黒魔術師松本沙耶香 薔薇篇
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23部分:第二十三章
第二十三章
「私にね。口は美貌の前には塞がるもの」
これは沙耶香の持論の一つであった。
「ほう」
「それが女の子であっても美男子であってもね。同じことよ」
「フランスは美人が多いですが」
「その美人も全て私のもの」
あえて豪語してきた。
「全ての美人はね。私のものなのよ」
「では美食も」
「そう、これもまた私にとってはまたとない楽しみね」
「ではメインディッシュを運んで宜しいでしょうか」
「ええ、お願いするわ」
メイドの一人に答えた。
「それでは」
赤ワインとメインディッシュが運ばれてきた。それは子牛の肉を柔らかく煮たものであった。そこにデミグラスソースをかけている。如何にもフランスといった料理であった。
「エリゼ宮の話は知ってるかしら」
沙耶香はその料理を前にして速水とメイド達に対して言ってきた。
「料理とワインによてランク付けするのでしたね」
「ええ、そうよ」
速水の言葉は正解であった。そうそうな性格の悪さでは考え付くことすらできそうにもない慣わしであるとも思えるがフランスではこれが外交のしきたりであり礼儀であるそうなのだ。この様な無礼としか断定出来ない理由の何処に礼儀があるのかはわからないが。まあ言うだけならば盗作を平然と行う犯罪者ですら礼儀を口に出すことすら出来るし罵詈雑言を並べ立て、嘘を並べ立てる下劣漢も他人の無礼を咎めることは出来る。それを他人が聞き入れるかどうかは全くの別問題であるが。フランスにとってはこれが外交辞令なのだろう。理解出来ないものではあるが。
「フランスではそうらしいわね」
「ここではそんなことは一切ありません」
金髪のメイドはきっぱりと言ってのけた。
「御客様には常に最高の料理とお酒をお出しする。これがこの家のしきたりです」
「そうなの」
「はい。ですからそんな無礼なことはしません、絶対に」
「そうね、それが正しいと思うわ」
沙耶香はそれを聞いてにこりと笑った。
「普通はそうよね」
「勿論です」
「けれどそれは日本人の考えなのよ」
「フランスでは違うと」
「そうよ。下手をすれば有色人種だからという理由で顔を向けてももらえない」
「アメリカでそれをやったらどんな店でも一発で弁護士が来ますね」
速水はそれを聞いて右目を顰めさせて述べた。
「よくそんなことが出来るものです」
「それがフランスなのよ」
沙耶香はあらためて述べた。
「ヨーロッパはまだそんなところがあるけれどね」
「差別が根強いのですか」
「差別というよりは区別ね」
「はあ」
「魔術を学ぶのだって苦労したんだから。かなりね」
「それは御聞きしていますよ」
速水は述べた。
「単身イギリスに渡られてから。色々あったそうで」
「魔術そのものはどんどん身に着けられたけれど」
「区別には参ったと」
「もっともそんなことをした相手は例外なく不幸になったのけれどね」
そう言って不気味な笑みを浮かべた。まるで悪魔が魔界で笑うかの様に。
「私は差別と差別主義者は嫌いよ」
「それはこちらも承知しておりますよ」
「女の子は誰であってもね」
「そうきますか」
「私は博愛主義者だから」
かなり自分自身に対して甘い言葉であった。
「差別は嫌いなのよ」
「女の子だけではなく」
「そう、男の子もね」
「それは変わらないのですね」
「そうよ。ところで」
沙耶香は話題を変えてきた。ここでメイド達を休ませ二人きりになる。もうデザートまで食べ終えていた。ワインを側に置きゆっくりと話をはじめた。
「今度は黒薔薇の番ね」
「ですね」
事件の話であった。二人の目が険しくなった。
「それで庭を調べてわかったことですが」
「何かしら」
「薔薇の位置ですけれどね、予想通りでしたよ」
「予想通り」
「はい。五行思想の通りです」
速水は述べた。
「中央に黄色い薔薇、東に青い薔薇」
「そして南には赤薔薇、西には白薔薇」
「最後に北には黒薔薇です。しかもそれを左右対称に配しています」
「左右の庭にそれぞれね」
「はい。何処か魔法陣めいていますね」
「そうね、しかも二つだと」
「もう一つの思想も加わってきます」
「陰陽ね」
「ですね。おそらくそれでしょう」
「そして使われた薔薇はどちらの薔薇だったのかしら」
「館から見て左手」
「じゃあ門から見ると東になるわね」
「そうですね、つまり陰になります」
五行にもそれぞれ陰陽がある。青と黒が陰、白と赤が陽なのである。つまり東と北は陰になり西と南は陽になるのだ。そうした細かい分け方も為されているのである。
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