| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

黒魔術師松本沙耶香  薔薇篇

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

26部分:第二十六章


第二十六章

「やはり黒でしたか」
「それにしても夜に殺すなんて」
「しかも庭で」
「私達の不意をついたつもりかしら」
「少なくとも意識はしているでしょうね」
 速水はそう感じていた。
「だからこそあえてこうした挑発的な殺し方をしている」
「目立つように」
「ですね、私はそう思います」
「そうなの」
「そんな殺し方をするとなれば」
「人も限られてくるけれど」
 だが。それが誰なのかはようとして知れなかった。さしもの沙耶香も犯人を見つけられないでいた。
 その夜は二人で遺体を調べた。それから従医に頼んでその遺体を一時安置してもらった。あれこれしている間に朝になってしまっていた。
「お疲れ様です」
「いえ」
 医者の労いの言葉に応える。見れば医者は二十代後半か三十になったばかりであると思われる細面の美男子であった。長い髪を後ろで束ね一見すると女性にも見える。だがその高い背が彼を男であると言わせていた。少なくとも誰もがそう思えるものであった。
 二人はこの従医に挨拶をした後で医務室を後にした。とりあえず遺体は地下で冷凍され安置されるという。この屋敷にはそうした場所も備わっているのである。
「これでやっと終わりですね」
「そうね」
 速水は医務室を出たところで沙耶香に声をかけてきた。
「もう朝ですか」
「夜更かしの経験は多いけれど」
 沙耶香はそれに応える形で窓から差し込めてくる朝日を眺めながら呟いた。徹夜であったが二人にはとりあえず疲れは見えてはいなかった。
「あまりこうしたことで夜更かしはしたくはないわね」
「女の子と一緒ならですか」
「それか男の子とね」
 沙耶香は媚惑的な笑みを浮かべてこう述べた。
「一緒ならいいのよ」
「それはまた贅沢な」
「あら、私にとってはいつもそうね」
 その媚惑の笑みを浮かべ続けたまままた言った。
「そんな夜はね」
「お好きなことで」
「けれど妙ね」
「何がですか?」
 沙耶香は笑みを消してふとこう呟いた。
「あのお医者さんよ」
「あの方がどうかしましたか?」
「男の人よね」
「ええ」
 速水はそれに頷いた。
「そうですよ。確かに奇麗な方ですが」
「そうよね」
 それを聞いてもまだ納得しきれないものを感じているようであった。
「男よね」
 沙耶香は口に左手の人差し指を当てて呟いた。
「背は一八〇近いし」
「スラリとした長身ですよね」
「そうよね、モデルでもそうはいないわ」
 日本人ではだ。もっとも他の国でも一七五を超える女性は滅多にいるものではないが。かってイタリアにレナータ=テバルディという歌手がいたが彼女は何と一八五あり木に例えられることさえあった。これは例外中の例外である。だから話に残っている。あまりにも背が高く、共演者はバランスを取るのに苦労したという。彼女と背において張り合えたのはフランコ=コレッリという美男子のテノールであったが彼にしてもこのテバルディと同じ程であった。ちなみに彼女はおおらかで優しい性格として知られていたがコレッリはかなり神経質で短気であったらしい。彼と冗談を言い合える程仲のよかったある歌手なぞはそれで人間性がしっかりしているとまで評された程である。
「それを考えると男よね」
「体格もそうですね」
「ええ。けれど」
「けれど?」
 沙耶香はまだ引っ掛かるものを感じていたのだ。
「気配がね。おかしいのよ」
「気配ですか」
「貴方は何も感じなかったかしら」
「そうですね」
 速水はそれに応えて考える顔になった。そして医者と会っていた時のことを思い出す。
「私は特には」
「そうなの」
「はい。何も感じませんでしたが」
「何かね、変なのよ」
「変?」
「そうなのよ。あの人からは女の気配を感じたのよ」
「女の」
「巧妙に隠してあるような。何かしら」
「だとすれば何故ですかね」
 速水もそれを聞いて考える顔を続けた。
「男である理由は」
「それを隠さなければならない理由があるならば」
「それは一体」
「何かしらね」
「この一連の事件に関係があるのかないのかは別に引っ掛かります」
「ええ」
「何故それを隠しているのか」
「それも調べようかしら」
「それには及ばないでしょう」
 しかし速水はそれは制した。
「既にカードを散らしていますし」
「それでわかるのね」
「はい、事件と関係あればね」
「それでどう思うのかしら」
 沙耶香はそのうえで速水に尋ねてきた。
「お医者様ですか?」
「そうよ。シロかしら。それとも」
「極論を申し上げますとここで怪しくない人間は二人しかいません」
「その二人は誰かしら」
「私と貴女です」
 それが速水の言葉であった。
「他の方々は率直に述べさせて頂きますと」
「誰もが大なり小なり怪しいのね」
「そうです。何人かはそうではないとわかりましたが」
「そうね」
 神父やメイド達のうちの何人かがそうであった。そしてソムリエのエレナもである。エレナに関しては沙耶香本人が肌を重ね合って確かめているから間違いはなかった。
「それでもやはり」
「怪しい人間の方が多いわね」
「犯人が複数いる可能性もありますがね」
「どうかしらね、それは」
 だが沙耶香はそれには懐疑的であった。
「その可能性は少ないと」
「流石にここまで悪趣味にやれて、五行思想の知識がある人間が複数いるとは考えられないわ」
「左様ですか」
「それに殺し方があまりにも独特ね」
「それは確かに」
 速水もこれには同意であった。
「複数犯にしては」
「そうしたことも考えていくと」
「犯人はやはり単独だと」
「それでカードだけれど」
「はい」
 話はカードにも及んできた。

 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧