ソードアート・オンライン〜Another story〜
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
ALO編
第130話 妖精のお味は?
そして、キリト達とドラゴ達の再開から、更に数分後の事。
「ま、まぁ ちょっと圧倒されちゃって、あんたの事忘れてたけど、兎も角誰の命令とかあれこれ吐いてもらうわよ?」
リーファは、それまでのとんでも大決戦を見ていたせいで、すっかり14人とのサラマンダー達との一戦の事をすっかり忘れそうになったのだが……。サラマンダー達の生き残りがいた事と、その1人が目を覚ました事で本題に入ったのだ。
因みに最初こそは、目を覚ましたとはいえ、完全に放心状態だった男だが、次第に、先ほどの事を思い出していったのだろう。
「うひぃぃっ!?!?」
数秒後、物凄い勢いで怯えだした。ここまで怯えてしまったら、こちらの方が悪い事をした風に思ってしまう。
「よっ、お目覚めか? もうちょっとゆっくりでも良かったがな」
「何でもかんでも聞き過ぎだ。お前は……」
「良いじゃないか。気になったんだから」
「……気になったからって、他人のスキルまで聞くか? 完全なマナー違反だろう」
「う゛……、ま、まぁそりゃそうだが……つい……」
怯えている男とは対照的に、随分と陽気なやり取りをしている2人見て、徐々にではあるが、サラマンダーの男も落ち着きを取り戻してきた様だ。……何度も目をぱちくりと開け閉めしていたが。
「……さ、とっとと話しなさい!」
話の腰をおられそうだったが、とりあえず リーファは気合を入れ直し、ドスの利いた声を必死に出したが。
「ふ、ふん!こ、殺すなら、ころ、ころ………っ! こりっ」
最後の『せ』まで言い切れない様だ……。口も回らず、身体もまだまだ震えている様子。だが、それは当然かもしれない。
追先ほど、デカい悪魔に襲われた!! と思えば突然洞窟内だと言うのに、隕石落下、と言う有り得ない事態に見舞われたのだ。
まさに、天災と厄災の2つに同時に襲われたも同然なのだから。
「ま、それはそうと、ナイスファイトだったな? お前ら!」
そんなキリトは、ドラゴとの会話を一旦切り上げると、サラマンダーの男に近づいていった。結構怖がっているようなので、出来るだけ陽気で、爽やかな声で。
「いや、マジな話。俺1人じゃ、絶対にやられただろうし。戦略としてはもう完璧じゃないか? いやぁ……熱い戦いだった!」
「……は、はぁ?」
「ちょ、ちょっと、キリト君……何を?」
「まぁまぁ、ちょっと男の話をな?」
キリトはウインクをしながらそう言う。一先ず、キリトに従い、リーファはとりあえず黙った。
「……やっぱ、変な奴よね。類は友呼ぶと言うか何というか……」
「誰のことだ?」
「さぁーね」
成り行きを見ていたリタは、キリトの姿を見てそうつぶやく。一体誰のことを言っているのかは、秘密だ、と言うより、判らないのはドラゴだけだろう。でも、思うところがリタにはあった。
「……それにしても、さっきのあの魔法も無茶苦茶ね。……凄いショックだわ」
「……オレは 絶対に他人のこと、言えないと思うぞ? あのオーク達のことを考えたら」
「う、うっさい! 思い出させるな!」
リタは、肘鉄をドラゴの脇腹に打ちかました。ややノックバックが発生していたが、とりあえず苦笑いだけを返していた。
「ドラゴさん、凄いですっ!」
そんな時、ひゅんひゅん、と音を立てながら近づいてきたのはユイだ。ドラゴの肩にちょこんと飛び乗ると、その頬に手をつけた。
「久しぶりだな、ユイ……と言う程別れて時間は経ってないがな」
半日も経ってない内だから、そう言ってしまうのも無理はないだろう。
「……プライベート・ピクシー。さっき、一目見てたけど、やっぱりあたしも初めてだから、興味深いわね……」
リタは、ユイの姿を見て目を細めた。
初めて出会ったときは、古森に降りた銀色の光の事に集中していたから、殆ど気にしてなかったのだ。だから、改めてその姿を見てたら、少し探究心が出てきた様だ。魔法じゃないから、そこまで強くはないが。
「ぅ……ぇ……? な、なんです……か?」
リタが睨む……、とまではいかないが、集中している彼女の顔は、正直怖いものがある。自分でもそうなのだから、幼さが残ってると思えるユイなら尚更だろう。
「リタ。あまり威嚇するな……」
「……は? ……ちょっ! 何失礼な事を、誰も威嚇なんてしてないわよ!」
リタは、慌てて視線を反らせた。そして、反らせた後、改めてリタは、横目でチラリとユイを見てみたら、ドラゴの横髪をぎゅっと掴んで、その後ろに隠れてしまっていたのだ。
「(……う、ほんとにちょっと怖がらせた?)」
そう 悟ったリタは直ぐに態度を改める。
「わ、悪かったわよ……」
「い、いえ……」
リタは、素直に謝罪をしていた。
別に悪い事をしたわけではないのだが……、ユイの様な愛らしい、可愛らしいコにあんなふうにされるのは、少なからず、嫌なのだろう。
「おーい! 3人とも、話してくれるってよ!」
その時だった。
キリトの声が聞こえてきたのだ。……どうやら、サラマンダーの彼が説明をしてくれるとの事。交渉成立したようだ。
「あれ? そうなんですか?」
ユイもちょっと意外そうに、リーファの方へと飛んでいった。敵側が、簡単に情報を渡すとは思えなかった様だ。
それを訊いたリーファは少し呆れ顔で。
「はぁ……買収よ。買収。さっきのバトルで得たアイテムやら金やらを、全部あげるって。……んでもって、彼は味方の炎が消えたのを確認したら、即座にOK出してた」
リーファの説明を聞いたユイもやや呆れる様に言う。その隣でいたリタも。
「……何だか、身も蓋もありませんね」
「はぁ、男ってそんなもんよ。……バカっぽい」
「そうか? 良い手じゃないか」
ドラゴだけは頷いていたが、女性陣達には蔑視の光線を浴びせられた。……等のキリトもドラゴも全く怯むようすを見せず、サラマンダーの男と共にグッと頷いていた。
そして、話してみると、随分と饒舌な男だった。
「――今日の夕方かな?ジータクスさん。あ、さっきの魔法隊のリーダーなんだけどさ、その人から携帯メールで呼び出されてさ。オレ、飯食ってたけど、強制招集だっつって、断りきれなかったんだ。んで、入ってみたら3人を10何人で狩るって作戦だっつうじゃん。……正直、イジメかよ!?って思ったけど、昨日カゲムネさん達をやった相手だっつうからなるほどな……って」
「カゲムネ? それは誰だ?」
「槍隊のリーダーだよ。あの人はシルフ狩りの名人なんだけどさ。昨日は珍しくコテンパンにやられて逃げ帰ってきたんだよね。……あんた達だろう?」
その言葉を聴いて、思い返すのは昨日、初めて出会った時の事。リーファを3人掛りで強襲していたメンバーの1人だろう。リーファとキリト、ドラゴは視線を交わしていた。
「名人って言う割にあっさりと殺られちゃったって事。カゲムネ……ってどっかで聞いた事ある名前だったけど、思いっきり現実主義な奴よね。仮想世界だって言うのに」
勝てない相手には、早々降伏する。無茶な真似は絶対にしない。自分に正直で、そして慎重な男だった、と記憶している様だ。
「リタが覚えてるなんて、珍しいね?」
「……調べ物してたら、ケンカ売ってきたのよ」
「あ……、あんたってよく見たら……し、シルフの大魔法使いっ!?」
「ん? マギ? 何それ」
サラマンダーの男は、目を見開いていた。その名前は、サラマンダーにも轟いている。
当然だろう。
かつて、何人かが炎で炙られたと言う話があったのだから。火の妖精だと言うのに風の妖精に燃やされたと言うのだから、『馬鹿話だ』と、正直思ってしまうのだが、それは噂の類じゃないと言う事も直ぐに理解した。
少し規模の大きいサラマンダーとシルフの戦いになった時、あの魔法使いに炙られた、それを目撃した者達がいるのだから。
「リタの異名よ、異名」
「……はぁ、やめてよね。背中が痒くなるような呼び名は」
リタは、やれやれと首を振ると興味なさそうに、視線を外し、ご愛用の魔道書に視線を落とした。その仕草も、恒例だ……と言うより、何時ものことだとリーファは思い、そしてドラゴもそう考えていた。
ダンジョンを探索している際にも、そうしていたのだから。
「ま、まぁ 変わったコだけど、腕は間違いなくALO最強クラスよね~」
「一言余計っ!」
どうやら、聞いていた様で、そう言うリーファの背中を『とうっ!』と言う掛け声と共に正拳突きを打つ。……その光景も恒例になりそうだな。と思ってしまう面々だった。
「……それはそれとして、話を進めてくれ」
話が進まない、と思ったドラゴが軌道修正をする。キリトも苦笑いしながら同意していた。
「それで、そのジータクスさんってのは、なんで俺たちを狙ったんだ?カゲムネって奴からの嫌がらせなのか?」
「いやいや、其の位ではなぁ……、あの人は、殺られてないし。もっと上の命令だったみたいだぜ。なんか、《作戦》の邪魔になるみたいとか、なんとかって……」
「作戦?」
「ああ。まぁ、内容までは……オレ、下っ端だし。でも、デカいって事は判る。相当の人数が北の方角へと飛んでいったのをインした時見たし」
「ちょっとまって……! 北?」
リタと色々としていたリーファは、その内容を聴いて、再び戻ってきた。北……、アルヴへイムのほぼ南端にあるサラマンダー領の首都《ガタン》。
そこから、真っ直ぐ北に飛ぶと、リーファ達が現在通過中の環状山脈にぶつかる。更にそこから、西に来ればルグルー回廊、東よりであれば、竜の谷。
どちら側に来ようが、その先にあるのは、央都《アルン》だ。
「ふーん。あの無茶なクエに挑もうってんだ……」
ちゃっかりと、聞いていたリタがリーファの変わりにそう聞いていた。リーファも頷いて、返答を待った。だが、返答は思っていたのとは違った。
「まさか。流石に前に全滅したので、懲りてるからなぁ……。最低でも全軍に古代武具級の装備が必要だってんで、金貯めてるとこだぜ。……それ、まだ貯まりきってないし、何よりノルマがきついし。……あー、確か収集係の奴らの話じゃ、まだ半分も溜まってないとかなんとかって」
「ふうん……」
「まぁ、その段階で挑むのは確かに無茶だな」
話に聞いただけだが、資金が集まっていない以上は、死亡罰則をもらいに行くようなものだろう。懲りた、という以上は 世界樹攻略に向かうと言うのは無さそうだと、皆が思った様だ。
「だろ? サービス開始してから、どの種族も突破出来てないんだ。そんな無茶なクエに中途半端な戦力では挑まねえって。……ま、俺の知ってるのはこんなトコだ。――……さっきの話、ホントだろうな?」
男は、視線をスプリガンのキリトだけに向けた。キリトは飄々としつつ、指を振り、メインウインドウを呼び出すと、トレード・ウインドウを操作した。
「取引では、ウソはつかないさ」
そして、ワンクリックをやや大げさ気味にして弾くと。
「おおっ!!」
男から、歓声が沸き起こった。どうやら、先ほどのアイテムやら、金額やらが手に入った様だ。
「……じゃあ、オレも話を聞いたからな。後払い金だが、代金だ」
ドラゴも、一応聞いた。と言う事でこのダンジョンで得た金額のみを上乗せした。結構オーク達と遭遇しているから、それなりの金銭になっている。
「うほっ!? ま、マジで!! あんた良い奴だな!? 次に実装されるって噂の種族だから、ひょっとしたら、開発側の人間か? って思ってたけど、それはないみたいだな!?」
更に歓喜に包まれる男。
開発側の人間と言う噂は、あの3人サラマンダー達から伝わったものだろう。これまでに無かった種族だから、そう思ってしまうのも無理はない。だが、今回の件で絶対に違うと さえ思っていた。
ここの世界を運営しているGMは、正直、プレイしている全員が性格が悪いとさえ思っているのだから。無茶苦茶な、設定のクエストを設けているだけで、しょうがないだろう。飛べる、と言う事が大分評判が良いため、そこまで叩かれていないのだが。
「……まぁ、オレも聞いたしな? 実装かどうかは判らないが、開発者側じゃない。とだけは言っておくよ」
「ん~?んん~~♪」
「聞いちゃいないな……」
ホクホクと、財布とアイテムストレージを重くした、サラマンダーの頬は明らかに緩んでいた。そんな彼を見たリーファは、半ば呆れながらいう。
「全く……、アンタ、それは元々仲間の装備なんでしょ? 気が咎めたりしないの?」
その問いに、男はちっちっと舌を鳴らして、答える。
「解ってねえな? 連中が自慢げに見せびらかしてたレアだからこそ、快感も増すってもんなのさ! ……まぁ、オレが装備してたら、絶対に寝返った!? って思われるし、身の危険だってあるから、全部金に換金して、一等地に家でも建てるさ!」
そう答えると、右手を上げながら、ルグルー回廊の方へと向かっていった。……ほとぼりを冷ますために、何日かかけて、領へと戻るのだろう、と想像するのは難しくなかった。
「さて……、ダンジョンの攻略より、何だか時間がかかったような気がするな。この数十分間が一番」
ドラゴは、軽く背筋を伸ばすとそうつぶやく。攻略にかかった時間が1,2時間だ。だから、その時間を加味したら、10分の1程の時間しか経ってないのだが……、それだけ、濃密な時間だったのだ。
「そ、それはこっちのセリフだよ! 突然、サラマンダーが来たかと思えば、キリト君は無茶苦茶なデカい悪魔になっちゃうし。終わった~と思えば、その悪魔にたった1人で突っ込んでくる男が現れるし。極めつけは隕石だよ?? 洞窟内で有り得ない事が何度も起こっちゃって。正直、現実感が……、ま、まぁ仮想世界だけど」
「……馬鹿っぽい」
「も、もうっ うるさいなぁ! リタは!」
リーファは盛大に話している。それだけ、彼女も興奮したのだろう。
「それにしても、あのスプリガンの魔法であんなのになれるのは、あたしも初めて見たわね。一体なにしたの?」
リタは、本に視線を落としたままで、キリトにそう聞いていた。その雰囲気、佇まい……何処となく威圧感すらも感じる迫力、そしてさっきの男が言っていた言葉。彼女が、この世界で最強の魔法使いなのだという事を理解していた。
そして、キリトは軽く笑いながら。
「あー、一応説明するけど、炙らないでくれよ?」
いや、訂正しよう、笑っているのはそうなんだが、キリトはやや引きつった顔だった。
リタは、なにを言っているのか、わからなかった様で、一先ず本をぎゅっと片手で握る要領で、閉じると。
「は? なにそれ?」
「いや、返答を見誤ると、炎で炙られるってリーファに聴いて……」
「あ……ははは……」
リーファは、苦笑いをしながらリタから目をそらしていた。
「……なにバカな事言ってんの?」
「だ、だって、レコンにやってたじゃない。」
「あ、あれは、魔法を教えろ、見たいって言ったからじゃない!」
「……それで、燃やすのは酷いな」
「圏内だし、ダメージ通らないから」
「……『圏内戦闘は、恐怖を刻み込む。』……成る程、同じか」
キリトは、かつての彼女が言っていた言葉を思い出し、『確かになぁ……』とつぶやいていた。
そして、色々と馬鹿話をした後。
「ああ、もう! 変な事はしないから、教えなさいよ」
「あー、わ、判った判った。ただなぁ……、あんまし考えてなくて、正直ユイに教えてもらった魔法を使っただけで……、あの時だって、ブチキレて記憶、若干飛んでて……そんな時に、メチャ強い相手が出てきたから、興奮してたけど、冷静さも取り戻せたらしくて、それで、戻ってこれた? みたいな感じだから」
「……うわぁ、アンタもやっぱ同類か」
「……こわっ」
キリトの言葉を聞いて、やや引いていたリタ。そして隣にいる男と見比べて。
「それにしても、ぼりぼり齧ったりもしてましたよ~? パパっ」
「ん? ああ。剣もなくなってるし、仕方ないから手づかみで、って感じだったな。モンスターの気分を味わえて楽しかったぜ。ドラゴも、オレの事 モンスターだと思ったみたいだから、それなりに、本格的だったみたいだしな」
「それなりに、どころじゃない。……BOSS級だと思った」
「……戦闘バカ×2」
ニヤニヤと笑うキリト、楽しそうに飛んでいるユイ、やっぱりクールなドラゴ、そして興味が薄れたのか、本に視線を戻したリタ。そんな時、リーファはどうしても聞いてみたい疑問が沸いてきて、口にした。
「その……、味とか、したの? サラマンダーの……」
あの巨体になって、その牙で、大きな口でガブりと噛んでいる姿はリーファも見ている。だから、聞いてみたかったのだが、直ぐに後悔することになった。
「……ちょっと焦げかけの焼肉の風味、歯ごたえ……」
「成る程、ウェルダン以上ヴェリィ・ウェルダン以下の焼き加減の肉って事か……」
「ちょ!! や、やっぱいいわ。言わないで!」
2人共が同意して、話が盛り上がる前に、リーファは止めようと手をぶんぶんと振った瞬間。キリトは、その手を不意に掴んで。
「がぉぅ!! ……ばくぅっ」
一声、わざとらしい唸り声をあげると、大きく口を開けて、キリトはリーファの指先をぱくりと加えた。
「ぎゃ―――――――っっ!!」
途端にリーファの悲鳴が木霊する。
そして、次には、ばちこーーんっ!と言う破裂音が地底湖の水面すらも僅かに揺らしていた。
その光景を見たドラゴは、苦笑いをし、リタは、本を片手で持ち、もう片方の手で耳を塞いでいた。
「いててて……」
リーファに思いっきり、張られたホッペを摩りながら、とぼとぼと歩いていた。
「さっきのは、パパが悪いです!」
「ほんっとだよ! 失礼しちゃうわ! 次やったら、ぶった斬るからね!」
リーファとユイが口を揃えてそう言うが、ドラゴには判らない。
「そんなに怒る事……なのか?」
「当然ですっ!! 女の子にしたんだからねっ!!」
「はぁ……、馬鹿っぽい」
リーファが、人差し指を立てながらドラゴにそう言う。
「っ……。」
その瞬間、ドラゴの脳裏に再びあの映像がフラッシュバックしていた。
『もう、■■■君が、女の子にあんな事言ったからですっ!』
頬を膨らましながら怒っている彼女。……怒っている筈なのに、その瞳の奥は優しくて、そして愛おしい。
――……愛おしいと言う感情、そして言葉。
素直に、自然と出てくる様になっていた。それが、この顔の見えない少女に向けられていると言う事も……。そして、同時に『怖い』と言う感情も、同時にドラゴの胸中には生まれていた。
――……サニーの事が頭を過ぎったから。
そして、それが過ると同時に、暖かい温もりが身体を包んでくれる様な感覚になる。
――……抱え込まないで。
その言葉と共に……。
そして。
「ドラゴさん?」
「っ……。あ、ああ、どうした?」
不意にユイに話しかけられたドラゴは、やや驚いていた様だが、問題なく話す事は出来ていた。人前で、フラッシュバックが起こるのは不都合が多いと思うが、これは、思い出すためのものだからとドラゴは笑った。
「え? 私に何かついてます?」
ユイは、突然笑顔になったドラゴを見てそう聞くが、ドラゴは首を振った。
「違うよ。……なんだろうな。ユイを見てると、安心出来る様な気がするんだ。……それに、ずっと前から知っていた様な、そんな気も……な?」
「ッ……」
ニコリと笑いながらそう言うドラゴを見て、ユイは しゃらん。と言う翅音を立てていた。驚きのあまり、思わず手で口元を抑えてしまう。決して我慢する事が出来ない、と言われている感情の表面化。泣き出しそうになるのを必死に堪えて。
「……?」
何故、そこまで驚くのが判らなかった、ドラゴは首をかしげていた。ユイは……頑張って表情をコントロールした。
「私も……私も、同じです。キリトの事をパパ、と呼ぶ様に……ドラゴさんは、お兄さん……です」
「………ッ。あ、ああ。なら、キリトがオレにとっての父親になるのか?そんなに歳は変わらない、と思うんだがな」
「っ……は、はい! そうですね?」
――……これは、偶然なのだろうか……?
あの時の事が、また、現れた。既視感を感じてしまうのも無理はない、それほどまでに同じ光景だったから。
キリトも2人の事は、見ていた。もどかしささえ覚えるものだったけど……。しっかりと脚を踏み出し、前へと進んでいった。
「そ、その……ドラゴさんは、この世界でする事、視る事って言ってましたが、もう私たちと一緒にいてくれるんですか?」
「……」
ユイはそれが聞きたかったのだ。あの時、一度は別れた。……キリトがフレンド登録をしてくれたけれど、本当はもう会えないのではないかとさえ思ってしまっていた。だから、また会えた事が 本当に嬉しかったのだ。
――……お兄さんじゃないかもしれない。
――同じIDでも、プレイしている人が違うかもしれない。
――……ひょっとしたら、何らかのトラブルで、IDが流出してしまったのかもしれない。
ずっと思っている事だけど、共通していることはある。この人は、優しい人なんだと言う事だった。
「……そうだな。オレも世界樹の上には行ってみたいから。一緒にいる」
そう言って、ドラゴはユイの頭を人差し指でそっと撫でた。くすぐったそうに目を細めているユイ。本当に心地よく、その感触をいつまでも感じていた。
「……はは。娘のユイはやらんぞ?」
「何言ってんのよ。キリト君。引っぱたかれておかしくなっちゃった?」
「……元からでしょ?」
「ひ、酷い言われようだな……」
何処か楽しそうなのは……判るだろう。この時ばかりは、リタも……頬を若干だが、緩めていた。
一行は、鉱山都市ルグルーで一先ず先ほどの戦闘で消費したアイテムを補給、そして情報をと、色々と整理し、この街で一泊する事にしたのだ。……正直、あの戦闘は思いがけない程、大規模のものとなったのだ。
時間も取られ、リアル時刻では既に深夜零時を過ぎている。
だが、そんな時刻でも、街中へと足を踏み入れると、NPC楽団の陽気な演奏幾つもの槌音が出迎えてくれる。キリトもリーファも、ドラゴも、そして、リタも初めてくるこの街の景色、そしてBGMに大小ながら歓声を上げていた。
リーファは、ニヤニヤしながら、リタの顔を見て……、そしてリタもその視線に気づく。
「っ……!」
「?」
そして、そっぽ向いてしまっていた。それを見たドラゴは勿論、理解出来ないようだった。
そして、場面は変わり、ルグルーの宿屋前にて。
「そう言えばさ」
キリトはある事を思い出していた。
「ん?」
「あのサラマンダーズに襲われる前、なんかメッセージが届いてなかった? あれなんだったのかな?って」
「……あ」
その言葉を訊き、リーファは、口をあんぐりと開けると、振り返った。
「……どーせ、忘れてた、ってとこでしょ?アンタってどっか抜けてるし」
「……う、リタに言われたくないわよ」
図星だったようで、リーファは苦笑いをしていた。そして、ウインドウを開いて、履歴を確認した。
それは、レコンからのメッセージ。文面はよく判らないし、意味も同様だ。
途中で文が終わってる所を見ると、海鮮がトラぶって、途中で切れたのだろうか、とも思える。……が、それでもさっぱり続きが届く気配もない。そして、フレンドリストのレコンの名前はグレーになっている。即ち、オフラインになっている様だ。
「寝ちゃったかな?」
「ま、どーせ、相手はレコンでしょ? なら良いんじゃない。」
「そ、それは流石に……あれじゃないか?一応連絡とってみたらどうだ?」
「ん」
リタは突っぱねる様に言ったが、キリトは連絡を、と。そしてドラゴも頷いて同意した。正直、リタよりに向いているのはリーファだった。妙な文じゃなければ、絶対に突っぱねているだろう。
それに、正直 現実世界に ここの世界を持ち込むのは好きではなかった。
リタもそれは絶対に思っているだろう。でも……やっぱり謎めいたメッセージはどこか引っかかるものがあるのも事実だった。
「はぁ、しょーがない。じゃあ、ちょっとだけ落ちて確認してくるから、皆は待ってて。……キリト君はあたしにイタズラしないこと! ユイちゃん、頼める?」
「りょーかいです!」
「あ、あのなぁ!! ここにはドラゴだっているのに、何で名指しなんだ?」
「自分の胸に聞いてみなさいよ」
「……??」
心外だと首を振ったキリト、そしてこの場にいる男と言えば横で、窓から外を眺めている男もそだろう。だが、リーファは、人差し指を自分の右胸に押さえつけながらそう言う。……何だか、ちょっと傷ついたキリトだった。
そして、リーファが落ちた数分後。
「ちょっと気になった事があるんだけど」
リタは本に視線を落としながらも、2人に聞いた。名前を指定してないから、どっちに聴くのか判らず2人共に反応する。ユイは、落ちて、空になっているリーファの身体の肩に座っていたから自分に聞いたんじゃないと判断したようだ。
「ん?」
「なんだ?」
キリトとドラゴの視線はリタへと向かった。
「あんた達って、知り合いだったりすんの?」
「……何でそう思うんだ?」
そのリタの言葉に即座に反応したのがキリトだった。そして、ユイも視線をぎゅっと2人の方に向けて固定した。
「いや、どっか似たもの同士だ、って思ったし。同じ戦闘バカっぽいし。気のせいか、戦えば戦う程生き生きしてるんだから。誰かさんと誰かさんは」
呆れながらそう言うリタ。キリトはというと、なんだ、そんな事か……、と若干苦笑いをしながらも。答えた。
「そんな事は無いぞ?」
「説得力は無いわ。仮にどんなに理由を取り繕ったところで、仲間っぽいし、同類っぽい」
「……何だか心外だな。魔法バカに言われると」
「うっさいわね!」
ドラゴがそう言うと、キッ!と睨みつけてくるリタ。自分がいうのは構わないが、言われるのは嫌、と言う事らしい。そう感じると同時に、ある言葉が頭の中に浮かぶ。
「成る程、これが横暴……と言うやつか」
浮かんだ言葉を飲み込む事はせずに、すっぱりと吐き出しながら、ドラゴは、ため息を吐いた。それを横で聞いてたキリトは、ドラゴに耳打ちをする。
「……口にチャックしといた方が良いぞ。ドラゴ……。根に持つタイプっぽい」
自身の経験上の事を考えて、忠告していた。そして、勿論、それを訊いていたリタはと言うと、2人を睨みつける。
「……何か言った!?」
「「何でもありません……」」
どこかでこんなやり取りあったなぁ、と思いつつ、リタが言っていた事を思い出し、口は災い、一言余計、と考え 堅く口を閉じる2人だった。
ページ上へ戻る