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【銀桜】8.破壊狂篇

作者:Karen-agsoul
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第2話「少年は悲しみを乗り越え愛しき人に刃を向ける」



 少年はそこにいた。

「ああ悲しい。とてもとても悲しい話をしよう」
 青い作業服の少年が天井を見上げていた。
 服は清々しいほど爽やかな青さだ。だがそれとは反対に少年は暗く沈んでいた。
 歳は二十歳前ぐらいだろうか。男にしては肌が白く、艶のある聡明な金髪に端正な顔立ちの美少年。
 だが、ダラリと垂れた前髪から見え隠れする半開きの眼。気だるさをおびた深々と低い声。それらは若い外見に似合わずどこか年寄り臭さを匂わせる。
 それに明らかに違和感のある少年だった。
 その一つは彼が手にするモンキーレンチの大きさだ。人の半身くらいはあろう巨大なモンキーレンチにうなだれて、少年は巨大な機械の上に座っていた。



「おい貴様、こんなところで何をしている」
 作業服を着た人間が倉庫にいたって別におかしくない。
 そう普通の倉庫ならば。
 ここはもう使われていない廃倉庫だ。そこに人がいるなんておかしい。
 鋭い目つきで双葉は問いただす。
 すると金髪の少年は淀んだ瞳を潤ませて語り始めた。
「尊敬してやまないアニキに仕事を頼まれたオレは未だにその約束を果たせていない。オレは時間を無駄にした。限りある一生の時間を約束を果たすために費やすのではなく、ただただ自分の欲の為だけに使ってしまった」
 質問に答えてるのか無視してるのかわからない言葉の羅列を、金髪の少年は廃倉庫に散らばる機械の部品を見渡しながら、これでもかというくらい悲しみ一杯に語る。
 正直聞いてて呆れるが、こんなのまだマシな方であった。
「こんな事になってしまった原因は何だ。何が悪いんだ。オレの解体心をくすぐる壊し甲斐のあるモノたちか。それともやっぱオレか?そうだな、本当に悪いのはオレだ。壊してくるって約束したのに、オレはこの倉庫にあるいかにも壊し甲斐のあるモノたちに目がくらんで、アニキとの約束をすっぽかしちまってんだから戻って叱られるのは当然で、殴られたって文句は言えないし逆に文句を言われるのはオレだ。あぁ、文句を言い返せないくらいオレは悪になり下がってしまったのか! ……いやちょっと待てよ、ここまで悪に染まっちまったらなり下がったと言うより『成り上がった』と言うべきだろうか。だってそうだろ、悪に染まってゆくのはどんどん極悪人へ近づいているわけだ。つまり悪の中の悪――オレは更なる悪へ伸し上がっているんだ!!おお、何て素晴らしい話だ。地の底へ堕ちているのかと思ったら地球の中心突き抜けて、いつの間にか空高く昇天してたとは!!よし決めたぞ。ここまで来たらオレはとことん悪になってやろう。そのためにも壊す。アニキと一緒に全てを壊す!!」
――バカかコイツ。
 永遠と続く演説の感想は、一言の罵倒のみ。
 そんな双葉の批評を知りもしない金髪の少年は、さっきとは打って変わってハイテンションにモンキーレンチで自分の頭を叩きながらはしゃぎまくっている。
 いや、テンションは悲しみに満ちていた時と同じだ。感情の矛先だけが『悲』から『歓喜』に変わったと言った方が正しいのかもしれない。
 あまりの感情の切り替わり具合と脈絡のない意味不明な言動を聞かされた双葉は、何だかうんざりして相手にする気すら起こらない。
 夜な夜な聞こえる謎の声の真相もわかったところで、双葉は一旦出直すことにした。まだどこかをさ迷ってるだろう兄を見つけて、この依頼の後始末を任せるのだ。本当は今ここで片づけた方が良いんだろうが、こんなガキの相手は面倒くさい。というより嫌だ。
「しよう、破壊しよう。今までの歴史になかった史上初の快挙を成し遂げよう。これぞ祭りだ、フェスティバルだ。それがアニキの大好物だ。ああそうさ――」
 まだまだ続く金髪の少年の演説を無視して、双葉は寒々しい空気が漂う外へ足を向けた。

 されど――少年の語りは彼女が廃倉庫から出るのを許さなかった。

「高杉が派手に世界を壊す!そしてこのオレがその前祝いに盛大にモノを壊ァす!」

 高らかに謳われる宣言の中には、双葉にとって思いもよらぬ人物の名があった。
――高杉!?
 双葉の心はさっきまで無関心だった金髪の少年に釘づけとなる。
 一瞬耳を疑ったが、金髪の少年は間違いなく『高杉』と言った。なら彼は鬼兵隊の人間か。
 しかし本当にそうなのか。チンピラが大将の名を借りて暴れるように、ただの不良(ファン)が憧れて勝手に名を語っているだけかもしれない。
 ましてや、めちゃくちゃに並べた単語を喋るだけの少年(ガキ)がほざく事など……。
 だが、双葉は感じていた。金髪の少年から高杉と共通するモノを。
 『破壊』
 この短い時間の中で少年が何度も口にしている言葉。
 そして今の高杉にとり憑いている言葉。
「おい、貴様」
 呼ばれて、語り終えた金髪の少年はこちらに向き直る。
「貴様は鬼兵隊に属する者か?」
 双葉の問いに金髪の少年は誰かを思い浮かべたのか、うっとりするように天井を見上げた。
「そう、あの夜はこんな星も見えない真っ暗な空だった」
「天井しか見えんぞ」
 双葉はツッコむが、夜空は確かにあった。
 天井の隙間から見える闇の空を瞳に映して、金髪の少年は再び語り始めた。

* * *

 オレは故郷を飛び出してこの国にやって来たが時は平凡に過ぎてゆき、毎晩ガラクタを解体しては螺旋の様に繰り返す日々をつまらないとも面白いとも思えないまま江戸の夜を歩いていた。
 すると、そこにジョーイシシだかロウシだとかいう男たちがオレに絡んできた。なんでもオレをアマントと勘違いしたらしい。変わらない日々に退屈していたオレは、鈍った身体の運動も兼ねて男たちの関節を外して解体してやった。それでもかかってくる奴はうっとうしいから関節潰してやったけどな。
 だが一度解体し始めたらオレは止まらない。そこら辺にあった自動車や廃墟の工場を思う存分どんどん解体した。そして気づけば、さっきあったはずの車も工場も全部バラしていた。バラした時の気分は 最高で最高の快楽だ!幸せの絶頂と言っても過言じゃない!!
 ……だが、それでもオレは不満だった。不満で何が不満なのかわからなくて、さらに不満になってオレは呟いた。
『最高の快感だ。なのにオレの心はなぜ満たされない』
『だろうな。テメェはそんなちっぽけなモンぶっ壊しても物足りねェのさ』
 振り向いた先にいたのは一人の男だった。闇に埋もれてどんな奴かよくわからなかったが、男の言葉はなぜかオレの心を引きとめた。そして男はこう言ったのさ。
『どうだ。そんなちっぽけなモンよりもっとデカいモノを壊してみねぇか?そう『世界』をな』
 その時だ!夜のお日様を隠していた雲が消えて、降り注いだ光がオレの前に立っていた男をオレの瞳にはっきりと映し出した。
 その男こそが高杉だ。その言葉でオレの心はすべて高杉のアニキに持っていかれた。そして思い知った。今まで俺がどれだけちっぽけなモノしか壊していなかったのか。
 そして決めた。『世界』っつう大きなモノを壊すってな。

* * *

「……それで貴様は鬼兵隊の者か」
「オレは何物にも縛られないし、縛りたくもない。来る者拒まず、去る者は追わず」
 そう言いながら金髪の少年は手にする巨大なモンキーレンチを、まるでバトンのようにクルクルと腕の中で弄ぶ。
 曖昧な言動ばかりだが、この金髪の少年が言ってることの本筋はおそらく事実だろう。
 絶えない薄ら笑いと破壊の衝動をものともせずに受け入れている様は、言うまでもなく普通じゃない。
 しかし、それよりも異常に感じさせるのは少年の『眼』だ。
 寝ぼけたような半開きの瞳は見る者を陰鬱な気分にさせるほど淀んでいて、そこには何かが潜んでいる。
「おうっと自己紹介を忘れていた。すまない」
 ずっと自分を凝視する双葉に紳士的に一礼して、
「オレの名前はグラハム。グラハム・スペクターだ」
 金髪の少年は――グラハムはモンキーレンチで己を指しながら名乗り上げた。
「名前など聞いていない」
 無関心のように答えるが、本音は違った。
 意味不明に喚いているだけの不良なら無視しても何ら問題はない。
 だがこの少年は高杉と通じている。しかも高杉に頼まれてここへ来たと言っていた。つまりここにはこの少年以外に鬼兵隊と関わる何かがあると考えていいだろう。
 だとしたら、やはり放っておくわけにいかない。
 そんな双葉の思惑をよそに、目元を押さえるグラハムはローテンションになっていた。
「な~んてことだ。訊いてくるからてっきりアンタはオレに興味があるもんだと思っていたのに、名を知りたくないとは悲しいことにこれっぽっちもオレに関心がない。いやいや誰もが自分に関心を持つと思っていた自意識過剰なオレが悪いんだな、きっと。だがどうしてもアンタにはオレの名を知って欲しい」
 グラハムは弄んでいたモンキーレンチを天井へ放り投げた。
「何の因果で?」
 双葉が問うのとほぼ同タイミングに落ちてきたレンチをグラハムはキャッチする。
 そしてまた天井へ放り投げる。
「さっきも話したようにオレは高杉のアニキと一緒に『世界』を壊すつもりだ」
 放り投げられた銀の棒は吸いこまれるようにグラハムの手に戻り、また天井へ舞い上がる。
 落下するレンチを掴んでは放り投げる。何てことない単純作業のようだが、取り損ねれば頭は鉄塊に打ち砕かれるだろう。
 一歩間違えば即死しかねない危険なジャグリングをグラハムは何度も繰り返す。
「その特報(ビッグニュース)を誰よりもいち早く知れたアンタは、今世紀最大のラッキーな奴ってわけさ。だからこそ近々幕開けるだろう悲しくも楽しい伝説にオレがいたことを記憶して欲しい」
 危険なジャトリングのテンポは彼のテンションにつれてだんだん速くなっていく。
「そう、『グラハム・スペクター』の名がこの国に轟く日もそう遠くはない。ああ、しかしなんて悲しい話だ。ここまで楽しく、そして悲しい話があっただろうか」
 クルクルクルクルと猛スピードで回る銀の棒とゆるやかに語られるグラハムの詩。
 言葉と動作のテンポが全く噛み合っていない曲芸を冷淡に見据えながら双葉は問う。
「ひとつ聞きたい。その話のどこがどう悲しいんだ?」
“パシッ”
 最高潮に達したテンポを鳴り止ませ、掌中に戻ったモンキーレンチをたった一人の観客に向けてグラハムはニカッと笑った。
「だ、か、ら、オレ達は楽しくって~



 その瞳に宿るのは、悲しみも苦しみも破壊も全て『快楽』と愉しむ眼光。
 双葉は確信した。
 その眼に潜むのは、まさしく『狂気』だと。
「笑止!」
 口より早く、双葉は地面に落ちていた鉄パイプを拾い、金髪の少年に迫った。
 この少年――グラハムの武器は巨大なモンキーレンチ。
 それを握る腕を使えなくしてしまえば、勝敗は決まる。
“ガキン”
 工場内に響いたのは激しくぶつかりあう金属音。
 振り下ろした鉄パイプはピッタリとレンチの先端の合間に挟まれていた。

=つづく= 
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