉄筋コンクリート造りの廃工場だった。
「突入チームは新城除く4人で。奴らのいる部屋の電球を真田が狙撃。俺達3人は4つある入り口のどれかから突入するぞ。暗視装置を下ろしとけ」
長門達は廃工場へ向かう道中で作戦会議を行っていた。全員、手にはそれぞれの小銃を持ち、頭には識別帽が、またそれに取り付けられた暗視装置が目の位置に降ろされている。
「見えた。あそこだ」
真田が双眼鏡を見てメンバー全員に伝える。
「もう少し進もう。射程に入らない。400mくらいだ」
駆け足で400mを約2分で駆け抜け、定位置に着いた真田が狙撃体制に移った。
AMP社が法執行機関向けに制作したDSR-1には、バイポッドと呼ばれる安定用の脚が二つある。一つ目は銃の前…マウントレールに取り付けられたバイポッド、二つ目は肩に反動を伝えるストックに内蔵された一脚。位置関係が丁度三角なので、「トライポット」と呼ばれるこの装備は、慎重な狙撃を好む真田にとってとても良い武器だった。
スコープは防衛省技術研究所製の12倍可変スコープ、マズルには発射炎を抑えるマズルサプレッサーを取り付けてある。6連装のマガジンには、非殺傷の軟質プラスチック弾、M50が装備されている。
伏せ撃ちの体制で待機していると、長門から通信がきた。
「真田。12:50に作戦を開始する。一発で貫け。分かったな?」
了解、と返し、スコープを覗く。
視界には青い白い光を放つ電球が一杯に映った。射角の問題から、中の様子は覗けそうに無い。銃自体を少し上にずらし、電球にレティクルの中心線を合わせる。
ボルトを引いて初弾を装填した真田は、先程の言葉を実行するため、神経を尖らせた。
………………………………………
「長門から全員へ。あと20秒で突入開始だ。用意は?」
全員からOKという返事を貰うと、今まで下に向けていた視線を上に上げた。といっても、見えるのはアルミニウム製の扉だけだが。
「突入開始前、10.9.8.7.6…」
キャンプで警備を行っている新城がカウントを行っている。そのカウントが焦らすようにゆっくりに感じられた。
「3.2.1.」
絶対助け出す。そんな気持ちが身体を支配した。
「0‼」
「無線解除、突入せよ‼」
………………………………………
口に縛られたタオルは呼吸の問題で取られたが、手のロープは縛り付けられたまま、行為は始まった。
精神的暴力に始まり、精神的暴力に終わる。他にも、藤原達女子に戦闘服をナイフで切りつけられたり、例のスペシャルウォーターだかを飲まされたり等。切りつけられたA-TACSの胸元からは黒いインナーと下着が露出し、腕の切創からは血がにじみ出ている。かれこれ2時間近く、この拷問ともいえる行為を続けられている。もう脳内は混乱して機能していない。だが、これだけは分かる。この状況を打破できるのは、彼らしかいない、と。
「やっぱ鍛えてるだけあるねぇ。腹筋が硬いよ。割れてるかな?」
インナーの上から藤原がお腹をさすってくる。それに乗じたように、他の取り巻き達も芽衣の腹に手を伸ばす。
数秒間お腹をまさぐっていた数本の手は段々と上の方に動き、胸の辺りまで到達した。
「中々に大きいねぇ。80ってトコかしら?仕事の邪魔にならない?切ってあげようか?」
その言葉に取り巻き達がげらげらと笑う。
藤原は笑いながらジャージのポケットからナイフを取り出し、目の前に突き出した。
(何か、この状況を打破できる物は…)
室内にただ一つある窓ガラスを見る。
「窓を見たって愛しのカレシがくるわけじゃないよ、あきらめな」
藤原の言っている事は無視し、窓を凝視する。
なだらかな平原に、ぽつりぽつりと時折光が反射するのが目に入った。
あれは大城が装備しているMASADAのアンダーマウントレールに取り付けられているフラッシュライトの筈だ。ここから視認できているということは、もうそこまで来ているということだろう。
相変わらず藤原は笑っている。全くこちらの行動に警戒していなかった。
現役の特殊部隊相手に油断するのは「死」を意味している。それは何度も訓練で味わっている。
仲間の接近。相手の油断。反撃のピースは二つで揃った。
SDFを…舐めるなぁぁ‼
内心そう絶叫し、手と違い、ロープで縛られていない足を立たせる。
もし男子が隙無く監視していればこんな事はできなかった。だが男子は携帯の液晶に夢中だ。
ありがとう…間抜けで!
2時間近く寝っぱなしだったが、脚はよくいう事を聞いてくれている。
右脚を軸にした回し蹴りを取り押さえようとした男子に向かって放つ。狙った部分は下腹部だ。相手はこちらと違い、何の訓練も受けていない素人だ。こんな奴らに負けるようではSDFの名が廃る。父親に近接格闘術を教わっているのならなおさらだ。
ドン、と男子が壁に叩きつけられた直後、一発の抑えた銃声が、部屋の明るさを奪った。
もちろんそれは、「彼ら」の放った一発の銃弾だった。
………………………………………
「無線解除、突入せよ!」
その言葉を言った瞬間、サプレッサーを付け、抑えた銃声がキャンプ方面から聞こえた。真田の狙撃だ。
さらにガラスが割れる音が響き、カーテンから漏れ出していた光が途切れる。
体当たりで扉を開け、一部屋しかない部屋に突入する。暗視装置のお陰で視界は確保されている。
「芽衣に当てるなよ‼」
A-TACS迷彩を着た芽衣らしき人が立っている周りには、4人の男女がいた。あと一人は壁付近で何やら下腹部を抑えて悶絶している。
赤外線によってグリーン色に可視化された暗闇は暗視装置によって隊員達の視覚に映る。この状況だと、暗闇が唯一の味方だ。
その中の一人、体格的に男子の影に照準をし、セミオートに設定したトリガーを引く。
HKに装填された5.56mmの暴徒鎮圧弾が空を切り、照準目標の肩に命中した。
「ぐうっ、何だ‼」
被弾した肩を抑えながらも抵抗する素振りを見せた目標に対し、長門は即座に銃側部のセイフティレバーを動かし、発射方式をフルオートに換える。「SEMI」から「AUTO」の表記の位置に矢印を動かす。
再度照準をし、次は腰の部分を狙った。
連続した発砲音が鳴り響き、マズルから鎮圧弾が約10発飛びたした。
あちこちからマズルフラッシュが飛び散り、暗い部屋に再び灯りが灯される。
周りからはサプレッサーによって抑え付けられた銃声が止まず鳴り響いている。
「撃ち方やめ!繰り返す、撃ち方やめ!」
最初の発砲から大体1分位経ち、やっと静寂は訪れた。
部屋の中央には転がって悶絶している男女5人、それを取り囲むようにいるのがSDFの面子だ。
転がっている男女の顔はどれもしかめっ面で、中には涙を流している奴もいる。
芽衣はというと、着用していたA-TACS迷彩服は刃物によって切り裂かれ、胸のインナーが露出している。装備していたグロック17と暗視装置などは部屋の棚に放置してあったので回収した。体調はとても疲労しているようで、顔色はとても悪い。頬の部分には小さな痣ができていた。腕には切創もある。手はがくがくと震え、先程まで立っていたが、今は座り込んでいる。
「さて、どうする。隊長?」
先程の狙撃地点から戻ってきた真田が聞いて来た。
正直な所、あまり大きな噂にはしたくない。南の学生が南の学生を誘拐したなんて事、他の高校に広まったらSDFの活動がとてもやりづらくなる。そして、何よりも芽衣に多大な負担がかかるという事だ。友達、先生、家族、挙げ句の果てにはマスコミや見知らぬ人までに何かをされるかもしれない。
しかし、無罪放免にするというのは余りにも人が良すぎる判断だ。今回合わせて2回、このような行為が行われていたのだ。
「どうしたもんか…」
芽衣は相変わらず壁を背もたれに座って足に顔を埋めている。この状態じゃまともに話は聞けそうに無い。
「とりあえず、キャンプまで連行するぞ。大城と木下で五人を連れてけ。逃げ出さないように銃を突きつけとけ。もしもの際は発砲を許可する。俺と真田はここの点検と芽衣を運んでく」
「了解、木下と一緒にキャンプで待機してます」
大城がMASADAの弾倉を交換し、ボルトを手前に引く。
がちゃり、という金属音に藤原達五人は怯え、素直に外に出た。
「じゃあ、また後で‼」
木下が相変わらず元気な声を上げる。もちろん、手にはMP5A4が握られている。連行チームは藤原達五人を先頭に出発し、木下と大城が銃を構えて後ろに付いた。
大城のフラッシュライトの光が見えなくなり、十分に遠ざかった事を確認し、芽衣を介抱する。
「おい、大丈夫か?」
しゃがんで肩を、ゆっさゆっさとゆらす。芽衣の反応は無い。
「おい、大丈夫か‼ おい‼」
再び肩を揺らす。すると、先程とは違う反応が返ってきた。
首を縦に振った。肯定という意味だ。大丈夫という事なのだろう。
「立てるか?とりあえずキャンプまで戻るぞ。話はそこからだ」
芽衣は顔を上げた。頬には小さな痣、唇からは血が少し出ている。目は赤く、涙目だ。朝、見た時の凛、とした目とは違い、前に三年生に絡まれていた時と同じ目をしていた。
「多分…大丈夫…」
芽衣の声はだいぶ掠れていた。近くにあったパイプを掴み、立とうとしているが、上手くいかない。きっと疲労のせいだろう。
「負ぶって行くから手を貸せ」
こういう時には素直に甘えてくる。日常ではいつも恥ずかしがって拒否するのだが。
そのころ丁度、真田が点検から帰ってきた。
背中のバックパックを外し、HK416Dにスリングを付けて首に掛ける。芽衣の太腿を持って背中に負ぶって、バックパックは真田に持たせる。芽衣は体重が軽いため、楽に持ち上げる事が出来た。
「相変わらず仲の良い事で。分隊副長としてはなにより」
「うるせぇ」
「いやー、色々見逃してあげてるじゃん。中三の時とか、前の三年に絡まれた時とか?」
「見てたんなら支援に来いよ‼」
「はいはい。もう一時半だから、いくら彼女を庇うといってもそんなに騒ぐな」
「付き合ってない‼誤解するな‼」
真田はいつになくノリノリだ。
「分かった分かった。未来にどうなるかは分からないけど? とりあえず出発するよ」
「余計な事を言うなッ‼」
そう言いつつ、廃工場を出る。空は入ってきた時と同じく、漆黒のブラックカラーに染まっていた。
「芽衣、大丈夫か?」
自分の背中を見ると、目を閉じて、すやすやと寝息を立てている芽衣が居た。
「寝ちゃったか…」
「どうする?明日、明後日とまだ野外活動があるけど?」
「芽衣と奴らはもう寝かせる。明日の夜に決着を付けよう。明後日までは引き延ばすな」
「了解」
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