【IS】何もかも間違ってるかもしれないインフィニット・ストラトス
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闖入劇場
第百十六幕 「空のバックスクリーンに届くまで」
前書き
定期報告と……くノ一決闘編完結!!
気のせいか、真剣勝負の時はいつも2,3人で戦っているような気がする。
簪、鈴、そして今回はつらら。そうでもしないと勝てない自分が嫌になるが、同時にこんな自分にいつでも手を貸してくれる相手がいる事が嬉しくなる。
ああ、僕たちは一緒にいる――って。
同じ目標かは分からないけど、一緒に考えて、一緒に粘って、勝ちをもぎ取りに行く。
この感覚は、一人で何でも解決する兄と一緒だとどうしても味わえない嬉しさだった。
(ここまでしてもらって外れたら、今度こそ土下座だなぁ……)
絶え間なく秘匿回線を通して送られてくるデータに素早く目を通しながら、ほんの一瞬の隙を狙う。さっきの運頼みの騙し討ちではなく、パズルのように組み合わさった複雑なものだ。一気に煉瓦を積み立てて、完成次第突き崩す。
今度こそ、最後のチャンスだ。
『仕掛けますよぉ~……超仕掛けますよぉ~……用意はいいですか!?お二方!!』
『『山嵐』、残弾発射準備完了!ターゲット確認!』
『こっそり溜めたエネルギー、確実に撃ちこむ!!』
さあ、ロス・タイムの始まりだ!!
「……………?」
ざりっ、と砂音のような違和感がくノ一のインターフェイスに過った。
それは、ほんの微かに走った索敵レーダーのノイズだった。
誤作動――そもそもISが外的要因無しに誤作動を起こすことはありえない。
ハッキング――強襲偵察機として電子戦装備が充実したこのISのプロテクトを突破するのは考え難い。
では、正体は――可能性に思い至った彼女は、迷わずIS内の相棒の手を借りた。
「ステルス装備かッ!!『エルマ』、半径200mにEMP放射!!」
『ラジャ!EMP放射!!』
コンデンサが唸りを上げ、額のパーツから膨大なEMPが放射される。
瞬間、道路沿いにあった電線が次々に音を立てて弾け飛び、上空50メートル地点の虚空に激しいスパークが襲った。何もない筈のそこから、突如として2メートル強の鋼鉄の人影が姿を現す。ぶすぶすと黒い煙を吐くマントのような装備――更識の使い捨てステルス装置を脱ぎ捨てて、蒼髪の少女が姿をさらした。
「アイタタタタタタ!?で、電磁パルス放射装置なんて持ってたんですか!?予想外です!アンビリーバボーです!!」
電磁パルス――ごく簡単に説明すれば、電子機器に強力な電流を発生させて強制的に破壊、もしくはショートさせる電波だ。現代の技術では高高度核爆発以外の方法での軍事転用は不可能で、なおかつISが対パルス加工を施されているため注目されていない装備ではあったが、雷陰のそれは対ISを想定して幾らか加工されている。特に電磁迷彩の類ならば高確率で看破することが出来た。
「あらあら……てっきりあの無愛想で無骨な人形の仲間かと思ってたけど……随分表情豊かなのね?」
「どーもはじめまして!!私、IS学園1年1組峰雪つららと申します!!」
「そう。私のことは覚えなくてもいいわよ?――私も貴方に興味ないし」
「そーですか?私としては、佐藤さんの所のレーイチ君みたいな子が貴方のISにいたことも驚きですがね!『エルマ』ちゃんって言うんですか?」
「……電子戦に優れてれば、流石に相棒に気付いちゃうか」
どこまでも冷静で覚めた目線で静かに『光の鞭』を構えるくノ一を前に、無謀にも武装を持たずに突進するIS。ブルー・ティアーズより幾分か明るい青色に、アクセントをつけるような黄金色が輝くその姿は、流線型が多くみられる変わったデザインだった。
その額にある、これまたブルーティアーズに似たヘッドギアが強く輝く。
内部に高エネルギー反応を感知するが、ビームでも撃つつもりだろうか?こんな距離で命中する訳はないし、余りにも隙だっらけだった。
「ただのECCMセンサではなく特殊な装備……?まぁ、関係ないか。すぐに接敵して叩きのめすだけだし――」
『油断大敵ですよ』
「わかってるってば」
おそらくあのISは最上重工が開発していた試作IS三号機だろう。前に調べたデータと細部が異なるが、一次移行がある専用ISでは別段珍しいことでもない。その能力もまた目立ったものはなかったし、乗っている相手はどう見積もっても格下でしかない。
自分の脅威たり得ない……そう考えた瞬間、異変が起きた。
「さあ、私の専用機、『月鳥』の初陣なので」
「専用機、『月鳥』の初陣なので格好よく決めさせて」
「『月鳥』の初陣なので格好よく決めさせていただきますよ!!」
「 「 「 第三世代兵装――『鏡花水月』 」 」 」
瞬間、くノ一はあり得ない光景を――幻影を見た。
音が、視界が、壊れたように何重にもブレていく。
一機が二機。二人が三人。背景をゆく雲が何重にも分裂し、自分の感覚そのものにラグが起きて飛び飛びの映像を見せられるような不快感と違和感が彼女を襲った。幻覚だとが偽物だとかそういう問題ではない。脳そのものに直接送り込まれるような異常が、彼女の感覚を完全に機能停止させた。
「が、あ……!?な、何が起きて――」
『レムレース!!電子干渉を受けています!!』
「馬鹿な!!たった一機でISの――雷陰のプロテクトを破るなんて不可能よ!!」
忌々しいほどに、ISはそんなに生易しいシステム干渉を許さない。第一世代のポンコツでさえプログラムに干渉して「仕込み」をするには相応の人数と設備があって、その上で数日は要する工程を経なければ実現できはしない。ましてこの雷陰は電子戦に秀でた機体。外部からの干渉などIS内部のシステムと『相棒』が許すはずがない。
だが、次の瞬間くノ一は相棒の言葉を聞いて顔を顰める。
『違います、レムレース!!これはISと脳を直結させるインターフェイスの電波信号に強制的に割り込んで情報を乱しているんです!!ISの視覚、聴覚補助を切断しなければまともに戦闘を行うのは不可能です!!』
「インターフェイスに割り込み干渉ですってぇ!?クッ……最上め、何て物を作り出すのかしら!?」
今までシステムそのものを乗っ取ろうとした者は数多くいたが、まさか外部から『神経系』に強制干渉するなどという強引で乱暴な方法を思いつくなど、まともな発想ではない。先ほど使用したIS用EMPどころではない。こんな出鱈目な情報をISに見せられてはどんな達人でもたちまち動きが鈍る。
第三世代兵装、「鏡花水月」。
それは、相手を決して捉えられぬ幻のように遠のかせる『乱された現』。
如何に相手が強者であろうと、術中に嵌まれば赤子も同然だった。
だが、彼女は独りで戦っている訳ではない。
幸いなことに、頼れる相棒はきっちり対策方法を用意していた。
『効果は強力ですが、これほどの干渉を行うには莫大なエネルギーと集中力が必要な筈です!パワーアシストまでは阻害できないからマニュアルで操縦すれば操作そのものに問題はありません!急いであの機体に攻撃を――後方から熱源多数!?マイクロミサイルです!!』
「………やられた!ユウちゃん達だわ!!」
このわずか数秒に賭けるために口裏を合わせていたのか――!
インターフェイス干渉によってけたたましい警告音が何重にも重なって頭に響き、ロックオン警告音が無数に分裂して視界を埋め尽くしていく。
「くぅ……脳に直接誤情報が送り込まれてくるってのは、単純に五感を騙されるより厄介ね!!」
自分の迂闊さに歯噛みしながら、くノ一は驚異的な速度でホロモニタをタップして干渉を受けている神経結合を次々に切断していく。既にこの機能は戦いの妨げ以外の何物でもない。
相棒の言葉は正しかったのか、あの月鳥とかいうISは武装も持たずにその場から動いていない。
神経切断を完了して純粋な五感を取り戻したくノ一は、すぐさま手に持った『光の鞭』を振るって月鳥に叩きつけた。
「邪魔だって言うの……よぉッ!!」
「くうううううう……でも退きませんよぉ!!為せばなる……月鳥ちゃんはオトコの子ォ!!」
『!?』(「え!?女の子ですけど!?」的なニュアンスが感じられる)
一瞬だけ月鳥がキィン、と抗議の声を鳴らしたが哀れな事に誰も聞いていない。鞭が直撃したにも関わらず、つららはのけぞりながらも一歩も引こうとしなかった。
「くっ……!!仕方ない、ミサイルを迎撃してとっととズラかるわよ!」
『ラジャ!!』
月鳥によって視界を乱されていたその隙に、ミサイルが雷陰を囲うような軌道を描いている。
さながら取りを捕まえる鳥籠のような無駄のない撃ち方。
だが、どんな動きをしようが彼女にとって必殺の状況で放たれないマイクロミサイルなど児戯に等しい。――だが、この瞬間だけは、彼女は万全の状況ではなかった。
(まずい……ISの感覚補助を丸ごと切ってるせいで、ミサイルの動きへの対応が遅れる――!!)
例えばだが。
千冬はISの補助に頼らずとも地上にいるISを斬り伏せるほどの実力がある。
だが、それは相手が地上にいて、尚且つ攻撃してこない事が前提となる。
何故ならば相手が機関銃や爆発物を用いた時、生身の人間でしかない千冬にはISのような三次元的回避ができないからだ。ISに長く乗っていたために反射神経の類は限りなくISに近くなっているが、流石に死角からミサイルが飛来しても平気で回避できるわけではない。気配くらいは察知できるが、ISの感覚補助とアラートなしに四方八方から飛来するミサイルを感知してすべてに対応するなど不可能である。
それと同じように、いくらくノ一が異常なまでの身体能力を持っていようと、360度から襲いくるマイクロミサイルにISの感覚補助なしで対応するのは困難を極める。しかも――
「3番、34,5。7番、back。16番、320,8。19番、boost。8番re,rock……………」
ぶつぶつと意味の掴めない単語を漏らしながら高速でホロモニタをタップする簪の眼は、食い入るようにミサイルへと向けられている。機体に搭載されたマンマシーンインタフェイス『HTLS』が唸りを上げてフル稼働し、ボードのタップに合わせてミサイルたちが微細な軌道変化を起こしていく。
彼女は、あそこから数十発にも及ぶミサイルを全て同時に操作して更に撃墜を困難にしている。
ただ操作しているという段階ではなく、既にその微細かつ綿密なコントロールはBT兵器にも匹敵していた。
瞳から発せられるのは、狙った獲物を逃すまいとする獣の執念。
更識の名を背負う一人として、決して逃してなるものか――そんな彼女の意思が移ったように蛇のようにうねるミサイルたちが雷陰に殺到した。
「だっ……たらぁ!!」
瞬間、雷陰が瞬時加速と共に真上のミサイル数発を瞬時に斬り裂き、包囲網から抜ける。
いくらミサイルに軌道が複雑だろうと、目に見える的を外すほど間抜けではない。
爆炎を突き破って瞬時加速で離脱に入るくノ一は、内心の冷や汗を隠してにやっと笑う。
「いくらミサイルの動きがいいからって、弾幕の厚みまでは用意できないわよね?なら、一カ所から突破してしまえば結局広く展開されたミサイルもある程度飛来する方向が限られる!詰めが甘いわよ、簪ちゃん!!」
「くっ、ミサイル自体の改良も加えないと、無理なの……?」
悔しそうに破られた爆炎の幕を見つめた簪は、無言でキーボードから手を下す。
こうなったらもう自分に出来ることなどありはしない。
「でも」
それは、あくまで『自分』には――だ。
「瞬時加速を使った以上、貴方はもう『詰み』……罠にかかった!!」
「はふぅ、何とかここまで繋げましたね……ユウさんファイト!これがつららが用意できる最後のチャンスです!!」
「必ず――決めて!!」
「勝って終わりましょうっ!!」
雷陰が破られたその直後――簪の横でずっと雌伏していた一機のISが、爆発的な加速力で空を斬り裂いた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」
通常のISを遙かに凌駕した持続時間と速度を誇る『噴射加速』に身を任せたユウの、獣のような叫び声が飛来した。背中のウィング『桃花扇』から溢れ出る膨大なエネルギーが粒子のように漏れ出し、空に桃色の柱が立ち上る。
この一瞬、このシチュエーション、この一撃の為に――溜めに溜めこんだユウの闘争心が爆発した。
掛け値なし、今の風花百華の最大戦速が矢となって雷陰に飛来する。
言うまでもなくその拳には――既に隠す必要もない膨大なエネルギーが溢れだす。
加速する意識の中で、ユウは驚愕に目を見開くくノ一だけを瞳の奥に捕える。
「瞬時加速途中の機動変更は、空気抵抗による錐揉みの可能性がある………学生だって知っている瞬時加速の弱点だ!!その初歩的で安易な技を使うのを、ずっと待っていたぁ!!」
「もうっ、本当にしつこいッ!ずっと大人しいと思ったら……どうしてそんなにヤンチャに育っちゃったのかしらっ!?」
「そのヤンチャの威力を、その身を持って確かめてみろッ!!」
散々場を荒らし、人を袋叩きにした挙句挑発し、余裕綽々の態度で佇み続けたその女。
小憎たらしくも自分より遙かに高い『武』の高みから見下ろすその相手に、ユウは敢えて挑戦する。
たった一発だ。
悔しくて、悲しくて、強くもないから負け犬だと呼ばれ、悔しくてもやり返せない惨めな自分。
その瞬間に感じた全ての想いをこの拳に注ぎ込んでユウは拳を振りかぶった。
肩の筋肉が極限まで引き絞られる、その瞬間――
「だけどね、加速中の回避はユウちゃんもやってたことでしょッ!PIC切断、竜鳥飛びぃッ!!」
瞬間、加速の流れに身を負かすようにPICを切断した雷陰の身体が不規則に乱れ、軌道を逸れる。
ユウ自身、彼女との戦いで見せた動きを、彼女は完璧に使いこなして直線から逸れる。
だが――とユウは歯を食いしばって叫ぶ。
「そんな小手先の技術で逃げられるほど僕は諦めが悪くない!!」
限界寸前まで溜めこんだ噴射加速のバーナーに、更なるエネルギーを加えて臨界を突破させる。かつて、洗脳された簪を助け出すために使った捨て身の禁断技が、時を経て再び炸裂した。
「暴走……加速ォォォォォォォッ!!!」
瞬間、バーナーが背中で爆発を起こし、全身の血が前から後ろへと偏るほどのGと共に風花百華の軌道が変化する。噴射加速を上回り、安全性すら完全に無視し、その爆発の衝撃による追尾で無理矢理雷陰に食らいついた。
「ばっ……爆発で無理やり軌道修正って滅茶苦茶しすぎよぉ!?」
「無茶だろうが何だろうがッ!!アンタは絶対にぶん殴ると言った筈だぁぁぁぁぁッ!!!」
全身の筋肉が軋みを上げるが、もうこの程度の痛みで悲鳴など上げない。
重要なのは唯一つ。必殺の一撃を、ぶつけるだけだ。
嘗ての『十束拳』は、バリアの中に無理やりエネルギーを詰めた爆弾だった。
続く『神度拳』は、圧縮機構を腕に取り込むことで大砲に化けた。
では、その次は?
「これは、負け犬と呼ばれた僕と今の僕を『断つ』告別の拳!!」
今、この瞬間を以て僕は迷いを断ち切る。
掌に込められた拳を大きく開いたユウは、今度こそ回避不能に陥った雷陰の身体に、全霊の拳を叩きこんだ。溜めこまれたエネルギーが、ユウとくノ一の目の前で桃色の閃光を膨れ上がらせる。
力任せに撃つのでも、爆発させるのでもない。
これは破壊力の爆発と拳の衝撃を完全に一致させた、芯を貫く本物の武術。
極光に照らされる黒い鎧の拳士は、万感の想いをこめて、叫んだ。
「 布都御魂拳ッ!!! 」
人体では不可能なエネルギーと、ISなら可能な格闘術。
人機一体を地でいく必殺の拳は――雷陰の胸部を貫いた。
「ぐ、があああああああああああああああああああああああああッ!?!?」
絶対防御を以てして受け流す事の叶わないメガトン級の破壊力の直撃が、くノ一の頭を、内臓を、脳を揺るがして吹き飛ばす。一発の弾丸を思わせるほどの速度で空を駆けた雷陰とくノ一は、既にそれに抵抗するような余裕など存在せず。
「嫌~~~なカ~~~ンジぃぃぃ~~~~~………………」
桃色の弾道を描きながら、キラン、と光ってお空の星になった。
目を細くして見送ったつららと簪は、なんだかなぁと目を合わせる。あれだけ滅茶苦茶な戦いで散々苦戦させられたのに、なんで最後にあんな締まらない台詞を吐いて飛んでいくのだろうか、あの人は。
「う~ん、なんか悪役を心底楽しんでる御仁でしたねー?」
「結局、何しに来たんだろ………こんなボロボロにされたし。ねぇ、ユウ?」
あなたもそう思うでしょ、と話を振られたユウは――その言葉が耳に入っていないように自分の拳を見つめていた。
「決別は済ませた……でも、僕はまだ弱いままか。このままじゃ駄目だ……本気を越えて『無茶』までしなきゃ強くなれない」
勝利の余韻も気の抜けた思いもなく、ただ未来を見据えている。
どうにかひっくり返した盤だったが、その上で佇む少年は静かな焦燥に駆られた。
後書き
考えてみれば、ここまでユウの戦績って純粋な実力で勝った!って言いきれるものがとても少ないです。ユウ自身もそれほど自覚は無かったけど、この戦いで地力の不足が確実視されることになりました。言うならば試合に勝って勝負に負けた形。
誰もかれもが大きな課題を抱えたまま――臨海学校篇エピローグへと続きます。
最上重工IS試作三号機「月鳥」
元々はつららのバトルスタイルに合わせてラファールをベースに多くの投擲武器を詰め込んだISだったが、ドゥエンデ襲撃の際に電子戦で敗北したことを腹に据えかねた開発部が鬼の勢いで第三世代兵装『鏡花水月』を一から作り出したことで電子戦最強のISになった。
敵の位置察知、電子対抗手段は当たり前の事で、データの味方機送信も可能。更にはISのインターフェイスに干渉して感覚全てを狂わせることまで可能である。また一つ、最上の技術が世界に羽ばたいた。
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