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黒魔術師松本沙耶香  薔薇篇

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39部分:第三十九章


第三十九章

「そうか、あの医者がそうだったのか」
 老人は次の日ようやく屋敷に帰って来れた。そして野島と共に二人の話を聞いていた。
「まさか女だったとはな」
「しかも彼女の孫娘だったとは」
 野島も口を開いて述べる。二人にとってもこれは思わぬことであったのだ。
「私もまさかとは思いましたがね」
 それに速水が答える。四人は今家の門にいた。見送りであったのだ。
「ですが間違いないです」
「あれだけの魔力の持ち主ともなると」
「だろうな」
「御前の介入さえ阻みましたから」
「わしも老いたかな」
 老人は寂しげな苦笑いを浮かべて一言述べた。
「かってはその彼女の祖母とも何度か渡り合ったのだが」
「いえ、彼女は」
 速水が言う。
「彼女の祖母よりも遥かに強力です」
「魔人そのものですね」
「魔人か」
 老人はそれを聞いて少し遠い目になった。
「かってはわしもその祖母もそう呼ばれておったか」
「若き日ですか」
「そうじゃ。懐かしいな」
「御前、その懐かしき日々は」
「うむ、今思っても仕方ないな」
 老人は野島に言葉を返した。
「今ここで言ってもな」
「それで事件は解決したのですね」
「ええ、とりあえずは」
 今度は沙耶香が答えた。
「何とかですが」
「左様ですか」
「しかし彼女は」
「いえ、それはまずはいいです」
 野島はその整った目に口惜しさを含ませた沙耶香に対して言った。
「魔界を退けただけでも」
「そう言って頂き感謝します」
「御礼はそれぞれの口座に振り込んでおきますので」
「ええ」
「ではまた」
「はい」
「それでは」
 沙耶香と速水がそれぞれ挨拶をした。二人は完全には納得はしていなかったがそれでも挨拶は交えたのであった。
「そして二人共これからどうするつもりなのじゃ」
「これからですか」
 沙耶香は老人の言葉を耳にするとすっとあの妖しい笑みを浮かべた。
「まずは魔都で。宴を楽しむとします」
「ふむ、いつもの様にじゃな」
「はい。そしてまた話が来れば」
「動くのか」
「私は本業をしてきます」
「御主もいつも通りじゃな」
「ですね」
「ではまたそれぞれの場所に戻って」
「御前もまた」
「何、わしのことは気にすることはない」
 彼は沙耶香の言葉にからからと笑った。
「わしはもう老い先短い。ここで楽しくやっていく」
「左様ですか」
「孫達の成長を眺めながらな」
「しかし御前」
 速水はにこりと笑って彼に声をかけてきた。
「何じゃ?」
「私の占いでは御前はまだまだ長生きされますよ」
「ほう」
「そして。そうそう平穏には日々を送れそうにもありません」
「また嫌なことを言うのう」
「私が言ったのではありません。カードがそう示したのですよ」
「そのカードを引くのは御主じゃろう?」
 悪戯っぽく速水を見上げて言った。目も顔も笑っている。
「全く。時として酷な占いじゃな」
「私の占いは外れませんので」
「ただしわかりにくい時があるけれどね」
 沙耶香はこう言って今回の事件の速水の占いを皮肉った。
「それが困ったことかしら」
「まあ、そちらも修行じゃ」
 老人は笑みをたたえ続けたまま言う。
「何がどうなのか解していくのもな」
「そうですね。そちらも」
「では私は」
「御主は色の道か。それとも魔の道か」
「両方ですよ」
 沙耶香の答えはこうであった。
「その二つがないと。人生とは実に味気ないもの」
「そうか」
「その二つがある場所こそ私の居場所なのですから」
「ではその二つが揃った時にまたな」
「ええ、その時まで」
 身の周りに何かを出してきた。それはあの五色の薔薇の花弁であった。それで自身の身を包む。
「御機嫌よう」
「またな」
「そして私も」
 速水はカードを取り出した。それは星であった。その瞬きの間に身を隠す。
「また御会いする時まで」
「少しは彼女を振り向かせるのだぞ」
「努力します」
「私も」
 沙耶香はそれに応えて最後に笑った。笑みを残して薔薇の中に消えていった。速水もまた瞬きの中に。
「行ったな」
「はい」
 最後に残った老人の言葉に野島が応えた。
「次に会うのを楽しみにしておくか」
「そうですね」
 二人は口の端だけで笑っていた。その前には。薔薇の香りと星の残り光が微かに残っていた。だがそれも風の中に消えてしまった。


黒魔術師松本沙耶香  薔薇篇   完


               2006・8・16

 
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