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黒魔術師松本沙耶香  薔薇篇

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37部分:第三十七章


第三十七章

「むっ」
 依子はそれを見てすぐに攻撃を仕掛けた。その手からあの青白い炎の球を放つ。
 だがそれは輪が纏っている炎によって全て打ち消された。黒い炎は依子の炎よりも遥かに強いようであった。
「無駄よ」
 それを見た沙耶香が言った。
「その炎を抑えることは出来ないわ」
「そんなことは」
「貴女の炎は言うならば魔界を覆う炎」
 沙耶香は否定しようとする依子にあえて言い聞かせた。
「けれど私の炎は魔界の魔物ですら焼き尽くす炎。魔界の奥底で燃え上がる炎なのよ」
 その笑みが凄惨なものとなっていた。紅い瞳と白い顔がその黒い炎に禍々しく照らされていたのであった。
「それを防ぐことが。魔界の表面にしかないもので防げるかしら」
「その炎なら私も」
 また炎を出してきた。今度は沙耶香のものと同じあの黒い炎であった。
「出せるわよ」
 そう返して不敵に笑う。白い姿をその黒い炎が左右から照らし出し、白面を沙耶香のものと同じく黒く照らしていた。
「甘く見ているわけじゃないわよね」
「まさか」
 沙耶香の言葉はあまり重いものを含んではいなかったが真剣なものであった。
「私達の目をここまで遮ってくれていたのに。そんな筈がないわ」
「じゃあわかるわね」
「だからこそなのよ」
 しかし沙耶香は不敵に返した。
「ただの黒い炎じゃないのは」
「!?」
「私の輪ですよ」
 速水が言った。
「私の輪が。沙耶香さんの黒い炎をさらに強めるのですよ」
「炎を」
「そうよ。回転してね」
「この輪を魔法陣の力で黒い炎と同化させました」
「そう、つまりは」
 沙耶香も言う。
「この輪は回り続ける限り炎を出すのよ」
「漆黒の魔界の炎をね」
「じゃあ私の炎よりも遥かに上だというのね」
「そのつもりだけれど」
「じゃあ破ってあげるわ」
 依子はその両手に漆黒の炎を宿らせる。それで以って天を焦がさんとする。
「貴女達の輪。これで」
 向かって来る輪に対して黒い炎を放つ。両手を思いきり前に突き出してそこから炎を放ったのである。
「焼き尽くしてあげるわ」
「さて」
 速水の左目がまた黄金色に輝いた。
「私の目が光って無事に終わったことはないですが」
「私の目もね」
 沙耶香の目は紅く輝いたままであった。三つの妖星が夜の薔薇の世界に瞬く。
「これで無事に済むとは」
「思わないことです」
「くっ」
 依子の炎が押されてきた。輪は徐々にではあるが進んでいく。そしてそのまま彼女に向かって来たのであった。
「ぬうっ!」
 最後に依子の声が呻き声になった。輪は遂に依子を吹き飛ばし魔法陣に突き進む。そして五色の光をその黒い炎で覆い、焼き尽くしていく。陣は瞬く間に炎の中に消えていった。
「やったかしら」
「はい、間違いなく」
 速水が沙耶香に答える。
「これで確実に」
「じゃあ成功ね」
 彼女は速水の言葉を聞いて会心の笑みを浮かべる。今目の前では魔法陣が炎の中に包まれ燃え盛っていた。それこそが二人の勝利の証であった。
 黒い炎が天まで届かんばかりに燃え上がる。二人はその側で気配を探っていた。
「まだ生きているのでしょう?」
 沙耶香が言った。
「あれだけの術を使う貴女が。そう簡単に倒れる筈がないわよね」
「わかってるみたいね」
 少し離れた場所から声がした。そこに依子が姿を現わした。
 彼女は輪の衝撃にも炎の熱にも耐え切っていた。だがそれでも傷は受けており所々焼けて怪我をして片膝を着いていた。だがその目はまだ死んではいなかった。
「流石と言うべきかしら」
「それは褒め言葉かしら」
「そう受け取ってくれるのならそれでいいわ」
 依子は片膝をついたまま言った。
「まさか失敗するなんてね、ここで」
「私達をここに誘い込むつもりもあったのよね」
「ええ、そうよ」
 その言葉にも応えた。
「結界を張ってね。魔法陣で滅ぼしてあげるつもりだったけれど」
「そうはいかなかったわね」
「今回はね」
 だがそれでも依子の心まではダメージを受けてはいなかった。依然として強い光を目から放っている。その光は倣岸なものはあっても決して嫌悪感を抱かせるものではなかった。

 
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