黒魔術師松本沙耶香 薔薇篇
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22部分:第二十二章
第二十二章
「メイド達かも知れませんし」
「それはないと思うが」
「流石に無理ですか」
「わし等はともかくあの二人ならすぐにわかるじゃろ」
「ですか。それでは」
「わしは一人臭いと見ておる者がおる」
「それは一体」
野島はその言葉に目を光らせた。
「誰ですか?」
「死神じゃ」
「死神!?」
「左様、発想を少し変えてな。見てみるとよい」
「今館にいる者達をですか」
「うむ」
奇しくも速水が引いた十枚のカードのうちの九枚目と同じであった。それが意味するのは何か。実は速水も老人も互いのことには気付いていない。だが二人は同じものを指し示していた。奇妙なことに。
「若しやするとだ」
「あの中に」
「可能性は高いじゃろ」
「それはそうですが」
だが野島には今一つ釈然としないものがあった。
「旦那様と私の目をかいくぐるなぞ」
「じゃから今わし等が館に近付けぬのではないのか?」
「それは」
「そういうことじゃ。それだけの者じゃったということじゃ」
「果たして御二人で大丈夫でしょうか」
「流石にあの二人が揃っては容易には勝てぬわ」
老人は落ち着いた顔で述べた。
「御主であの二人のどちらかの相手が務まるか?」
「滅相もございません」
彼の返事は早いものであった。
「私なぞではとても」
「わしでもじゃ。あの二人は言うならば天才じゃ」
「はい」
「天才には勝てぬわ。それも天才の中の天才にはな」
「それでは」
「ここは任せる」
彼は言い切った。
「犠牲は出てもな。よいな」
「畏まりました」
仕方の無いことであったがそれに頷いた。そして二人は沙耶香と速水に全てを任せることにした。その任せられた二人は。館の中で今度は食堂で豪勢な夕食を摂っていた。
「いい魚を使っているわね」
沙耶香はカルパッチョを食べていた。彼女だけでなく速水も同じものを食べている。二人は細長い白いテーブル掛けのかかったテーブルで並んで食べていた。二人の他にはメイドが二人いるだけである。部屋は天井のシャングリラで白く照らされている。その下で食事を摂っていたのであった。
「こんな平目はそうはないわ」
それは平目のカルパッチョであった。それと白ワインを嗜んでいた。丁度フルコースの魚料理の番であったのだ。既にレタスとチコリ、それにトマトをオリーブオイルのドレッシングで味付けしたサラダとキャロットとオニオンのスープは食べ終えた。そして今はこのカルパッチョを食べているのであった。
「有り難うございます」
メイドの一人がそれに応えた。金髪の可愛らしい少女である。その髪と青い目、白い肌から彼女が日本人ではないことがわかる。
「シェフが喜びます」
「いつも思うけれど素材がまずいいわ」
沙耶香は述べた。
「築地でもこんな平目はそうそうないでしょうね」
「そんなに」
「ええ、わかるわ」
沙耶香は食べ終え、ワインで口直しをしてから答えた。既に白ワインのボトルはない。
「こう見えても私は料理には五月蝿いのよ」
「はあ」
「だからわかるわ。このシェフの目は確かね」
「それに素材だけではありませんね」
速水も食べ終えていた。そのうえで述べてきた。
「味付けも。実にいい」
「そうね」
沙耶香もそれに頷く。
「スパイスを生かしながらも素材の味を殺してはいないわ。そして平目とグレープフルーツ、レモンをよくミックスさせているわ」
「そんなにですか」
「これ程のものを出せるのは。フランスにもそうはないわね」
「それを言ったらフランス人が怒りますよ」
「構わないわ、本当のことだから」
沙耶香は速水に素っ気無く返した。
「それに私の前でそんなことを言える女の子はいないから」
「それは何故ですか?」
「誰もが文句を言うより前に私に釘付けになるからよ」
うっすらと笑いながらの言葉であった。
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