ソードアート・オンライン〜Another story〜
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ALO編
第141話 グランド・クエスト
《キリトとリーファ》
その2人の戦い。兄妹の戦い。
それは、あの《キリト&ドラゴ vs ユージーン&ジェイド》の一戦とは違う意味で、負けずと劣らない程のものだった。
あの時の4人の戦いは剛の戦いだった。だが、2人の戦いはまた違う。
言うならばキリトとリーファの戦いは、《舞闘》と呼ぶに相応しいものだ。
武器が弾かれる勢いを利用し、同時に2人は地を蹴り背中の翅を震わせる。翅は後付けではなく、元々最初から自分の手足だったかの様に自由自在に操り、優雅に宙を舞う。その動きは、息のあった舞踊の様であり、交錯点で剣を撃ち合い発生する光と音も、戦いの中での美しさを際立たせていた。
リーファは、妖精の剣士として、そして剣道の選手として、キリトの動きに感嘆を覚え、自分がかつて体験したことのない領域に上り詰めつつあるのを感じていた。これまで、自分が体験してきた決闘の決着、その優劣は単純な武器の性能の優劣におけるものだけだった。だけど、今は純粋に剣と剣の技術のぶつかり合い。自分を上回る剣士と相見え、それが誰よりも 愛する人だったことに、リーファは歓喜にも似た感情を味わっていた。
例え、想い人に もう二度と心が交わることがないとしても、この一瞬、剣と剣の交わりだとしても、報われたと、そう思ったのだ。
やがて、大きく間合いをとった2人は同時に翅を広げた。
……次の一刀が最後の一撃。それは互いに意志が伝わった様だった。互いが其々答える様に、緩やかに剣を構えたのだ。
一瞬、凪いだ水面のような静謐が訪れる。
リーファの頬を音も無く涙が伝い雫となって落ち、静寂の中に波紋を広げた。それが、合図だった。2人は、空を焼き焦がす勢いで、中を駆けた。互いが其々の種族を象徴する色を纏い、閃光と化す。
そして、もうほんの一瞬、その刹那の時間で剣が交錯し合うであろう直後に、彼女はある行動を取ったのだ。
それは、キリトを見ずに、剣すら手放し、両腕を大きく広げ、そのキリトの剣を受け入れようとした。リーファが、直葉がずっと、ずっと考えていた事がこれだった。例え、キリト……和人の剣をこの身に受け その身体を捧げたとしても、和人が満足するなどは思えない。……が、それ以上に彼を深く傷つけたであろう自分の愚かしさを謝罪し得る言葉を、直葉は持たなかったのだ。
――……だから、せめて……その剣を受け入れよう。
断罪の剣を、彼のけんのもとに自分の分身である、リーファと言う名の身体を差し出すことしかできないんだと思った。両手を広げて目を閉じ、その瞬間を待ったリーファだったが……。身体を覆う感触は、剣のそれとは違っていた。……自分自身の全てを、心から包み込んでくれる温もり、感触だった。
「……!?」
リーファは、思わず目を見開いた。その瞳が写したのは、キリト。……キリトも剣を持たず、自身と同じように、していたのだ。『どうして……?』と思う間も無く、2人の衝突にも似たその抱擁は、エネルギーを殺しきれず、2人の身体は1つになって回転しながら、この空を舞ったのだ。
これこそが、妖精たちの踊り……、妖精舞踊、と言えるものだろう。宙に投げ出された2人は抱き合いながら……やがて、回転力も落ち宙に静止する。
「どうして――」
回転が止まり、漸く言葉を口にすることが出来たリーファ。それは、キリトも同じだった様で、戦いの時と同様に、殆ど同時に。
「何で――」
キリトも、そう返していた。互いに沈黙がながれ、視線を交差させたまま 宙を風に任せながら流れる。沈黙を先に破ったのは、キリトだった。
「オレ――、スグに謝ろうと思って。……でも、言葉が出なくて、だからせめて、剣を受け入れようって……」
不意に、リーファの背に回された両腕にぎゅっと力が入るのを感じた。
「ごめんな……、スグ。せっかく帰ってきたのに……、オレは、お前のことをちゃんと見てなかった。自分のことばかり必死になって……、お前の言葉を聞こうとしなかった」
その声を耳元で受け止めると同時に、リーファの両眼から迸しるように涙が溢れた。
「そんな……、あたし、あたしの方こそ……」
リーファは それ以上はもう言葉にならない。ただただ、キリトの身体に、胸に強く顔を埋めて嗚咽を漏らしていた。
そして、緩やかに地上へと帰還を果たした。キリトは、リーファの頭をそっと撫で……静かな声で話し始めた。
「オレは、本当の意味ではあの世界から帰ってきていないんだ。……終わってないんだ。まだ、彼女が、帰ってきていない仲間達の存在がある限り、オレ自身も、オレ自身の現実も始まらない。皆で、あの時の約束を果たすまで……、始まらないんだ。だから、今はまだ、スグのことをどう考えていいか判らないんだ……」
「……うん」
リーファは、小さく頷くと、つぶやくように言った。
「あたし、待ってる。お兄ちゃんが、ちゃんとあたしたちの家に帰ってくる、その時を……、だからあたしも手伝う。説明して……、あの人達の事、何でこの世界に来たのかを……」
リーファは答えを求めた。現実世界で眠っている彼女……姉妹と、この世界と一体何の関係があるのかを。確かに、この世界もあの世界同様、仮想世界だけど……繋がりなんて無い筈だから。
リーファの問に、キリトは答えた。
戻ってきていない彼女の事を。嘗て、あの世界で、戦友だった男の1人が、眠れる彼女の情報を教えてくれた。それが、この世界の上。その鳥籠の様な牢獄に囚われている彼女の姿だった。
……この世界の中心に位置する、この世界樹の上で。
リーファはそれを聞いて……、全て判った。どうして、キリトがあそこまでこの世界樹の上に行きたかったのかが。
――現実世界では、本当の意味で触れ合える最愛の人が、世界樹にいるのだから。
~世界樹・前~
ユイは、リュウキの頭に座っていたからよく判る。
リュウキの視線は、しきりに世界樹の上を視ている事を。それは、一度や二度ではない。そして、この感じは……何処か、キリトによく似ていた。あの上に何かを求めている事がよく判った。
「……お兄さん、聞いてもいいですか?」
「ん? 構わない。どうした」
ユイの言葉にリュウキは答えてくれる様だ。
……だけど、ユイは慎重に言葉を選ぶ。
現実世界でのことは、キリトから聞いていた。あの世界での事、それを思い出そうとした時……リュウキが倒れてしまったと言う事を聞いた。脳の記憶障害。ダメージを避けるために、本能的に脳が記憶を封じてしまう。それを無理矢理に開けようとすれば、脳は信号を発する。痛みとなって、守ろうとする。……痛みとなって本人に襲いかかってくる。
――……リュウキに苦しんで欲しくない。
だからこそ、キリトも、そこまでくい込んだ話はしなかったのだ。本人にゆっくりと記憶の扉を開錠してもらう為に。彼女と会わしたい、と強く思っていたけれど……。
「リュウキお兄さんも、世界樹を目指しているんですよね? ……どうして、ですか?」
ユイが聞きたい事は、その事。あの上にいるのはアスナ、それは確定している。……キリトに、この世界にアスナ……ママがいるかもしれない、と言われてからずっと、ID情報を検索し続けてきた。
そして、見つける事が出来た。見つけた場所は、この世界樹の上だった。キリトが求めるものはあの上にある。
ならば、リュウキが求めるものとは一体何なのか、それが気になったのだ。この空の上に、求めているものを。
「この上に……、真実がある。からかな」
「真実、ですか」
「ああ。……この上に……」
リュウキは、世界樹を見上げ……、そして 目を瞑った。脳裏に映るのは、表情は映らない少女の姿。栗色の綺麗な髪、そして……きっと その霞みかかった向こうの表情は笑顔なのだろう。それを想うだけで、心が落ち着く、安らぐ、そんな少女。
……だが、今は違う。
ある時を境に、彼女はずっと助けを求めているんだ。この世界樹の上で。
「……上手く、説明はできない。だけど……必ずあるんだ」
「お兄さんが言うなら……そうなんでしょう」
ユイは、真剣な顔でそう言った。リュウキが言う真実と言うのは何なのか……、それも気になった。だから、ユイは再びあの世界樹の上を見上げる。……何度か検索をしたが、覚えのあるID情報はアスナのものだけだった。それ以外は判らない。
プレイヤーとしての情報は全くなかったから。
「……やっぱり可愛いなぁ……」
そんな時……、にへぇ~っと笑みを見せながら若干遠くでユイを見ている者がいた。当然ながらレコンだ。彼は、ユイに嫌われたくない、と言う理由で少し距離をとったのだ。……が、やはり ユイの方を見てしまう。
「うぅ……」
視線を強く感じたユイは、再び萎縮して、リュウキの右頬側へと隠れる。リュウキは、苦笑いをして。
「人気、だな? ユイ。本当に好かれているぞ?」
「好かれると言うのはとても嬉しい事ですけど、わ、私に触れていいのは、パパとお兄さんだけですっ!」
「……何も触れられろ、なんて言ってないだろ?」
ユイは、両手をぎゅっと握って力説している所にリュウキはため息を吐きながらそう返していた。……レコンの眼差しはまだまだ続く様だ、と思ったが。
「お待たせー!」
「ごめんな、リュウキ、ユイ」
空高くから、透き通る様な声が聞こえてきたかと思えば、この世界樹のゲート守護像前の広場に着地した。キリトとリーファの2人だ。リュウキもユイも、2人の顔をしっかりと視た。その顔は晴れやかであり、先ほどのものとは比べ物にならない。憑き物が落ちた……、と言う感じだった。
「良かったな」
リュウキは、にこりと笑った。その笑顔に、ユイも反応し 同じように笑いながら、キリトの方へと飛んだ。
「えーっと、あたしもリュウキ君、って呼び直した方が良いかな?」
突然、リーファが訊いてきた。
若干驚いたリュウキだったが、キリトが軽く両手を合わせていたのが判った。どうやら、キリトに聞いた様だ。
「どちらでも構わない。呼びやすい方で」
「まぁ、CNが表示されてるのは、《ドラゴ》って名前だけど……、あたしもリュウキ君、って呼ぶよ」
リーファはそう言い、笑っていた。そして、レコンの方をむく。正直大人しく待っているとは予想外だった。……多分、リュウキも上手くしてくれたんだろう、とリーファは何処かで納得した様だ。
レコンとは言うと、リーファを見て駆け寄ってきていた。……が、リーファの隣に立つ黒衣のスプリガンの姿を見て表情を目まぐるしく変えた挙句、首を捻りながら言った。
「え、えーと……ど、どうなってるの?」
レコンは状況が全くわからない。さっきまで、嫌われてしまった……、会えない……、的な感じだったのに、ほんの十数分でまた一緒にいるのだから。リーファは、そんなレコンに、にっこりと笑いかけながら答えた。
「さ、これから大変よ? 世界樹を攻略っ! この人たちと、あたし、そしてアンタの4人で」
「へぇー……、そ、そう……って、ええっ!?!?」
レコンは、リーファの言っている意味は、直ぐには理解出来なかったが、その意味を理解した瞬間、絶句していた。まさか、超難関クエストをこんな超小人数で挑む、と言われるなどとは想像すらついてなかった。最近では、サラマンダーの大部隊を蹴散らしたと言う事件も記憶に新しい。
それらが頭の中にぐるぐると回って、顔面蒼白になって後退るレコンの肩を、リーファはぽんと叩き。
「がんばってね」
とだけ、一言。そして、キリトは改めてあのクエストについてをユイ、リュウキと話しをする。
「あれだけの戦闘だったが、何か判ったか?」
「はい、お兄さんとも話しましたが、あのガーディアンモンスターの戦闘能力自体はさほどでもありません。……ですが、やはり数が異常なんです」
「ユイの解析もそうだが……、恐らく人数を増やし、オレとキリトの2人がかりで攻めたとしても、敵数は倍増しになるのが濃厚、だな」
それらの話を考えると、あのクエストの敵の正体が輪郭を帯びてくる。
「……個々のガーディアンは1,2撃もあれば落とせるから、中々気付けなかったけど、総体では、絶対無敵の巨大BOSSと一緒、って事だな」
「ああ、それも 挑戦してくるプレイヤーに合わせて、大きさが変わる。……攻略不可能とはよく言ったモノだ。……それ程、上には来て欲しくないんだろう」
リュウキの顔は険しい。
単純に高難易度のクエストに挑む時の顔、なんかじゃない。ゲームをしている者の顔じゃない。戦いに赴く戦士の顔だ。あの世界でよく見ていた顔だった。
「ですが、お兄さんとパパの力もこの世界においては異常数値、異常熟練度も同じです。お兄さんの言うとおり、パパと2人なら、秒間湧出は倍以上になり得ます。……数で攻めても不可能なのは、周知のとおりです。……ですが、それは一般の熟練度のプレイヤーだから、です。お兄さんとパパなら、十分に可能性はあります」
「………」
キリトは再び黙考する。リュウキの顔を見ると、リュウキは頷いた。
「……すまない。もう一度だけ、俺のわがままに付き合ってくれないか。ここで無理をするよりは、もっと人数を集めるか、別のルートを探すべきなのはわかる。……でも、なんだか嫌な感じがするんだ。もう、あまり猶予時間がないような……」
「っ……」
キリトの言葉にリュウキも一瞬震えた。この感覚を持ち得たのは、どうやら自分だけじゃないようだ。あの上に行われているモノの輪郭を視たリュウキだけではなく、キリトも、何かを感じ取ったのだから。
「判った。もう一度、頑張ってみるよ。アタシに出来る事ならなんでもする。勿論!コイツもね?」
「ぇぇ~~……で、でも 僕とリーファちゃんは一心同体だし、ここで逃げるのは……守れるのは僕だけだし……」
「何馬鹿な事言ってんのっ! さっさと返事する! 男ならしゃんとしなさい!」
「う、うう、判ったよぉ……」
何とも情けない感じがするレコンだが、最後にはかくんっ、と頷いた。
そして、4人は手を合わせた。その上にユイがちょこんと座る。
キリトは3人に改めて。
「ありがとう、皆」
そう、言っていた。
それを訊いたリュウキは、キリトの額を人差し指で軽く弾く。
「……当然の事だろ? 今更だ。……それに、上に行きたいのはキリトだけじゃないんだぞ?」
そう言って笑った。リーファとレコンも、こくりと頷いた。
「はは……、そうだな。……ガーディアンはオレ達2人が相手をする。後方からヒールするだけなら、恐らく襲われる事は無い筈だ」
キリトの言葉に皆が頷いた。敵にタゲを取られるには、現段階で判明しているのは、《接触する》《攻撃を仕掛ける》だろう。
これまでの戦いがそうだった。対人戦は別として、アルゴリズムで動くモンスターなら基本命令だ。だが、それでも警戒する事に越したことはない。リュウキが言葉を繋げた。
「……想定外は、頭に入れておいてくれ。想定外の状況に陥って、固まらない様に、な?」
「任せといて。これでもこの世界での戦歴はあんた達よりも長いんだからね!」
「う、うん。……闇討ちや待ち伏せは得意なんだけど……」
「こんな堂々とした戦いなんだから、無理でしょ」
「だよね。……でも、頑張るよ!」
レコンも十分腹はくくった様だ。リーファの前だから、というのもあるかと思うが。
「よし……、皆行こう。あの空の向こうまで」
キリトの言葉を最後に、皆はあの巨大扉へと向かっていった。
~世界樹・グランド・クエスト~
そして、キリトやリーファにとっては二度目、リュウキやレコンにとっては初見。あの巨大な騎士石像が守っている扉の前に4人は立った。その地の底から響くような低音を轟かせつつ、開かれる扉。
……そして、その奥からはまるで妖気、とも言える様な妖しげな空気が流れ込んでくる。天へと続く道の筈が、宛ら地獄への門だ。
「……はは」
だが、この4人の中でただ1人は笑っていた。……リュウキは、自然と笑っていた。この上に、望むものが、そして真実があるから。そう想えば想うほど……、欲求にも似た何かが込み上げてくる。
「……頼りになるってな」
キリトは、リュウキを見て、そして自身も笑っていた。こんなに心強い者など、他にはいない、と思えてしまう。リーファやレコンには申し訳無いと思うが、あの世界で得たモノはとてつもなく大きい。
「ほんっと、異常よね……。これから先のクエスト、判ってるの~?」
「そ、そーだよ! サラマンダーの大部隊でもあっさりやられちゃったのに……って、ああ゛っ!! 思い出さない様にしてたのに~~!!」
リーファは、苦笑いをしながらそう言い、レコンは どうやら考えない様にしていた、あの全種族でもNo.1の戦力を誇る火妖精の大部隊が殺られてしまったと言う事実。
『死ににいくようなモノじゃん!!』
と、正直思っていたのだが、リーファが行くのなら、たとえ火の中水の中……、と半ば自棄になってたのだ。そして、思い出すまいとしてたのに、(勝手に)思い出したから、頭を両手で抱えて悶えていた。
「ああ、判ってる」
リュウキは、リーファとレコンの方を見てそう言う。そして、……次の言葉に、2人は思わず息を飲んでしまうのだった。
「が、例え死んだとしても、命はとられはしない。確かに鬼門だが……死んでも良いゲームはぬるいと思ってな」
息を飲み……、そしてその言葉の意味を探ろうと必死に考える。レコンは、『何言ってんの?この人?』くらいにしか考えてなかったが、リーファは違った。リュウキについては、キリトから聞いているから。
「……そうだね」
「い、いや! そうだねって、リーファちゃんっ! 確かに実際に死んじゃったら洒落にならないし、そんなの有り得ないけど、死亡罰則はあるんだからっ」
「それが惜しかったら、必死にがんばんなさいよ?」
「は、はい……」
リーファに笑顔で言われたら、もう 『はい』としか言えない。……一心同体、と言うより主従関係と言えるだろうか? ……リーファに言ったら怒りそうだけど。
リュウキは、心に感じるままにそう言っていた。確かに記憶はまだ薄れている。……が、ステージが進むごとに、少しずつ戻りつつあるのだ。この緊迫感には覚えがある。……が、それはあくまであの世界での戦いだったら、の話だった。
「やっぱり、リュウキだな。……心底同感だ」
キリトは、リュウキに向かって拳を向ける。リュウキもそれに答える様に、拳を向け……コツンと合わせた。このやり取りも、懐かしい。
――……そして、感傷に浸るのも束の間。
「さぁ……行くぞ!!」
キリトの叫び声が合図だった。4人は地を蹴り、一気にドーム内部へと突入した。
事前に示し合わせた打ち合せはこうだ。
圧倒的な火力があるキリト、そしてリュウキの2人が一気に天へと向かう。リーファとレコンの2人が治癒魔法で援護をする。故に、魔法効果範囲のギリギリ底面付近にとどまりつつ、2人をサポートするのだ。これは、前衛と後衛、どちらも重要になってくるが、前衛が瞬く間にやられてしまったら、意味が無い。レコンはまだ、2人の事を信じきれていなかった。信じると言う意味は、戦闘力を、という意味でだ。嘗てのリーファなら、こんな無茶苦茶な布陣で最終関門に挑むなんて有り得ない。
挑む切欠が、この2人なのは判っている。
一体どうするつもりだろう……?と、ほんの数秒前までの自分は思っていた。そう、数秒前までは。
「せええええぇぇっ!!!」
「はぁぁぁぁぁぁっ!!!」
キリトとリュウキ。
2人の姿は、黒と銀の閃光となっていた。その閃光は、まるで鎌鼬の様に、触れるモノ、全てを切り裂いていく。複数のガーディアンが集中していたのだが……、その全てが一撃の一閃の元、胴を分断され、四散していく。
「……すげぇ」
思わず口にしてしまうのも無理はないだろう。ここまでの強者だとは思っていなかったのだから。……ALOをはじめて、初めて真の強者の姿を見た気がした。
「でも、敵の数が……っ!」
リーファは2人の事は知っているから、レコン程は驚いていない。……確かにあの2人の実力についてはよく知っている。2人のあの大怪獣大決戦の様な戦いを見たから、2人が組めばどんなクエストでも突破出来ると思えた。
が、その期待も淡く吹き飛ばしてしまうかの様な敵の軍勢の姿がそこにはあったのだ。あまりにも敵の数が多すぎる。こちらが強ければ強いほど、多ければ多いほど、システムがそれを学習するが如くこのドームを覆い尽くしていく。……敵のステータス自体は然程変化は無い。が、それを補って有り余る数なのだ。
1秒に3体程、敵を屠っているキリトとリュウキ。
……が、倒しても、その倒した数が倍増しで増えているのだ。それは圧倒的な物量であり……無限地獄。
「れ、レコン!」
「あ、うんっ!!」
魅入ってしまっているレコンに喝を入れるリーファ。今は小ダメージ程で済んでいるが、いつ、彼等が攻撃を連続で受け、大ダメージを受けてもおかしくないのだ。
そして、リーファとレコンは詠唱を始めた。
敵の物量の全てを屠る事は出来ず、被弾をし出したのだ。キリトが追撃のダメージを受けてしまいそうになった時、リュウキが巧みに敵の攻撃軌道を誘導し。
〝ずごぉぉぉぉ!!〟
同士討をさせた。敵同士の攻撃は、味方の攻撃同様にダメージを負う事は無いが、攻撃をキャンセルされ、そしてノックバックも発生する。故に攻撃を回避する事が出来、追撃も阻止することが出来るのだ。この広大なフィールドでも、全体を視れているリュウキならではの芸当だ。
「お前の眼。今日ほど欲しいと思った事はないぜ」
「馬鹿言う前に、身体を動かせ。……先読み出来なければ、持ち前の反応速度で対応しろ。それが、お前の最大の武器だろ」
背中合わせで戦う2人。
まるで、ずっと共に戦ってきた戦友同士の様に息が合っている様だ。だが…、戦況は悪化する一方だ。
「うぇ!? な、なんでっ!! なんで僕たちがターゲットされるの!?」
レコンが思わず引きつった様な声を上げた。
この世界樹の守護騎士たちが、視線を前衛の2人ではなく、後衛支援をしている2人へと向けたのだ。
「……多分、アイツ等は外のモンスターとは違うアルゴリズムを与えられてるんだわ!」
リーファはそう叫んだ。リュウキに言われた想定外の事も頭に入れておけという言葉。悪い意味で的中し、そして役に立った。だが、状況は最悪だ。
これでは前衛と後衛に分けた意味が全く無いからだ。
「ちっ……! 悪意の固まりの様なシステムを構築しやがって!!」
リュウキは、刀を収めた。
回復が出来なければ、ここから先、ダメージを受けずに登らなければならない。そんなのはこの物量の前には無理だ。上れば上るほど、敵の湧出は増えている。キリトとリュウキの2人だからか、ユイの言っていた秒間12体という数はとうに超えていたのだ。
「キリトっ!! 20秒だ。フォローしてくれ!!」
「判った!」
詠唱に入るリュウキ。詠唱行動のスキルを持つ彼は、詠唱をしながらも、ある程度は動ける。だが、この圧倒的な数の攻撃の前には、一撃の接触も無く完遂するのは無理があるのだ。そして……。
「……狙ってきたか」
奥に控えているガーディアンは、ランスを持っている特攻型。其々が、まるで弾丸の様に飛びかかってくる。
〝じゃりぃぃんっ!!!〟
「させるかぁぁぁ!!」
キリトがリュウキの前に立ち、向かってくる弾丸を蹴散らしていく。
「性格最悪だな! デザイナーは!!」
キリトは特攻を、我が身に受ける様にリュウキを護り……そして。
「よしっ!! いいぞ!!」
「おおっ!!」
リュウキの言葉にキリトが即座に反応。魔法攻撃をする為にキリトはリュウキからズレた。リュウキの手に迸り……、集約するのは《根源元素》の力。
人間大の大きさに瞬く間に成長したそれは、炎の様なものを纏い出す。
《隕石弾》
弾丸には弾丸を。
その地上から天へと上がる重力を無視した攻撃は。
〝ずぎゃあああああっ!!!〟
直線上の敵を葬っていく。触れた瞬間、まるでガーディアンが爆弾になったかの様に、爆発し、四散するのだ。
「隕石に続くんだ! キリト!!」
「判った!!」
翅を鋭角にすると、空中ジャンプをする様に一気に翔んだ。
……が。
〝がしゃああんっ!!!〟
「がはっ!!」
突然、キリトは何か壁にぶつかったかの様な感覚に見舞われた。何かに、キリトは弾き飛ばされたのだ。
それを後方から視ていたリュウキは直ぐに理解した。
「……壁モンスターまでいるとはな」
特攻型に特化したランス。近接戦闘に特化した剣。遠距離攻撃に特化した弓。……そして、相手の攻撃の規模に合わせて現れたのは、重防御をしている壁。あれが殆ど瞬時に10数体現れ、隕石とキリトの特攻を食い止めた様だ。
「くっ……。こっちも大変なんだった」
リュウキの攻撃も防がれ、そしてこちら側にもまだタゲを取られている。回復役がいなければ、幾ら彼等とは言え 天に届くのは有り得ない。
「奴らはあたしが引き付けるから、あんたはこのままヒールを続けて!」
リーファは、剣の柄を握り締めた。2人の所までは届かない。……なら、せめてこいつらだけでも、引き付け、最後の最後、その瞬間までフォローをする。そう決意し、リーファは飛び立とうとしたが……。
〝がしっ!!〟
飛び去る前に手を掴まれた。リーファの手を掴んだのはレコン。一体何事!?と思ったリーファで、振り切ろうとしたのだが……その力は思いのほか、強く。そして……。
「リーファちゃん」
レコンの瞳は、未だ嘗て見たこと無い程の真剣味を帯びていた。
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